29-Years-Old Bachelor Was… Brought to a Different World to Live Freely

Episode 43: We're going to duel the Brave King.

「とりあえず、落ち着こうか」

浄化の魔法で身支度を整え、更にベッドの上の惨状も綺麗さっぱり無かったことにしてから俺はそう切り出した。

俺は平服に着替え、ティナーヴァ王女にはストレージに入れてあったマールの服と下着を着てもらっている。マールは昨晩着ていたものよりも大分大人しいが、王女らしい可愛らしい服だ。フラムは……軍服? いや、騎士服ってやつだろうか。

ピシッと決まっていてかっこいい服だな。お胸の部分がピッチピチになってるけど。ありがたやありがたや。

「そうですね。ほら、ティナもこっちに来なさい」

「あ、うん……」

ベッドの所でマールとフラムに二人掛かりで着替えさせられたティナーヴァ王女が二人に支えられながら俺が座っているソファに移動してくる。

フラムが俺の隣に、マールとティナーヴァ王女が向かい側に揃って席についた。こうして並ぶとやはりかなり似ている。マールの方が僅かに背が高いくらいだろうか。勿論髪の毛の長さとか目元とか細かい所は結構違うけど。

「さて、今回の件に関してですが」

そう言ってマールはジト目で俺を睨みつけて来た。俺はその視線を真っ向から受け止める。

「何か言うことは無いんですか? タイシさん」

「言い訳はしない。致してしまったのは事実だからな。ただ、マールと間違えてティナーヴァ王女を抱いたということに関してはティナーヴァ王女に深く謝罪する。俺が相手じゃ抵抗もできなかっただろうからな。本当にすまなかった」

頭を深く下げる。

「責任はできる範囲で取らせて貰いたいとは思う。流石に首を差し出せだとか、お命頂戴だとか言われても困るけどな。まぁその、計画通りなんだろうけども」

俺の言葉にティナーヴァ王女がビクリと震えた。マールはそれを見て深く溜息を吐く。横を見ると、フラムも苦々しい表情を浮かべていた。

流石に俺だってこの状況が不運とトラブルの積み重ねで偶然発生したとは思っていない。この状況はティナーヴァ王女本人が作り出そうと思わなければ決して発生しえないんだから。

この城のことを俺よりも知っているであろう彼女が、自分の部屋と俺が休んでいる部屋を間違えるわけもないだろうし。

彼女は昨晩、自らの意思でこの部屋を訪れたのだ。

「恐らくママとお兄ちゃんはグルですね。ママがパパを連れ出して、お兄ちゃんがタイシさんにお酒を飲ませて、私とフラムさんを足止め。ティナはお兄ちゃんが私とフラムさんを足止めしている間にタイシさんの部屋を訪れるようにママにそそのかされたんでしょう」

ティナーヴァ王女はマールの言葉にただ俯き、小さな身体を更に小さくしていた。そんなティナーヴァ王女の肩をマールはそっと優しく抱く。

「ティナ、別に私はティナに怒ったりはしませんし、責めたりするつもりはありませんよ。それにその……元はと言えばこの状況を作り出したのは私とも言えますし」

マールは優しげな手つきでティナーヴァ王女の頭を撫でながら苦笑いを浮かべる。一体どういうことだろうか?

「あー、タイシさん覚えてますか? 私が家出した理由」

「ん、確か隣国の王子に……あっ」

ここでやっと俺は『ティナーヴァ王女の動機』に思い当たった。確かマールが嫁がされる予定だった隣国の王子はイケメンだけど性格が悪い女好きって話だったな。マールは蛇蝎の如くその王子のことを嫌っているようだが、ティナーヴァ王女もそこはきっと同じなんだろう。

だからといって何故俺に? とは思うけど。マールは一目惚れとか言ってたし、姉妹だから好みが似ているんだろうか? なんて物好きな。

イルさんとアルバートの思惑なんてのは予想がつく。俺をミスクロニア王国に取り込みたいんだろう。マールだけでも十分じゃないかと俺は思うんだが、実際に俺は今回の大氾濫でカレンディル王国を優先している。少なくともカレンディル王国の大氾濫を治めてすぐにミスクロニア王国に急行したわけではない。

