29-Years-Old Bachelor Was… Brought to a Different World to Live Freely
Episode 128 - I was attacked by a Transformed Hero
それは三ヶ条について各集落に通達し、三日ほど経った日のことだった。今日も今日とてアルケニアの里に続く道を切り拓きましょうかねぇ、などと考えつつ領主館を出て十歩ほど歩いたその瞬間である。
「ぬぉっ!?」
今までに感じたことのないレベルの危険察知が働いた。完全に油断していた俺は回避行動が遅れる。まずい、転移魔法も防御魔法も間に合わない!
せめてもの抵抗として攻撃が来る方向を向き、腕で頭と心臓だけは守ろうとする。
「ガアァァァァッ!?」
熱い、痛い、熱い! 攻撃の正体が何なのかは皆目見当がつかないが、危険察知が働いてから着弾までが速すぎる。熱さと衝撃を感じ、平衡感覚があやふやになる。恐らく爆発して吹き飛んだんだろう。突然の爆発に領主館前広場が騒然とした。
そりゃそうだ。起きて身支度を整えて、朝飯食ってすぐに出てきたんだから、領主館前広場にはそれなりの人通りがある。一体相手が何者なのかわからんが、最悪のタイミング、場所で襲撃されたな!
「クソァ!」
攻撃の方向に向いていた全面が痛い。辛うじて一撃死は免れたようだが、攻撃の正体すらわからないのは不味い。痛む身体に鞭を打って無様に転がり、視線を動かして隠れられそうな物陰を探す。領主館からさして離れていないのだから領主館に駆け込むのが一番早いのだが、それは論外だ。領主館の中にはマール達がいる。戦闘に巻き込むなんてありえない。
再び危険察知が働いた。魔法を使うには時間が足りない。回避が間に合うとも思えない。ならば諦めるか? そんなわけがない。
「全員この場から逃げろ! 収容地に行け! 走れ!」
自分がどんな状態になっているかもわからないが、周りにいると思われるクローバーの住人達に指示を出しながら拳を振り上げる。元奴隷達の収容地は領主感からだいぶ離れている。あそこなら余程のことがない限り戦闘に巻き込むことはないだろう。
もっと色々と考えたいことはあったが、これ以上考えている暇は無さそうだ。全力で魔力を込め、振り上げた拳を石畳の地面に叩きつける。
轟! という爆音と共に石畳の地面が炸裂し、捲れ上がって視界を塞いだ。捲れ上がった石畳と土砂の向こうから爆風と閃光、そして衝撃が襲いかかってくる。今がチャンスだ。身を翻し、隠形スキルを発動しながら爆風に隠れるようにして攻撃者が居ると思われる場所とは反対方向の建物の影に駆け込む。
「くっそ痛ぇ」
手早く全身に浄化をかけ、攻撃を受け止めたと思われる腕の傷を確認する。なんじゃこりゃ……爆ぜた上に焼かれたような感じだぞ。この痛みの感じだと、顔も頭も腹も酷いことになっていそうだ。鏡で見たら軽くホラーな状態なんじゃないだろうか。
「ふざけやがって……!」
だが、攻撃の正体はなんとなく予想がついた。これは多分レーザーのような光学兵器による攻撃だと思う。高出力のレーザーによる攻撃を受けると、焼き切れるとかじゃなくて表面が蒸発して爆発するとか聞いたことあるし。巻き上がった土砂に邪魔されて俺を攻撃できなかった点から考えても、普通の魔法弾とか質量兵器の類ではないと思う。
そう結論づけた俺は回復魔法で体の傷を癒やし、極光剣と魔王鎧mkⅡを装備する。どこのどいつだかわからんが、落とし前はつけさせてもらうぜぇ……アイサツもせずにアンブッシュとか絶対汚いニンジャ的な奴に違いない。極光剣でバラバラに引き裂いてやろう。
「引っかからない、だと?」
