魔獣ケルベロスを退治したあと、ガウェインのもとでの修行を終え、俺はノエリアとともにユグハノーツに戻ってきていた。
そして今は朝一でロイドの屋敷の裏庭にある牧場にいるディモルに餌をやり終え、今日の生活の糧を得るために冒険者ギルドに顔を出していた。
「お、おい。フリックさんだ……あの魔獣ケルベロスをほぼソロで倒したらしいぞ」
「らしいな。あの剣で魔獣ケルベロスの血を吸いつくしたらしい。見ろよ、あの禍々しさ。チラリと見える刀身が真っ赤だぜ」
「魔獣ケルベロスの血を吸いつくした魔剣なんて、聞いてるだけで身震いするぜ。よかった、喧嘩売らなくて……。売ってたら、命がなかったぜ」
俺が冒険者ギルドに入ってきたら、冒険者全員がそっと待合室に移動していた。
待合室から聞こえてくる話に色々と反論したいことがあったが、魔剣や魔法剣の絡みもあってロイドから魔獣ケルベロス討伐に関しては詳しい話をするなと釘を刺されていたのだ。
反論できない俺は、仕方なくガラガラになった窓口にいるレベッカのもとへ向かった。
「おはようございます。色々と噂が流れてきてますね。なんか小耳に挟んだ情報だと、魔獣ケルベロスを討伐したフリックさんのことを冒険者や街の人たちは『真紅の魔剣士』って二つ名で呼び始めてるらしいですよ」
窓口カウンターに座った俺に、レベッカが街の噂を教えてくれた。
やっぱ、あの帰還の仕方がまずかったかな……。
エネストローサ家の紋章を首にぶら下げたディモルに、魔獣ケルベロスの首三つも一緒にぶら下げて帰ってきたのを街の人に散々見られたからな。
矢こそ射られなかったけど、別の意味で住民を驚かせてしまったのかもしれん。
『真紅の魔剣士かっこいいです! 最高です! さすがマスターです! 頑張ってマスターの二つ名にふさわしい血の滴る刀身にしてみせます!』
するなって! ただでさえ、誤解されてるのがもっとめんどくさくなるだろ!
人前では喋るなと約束していた魔剣が、俺の心を読んで声に出さずに語りかけてきた。
頑張って血が滴る刀身になられたらこっちが困る。
呪われた魔剣持ちの魔剣士とか言われ始めたら、仕事がしにくくなるんだ。
『はい! 分かりました! 血を滴らせるのはやめます! その代わりに因子モリモリ取り込んで大きく成長します!』
ああ、そうしてくれるとこっちも助かる。
「フリック様、どうかなされましたか?」
俺が魔剣と話しているのをレベッカが不思議そうな顔をして見ていた。
どっちも声を出してない以上、魔剣と会話してた俺はぼんやりしているように見られたようだ。
「いや、何でもない。そういえば、換金は……できてる?」
「持ち込んで頂いた黒角山羊(ブラックホーンゴート)、睡眠羊(スリープシープ)、火喰い鳥、疾風大鷲(ゲールイーグル)、狂気猪(マッドネスボア)の素材は査定済みですが……ケルベロスはまだでして……」
「ケルベロス抜きで三五万オンスだったっけ?」
「はい、こちらですね」
レベッカが革袋を俺の前に差し出す。
ガウェインのところで色々と世話になったお礼として三〇万オンスの謝礼金を置いてきていた。
ただ、魔剣製作代はガウェインが頑として受け取らなかったので、食事代や指南料という名目にしてお金を受け取ってもらっていたのだ。
「助かる。色々と出費があったし、ディモルの餌代も稼がないといけないからな」
「ああ、あのでっかい翼竜ですか。ユグハノーツだとフリック様だけですからね」
だよな……普通の冒険者が翼竜を乗り回すとかしないよな。
でも、ディモルはあんな強面でも忠誠心が厚くて可愛いやつなんだよ。
「では、あの翼竜のためにも今日もいっぱい稼いでもらわないと。ケルベロスの査定についてはロイド様と相談中ですので近日中には換金できるはずです。しばらくお待ちください」
「承知した。じゃあ、今日の依頼を見せてくれ」
「こちらになりますね。それと、この前お預かりした孤児院への送金は完了しました。冒険者ギルドからの寄付となっています」