ん? いや、ちょっと待てよ? この世界の平均的な旅の速度から考えれば十分に早く着いてる筈だよな。ならこれは少し違うか。

でもそんなに予想から遠くはないだろう。ニアピンってとこだと思う。

「しかしなぁ、いいのかこれで。色々と」

「私としては別に構いません。ティナは可愛い妹ですし」

「でもその可愛い妹を隣国の王子に売り飛ばそうとしてたよな」

「そんな昔のことは今忘れました! あいたっ!? いたっ、痛いですティナ!」

爽やかに言い切ったマールを涙目でバシバシとどつくティナーヴァ王女。微笑ましい姉妹喧嘩の光景である。

「私とマール様は同じ立場の女性が一人や二人増えたところで目くじらを立てたりしませんよ。むしろ立場からすればご主人様は控えめ過ぎるくらいかと」

俺の膝に手を置いてフラムが微笑む。クールビューティーな見た目に反して健気だよな、この子は。

ありがとう、とフラムに感謝してから俺は姉妹キャットファイトを展開している王女二人に目を向ける。ティナーヴァ王女も善戦したようだが、流石にレベル差がモノを言ったのかキャットファイトはマールが制したようである。

というか顔真っ赤にしてふにゃふにゃになってるぞ。マールめ、始原魔法を使ったな。

「ふぅ。とにかく様々な思惑が絡み合った結果ですね、これは。ティナはゲッペルス王国に嫁ぎたくなかったし、恐らくお兄ちゃんもティナをゲッペルス王国に嫁がせたくなかったんでしょう。お兄ちゃんもゲッペルスのあいつは死ぬほど嫌いですからね。『奴が俺の義弟になるとか身の毛もよだつ』と公言するほどですし」

「どんだけ嫌われてるんだよ隣国の王子」

「ただの馬鹿なら良いんですけどね。性格と女癖の悪さ以外は優秀なんですよ。未確定情報ですけど、勇者という噂もありますし」

「うげっ、それは俺逆恨みされたらマズいんじゃ」

「タイシさんなら大丈夫です。指先一つでダウンですよ」

俺は世紀末なんとかかよ。まぁ易々とやられるつもりはないが。

そうなると対勇者戦の訓練もしておいた方が良さそうだなぁ。この国にはおっさんも含めて勇者が三人いるらしいし、折を見て手合わせを願うとしよう。おっさん辺りは頼まなくても嬉々として襲いかかって来そうだが。

「後はママですか……ママも単純にタイシさんをミスクロニア王国に取り込みたいってことなんでしょうけど、序でに何か狙ってそうですねー。勿論お兄ちゃんも共謀してるんでしょうけど」

「流石のマールもそこまではわからんか」

「情報不足ですねー。ミスクロニア王国に帰ってきたばかりですし、判断材料が乏しすぎます。とりあえずゲッペルス王国に近しい貴族とはこれで険悪になるでしょうし、他の派閥も騒ぎ始めるでしょうから、これから少し騒がしくなりますね!」

「権力闘争まっしぐらじゃないですかやだー! 俺はただ未開拓地を貰いたいだけなのに!」

にっこりと笑うマールとは裏腹に俺の心は雨模様である。もう蜘蛛の里にでも引きこもってしまおうか。ソーン達も連れてあの森の奥地で悠々自適な開拓ライフとか。

ダメだろうか? ダメだよな、やっぱきっちりとケリをつけておかないと後々面倒だし、何よりマールを嫁にすると決意した時点で予想できたことだったし。

でもいざとなったらみんな連れて逃げよう。うん、逃げ道があるというだけで心に余裕ができる気がしてくるしな。

「さて、では本題に戻りましょうか。タイシさん?」

にっこりと笑ったままのマールが一瞬大きく見えた。本題に戻ると言われても俺から語ることはもうほぼないんだが。

「さっきも言ったように言い訳はしない。マールだと思って抱いたということに関してはマールにも失礼だし、ティナーヴァ王女にも失礼だった。特にティナーヴァ王女は初めてだったわけだしな……俺にできることならなんでもして償うよ」

「そこは狼狽えながら言い訳をするのがお約束じゃないんですか。というか本当に悪いと思ってます?」

「当たり前だろ……勘違いしてのこととはいえ、不義を働いたのには違いない。マールとフラムには謝罪してもしきれないと思う。すまなかった」

俺は隣に座るフラムと対面に座るマールにそれぞれ深く頭を下げる。そして次にティナーヴァ王女に向き直る。

「ティナーヴァ王女をマールだと勘違いして抱いた事に関しても本当に済まなかったと思う。貴女の人格を認めず、ただその身体だけを貪った。強姦に等しい行為だ。申し訳ない」