気配察知を使い、敵の位置を探るがそれらしい反応が見当たらない。気配察知を騙すような何かを持っているのか? 隠形スキルか、それとも魔導具の類か。
こうして隠れていても状況は改善しないだろうなぁ。むしろ、俺を誘き出すために領主館に攻撃をし始めるかも知れない。出たとこ勝負で行くしかないか。
「くっそ、後手後手の対応を迫られるのは面倒だな」
これがクローバーでなければ敵がいそうな場所を更地にしてもいいんだが、そういうわけにはいかない。こちらは広範囲、高威力の攻撃を封じられてあっちはやりたい放題となるとキツいな。
しかしこのやり口を見る限り、相手は俺のことを知っているな? ただ情報を集めて調べただけじゃない。多分実際に一度やりあってるか、俺の戦いをその目で見ているかしてる奴だ。
隠形スキルを解除して飛び上がり、魔力を集中しながら石造りの建物の上に着地する。
「さぁて……?」
心当たりはそう多くない。神々のうちの一柱か、そうでなければ――。
「やっぱりてめぇかおっさん」
無残に砕け、抉れた地面の向こう。こちらと同じく建物の上に、白い全身甲冑のようなもの――強化外骨格を纏った人影があった。
名前は知らないが、あの姿は前に大森林で出会った古代人の生き残りらしきおっさんに違いあるまい。あのおっさんは旧世界を滅ぼした邪神であるリアルに並々ならぬ復讐心を抱いており、そのリアルの力を復活させようとしていた俺を殺そうと襲いかかってきた奴だ。こっぴどくぶっ飛ばした上に念入りに極大爆破をぶちこんでおいたのだが、生き延びていたようである。
奴は俺の声が聞こえなかったのか、それとも無視したのか。肩に担いだ大砲のようなものを無言でこちらに向けた。途端に危険察知がガンガンと頭の中で警告音を鳴らす。
「畜生め!」
しかしこちらもそうなるのは予測済みだ。集中していた魔力を使い、転移魔法で一気に間合いを詰め――!?
「なっ!?」
転移魔法は発動せず、魔力が霧散する。一体何が起こっている!?
「があぁぁぁぁっ!?」
閃光、爆発、激痛。浮遊感の後に衝撃。どうやら建物の上から吹っ飛ばされて落ちたらしい。今の一撃で魔王鎧mkⅡは一撃で大破である。ぬああぁぁぁぁぁっ! 殆ど性能を発揮できないままに破壊された! 悔しい! そして痛い! 回復魔法!
「くっそ、本気だなあの野郎」
前にも一度転移魔法は見せている。きっと何らかの方法で対策をしたんだろう。あのおっさんの装備していた強化外骨格――あのおっさんはパワーアーマーと呼んでいたが――は元々擬神格を取り入れた人間を殺すために作られた兵器みたいなことを言っていた。気配察知から逃れる術といい、今の転移魔法の発動をを妨害した術といい、恐らく当時からそういうものを使う擬神格持ちがいたんだろうな。それに対抗する手段も当然開発されていたってわけだ。
「お、おい大将、大丈夫なのか?」
俺の隠れていた建物の窓が開き、その窓からにゅっと牛の顔が出てきた。
「全然大丈夫じゃないが、大丈夫だ。それより建物の中の奴ら全員に声かけて収容地の方に逃げろ。広場には出るな、その窓から出て逃げろ。急げ!」
「わ、わかった!」
牛の頭が窓の中に引っ込んでいき、ドスドスと走り去る音が聞こえる。
よし、少し冷静になれたような気がする。
「このまま隠れていたら、あっちも攻め手が無いだろうな」
俺を倒すなら認識の外から、危険察知をしてから回避行動に移る前の一瞬で、一撃で仕留める必要がある。大打撃を与えても今みたいに物陰に隠れてしまえば直ぐに回復できてしまうからな。と、なれば次におっさんが打つ手は……?
「まずい!」
俺なら『物陰を無くす』。それはつまりクローバーの町並みを破壊するということに他ならない。領主館にはマール達がいるし、まだ目の前の建物にも、この周辺の建物の中にだって住人達がいる!
