A Boy Raised by Gods, Will Be the Strongest
Gates of the Other World
楽しげに話していた母子が去ると、僕らは宴の席に戻る。
主賓がどこに行っていたのだ、と村の男がばんばんと僕の背中を叩くが、気にせずもてなしを受ける。
その後、数刻ほど村の男衆は僕を肴にして浴びるようにお酒を飲んだ。
夜も更けると次第に人が減っていく。
酒に弱いものから順に家に戻っているようだ。
「明日は狩りもままならないかも」
とのことだったが、ほろ酔い気分で帰って行くものたちは皆、幸せそうだった。
そんな感想を持ちながら宴の場に最後まで残ると、村長が解散を宣言する。
「ウィルは故郷に戻る旅の途中じゃ。明日はゆっくり休んで貰うにしても明後日には旅立たせよう」
と僕に気を遣ってくれた。
村長の家に行くと、清潔なシーツとふわふわな布団が用意されていた。
長旅と酒宴で疲れていた僕とルナマリアは倒れ込むように眠りに落ちると、翌日の昼近くまで眠り続けた。僕はともかく、鶏のように規則正しいルナマリアまでも寝坊するなど珍しいことであった。彼女は「地母神に申し訳が立たない」と朝のお祈りが遅れたことを嘆くが、たまに寝坊するくらいが人間らしくていいと思った。
その後、なにもせずにゆったりと過ごす。
ノースウッドの街を出て以来、ゆったりとする時間がなかったのでとても心地よい時間だった。上げ膳据え膳の生活はなかなかに悪くない。僕たちは羽を休めながら丸一日掛けて充電をすると、翌日、村長に礼を言った。
「盛大な持てなし、それに温かいベッドありがとうございました」
「なにを言う。ジンガを救ってくれたのじゃ。当然だろう」
「そうだぞ。オレの命の恩人はババ様の命の恩人だ」
うそぶくジンガ。ババ様は呆れることなく、「まあ、そんなところじゃ。さらば、とは言わない。そう遠くない未来にまた会おう」と言う。
「ですね。近くに立ち寄ったらまた来ます」
「早く来ないとババ様が墓に入ってることになるぜ。なんせもういい年だからな」
失礼なことを言うジンガだが、ババ様は「まあ、一理ある」と笑った。表情の選択に困った僕はジンガに握手を求めると、「また」と力強く握る。ジンガの握手も力強かった。
その後、僕たちは村の端まで見送られると、そのまま旅を再開する。
村の人たちは森の端まで案内をしてくれると申し出てくれたが、さすがにそれは断る。道順を聞けば自分でもなんとかなりそうだと思ったからだ。
実際、神々の山へ抜ける道は複雑な道であったが、困難な道ではなかった。適切なルートを歩めば出口に向かうことができた。ただそれでも素人の足では丸二日掛かるようだが。
僕たちは道に迷わぬように村人に言われたとおりの順路で歩く。なにげない会話を交わしながら歩き続ける。
「なかなかに険しい道ですね」
「バルカ村は女も子供も健脚の方が多い理由も分かるね」
「はい」
それにしても心地よい森です、とルナマリアは全身で木漏れ日を浴びる。その姿は樹木の妖精ドライアドのように美しい。僕は魅入られるかのように彼女を見つめながら歩く。
すると今まで同じだった景色に変化が見られる。鬱蒼とした森から、陽光が差す森へと変わったのだ。つまり森の端に近づきつつある、ということだった。
「やはり餅は餅屋、森は森の民ですね。短縮しようと近道を使うと迷ってしまう。まさに急がば回れ、です」
「だね。このまま行けばテーブル・マウンテンの麓に到着しそうだ」
安堵の溜め息を漏らすと日が暮れる。
夕日が落ちかけると同時に、遠くから爆音が響き渡る。
僕たちはそれが聞こえた方向を見るが、森の奥からもくもくと煙が上がっていた。
「……バルカ村のほうだ。なにかあったのかな」
「爆音は村から離れています。炸裂音でしたから、矢に付ける火薬が爆発したようですね」
「さすがはルナマリアだ」
彼女の聴覚と推察力を称賛すると、僕は観察力を披露する。
「あの村で爆裂矢を使うのはジンガだけだったみたい。自然に反するものを使うのを嫌う風習があるから」
「ならば消去法でジンガさんが戦っているということですね」
「ただ狩りをしているだけならばいいけど、おそらく違う。ジンガさんはプロだから、狩った獲物が痛む爆裂矢は早々使わない」
「ということは爆裂矢を使わざるを得ない状況にいると言うことですね」
「ご名答。さて、来た道を引き返そうか」
「せっかく出口付近まで来たのに、とは言いません。ウィル様が友人の危機を放っておく訳がありませんから」
とルナマリアは微笑む。その通りなので弁明はせずにきびすを返した。
ここまでくるのに丸二日かかったが、戻るにのにはそれほど時間は掛からない。迷うことなど想定せずにまっすぐ進めばいいからだ。それに時折、聞こえてくる爆裂音が道しるべとなってくれた。