そして最後にマールへと向き直る。

「マールと他の女性を間違えるなんて正直俺は自分自身が許せん。本当にすまなかった。償えるものなら償う、処遇は任せる」

沈黙が場を支配する。マールはしばらく考え込んでから口を開いた。

「モヤモヤしますけど、仕方ないですね……フラムさんからは?」

「そもそも、今回の件はご主人様も迂闊でしたが……つ、妻である私達がもっと上手く立ち回っていれば未然に防げた事態です。ご主人様を一方的に責めるのはどうかと」

妻、の部分で顔を赤くするフラムが可愛い。

「そうですよね……昨晩私がちゃんとタイシさんの部屋に戻ってさえいれば」

はぁ、と溜息を吐きマールは深く肩を落とした。そしてすぐに顔を上げる。その顔は全てを吹っ切ったように晴れやかな顔だ。

「タイシさんが反省してくれているのはよくわかりました! しかし不義には罰が必要だと思います! なので、落ち着いたらタイシさんには私とフラムさんにそれぞれ丸一日ずつなんでも言うことを聞いてもらう日を設けて貰います! 良いですね?」

「わかった」

随分と優しい罰だが、どうやらそれで許してくれるらしい。マールさんマジ天使。凄いなー、憧れちゃうなー。

「それにしてもタイシさんって初めての時は必ず正体無くしてますよね」

「待て、フラムの時はともかくお前とティナーヴァ王女に関してはお前らが一服盛ったからだろうが。その言い草には断固として抗議する」

俺の抗議に目を逸らすマール。

というか食っちまえば勝ち、という肉食系を通り越して猛獣系に成り果てているミスクロニア王家の性教育が間違ってると思うんだ。黒幕は当然あの人であろう。

「んー、普通に一日デートも良いですが、実験していない薬もかなり溜まってるんですよね」

「やめてっ!? また私で実験するつもりでしょう!? 実験動物みたいに! 実験動物みたいに!」

何故だかマールの薬には毒物耐性が効かないのである。地獄のような不味さなのに薬効はマトモだからなのだろうか。コワイ!

「あの、タイシさま。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

自らに訪れるであろう悲劇に戦慄していると、今まで沈黙を守っていたティナーヴァ王女がそう言って頭を下げてきた。俺もそれに倣って頭を下げる。

「いや、こちらこそよろしく頼む」

こうして俺は美人の嫁三人と末長く幸せに暮らしましたとさ。

「オレ、オマエ、コロス。オーケー?」

無論そんな安易なハッピーエンドに終わるはずもなく、朝食の席で事の次第が速攻で露見した。

結果、ミスクロニア王国国王にして、マールとティナーヴァ王女の父であるエルヴィン=ブラン=ミスクロニアに決闘を挑まれることになり、俺は王城の近くに建てられている闘技場のような施設のど真ん中で彼と対峙するという事態に陥っていた。

闘技場の観客席は満員御礼。

街中に『ある人』の手によって放たれた布告官が『第一、第二王女両名を賭けて二人の父であり勇者王でもあるエルヴィン国王陛下と勇者タイシが決闘を行う』と大々的に発表していたためだ。

「どうしてこうなった……」

「タイシくーん、負けちゃダメよー」

黒幕が朗らかな笑顔で俺を応援している。このお方、朝食の場で

『昨日は随分頑張ったわねー、孫の顔を見ることになるのもすぐかしら? ね、タイシ君、ティナちゃん?』

という爆弾発言を行った挙句、キャーキャー言いながらどこから盗撮していたのか絡み合っている俺とティナーヴァ王女の映像を暴露してくれやがったのだ。朝食の場で。

アルバートは爽やかに笑い、ティナーヴァ王女は顔を真っ赤にして泣きながら逃走、マールはちゃっかり部屋の隅に避難し、エルヴィンのおっさんは奇声を上げて俺に飛びかかってきた。

フラム? おっさんがひっくり返した朝食の目玉焼きが頭の上にパイルダーオンして涙目になってたよ。彼女は不幸属性持ちかもしらん。

それにしても様々な準備にかかる時間を考えると、俺が王都クロンに到着する前から準備が進められていたとしか思えない。つまり最初から最後まで俺達はイルさんの手のひらの上で転がされていたというわけである。