「くっそ!」
魔力を集中しながらすぐさま飛び上がり、再び建物の上へと着地する。おっさんに視線を向けるが、手にした武器に変わりは見られなかった。考え過ぎか? それとも、あくまで目標は俺のみに絞っているということなのか?
再び向けられる砲口。だが、こっちだっているまでもやられっぱなしではない。集中していた魔力を練り上げる。
「何度も何度もハエ叩きできると思うんじゃねぇぞコラァ! !」
次の攻撃が発射される前に土で生成された電信柱状の槍がおっさんに向けて殺到していく。その一方で俺は土の槍の弾幕の後ろにピタリと追従。攻防一体の盾として間合いを詰める。こうして間合いを詰めさえすれば勝てる!
「と、思うよなぁ?」
おっさんの声と共にズン、と。何かが大量の土の槍で構成された弾幕を貫いた。
土の槍の弾幕を貫いてきたのは、赤い切っ先だ。剣か、それとも槍か。禍々しいオーラを放つ切っ先は、土の槍の弾幕の後ろにピッタリとくっついて移動していた者にとっては不可避の刃だ。
そう、不可避の刃だっただろう。それを予測していなければ。
「と、思うよなぁ? その言葉そっくりそのまま返すぜ」
赤い切っ先の間合いの外、土の槍で構成された弾幕の陰から、射撃モードに変更していた極光剣の砲身をおっさんへと向ける。おっさんは赤い刃を持つ禍々しい剣を土の槍の弾幕へと向けて突き出した体勢のままだ。つまり脇がガラ空きである。
「死に晒せぇ!」
二股に分かれた刀身の間に眩い閃光が迸り、砲口から発射された熱線がおっさんの強化外骨格の脇腹に突き刺さった。隙だらけのおっさんは為す術もなく吹き飛び、城壁を越えてクローバーの外へと弾き出されていく。
当然、俺がこのままおっさんを逃がす筈もない。
「おらぁ! 待てやコラァ! 今度は確実に息の根止めてやんぞてめぇぇ!」
煙の尾を引きながら吹っ飛んでいくおっさんを飛行魔法で追う。前にやりあった時も念入りに爆破はしたんだがな。死体を確認することができなかっただけに『やはり生きていたか』という思いも強い。至近距離からの爆裂光弾を食らっても全然壊れる様子がなかったもんな、あの強化外骨格。
おっさんが落下していったのはクローバーの北側。奇しくもクローバー侵略軍が展開し、マールの魔核地雷で派手に吹き飛んで更地になった地点だった。樹海に落ちて逃げ隠れされたら面倒なことになるところだったが、あの地点なら見失うこともない。存分にぶち殺してやろう。
そう思ったところで危険察知が働いた。見ればおっさんが吹っ飛びながらも空中で体勢を整え、銃器のようなものをこちらに向けてきている。
「しぶといなてめぇ!」
おっさんは無言で左手に持った銃器のようなものを発砲した。武器の正体はわからないが、肌に感じる危険度は先程のレーザー砲と同等かそれ以上だ。転移が使えるなら転移するのが一番なんだが、また発動阻害されたら目も当てられない。
「ぐゥ!?」
全身に魔力を漲らせて防御を上げながら、空中で横っ飛びに回避する。慣性を無視した急激な方向転換で身体に急激な負担がかかるが、俺が苦悶の声を上げた理由はそれではない。
右側に避けたために無防備に晒されることになった左半身。そこに走った激痛のためだ。攻撃の正体はわからないが、恐らく物理的な攻撃である。肉が抉れて、血が噴き出したからな!
