A Chronicle of Life in a Different World

Episode 386: The City of Speranza

アメンドーラ男爵領にて開拓中の町――スペランツァと名付けられることになった町の開拓が始まり、四ヶ月の時が過ぎた。

開拓を始めた当初は冬も本番といった気候だったが、徐々に春らしい陽気へと変わりつつある。スペランツァの町から百メートルほど離れた場所に存在する森でも、新たに草花が顔を覗かせつつあった。

スペランツァの町も開拓当初は“まとも”な人工物が下水道ぐらいしかない、広々とした平野だったが、四ヶ月も経つと様変わりする。

――様変わりしすぎた、ともいえたが。

町を囲む空堀はその幅と深さを増し、空堀を掘る際に出てきた土で造られた土壁も厚さと高さを増した。

空堀の深さが二メートル、土壁の高さが二メートルあるため、町の外から乗り越えようとすれば四メートルもの高さを乗り越える必要がある。『強化』が使えない人間では梯子でもないと乗り越えられず、魔物でも跳躍して跳び越えるには難儀する高さだ。

それでも完全に侵入を防げるようにするには、もうしばらく作業期間が必要だろう。

町の東西南北には“出入口”が存在するが、資材の搬入等もあるため門の前だけは空堀が存在しない。それでも木製の門が設けられ、外敵の侵入を防げるようになっていた。

門の傍と四角形に造られた町の四隅には、高さ五メートルほどの木製の見張り台も設けられた。現在は人手が少ないため町の四隅の見張り台だけ見張りの冒険者を置いているが、空を飛ぶ魔物を発見すれば即座に鐘を鳴らして知らせるようになっている。

見張りにはカルヴァン達が試製したクロスボウも配備されているため、空を飛べるといっても化け鳥程度ならば追い払うことも可能だ。グリフォンのような魔物が出た場合は鐘を鳴らして異常を伝え、即座に見張り台から降りるよう徹底されている。

そうして町の防衛設備もある程度形になり、町の内部での町造りや町周辺の畑作りにも本格的に手を出せるようになった。町の中にも畑があるが、こちらは最低限である。

町の周囲では空堀から百メートルほどの範囲で森の伐採が進み、森との間に平地が姿を見せている。食用になりそうな実をつける木に関してはドワーフ主導のもと慎重に根っこを掘り起こし、町の中へと移動させて植え直してもいた。

森を伐採した際に得られた木材は町へと運び込まれ、木材に加工した上で乾燥中である。町の建設当初に伐採した木などは既に木材として使えるものもあり、家屋の建設が加速していくことになるだろう。

それまで森があった場所には長年落ち葉が積み重なってできた腐葉土もあるため、将来的には町の周囲に畑を造っても良い。

現在は元々畑を造る予定地として目星をつけていた場所に畑を造っており、そちらも順調なのだが――。

「隊長の許可もあったし、たしかに吾輩も畑が必要だと言った……たしかに言ったのである……進捗も確認していた……だが、敢えて言わせてほしいのだが……」

スペランツァの町から徒歩で十分程度の場所に“あった”平地。全部で三ヵ所ほどあったその平地の現状を確認したコルラードは、頭を抱えるようにして叫んだ。

「何故この広さの畑が一ヶ月程度でできているのだ!?」

そう叫ぶコルラードの視線の先では、作物こそ植えられていないが土が掘り返され、平地から畑へと姿を変えた一面が広がっていた。

ところどころに生えていた木はその全てが引き抜かれ、将来的に畑を囲うための柵の木材へと“変身”済みだ。地面に生えていた雑草も畑の片隅に積まれ、堆肥へと加工されている真っ最中である。

町の防衛設備が整ったため、畑造りにマンパワーならぬドワーフパワーを割り振れるようになった――言葉にすればそれだけのことだが、コルラードは自身の常識が崩されるような錯覚に陥っていた。

「まだ畑はできちゃいねえよ。根菜が植えられるようかなり深く掘ったし、地中の石なんかも取り除いたが、しっかりとした作物が育つにゃもっとしっかり土を作らねえとな」

叫ぶコルラードに対し、カルヴァンが呆れたようにツッコミを入れた。

水やりに困らないよう付近の川から畑の傍まで水路を引いてもいるが、カルヴァン達ドワーフからすればまだまだ完成には程遠い。

ナタリアが“支援者”への注文を変えて肥料なども届くようになり、周囲には森が多いことから腐葉土も得られたが、それらをしっかりと土に混ぜ合わせ、馴染ませるには時間がかかるのだ。

それでも辺り一面が畑に姿を変えたのを見れば、コルラードが叫んだのも仕方がなかったのかもしれない。普通の人間が同じことを同じ期間でやろうと思えば、ドワーフ達の十倍以上――それこそ何百人という人手が必要だったはずだ。