「剣を抜いた俺を前に考え事とは余裕だなぁ?」

フシュルルルルル、と湯気だか暗黒闘気だかわからないものを口から吐き出しながらエルヴィンが凄んでくる。王の貫禄というか覇気がビリビリと伝わってくる気がするが、俺にそんなものが効くはずもない。

というか今回一番イルさんの手のひらの上で転がされているのはこのおっさんである。

名前:エルヴィン=ブラン=ミスクロニア

レベル:45

スキル:剣術5+ 格闘3 弓術3 風魔法4 光魔法3 魔闘術4 身体強化3 騎乗3 礼儀作法1 交渉術2 危険察知1 気配察知2 調理2 王族のカリスマ(威)

称号:剣士 魔術師 期待の星 ミスクロニア王国騎士 勇者 ミスクロニア王国近衛騎士 剣聖 疾風の勇者 真の勇者 魔王殺し 摂理を斬り伏せし者 剣神 泡沫の契約者 逆玉の輿 恐妻家 救国の英雄 子煩悩 親馬鹿 修羅←NEW! ミスクロニア王国国王

賞罰:なし

今ビリビリ来てるのは王族のカリスマ(威)だろうけど、剣術5+ってなんだこれ。ヤバいやつにしか見えないんだが。

摂理を斬り伏せし者とか剣神とかいう称号と合わせて考えると絶対に受けちゃダメだな、これは。昨日のアレはまだ手加減していたと思っておいた方が良さそうだ。

「そう怒らないでくださいよお義父さん、当人同士が納得しているんですから」

「貴様にお義父さんと呼ばれる筋合いは無いっ! ここで貴様を叩き斬ってその理を斬滅してやるわぁぁぁぁぁ!」

足元の地面を粉砕しながらエルヴィンが間合いを詰めてくる。手に持つ剣には眩いばかりの魔力が込められており、あれに直撃するとぶっちゃけ塵も残りそうにない。

当たれば、の話だが。

エルヴィンの放った斬撃は一瞬前まで俺がいた空間を容赦無く両断していた。斬撃に込められた魔力が大地を砕き、斬閃が十メートル以上も地を割る。

完全に殺す気だあれ。

「転移魔法か!」

「ご名答」

短距離転移で闘技場の隅まで距離を稼いだ俺はストレージから神銀棍を取り出し、構える。あっちは殺す気満々のようだが、俺は間違っても殺っちゃうわけにはいかない。そうなると過剰威力気味の接合剣よりも神銀棍の方が武器のチョイスとしては適切だろう。

剣術5+相手に接近戦はしたくないが、するならばリーチの長いこちらの方が有利だ。魔力の増幅機能は接合剣に劣るが、武器としての堅牢性はこっちのが上だし。

「接近戦はヤバそうだからな、遠距離戦に徹させてもらう」

「貴様ァ! 卑怯だぞ!」

「戦いに卑怯もくそもあるか。というか相手の土俵で戦うのはただの馬鹿だろ」

魔力を集中しながら神銀棍を振るうと、俺の周りの地面が広範囲に抉れた。抉れた地面から吹き飛んだ土砂が空中で無数の槍を形作る。

土魔法レベル4で習得した土槍嵐舞という魔法だ。

殺すわけにはいかないので穂先は鋭くしていない。なので正確には槍と言うより棒だけど。

その数、優に百を超える。

「死なないでくれよ?」

この魔法を選んだ理由は二つある。

まず一つは比較的手加減が容易であること。そしてもう一つは質量弾であるということだ。

エルヴィンが高レベルで習得している風魔法には俺も愛用しているウィンドシールドがある。ある程度の飛び道具や魔法も防いでくれるし、加速時の空気抵抗も軽減してくれるイケメン魔法だ。