「いちいち痛ぇんだよこの野郎!」
「加速散弾砲をまともに喰らって痛いで済むとかおかしいだろお前。常識ねぇのかよ……生身でこいつを喰らったら、普通はバラバラだぞ」
着地した俺におっさんが心底呆れたような声でそう言いながら再び銃口を向けてきた。奇妙な銃だ。多数の銃身が束ねられたような見た目で、パッと見はあの冷血王子が使っていたペッパーボックスピストルを大型化、長銃身化したもののようにも見える。
「なんだそのゲテモノ銃」
「お前みたいな化物を殺すための銃さ」
再びの発砲。しかし対策は既に済んでいる。
「土壁!」
地面から分厚い土の壁がせり上がり、銃弾を受け止めた。何発か貫通して俺に命中したが、威力が落ちていて大した傷にもならない。
だが、この分厚い土壁を貫通してくる威力があれば、建物の陰に隠れていた俺をこいつで炙り出すことなんてわけなかったはずだ。やはり、このおっさんは俺以外は戦闘に巻き込まないように配慮しているようだな?
「おいおっさん。ここらでやめにしないか? これ以上やったら大怪我くらいじゃ済まんことになるぞ」
「そいつは無理な相談だ。前に言ったな? 俺は奴を絶対に許さない。奴はその権能を使い、ヒトを獣以下の存在に創り変える。ヒトとしての尊厳を全て剥ぎ取ってな。お前は知った顔がそんな風に創り変えられてしまったことがあるか? そいつの息の根ををやむを得ず止めた経験は? 無いなら俺の恨みを理解することはできまい。理解できたとしても殺すがな」
恨み骨髄に徹する、というのはまさにこのことか。おっさんの言葉に染み込んだ怒りと憎悪は相当のものだな。あいつの権能でヒトとしての尊厳を剥ぎ取られ、ってのは一体どんな状態なのか全く想像もつかないが、きっとロクでもない状態だったんだろうな。
だが、それはそれ、これはこれだ。俺にしてみりゃそんなことは知ったこっちゃない。素直にこの首を差し出す気にはとてもなれんね。
これ以上の話し合いは少なくともお互いに五体満足な状態では無理だろう。そう判断した俺は回復魔法を発動して傷を癒やしながら土壁を右側から回り込んで行く。奴は左手に銃を持っていたから、腕の外側にあたるこちらから回り込んだほうが反応が遅れるはずだ。
「ビンゴ」
「ファ○ク!」
だが、おっさんは俺の動きを読んでいたらしい。ピタリと照準され、再びの銃撃。
「あっぶねぇ!」
慌てて土壁の後ろへと身を隠し、土壁に魔力を注いで強度を増しておく。今回は貫通されなかったようだ。
「やい、この野郎! 俺が死んだってあの邪神は死なねぇぞ!」
むしろ今死んだら嬉々として昇神させられそうな気がする。まさかとは思うが、あいつそのためにこいつをここに誘導したわけじゃあるまいな? いくらなんでも流石にそれはないか。
「嘘だな、邪神の器になっているお前を殺せば奴も滅びる」
「はいぶっぶー! 残念でしたぁ! もう奴は復活して俺の身体から出てってますぅー! 俺を殺しても何も解決しませぇーん!」
「なん……だと……?」
挑発しながら土魔法で俺と同じくらいの大きさの土人形を作り、土壁の左側から飛び出したように見えるよう投げる。その上で俺自身は一拍遅れて土壁の上に跳躍した。
目論見通り、発砲音と共に壁の左側から飛び出した土人形が砕け散る。
「んなっ!?」
「隙ありィ!」
「がっ!?」
剣の間合いの外、ゆうに十メートルは離れている場所で振るった俺の極光剣は確かにおっさんの両腕を斬った。白い強化外骨格に覆われた二本の腕が肩から斬り離され、赤い剣と奇妙な銃を握ったまま宙に舞う。
「馬鹿、な……!? 一体何が!?」
「教えてやる義理はないねぇ」
