黄昏に支配された厳しい世界で人間は、なんとかその人口を保っていた。人魔対戦終了時は約4割ほど激減した人口だが、今はインフラなども安定しておりそれなりに人口は回復している。このような世界でも人は恋をして、そして夫婦となり、子どもを産む。人間に限らず、生物の生きる理由は存続と繁栄にある。そこにそれ以外の大層な理由などはないのだ。

また、それは対魔師とて例外ではない。優秀な遺伝子を残すために、対魔師同士の結婚が推奨されているものの自由恋愛であることに変わりはない。

そして特級対魔師の中に、絶賛恋をしているものがいた。

そう……エイラだ。

(おかしいわね……眠れないわ……)

退院をしたエイラは第一結界都市の宿舎に移動した。まだ荷物は揃っていないが、それでも最低限のものはある。そんな中で眠ろうとしているのだが、なかなか寝付けない。別に枕が変わってしまったので眠れないというわけではない。エイラはそこまで神経質ではない。ではなぜ、彼女が寝付けないのか。それはずっとユリアの顔が脳内に残っているからだ。

(ユリア……)

想いを馳せるのはあの時。彼が病室にやってきて、二人で会話をした。もちろんエイラは伝えられた事実に動揺はしたものの、やっぱりか……と言う気持ちの方が大きかった。そんな中で彼の気持ちを知った。ユリアはあの戦いを経て、また強くなったのだ。一見すれば少し気の弱そうな少年に見える。でも今は違う。彼は様々な経験を積んで、その心意気が固まったのか顔つきが違うと思った。

以前から兆候はあった。ユリアとは話が合うし、互いに良い関係を築いている。でもそれは先輩後輩でしかない……そうだと思っていたが、改めて会うユリアは誰よりも輝いて見えた。悲壮感はあるものの、確かな意志を宿している双眸。

それに惹かれたと同時に、彼女は自分の胸に燻っていた感情の名前を知った。

これは……恋なのだと。

(うー、明日からどんな顔して会えば……)

明日は招集の日になっている。特級対魔師が全員集まるので、もちろんユリアと顔を合わせることになるだろう。でも今更どんな顔をすれば良いのか。それに病室では何を思ったのか……エイラはユリアにキスをしてしまった。

(なんで、なんでキスなんてしたのよぉ……私ぃ……)

それは戦略的な行動ではない。ただ純粋に彼が愛おしいと思って、衝動的にキスをしてしまったのだ。今までは歳が近くてこんなにも話があう異性などいなかった。それに特級対魔師なのだから、恋愛に現を抜かしている場合ではない。そう思っていたが……やはり人の感情とは御し難いもの。エイラはずっとユリアのことを考えながら、悶々としてた。

「……あまり眠れなかったわ」

起床。物の見事にエイラは十分な睡眠を取ることができなかった。それでも朝はやってきて、いつものように軍人として戦う必要がある。幸い、今日は会議だけなので寝不足でもそれほど問題はないのだが。

(え……何あれ?)

出勤途中。エイラはシェリーの姿を見て声をかけようとするも、彼女は隣に立つ白髪の少年に見覚えがなかった。

(シェリーの知り合い? それにしてもどこかで……)

既視感があった。妙にブツ切りになっている髪よりも、今はあの後ろ姿……特にその身長と立ち振る舞いに見覚えがあった。瞬間、少年の方がシェリーの方を見て顔がかすかに見える。そしてそれは間違いなく、エイラの知っているものだった。

「……は?」

思わず声に出る。それもそうだ。あの顔は……そう、昨晩から思い続けているユリアその人なのだから。

(……か、髪切ったの!!?)

驚愕。しかし今回は声を抑えることに成功。その場にうずくまると、エイラはふるふると震え始める。

「ん? もしかしてエイラちゃん? どうしたの? お腹でも痛いの?」

「……のよ!!」

「え?」

ちょうどやってきたのはシーラだった。二人は割と仲がいいので、シーラは普通にエイラに話しかける。すると返ってきた言葉はシーラの予想外のものだった。

「ユリアが髪切ってるのよ!!」

「え、まじ?」

「まじ、まじ! 見てあれ!!」

テンションが振り切れそうなほど上がっているエイラはぴょんぴょんと跳ねながら、前方を指差す。

「うわぁ……バッサリだねぇ……しかも、自分で切ったぽいし」

「……か、かっこよくない?」

「は?」

「やばい……ユリア、短髪、かっこいい……」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょい、エイラちゃんや」

