このようにしてゴブリンとホブゴブリンを撃退したわけだけど、すると草原の民と思わしき女の子はぺこりと挨拶してくる。

「あ、あの、先ほどはありがとうございます。私はマルサ草原九氏族のひとつ、ジュガチ族のアイーシャです」

頭を垂れると可愛らしい三つ編みが肩から落ちる。

とても可愛らしいが、それを言語化するのはリア。

「あら、可愛い、食べちゃいたい」

冗談であろうが、アイーシャがびくっとするので止めてほしい。

彼女を落ち着けるために聖女ルナマリアを投入。

「大丈夫です。冗談ですから」

にこりと笑うと場がほんわかする。さすがはルナマリアだ、と感心していると、アイーシャは言った。

「このたびは村を困らせていたゴブリンの一団を退治して頂きありがとうございます。このような場ではなんですし、是非、わたしの村にきて欲しいのですが」

「招待してくれるの?」

「もちろんです。馬乳酒でおもてなししたいです」

「それは有り難い」

とアイーシャに礼を言うと、彼女の後ろに付いていく。

彼女の後方、丘の上の向こう側には馬がいた。

どうやら彼女はそれに乗ってやってきたようだ。隣の部族への使いに出ていたようだ。

「お使いはいいの?」

「届け物を届けた帰りですから」

「そこをゴブリンに襲われたのか」

「はい。――ちょっとお花摘みをしていたら」

「お花摘み?」

きょとんとしていると、ルナマリアが軽く咳払いをする。

リアは僕の耳元で言う。

「おトイレのこと」

「……ああ、なるほど」

もじもじと恥ずかしがっているアイーシャ。

可哀想なのでその話は飛ばすと、ジュガチ族について尋ねた。

「この草原には九の氏族がいる、ということは九の村があるの?」

「そうですね。氏族から枝分かれした集団もありますが、基本的に9つの大きな移動式の村があると思ってください」

ジュガチ族はその中でも最大なんですよ、えっへん、と小さな胸を張るアイーシャ。

「なるほどねえ。この広い平原を常に移動していたら、僕たちではなかなか出会えない」

「ですね。それと草原の民はシャイなので、一見様に冷たいかも」

「そうか。紹介がないと村にも入れないんだね」

「基本的には。旅の商人は大歓迎なのですが」

「商人に転職しようかな」

などという冗談をつぶやいていると、アイーシャの村が見えてくる。

「あれがジュガチの村です」

「おお、すごい。思ったよりも大きい」

移動式住居に住まう民の村だから、もっと小規模化と思ったが、そもそもゲル自体とてもデカい。

ひとつひとつが普通の農家の倍はある。

「草原の民は血族を重んじるので、基本、親族と住んでいます。ですので大きいのです」

ある程度家族が増えると、長男から順に独立し、新しいゲルを立てるのが習わしらしい。

「変わった風習でしょう」

とはアイーシャの言葉だが、僕は普通の村も知らないので、そういうものなのか、という感想しか湧かない。

軽くルナマリアを見ると、

「移動式住居自体、物珍しいです。あとで触ってみたいですね」

というコメントをくれた。

意外とミーハーというか、好奇心が旺盛な聖女様である。

そのようなやりとりをしていると、村に接近する。

一応、村には見張りがいて、周囲を警戒しており、見慣れぬものを連れてきたアイーシャに誰何する。

民族衣装を着た男は叫ぶ。

「アイーシャ! そのものたちは誰だ?」

「フラグさん、この人たちは怪しい人じゃないの。

わたしを助けてくれたの」

「アイーシャを助けた? ということは恩人か」

「そう。わたしだけでなく、村の恩人。この方々はゴブリンの集団を駆逐してくださったの」

「な、それは本当か」

目を丸くするフラグ青年、ありえないと連呼する。

「ゴブリンはともかく、その親玉であるホブゴブリンは強烈無比、村の自警団が何人も返り討ちに遭っているんだ」

「でも彼らは、いえ、ウィルさんはなんなく倒しました」

「な、この少年がひとりで倒したというのか」

「そんなことないですよ。仲間と協力して倒しました」

僕が抗弁すると、ルナマリアは言う。

「それは謙遜です。ホブゴブリンに関してはほぼウィル様がひとりで倒されたようなもの」

「そうそう。てゆうか、ゴブリン退治もウィルひとりで十分だったわよね」

僕は天才、というのが彼女たちの主張するところであるが、彼女たちの後方援護、攪乱があったからだと主張しても聞き入れてくれなかった。

このままでは魔王もひとりで倒せると勘違いされそうだったので、話をずらす。

「フラグさん、僕たちは村で聞きたい情報があるのですが、入れてもらうことは可能でしょうか?」

フラグは闊達に応える。

「是非、我が村で休んで言ってくれ。ジュガチ族は恩人を持てなさないという不義理はしない。村全体で持てなす」

と言うと村の奥に向かう。

村長にこのことを伝えるようだ。風のような速度で消える。

「忙しない男ねえ。声も大きいし」

リアの評だが、間違ってはいない。アイーシャも「そうですね、ふふふ」と笑う。

「でも、フラグさんは村一番の勇者なんですよ。馬に乗りながら10メートル先のゴブリンの眉間を打ち抜きます」

「それはすごいね。騎射ってやつだ」

「はい、村一番の名手です。だからモテモテなんですよ」

「そうか、僕も騎射を教わろうかな」

「もてもてになりたいのですか?」

とはルナマリアの質問だが、首を横に振る。

「僕は小さな頃から武芸全般を習ったけど、弓はあんまり習わなかったんだ。撃てないわけじゃないけど、騎射までは無理だね」

「純粋に好奇心から覚えたいのですね」

「そうだね。騎射をマスターすれば山に帰ったときに、父さんたちに自慢できる」

「剣神ローニン様は特に喜びそうです」

とルナマリアは微笑むが、リアはちくりと言う。

「超絶美神のミリア様はどうだか。ウィルには優しい子になってほしいはずよ」

「母さんは最低限の武芸はたしなめと言ったけど、武芸を極めるよりも、その武芸をどうするかに重きを置いていた」

「力の行使先ですね。得た力をどう正義のために使うか、を説いているのですね」

「そうだね。最強を極めても周りに誰もいなければ意味は無い、と言い切っていた。僕もそう思う」

と言うとリアが僕を抱きしめ、豊満な胸でいい子いい子をしてくる。

「……あの、リア、なにかあるたびに抱きつかれると困るのだけど」

「だって、ウィルちゃんがとてもいい子だから。やっぱり四神の中で一番ミリアが好き?」

「それは難しい質問だね。母さんの中では一番好きだと断言はできるけど」

「女神はひとりだけでしょ」

「そうだね。――ま、その辺はノーコメントで」

父さんたちの耳に入ったらとんでもない騒動になる。

リアは口が軽そうだし、ここは黙っておくのが一番だろう、と黙する。

するとルナマリアがくすくすと笑いながら、

「さすがはウィル様です。その賢さは賢者並」

と称えてくれた。

まったく、リアもルナマリアも大げさすぎる。アイーシャが奇異の目で見ているではないか、と草原の少女に視線を移すが、案外、普通の表情をしている。

なんでも草原の民は妻を三人まで持てるそうで、このような光景は珍しくないらしい。

その言葉を聞いて、リアは「草原の民、さいこー!」と腕を絡ませてくる。

負けじとルナマリアも真似をしてきた。

もしも僕が草原の民になったら、大変なことになりそうだ。

一刻も早く聖なる盾のあるというダンジョンの居場所を聞かねば、と思った。