いつかおっさんに言われた言葉をそっくりそのまま返してやる。俺は声高に手の内を晒す間抜けではない。そもそも、剣術スキルを限界突破して覚えた奥義です、とか言ってもおっさんには理解できまい。
「さて」
殺すか、と考えたところで少しだけ思い留まる。
今回、このおっさんはあくまでも俺を狙ってきていた。まだ他にも強力な武器を隠し持っていそうな感じだし、そもそも手段を選ばずクローバーごと俺を葬るつもりなら他にやりようがあったんじゃなかろうか。
そう考えると、ここであっさりと殺して良いものなのか、と思ってしまう。いや、勿論今後のことを考えればこのおっさんは間違いなく大きな不安要素なんだから、今この場で後腐れなく始末しておくのが正解だ。
しかし、リアルが俺の身から出ていった今、このおっさんが俺をつけ狙う理由は無くなったとも考えられる。こうしている間にもおっさんの両肩からは血液が噴き出し続けている。俺が手を下さなくても程なくして死ぬだろう。
「ぐっ……何を」
「とりあえず傷を塞いだ。素直に話をするなら両腕を元通り生やしてやらんこともない」
何れにせよ、両腕を失ったおっさんにこれ以上俺をどうすることもできまい。回復魔法で両肩の傷を本当に最小限にだけ塞ぎ、出血だけは止めておく。あと、そこらに転がっているおっさんの腕と武器は没収だ。手早くストレージに収納しておく。
「おっさん、話をしよう。前も今回も、ロクに話もせずやりあってるじゃないか。俺らには言葉を操る知性が一応存在するんだからよ」
「知性ね、そんなものが俺達に存在するのかどうか、俺は懐疑的にならざるをえんがな」
「違いない。人間にまともな知性があったら人間同士で争うことも、世界を滅ぼしてしまうことも無いだろうしな。だがまぁ、今はそういう虚無主義的な話は脇に置こうぜ。俺は必要だと思えばこの手を血で汚すことも厭わない覚悟だが、無益な殺生は避けたいとも思っている」
強化外骨格のヘルメットの向こうにあるであろうおっさんの目を見る。うん、ヘルメット越しだから視線も表情もわかったもんじゃねぇな!
「おっさんの目的は旧世界を滅ぼした邪神――リアルへの復讐だろう?」
「……そうだ」
「なら、今の俺を狙うのは筋違いってもんだ。リアルはとっくに力を取り戻して俺の身体から出ていってるから、俺を殺してもおっさんが得られるものはなにもないぞ」
「その言葉が本当だとどう証明する?」
「知らんよ、そんなのは。旧世界の研究施設とかなら調べられそうな気がするが、わざわざそこまで赴いて検査にかかろうとも思わないしな。ただはっきりしてるのは、今ここで俺があんたに嘘を吐く必要性は何もないっていうことだな。嘘を吐いてあんたを説得するよりも、とっとと殺すほうが圧倒的に手っ取り早い。そうだろ?」
俺の物言いにおっさんは沈黙した。おっさんに言った通り、俺がこの状況で嘘を吐く理由など何もないのだ。おっさんに付け狙われるのをなんとかしたいってんなら、言った通りとっととぶっ殺してしまうのが一番早くて確実である。
「その話が本当だとすれば、何故奴はこの世界を滅ぼさないんだ? 力を取り戻した奴が自由の身であるのなら、この世界に破滅が訪れていなければおかしいだろう」
「そんなん知らんがな。本人に聞け」
「なんだと?」
「へーい! 見てるんだろ! 出てこいや! 出てこないと等身大の全裸像を作って崇め奉るぞオラッ!」
「いや、それは別に構わないけどさぁ……」
まるで最初からそこにいたかのような唐突さである。見る角度によって虹色にも見える神々しい銀髪、端正な顔、シンプルな白いワンピースに隠された成熟しきっていない、起伏の控えめな少女らしい身体。清楚でありながら強烈に劣情を誘う完璧な肢体。