聴覚のいいルナマリアは聞こえてくる爆裂音の発生場所を正確に把握していたのだ。時折、聞き耳を立てるために立ち止まるが、迷うことなくジンガのもとへ戻ることが出来た。
森を数里戻ると、弓を引き絞り、ベルセル・ブルと対峙しているジンガを見かける。
彼の第一声は「またベルセル・ブルかと思っているだろう」だった。
「それよりも『また』この場所なのが気になります。ジンガさん、まだお母さんを諦められないのですか。あれだけ危険な目にあったのに」
「さすがにそこまで母親が恋しい年頃じゃないよ」
「じゃあ、なんでここに? 異界の門を探しているんじゃ」
「違う。オレが探しているのはユニコーンの角だ。高熱を冷ましたい」
「まさかまた病が再発したんですか?」
「残念ながらそんな病弱キャラじゃないよ。薄幸の美青年で線が細いのは認めるが」
「…………」
「そんなどこから突っ込めばいいんだろう、という顔をするな。オレがユニコーンの角を探しているのはマイルのためだ」
「マイル?」
「村の子供だ。マイルが緑熱病に掛かってしまったんだ」
「なんだって!?」
「マイルを救うためにはユニコーンの角がいる。だからオレが取りにきた」
「分かりました。僕も協力します」
「ふたつ返事だな」
「当然です」
「もしも万が一、異界の門に取り込まれたら、いくらおまえでも戻ってこられないぞ」
「承知の上です」
「相変わらず正義感に満ちあふれた男だぜ。分かった。引き留めても無駄だからこちらからお願いしようか。どうか、ユニコーン捕縛に付き合ってくれ」
「承知です。取りあえずあのベルセル・ブルをなんとかしますね」
「おいおい、台所のゴキブリを叩き潰すみたいに軽く言うなよ」
「ゴキブリのほうが厄介ですよ。やつらは素早い」
そう言うと僕は両手に炎を宿らせる。
「先日であったベルセル・ブルはとてもデカかった。二つ名付きモンスターみたいに強力だった。でも、こいつはそうじゃない。普通の個体だ」
つまり魔術の神に魔法を習った僕の敵ではないということだ。
不敵に心の中で宣言すると、両手に溜めた魔法を解き放つ。
《炎嵐》と《炎嵐》をふたつ掛け合わせた合成魔法。《獄炎》という魔法だ。
地獄 この魔法はその名の通りの炎をこの地上に再現する魔法。超高温の炎をこの世に具現化させるのだが、僕の使う獄炎は普通の獄炎とは違う。その炎が小さいのだ。
これは森を延焼させないための処置だった。
テーブル・マウンテンに生い茂る美しい木々を傷つけないために編み出したための工夫であるが、だからといって威力が劣るわけではなかった。
いや、むしろ僕の《獄炎》は通常のものよりも遙かに高温だった。
あのヴァンダル父さんが舌を巻くほどの威力を誇っているのだ。
魔術の神も驚くほどの炎をベルセル・ブルにぶつける。
燃え上がる牛の魔物。
あっという間に肉が焼け上がり、辺りに美味しそうな匂いが充満する。
それを見ていたジンガは、「ひゅぅ」と口笛を吹くと僕を称賛する。
「剣士としても最強だが、魔術師の腕も一人前だな」
「でも弓の腕ではジンガさんに敵いませんよ」
「だな。弓の腕まで負けてしまえば立つ瀬がないし、オレの役がなくなる」
ジンガはそう言い放つと背中の矢筒から素早く矢を取り出し、速射する。
びゅっと放たれた矢は木々の間から出てきた二匹目のベルセル・ブルの眉間を射貫く。
やはりジンガは狩人としては一流のようだ。その弓で何匹ものベルセル・ブルを葬り去ったらしい。
――しかし、二匹のベルセル・ブルを瞬殺したはいいが、森の奥からは興奮した獣の雄叫びが聞こえてくる。どうやらまだ何匹もいるようだ。切がない。
「この森はベルセル・ブルの楽園なんですか」
「二〇年に一度はな」
「と言いますと?」
「前に繁殖したときはオレが緑熱病に倒れたときだ。つまりこの森で緑熱病が流行るとやつらも大量発生するのさ」
「ベルセル・ブルが病原菌を運んでくるのでしょうか」
「さあな、因果関係は知らないが。ただ言えることは二〇年前、オレの母親もベルセル・ブルをなぎ倒ながら森の奥に向かい、ユニコーンを狩りにいったということだ」
「――それの再現をしなければいけないということか」
「だな。怖いか? おまえは関係者じゃない、逃げ出しても誰も文句は言わないぞ」
「まさか。宴のお礼をしないと。マイル君のお母さんが焼いてくれた厚切りベーコンはとても美味しかった。一宿一飯の恩義です」
僕はそう返答すると木々の間から顔を出した三匹目のベルセル・ブルに《火球》の魔法を投げつけた。雄牛の剛毛は瞬く間に燃え上がった。
それを見てジンガは唇を鳴らす。
「さすがは神々に育てられしものだ。二〇年ぶりのチャンスにこんな男と出会えるなんてオレは幸運だな」