巨人襲撃をこのように乗り越えた僕たち。

目覚めたときに父さんに悪戯されるというアクシデントはあったものの、それ以外は万事良好であった。

事件を起こしたガルド商会の主は当然のように罰を受ける。

一時は逃亡したものの、国境線の街で捕縛され、そのまま王都へ送られた。そこで裁判を待つ身であるが、アナハイム商会のヴィクトールいわく、縛り首は確定のようだ。

「俺を殺すために巨人まで持ち出して街を壊したのだ。縛り首だけで済んだのは幸いかもしれない」

と言う。

ヴィクトールは元ライバルに対して同情する気はないようだ。

ただ、積極的に追い打ちを掛ける気もないようだ。

彼はガルド商会の従業員をそのまま雇うという。

あるいはそれは抜け目ない商人の手腕なのかもしれないが、今回の件で路頭に迷う人が少ないのはいいことであった。

このように万事上手く物事は進むが、僕は療養のため、しばらくヴィクトールの屋敷で世話になる。

その間、その娘のカレンがモーションを掛け、ルナマリアがそれを防ぐ。

騒がしいが平和な証拠なので厭な気分ではない。

一方、剣の勇者レヴィンは5日ほど仲裁役を買ってくれたが、5日後に出立する。

「東のほうに救いを求める村があるらしい。そこで勇者として務めを果たしてくる」

と微笑み、僕と握手をして出発した。

名残惜しげに別れると、ルナマリアがささやく。

「一緒に行くということも可能ですが」

それは彼女なりの気遣いなのだろうが、気持ちだけもらっておく。

「一緒に行きたいところだけど、一緒に行くと僕を頼ってしまうからいいってさ。まあ、僕も彼女を頼ってしまいそうだから」

「立派になりましたよね、剣の勇者様は。次に会うときはもっと成長を遂げているでしょう」

「そうだね。伝説の勇者になっていたら、ルナマリアを取られてしまうかもしれない」

「そんなことありませんよ。たとえ千の勇者と天秤に掛けられても私はウィル様を選びます」

なんの照れもてらいもなく言い切る少女。

その表情はあまりにも真剣なので逆に恥ずかしくなってしまう。

僕は小さくありがとう、と彼女に感謝を捧げる。

小さな声で言ったが、その声はちゃんと届いていたようで、にっこりと微笑んでくれた。

その後、しばらくアナハイム家に厄介になると、僕たちは旅を再開する。

カレンなどは、

「それは駄目ですわ、つまりません――間違えた――。お身体に障ります。もうちょっと養生してください」

と、僕を引き留める。物理的に。

「ルナマリアの回復魔法と、アナハイム家の豪勢な料理、それにカレンの楽しい会話でだいぶ回復できたよ。これ以上は過回復だ。それにこんなに豪勢にもてなされ続けると、旅をしたくなくなってしまいそうで怖い」

「ならばずっとアナハイム家に居てください。結婚してくれとはいいません。そうだ、私専属の護衛に」

「それは楽しそうだけど、僕はもっと色々な世界を見たいんだ」

力強く、断固とした口調で言ったからだろうか、「そうですか……」と漏らすが、最終的には旅立つことを許してくれる。

「しかし、聖剣探索は終わりました。次はどうされるのですか?」

とカレンが尋ねてくるので、僕はルナマリアを見つめる。

「とりあえず見聞を広めるのが目的だけど、短期的な目的もほしいな」

その願いに盲目の巫女は応える。

「ならばこのミッドニアの東にあるという聖なる盾を探しに行きませんか?」

「聖なる盾?」

「はい、神の祝福を得た盾が眠るというダンジョンがあるのです」

「それはいいけど、聖剣と同じで勇者しか装備できないんじゃ」

「それは大丈夫です。聖剣とは違い、誰でも装備できるそうです。ただし、一度装備すると二度と解除できないとか」

それは聖なる盾ではなく、呪われた盾ではないか、と思ったが、口にはせず、東に向かうことにする。

世界中を旅するにしてもなにか目的のようなものがほしかった。

それに一度装備したら二度と外せない盾というのも面白い。装備するかは別として入手して研究をしてみたかった。

「ヴァンダル父さんあたりに渡せば喜んでくれそうだ」

僕は親孝行のため、自分の興味を満たすため、ルナマリアの勧め通り東に向かう。

ふたりは意気揚々とアナハイムの屋敷を出立する。

当主ヴィクトール、その令嬢のカレン、そして執事のヨハンが見送ってくれる。アナハイム家の使用人たちも総出で見送ってくれる。

ヴィクトールは、

「また、いつか、再会したいものだ」

と握手を求める。

それは僕も同じだったので、握手に応じると別れを惜しんだ。

また、ヴィクトール商会の家紋を刻んだ通行証もくれる。これさえあればこの国のどの街にも入れるらしい。

僕たちは礼を言うと旅立った。

街道を歩く。街道はどこまでも続いていた。その先にある青い道も。

僕たちはその地平線をどこまでも行く。

僕たちは春の日差しを受けながら、意気揚々と歩き出した。