何の前触れもなく、まるでこの世の者とは思えないような完璧な美少女がこの場に出現した。
「はーい、皆のアイドル、超絶かわいいリアルちゃんです☆」
ぱちん、とウインクすると煌めく星のエフェクトが飛んだ。原理は全くもってわからんが、魔力とか神力とかそういうものの無駄遣いだということだけはよく分かる。
「ほら、お前が昔ぶいぶい言わしてた頃の被害者だぞ。責任持って面倒見ろ」
「えー、そんなこと言われてもなぁ。確かにボクがちょっとやんちゃして旧世界を滅ぼしたのは事実だけど、そもそもの話をすればエネルギー資源として神々を消費し続けて、最終的にボクというエネルギー資源を制御しきれずに自滅したってだけの話じゃない? というかむしろ、神の座から引きずり出されて無理矢理受肉させられた上に、エネルギー資源として消費されかかったボクの方が被害者でしょ?」
俺を第三者と言って良いのかどうか正直わからんが、俺もまぁそう思うな。強制徴用の上、無理矢理死ぬまで働かされそうになったら俺でも文句言うし、文句を言うことすらできないなら力の限り暴れるわ。
「しかも神の座から引きずり出して受肉させる際に知性を封じる処置までしてたじゃない。ボクが本能のまま暴れる羽目になったのはあの処置が原因だよ?」
リアルがそう言って腕を組み、頬を膨らませる。うん、可愛いけどその結果旧世界を滅ぼすってのもスケールがデカい話だよな。
「確かにそうかもしれん。だが、俺の仲間と家族がお前に嬲り殺されたのもまた事実だ。俺は決してお前を許すことはできん」
そう言ってリアルを睨みつけるおっさんの目は復讐心で昏く、激しく燃え盛っている。うーん、なんとか翻意させようと思ってリアルを呼んだんだが、これは逆効果だったか?
「あっそ。こっちだってボクをこの世界に引きずり出して面倒事を押し付けた君達を許せないけどね。他の神々を滅ぼしたのはどうでも良――良くはないか。おかげでボクが世界再生なんてガラにも無いことをする羽目になったし。まったく、秩序サイドの神が一人でも生き残っていればもっと楽もできたのにさ。言っておくけど、君達がやらかした後始末、尻拭いもボクがしたんだからね? 秩序サイドも混沌サイドも関係なく神々を消費し尽くしてくれて本当にもう。仮にボクを完全に制御してエネルギー資源として使っていたとしても、この世界滅びてたからね? 当たり前だよね、世界の運行を行う神々を尽く殺し尽くしてたわけなんだからさ。地は砕け、水は腐り、火は灯らず、風は止んで、光は差さなくなり、闇すらも消えて何もかもが虚無の果てに消え去る。当時の世界はその瀬戸際、崖っぷちにあったんだよ? わかってるの?」
何それ怖い。そっかー、神々を殺し尽くすとそう言う弊害があるのかぁ。
「俺達の愚かさ、傲慢さなんてものはとっくに身に沁みている。だからこそ俺は生き恥を晒し、二度とあんなことが起こらぬように旧世界の遺産を管理し続けている。それだけが生き残った俺が人類に対してできる唯一の贖罪だ。そして、そんな俺の前にお前が現れた。お前の存在は仇であると共に、俺達が遺した負の遺産の最たるものでもある。この身に代えてでもお前だけは滅ぼさなきゃならん。またこの世界を滅びさせるわけにはいかない」
「あっはっは! 笑わせるねー。良いかい? 旧世界を滅ぼしたのはボクじゃない。君達自身だ。さっき、君はタイシに言ってたね? ボクがヒトの尊厳を剥ぎ取ってどうこうと。違うね、逆だよ。君達がボクの、ボク達の尊厳を何もかも剥ぎ取ったんじゃないか。その事実を棚に上げて人類の守護者気取りで自己陶酔とは恐れ入るね」