「何よ、シーラ」

「そのぉ……もしかしてそうなの?」

「はっきり言いなさい」

「ユリアちゃんのこと、好きなの?」

「そうだけど?」

「いや、何キョトンとしてるの? 過去に恋愛なんて不要なんて言ってたじゃん。特級対魔師としてのあるべき姿とか語ってたじゃん」

「仕方ないわ。恋とは人間の遺伝子を残すための機能であり、本能的なもの。完全に理性で抗えるものじゃないわ」

「……いや、そうなんだけど……以前のエイラちゃんは全く別のことを言ってたんですが……」

「人間とは常に変化するのよ。私も新しい価値観を手に入れたってことよ。分かった?」

「……ごめん、ちょっと頭が痛い」

その場で頭を抑える。シーラはエイラに比べれば、年齢を重ねているし、経験もある。男性を好きになったこともある。そんな彼女だが、今のエイラの様子を見て……こう思った。

「……恋は盲目ってやつだね」

「何よ、文句でもあるの? もしかして……あんたもユリアを……」

「どうどう。怖いって、私はユリアちゃんには興味ないから。というよりもむしろ今は女の子の方がいいかなーって」

「あぁ……そういえばあんたは両方いけるんだったわね」

「そうそう。で、どうするの?」

シーラも女性である。もちろんこの手の話題は嫌いではない。むしろ進んで介入したい性質《たち》である。

「う……どうしよ」

「そういえば、エイラちゃんは自分で髪切ってるんだよね?」

「? そうだけど、何か関係があるの?」

「会議が終わった後に、切ってあげれば?」

「それよ! シーラ! あんたは天才ね!」

「ふふ……年の功ってやつよ……ふふ」

「よし、そうと決まれば実行よ!」

「おう!」

と、会議前に全く別の思惑が進行するのだった。

もちろん、エイラとシーラは真面目に会議に出席し今後の作戦のことを把握した。それでも今はこの恋を進めることも重要である。互いにいつ死ぬかわからない身なのだ。ずっと待っているわけにもいかない……と思っているかはわからないが、エイラはすぐに行動に移した。

(エイラちゃん、頑張って!)

(任せなさい……!)

目線だけでやり取りをすると、エイラはそのままユリアを誘って自室へ。そこで髪を切ってあげた。その場では平然とした様子で対応していたが、内心は焦りっぱなしだった。それでも段々と落ち着いてきて、徐々にいつものような雰囲気になる。

燃え上がるような恋でもあるし、穏やかな恋でもある。エイラはこうしてユリアとゆったりと会話をするだけも満たされていることに気がついた。

そうして彼が出て言った後、彼女はベッドに腰掛ける。それと同時に、扉がノックされる。

「入っていいわよ」

「どうだった?」

シーラはユリアが出て行くのを確認すると、すぐにこの場にやってきた。

「完璧な仕上がりよ。腕によりをかけて切ったわ」

「確かにあれはカッコいいねぇ……軍のお姉様方にさらに人気が出るかも」

「うぐ……そ、それはそうかも」

「うん。普通に中性的な美形だしね、ユリアちゃん。今は短髪になってマジもんのイケメンになっちゃったけど」

「……ぐぬぬ」

「でもいい雰囲気だったんでしょ?」

「まぁそれはそうだけど……」

「何かあったの?」

「その実は……先日お見舞いに来てくれた時に、キスしちゃって……」

「は!? それは本当に!?」

「ほっぺにだけど……」

「マジか……そこまで進んでいるとは……」

二人でそう盛り上がっていると、ドアがバンッと音を立てて開く。

「……うるさい」

それはイヴだった。偶然、イヴの部屋はエイラと隣だったのだ。彼女は昼寝を楽しんでいたのに、あまりの騒がしさに起きてしまった。無口な方のイヴだが、言うときは言う。そしてイヴはそう言って去ろうとするも、シーラに捕まってしまう。

「イヴイヴもこっちきなよ〜」

「来ない……」

「いいから」

「……」

シーラの頑固さを知っているイヴは諦めて、そのまま部屋へと引きずり込まれる。こうして特級対魔師の女性陣による謎の作戦会議が開かれるのだが……それはまた別の話である。