しかしこの魔法、矢程度なら良いのだが質量の大きい飛来物を防御するのには向かない。容易に風の障壁を貫かれてしまう。

大質量の攻撃に風魔法で対抗するとなるとあとはもう攻撃魔法で相殺するしかないのだが、風魔法は速度や隠密性に優れる反面生み出す運動エネルギーは決して多くない。

風魔法も一点に収束させればそれはもうとんでもない運動エネルギーと貫通力を持ったりするのだが、無数の土槍による面制圧・飽和攻撃に対してはやはり分が悪い。

そして魔力量、出力は俺が遥かに上回っている。

「ジャベリン・ストーム!」

土の槍が一斉にエルヴィンに向かって殺到した。本来はその一本一本がトロールの頭を容易に粉砕できる威力なのだが、今回はかなり威力を抑えてある。

それでも当たりどころが悪ければ骨の一本や二本は折れかねない威力だが。

「ぬぅぅぅぅぅぅんっ! 七塵滅牙!」

おっさんは為す術もなく地を舐める羽目になるだろう。そう思っていた。

しかし信じられない光景が目の前に発生した。

なんとこの男、中二っぽい技の名前を叫びながら殺到する土の槍を目にも止まらぬ剣速で斬り始めたのだ。あまりの速さにエルヴィンのおっさんの剣が何重にも分霞んで見える。

「マジか……剣の勇者の名は伊達じゃないな」

全ての土槍を撃墜された俺は素直に驚き、神銀棍を脇に抱えながら拍手をしてエルヴィンに畏敬の念を示す。

純粋な剣技だけでアレを撃墜するのは俺には無理だ。精々半分くらいが良いところだろうと思う。

流石は剣の勇者にして勇者王であるエルヴィン=ブラン=ミスクロニア。そのドヤ顔も納得の剣の冴えだ。

「この程度か? この程度ではやはり貴様如きに娘達はやれ」

「んじゃギアを一つ上げて行くか。数も倍に増やしてみよう」

「……えっ」

得意げになっていたエルヴィンが呆気に取られた表情をするが、俺は構わず先ほどの八倍の魔力を込めて土槍嵐舞を発動する。

先ほどよりも深く、広く土砂が弾け飛ぶ。

「倍率ドン、さらに倍」

俺の周りに先ほどの倍の数の土槍が浮遊し始める。

その数、二百。ついでに先ほどよりも土槍そのものの密度も大きく上がっている。

「あ、速度も硬さも倍だから」

「……お、俺は負けんぞぉぉぉぉぉっ!」

「おう、頑張れ。次は更に倍な」

土槍が乱れ飛び、剣鬼と化したエルヴィンがそれを迎撃する。超高速で剣を振るいながら風魔法で無数の烈風を放ち、殺到する土槍を撃墜する。中二っぽい技名を叫ぶ暇すらないようだ。

そして残念ながら俺の魔力はまだ四分の一も減っていない。エルヴィンの方はどう見ても既にいっぱいいっぱいである。

「良い腕だ、感動的だな。だが無意味だ」

最初に足を止めて迎撃したのが悪かったな。もうおっさんの周りは斬られた土槍の成れの果てである土砂でいっぱいだ。今更足を使った機動戦を仕掛けようとしても、どうしても足を取られて隙ができるだろう。

そうなれば一巻の終わり、この弾幕密度で一撃食らえばあとはただの的に成り下がるしかない。そうなるとエルヴィンのおっさんに残された活路は一つ、俺の魔力が切れるまでその場で持ち堪えるのみだ。