にっこりと天使のような笑みを浮かべながら痛烈な批判の言葉を放つリアル。うーん……立場上、無意識にリアルの方に肩入れしてしまっているのかもしれないが、やはりリアルの主張の方が正しい、というか正当に感じるなぁ。
いや、それでもリアルがかつて人々を大量に殺戮し、世界を滅ぼしかけたのは間違いなんだろうけども。話を聞く限りは古代人の自業自得感が激しいよなぁ。本当にリアルが古代人達の手によって知性を失っていたのかどうかわからないけど、おっさんもその点については一切否定をしてこない以上は事実なんだろう。
「ま、今の君にこんなこと言っても仕方ないんだけどね。もう過ぎたことだし、結局なんとかかんとかこの世界は存続させられているわけだしさ。今となっては受肉したからこその楽しみっていうのも見つけたし。どーでもいいかなーって」
リアルがこちらにチラリと視線を向けてくる。お? なんだ? ハグしてやろうか? よーしよしよし、ちょっと細いけどなかなか良い抱き心地だ。俺の胸に顔を埋めてほっぺたをスリスリしてくるところとかちょっと猫っぽくて可愛い。
「だいいちさー、今更そんな昔のことを言われても困るよねー。もう時効だよ、時効。世界を滅ぼしかけた償いとして、ボクは邪神としての本分を捨ててこの世界の再生を頑張ったわけだし、罪は十分償ってるよね?」
「まぁ世界は滅びてないし、人間もそこそこに生活してるし、俺は良いんじゃね? と思うけど」
おっさんにしてみればつい先日、あるいは数年前のことなのかもしれないが、俺にとっては遥か昔の話だしな。
リアルにしてみても数千年前の話には違いないし、滅亡寸前の世界を再生して人間達が自分の力で生きることができるように八方手を尽くし、今までずっと見守ってきたということで過去の罪は償ったという認識みたいだ。
「キミはそういうとこ、懐が深いよねぇ。いいの? ボクは昔、大勢の人間を惨たらしく殺しまくったやべー奴なんだよ?」
「今もそうしようと目論んでるならドン引きだけど、そうじゃないんだろ? それにまぁ、その所業も全面的にお前が望んでやったってわけでもないみたいだし、償いも俺から見ればちゃんと終わっているように見えるし、俺としては問題ないな」
過去にやらかしていたとしても神話級に前の話だしなぁ。俺に直接的になにかがあったわけでもないし、おっさんの恨み言も俺からすれば『ふーん、それは大変だったな』ってだけの話だ。
「んふふー……本当にもう、キミはもう」
リアルがまさにでれでれといった様子で俺に抱きつく。あー、いけませんお客様いけません! 度重なる被弾で服がボロボロになっているからって乳首に吸い付くのはおやめくださいお客様! あーいけませんいけません! ここでやらかすつもりですかお客様!
「お前が恨んでる相手こんなだけど、いいのか?」
いかなる術理によるものか、盛大にピンク色のハートを撒き散らしながら俺に吸い付くリアルをなんとか引き剥がし、なおも吸い付こうとしてくる奴の額を手で抑えながらおっさんに問いかける。
「……死にたい」
リアルが撒き散らすハートの流れ弾にピシピシと被弾しながら、おっさんがチベットスナギツネみたいな表情になっていた。なんという虚無の表情。これは本気ですわ。
「おっさんが鬱になってるぞ。なんとかしてやれ」
「ここはサクッと殺してあげれば?」
「お前、そういうとこだぞ」
唐突に無慈悲な邪神ムーブをキメるリアルにデコピンをお見舞いしてから項垂れて肩を落とすおっさんの傍に近づく。いや、今は落とす肩が無かったな! HAHAHAHA!