ドワーフ達からすれば、好きなように畑を造って良いと言われたから造った。それだけの話である。

「おっちゃん、でかい石がでてきたんだけどコレどうする?」

そうやって叫んでいるコルラードを他所に、レウルスは畑から掘り起こした一抱えはある石を運びながら声をかけた。

「仕事が終わったらあとで町に運んでくれ。加工すりゃ良い石材になるだろうよ」

「あいよ。とりあえず端の方に置いておくか……」

『強化』を使って石を持ち上げるレウルスは、そのまま移動して石を畑の端に置く。そして鍬を握って畑作業を再開し――その直前でコルラードに肩を掴まれた。

「貴様は何故平然としておるのだ? 何かおかしいとは思わんか?」

「え? これまで散々ドワーフの皆が働くところを見てきたじゃないですか。別に不思議じゃないでしょう?」

「それは……そうなのだが。吾輩の常識がこう、音を立てて崩れるような……」

「作業が早く片付くに越したことはないと思うんですけど……最近魔物も町に近づいてこないですし、邪魔をされないならこんなものでは?」

魔物が襲撃してきていちいち作業が中断されるということもないのだ。ドワーフ達に護衛が必要とは思わないが、それでも一応の護衛も兼ねてこの場にいるレウルスだったが、ここ最近は本当に平和である。

エリザ達はスペランツァの町でドワーフ以外の作業者の護衛を務めているが、そちらでも魔物が襲ってくることは稀で、鎚を携えたミーアが一人で余裕を持って対処していた。

「そうなのだが……吾輩が間違っている? いやいや、こんなものを“普通”だと思ってしまえば吾輩が村を興す際にとんでもない誤差が……ドワーフの面々の力を借りられればすぐに終わりそうであるな……」

コルラードは目の前の現実を受け入れられないように呟いているが、レウルスとしてはそういうところがコルラードの良いところであり、同時に悪いところでもあるのだろう、と苦笑した。

「驚いているところ悪いんだが、この程度の畑の広さじゃ全然足りねえぞ? ラヴァル廃棄街には二千人近く住んでるんだろ? もっと畑を広くしないとどうにもならねえぞ」

遠い目をしながら呟いているコルラードに対し、カルヴァンが呆れたように指摘する。その言葉が届いたのかコルラードは我に返ると、周囲の畑を見回しながら首を傾げた。

「隊長……いや、アメンドーラ男爵も将来的にはもっと畑を増やすつもりのようだが、どの程度必要なのだ?」

「畑だけで食っていくなら最低でもこの五倍……食料に余裕を持たせるなら更にその倍ってところか? 町の周囲の森を今の何倍も伐採して、全部畑に変えればなんとかなりそうだが……」

「そりゃ多いな……」

話を聞いていたレウルスは呆れたように呟く。

前世のように品種改良されて収穫量が多い作物ならば現状の規模でもどうにかなるのかもしれないが、今世ではそういった作物も存在しない。

町の近場にあった平地は全て畑に変えており、町の周囲に造った平地を全て畑に変えたとしてもまだ足りないだろう。

そこから木々の伐採を行い、木の根を掘り起こして除去し、整地して畑に変える。それはどれほどの作業期間になるのか。

「……ん? おっちゃん、今造ってある畑でもラヴァル廃棄街の人口の五分の一……つまり四百人ぐらいの食料は賄えるようになるんだよな?」

「もう少し土を馴染ませて、季節に合った作物を適切に植えて、不作にならなければな。そうすりゃ今年中にはそれぐらい移住しても冬を越せると思うんだが……」

元々は農奴として生活していたが、上役の指示に従って作業するばかりだったレウルスとしては、正確な予測ができない。それでもカルヴァンの言うことならば大きく外れることはないだろう。

「なるべく収穫量が多い作物を植えて、保存が利く作物も植えて、レウルスが狩ってきた魔物もなるべく燻製なり塩漬けなりにして……そこまでしてようやくってところだがな」

「ふむ……町に愛着を持たせるためにも、町の中で住民にできる作業はなるべく残すとして、当面は畑作業を続けるべきか……隊長に手紙を出して今度は家畜を……いや、それよりも負担覚悟で数十人で良いから作業者を追加で……ううむ、迷うところであるな」

“これから”のことを考え、頭を悩ませるコルラード。そんなコルラードの呟きを聞きながら、レウルスは畑へと視線を向ける。

(今が四月に入ったばかりだから……もう少し土を馴染ませて、作物を植えて、育てて……実際に町の皆が移住し始めるのは半年後ぐらいか?)

ラヴァル廃棄街の全員というわけにはいかないが、町造りを開始して一年前後で移住が可能になるだろうか。

そうして移住者が増えていけば作業に割り振れる人手も増え、移住が加速していきそうだ。

(姐さんがやってる“話し合い”がどう転ぶか……それにもよるだろうけど、こっちはこっちでできることを進めていくしかない、か)

食料の供給に目途がついたら、今度は他の産業にも目を向けなければならないだろう。カルヴァン達ドワーフがいるためその辺りは色々とできそうだが、それもこれも町として機能するようになってからである。

(一歩一歩、だな……)

まだまだ完成と呼ぶには遠いが、町の防衛設備に多少ではあるが畑もできた。あとは少しずつ、しっかり前に進んでいくだけである。

(スペランツァの町か……姐さんの家の初代の人に肖ってつけたって言ってたけど、どういう意味なのかねぇ……)

何か意味があるのか、それとも人名を流用しただけなのか。

それはわからないが、なんとなく良い響きがするな、とレウルスは笑う。

“その名前”に相応しい町になるかは、これからの頑張り次第だろう。少なくともコルラードが目を見張るぐらいにはハイペースで町造りが進んでいるのだ。

良い方向に進んでいると、レウルスは思った。

――これから先、どんな未来が待ち受けているか、誰にもわからないが。