大切なことなのでもう一度言うが、現時点で俺はまだ総魔力量の四分の一も使い切っていない。ほぼ詰みである。

「うがぁぁぁぁぁっ!? クソがぁぁぁぁぁッ! うぼぁーーーーッ!?」

同時発射数が八百になった時点で土槍を迎撃しきれなくなったエルヴィンが身体中に超高速の土槍を食らって宙を舞う。

某小宇宙を燃やす漫画並の美しいやられポーズで吹き飛んだエルヴィンを更に無数の土槍が空中で滅多打ちにした。もはやただのサンドバックである。

途中からはただ弾き飛ばす程度の威力に押さえ込んでやった。俺ってばなんて優しいんでしょう。

ドシャァ、と音を立てて土槍の成れの果てである柔らかい土の山にエルヴィンが無様にも頭から突き刺さる。足がビクビクしてるから死んではいないだろう。

「ふっ、勝った」

接近戦で打ち合えば苦戦は免れなかっただろう。美しさとか格式に従えば俺は接近戦でエルヴィンのおっさんを打ち倒すべきだったのかもしれない。

だが断る。

俺の命と、何よりマールとティナーヴァ王女との結婚がかかっているのだ。妥協も油断も慢心もしない。

「勇者王を魔法で打ち倒した……」

「ま、魔王だ……」

「魔王」「魔王っ!」「まおうっ!」

『『『『魔王っ! 魔王っ! 魔王っ!』』』』

熱狂的な魔王コールである。何故魔王呼ばわりなのか……解せぬ。

とは言っても折角のご声援なので何かお応えするとしようか。

「ふはははは! おっさん恐るるに足らず! 約定通りミスクロニア王国の至宝、二人の美姫はこの俺、タイシ=ミツバが貰い受ける!」

そう宣言して神銀棍を掲げ、俺の背後に爆発とともに巨大な火柱を立ち昇らせる。悲鳴とも歓声ともつかぬ熱狂が闘技場を揺るがした。

魔王タイシ=ミツバ、爆誕の瞬間であった。

「で、どうするつもりですか。すっかり国民の間では魔王として認識されてしまいましたよ? 幸い畏怖と尊敬が主で憎悪とか排斥を訴えている国民は少ないようですけど」

「反省してまーす」

「本当に反省していますか?」

「ついカッとなってやった。今では反省している」

城に戻った俺は床に正座をさせられてマールから説教を受けていた。ちなみに少し離れたところではイルさんと第一王子のアルバートが俺と同じようにティナーヴァ王女に正座させられて説教されている。

どうやら例の隠し撮り映像の件に関してこっぴどく叱られているらしい。

あれは記録結晶という魔法の品で、一度発動すると丸一日分くらいの映像を記録できる代物なのだとか。

俺とティナーヴァ王女の初夜が収められた記録結晶はティナーヴァ王女によって回収され、今は彼女の手に収まっている。

勿論あのイルさんがバックアップを取っていないわけがなく、実は俺も一つコピーを貰っている。当然ティナーヴァ王女には秘密だ。

今度どこかでゆっくり鑑賞することにしよう。

「大丈夫よー、逆にあれくらい畏怖されれば変なちょっかいをかけてくる人も減るだろうし、気にすることは無いわー」

「自分でやっておいてなんですが、武に優れた王がポッと出の俺にボコボコにされたんじゃ王の権威が失墜するのでは。それに政治的にも俺一人に王女を二人も嫁がせるってのは……大丈夫なんですか?」

「それは勿論リスクはあるわよー。でもー、タイシ君は助けてくれるわよねー?」

にっこりと笑うイルさん。背後の般若が俺の喉元に刀を突きつけている幻が見えそうだ。

勿論俺は無言で頷いた。

「勿論。対価をしっかりといただけるならね」

「あの件ねー?」

イルさんの視線がマールに向く。マールは俺に向かって頷く。

どうやら話は通っているらしい。

「そうねー、王女二人を嫁がせるのだからその夫であるタイシ君が爵位も何もない平民というのは少し問題よねー。とりあえずは子爵位を与えることにするわー。幸い、タイシ君は既に十分な『武勲』を上げているしねー?」

リュメール近辺の魔物を掃討した件のことだろう。

「ミツバ子爵領としてご所望の国境の森林地帯を与えるわねー。一応あの森はリュメールを治めるヴィクトール男爵の領地なんだけどー、まぁ別に開発しているわけでもないみたいだしー」

「いや、でもだからって領地を取り上げたら不満を持つんじゃ」

「そうねー、頑張ってねー」

にぱー、と笑うイルさん。フォローする気ないのか、おい。

「大丈夫よー、タイシ君にはマールちゃんティナちゃんもいるからなんとかなるわー」

「一応爵位もタイシさんの方が上ですし、勇者で魔王ですし、王女である私とティナもいますし。まぁなんとかなるんじゃないでしょうか!」

母娘揃って超楽天的なご意見ありがとう。

まぁ権威もあるし、マールとイルさんの二人がそう言うならなんとかなると思おう。俺はリュメールとは仲良くしたいし、カレンディル王国とミスクロニア王国を繋ぐ道を作るならリュメールにも旨味がある。最初は嫌われるかもしれないが、最終的には良い関係を築けるだろう。

と思いたい。

「でもまだまだ騒ぐ人たちはいるでしょうからー、タイシ君にはバリバリ働いてもらうわよー。文句を言われないくらい、馬車馬のように働いてねー?」

そう言って有無を言わさぬ笑みを浮かべるイルさん。案外この人も夫がボコボコにされたのが面白くなかったのかもしれない。

だが私は謝らない。絶対にだ。