孤児院への送金が終わったか。
あんまり多く送ってあげられなかったけど、届いてくれたならよかった。
また稼いで送ってあげないとな。
孤児院への送金が終わったことを聞いて満足した俺は、レベッカから今日の依頼をまとめた一覧表を受け取る。
青銅等級になったとはいえ、養うべき者が増えたので、しっかりと稼がないと。
そう考えると魔物討伐系の方が効率よく稼げるし、魔剣に魔物の因子を集めさせてやれるか。
受注する依頼を決めると、レベッカに依頼票を渡す。
「今日はこれにしとくよ。近場だし、稼げそうだから」
「承知しました」
近場の魔物討伐を依頼を三つほど受け、ディモルを駆って目的地に行くと魔剣によって即座に討伐を終えた。
そして、依頼を達成すると昼過ぎにはユグハノーツに帰還していた。
牧場に帰ってきた俺は、討伐中に確保し、血抜きした魔物の肉をディモルに昼飯として与えていた。
「ディモル、今日もいい仕事してくれたな。いっぱい食っていいぞー」
「クェエエ!!」
斬り分けた魔物の肉をディモルは美味しそうについばんでいく。
ガウェインに聞いたが、身体がデカい分、他の翼竜よりも餌の量は多いらしい。
それでも、俺の命令を忠実に実行してくれる頼れる相手なので、ひもじい思いはさせないつもりであった。
「今日はお前のおかげで時間もあるし、食事が終わったら綺麗に身体を拭いてやろう」
「クェエエエエ!!!」
ディモルは顔に似合わず、意外と綺麗好きなので自分で水浴びをしたりしているが、水で濡らした布で身体を拭いてやると特に喜んでくれる。
なので、俺が身体を拭いてやると言うと食事を摂る速度が心なしか速くなっていた。
「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だぞー」
食事をしているディモルを撫でていると背後から声をかけられた。
「フリック様、お時間よろしいでしょうか?」
声に振り返ると、そこには俺より少しばかり年上に見えるメイドが立っていた。
声をかけてきたメイドに見覚えはなかった。
「はぁ? どちら様で?」
「ノエリア様付きのメイドでスザーナと申します。以後お見知りおきを」
スザーナと名乗ったメイドは優雅な所作で俺に挨拶をしてきた。
「ノエリア付きの……スザーナさんですか。初めまして、なにか俺に用です?」
「実はロイド様がフリック様のケルベロス討伐を労う酒宴の席を設けると仰せになりまして、私が責任者としてお誘いに参りました」
「スザーナさんが責任者ですか?」
辺境伯であるロイドが主催する酒宴であれば、メイドではなくマイス辺りが責任者としてくるかと思ったが。
俺はノエリア付きのメイドであるスザーナが酒宴の責任者と聞いて違和感を覚えた。
そんな俺の様子を察したのか、スザーナが慌てて手を振った。
「フリック様はお考え違いをされているみたいですが、こたびの酒宴はごくごく身内でのみ行うものです」
「はぁ、そうでしたか。酒宴と聞いて大勢の人を招いて開催するのかと……。今回のお誘いは食事会みたいなものですね?」
「はい、ロイド様、ノエリア様、マイス様、ガウェイン様。それとノエリア様の師匠にあたる魔法研究所の所長のライナス様も参加されます」
ライナスって人はたしかノエリアに最初に魔法を教えた人だったよな。
今は王都で魔法研究所の所長をしてるって言ってたけど、このユグハノーツに来ていたのか。
ノエリアから聞いた話だと、魔法研究の第一人者らしいので、魔法に関しても色々と質問してみたいこともある。
「で、その食事会はいつ開催されるのです?」
「本日の夕刻です。なので、それまで屋敷にて逗留してもらおうと声をおかけしました」
「では、ディモルの身体を拭き終えたら、お屋敷の方に伺います」
「承知しました。屋敷の者には伝えておきますので、ご自由にお屋敷内でくつろいでいてくださいませ。それでは、失礼いたします」
スザーナは最初と同じように優雅に挨拶をすると、屋敷の方へ戻って行った。