「で、まだ俺を付け狙うか? なら本当にあんたを始末しなきゃならんのだが」
「……なんかもう何もかもが馬鹿らしくなったよ、おじさんは」
「そうか、大変だな」
斬り捨てたおっさんの腕をストレージから取り出して傷口を浄化してから押し当て、回復魔法で再生してくっつける。早速指をわきわき動かしているところを見る限り、処置は成功したようだ。
「違和感があっても知らん、自分でどうにかしてくれ」
「……お前、なんで俺を殺さなかった?」
おっさんがそう言って力のない目で俺を見上げてくる。会話をしようとボールを投げたら鉄球になって返ってきたでござる。なんだよいきなり。質問が重いわ。
「あんた、俺以外の住人を巻き込まないようにしてただろ。無関係なやつも巻き込み上等で襲ってきてたら、問答無用でぶっ殺してたさ」
「そうかい……なぁ、お前から見てそいつはどうだ?」
膝を落としたまま、おっさんがリアルへと視線を向ける。視線を向けられたリアルは何故か胸を張ってドヤ顔だ。なんでドヤ顔なの? お前。
「有り体に言って邪悪なやつだな」
「ちょっと?」
「気まぐれで俺をこんな世界に連れてくるし、人の行動を操って色々と画策しやがるし、粘着と煽り滅茶苦茶ウザいし、自分の本能に割と忠実だし、人が苦労して右往左往しているのを眺めてニヤニヤしてるようなとこがあるし、興味がわかないものは一切顧みないところがあるし、唐突に邪神ムーブするし」
「ええとその……」
リアルが冷や汗を垂らしながら視線を逸らす。俺はそんなリアルを抱き寄せながら言葉を続けた。
「でも、本当は面倒見が良いところとか、自分の努力をあまり人に見せないようにするところとか、気楽に話せるところとか、自分から誘惑はするくせに攻められると弱いところとか、結構寂しがり屋で可愛いところとか、そういうところは実に良いぞ」
「はぅあぁぁぁ……やめてぇぇ」
リアルが真っ赤になった顔を両手で隠しながら身悶える。
「ははは……お前さんにしてみりゃそいつもただの可愛いお嬢ちゃんか」
おっさんは力なく笑いながら立ち上がり、どうやってかはわからないが身に纏っていた強化外骨格を消し去った。やっぱり俺のストレージと同じような能力を持ってるみたいだな。
「この先はどうするんだ?」
俺の申し出におっさんは首を横に振った。
「さてな、今の世界ってのを見て回るのも良いと思ってるが」
「そうか。その辺で野垂れ死ぬなよ、迷惑だから」
「口の減らない小僧だな」
おっさんはくつくつと笑いながら身体についた埃を手で払うと、なんだかスッキリとした顔で空を見上げた。憑き物が落ちたような顔というのはこういうのを指して言うのかも知れないな。
「それじゃあな。二度と会うこともないだろう」
そう言っておっさんは身を翻し、歩き去ろうとしたので俺は後ろからその肩をむんずと掴んだ。
「どこへ行こうというのかね?」
「なに?」
振り返ったおっさんが怪訝そうな表情をする。
「おっさんの襲撃のせいでぶっ壊れた石畳やら、一方的に俺に攻撃した件についてやら、片付けるべき案件があるだろう? 何で『今生の別れだ』みたいな雰囲気出して逃げようとしてんだ許さんぞてめぇ。やるだけやって後始末を疎かにするんじゃねぇって今しがたリアルに言われたよなぁ?」
「あっ、はいすいません」
肩に食い込む俺の手が痛かったのか、おっさんは引き攣った笑みを浮かべる。
「いや、締まらないねぇホント」
やれやれ、とでも言いたげな表情で肩を竦めるリアルの顔面を鷲掴みにする。
「あだだだだっ!? な、なにさ!?」
「何他人事みたいなこと言ってんのお前。お前が原因でこのおっさんが襲ってきたんだから、お前も許されんよ?」
「えっ!?」
鳩が豆鉄砲食ったような顔してるけど、当たり前だよなぁ? お前目当てのおっさんに滅茶苦茶痛めつけられたんだぞ、俺は。イイハナシダナーで終わると思ったか? そうは問屋が卸さない。
「さぁ、まずはクローバーに行こうか! 逃げたら何処までも追いかけて生きていることを後悔させてやるからな、お前ら」
おっさんが持つであろう旧世界の技術とリアルの神様パワー、存分に利用させていただくとしよう。勇魔連邦の未来は明るいぜ。