なんかレフィとヘンな感じになってしまった後、彼女は頬を紅くしながらコホンと咳払いして「な、何だか飯を食ったらまた眠くなってきたの。もうひと眠りするか」と布団へと向かい、俺もまた誤魔化すようにして「さ、さあ、ちょっと魔法の練習でもするかな」と玉座の間から草原エリアへ出て行った。

レイラのジト目が、すごく痛かったです。

草原の風に当てられ、大きく息を吸い、そして大きく吐き出す。

……どうしよう、この後レフィとまともに顔合わせられる自信無いわ。アイツの翼の感触が素晴らし過ぎて、完全に我を忘れていた。

あの感触は、マジで中毒性がある。どんなものでも最高品質のものは、いつまでも愛でていたくなるような執着が生まれるが、レフィの翼はまさしくそれだ。触っているだけで、至高の気分になってしまう。麻薬取締項目の中に、『レフィの翼』と追加した方がいい。

……よ、よし、あれだ。何もなかった体(てい)で行こう。なんかイルーナの時も事なかれ主義で行った気がするが、しかしそれが最適解だと思うのだ。

向こうも恐らく、同じように考えているはず。一つ屋根の下で暮らす仲。ヘンに意識してしまっては、関係がギクシャクしてしまう。

うむ、何事も無かった。それでいいじゃないか。

事なかれ主義最高。前世で俺が政治家だったらきっと、「事なかれ主義野郎」ってレッテル張られちゃうね。

*   *   *

そんな益体も無いことを考えて俺は、とりあえずさっきのことは忘れることにして、頭を切り替える。

さっき流し読みしていたダンジョンの更新事項だが、ふと目についたものが一つあった。

それは、『想像施設』という、ダンジョン施設関連のもの。

どんなものかと言うと、まあその名の通り、DPと引き換えにして自身の頭の中にあるイメージを施設の一つとして具現化させる、というものだ。その具現化させられるものには際限がないらしく、犬小屋から、それこそ俺が建てようとしている城まで何でもござれといった感じのものであるらしい。

非常に使い勝手の良さそうな項目だ。ダンジョンの不思議パワー万歳。

あれだな、ダンジョンの不思議パワーのことはこれから、ダンジョンスキルとでも呼ぶことにしよう。

ただまあ、すんげー便利なように思えるが、しかし世の中そんな上手い話がある訳はなく、当然ながらこのダンジョンスキルにはデメリットが多く存在する。

まず、DPをバカ食いすること。どれぐらいDPが食われるのかと言うと、日々コツコツ溜めているDPとこの前人間ぶっ殺した時に得たDP、その全てがすっからかんになる程だ。

まあ、リストにある既存の城を建てるよりは十倍近く安いんだがな。これは建造物の大きさなどに比例する訳ではなく一律で、さっきの例えだと犬小屋を出現させるのも、城を出現させるのも、どっちも同じDPであるのでお得ではある。

そして次に厄介なのが、頭の中に思い浮かべるイメージ。原初魔法で水龍を出すのに俺が苦労したように、これもまた強固なイメージを必要とするようだ。細部までをしっかりイメージしなければ、それを出現させるのに失敗してしまい、代わりに同規模のゴミが生まれるらしい。ちょっと洒落にならない。

加えて、どうやら魔力も消費するらしく、こちらは建造物の大きさに比例して必要消費魔力が上がっていくようで、それが足らないとイメージが上手く行っても同じくゴミの山が生まれてしまうらしい。城サイズだとどれくらいの魔力を必要とするのか想像が付かないな。

そんな大きい制限のあるダンジョンスキルだが、メリットとしては、前(さき)に述べたように、DPが既存の城に比べて圧倒的に安いということが言える。既存の城はもう、一番安いヤツでも桁が一個違うからな。もっとすごいヤツだと、一個どころか三個ぐらい違う。溜めるまでに十年単位で時間が掛かるだろう。

俺の寿命は千年単位で伸びている訳だし、それを狙ってもいいのだが、ちょっと気長に過ぎるからな。今回の件が失敗してから、考えるとしよう。

それに、このダンジョンスキルだと自分だけのオリジナル城が建造可能だ。オリジナルだぜ、オリジナル。良い響きだ。まあ、俺にそんなセンスのある城が建てられるかどうかが問題だが。

後は、建てた建造物の内部構造は後から変更出来ることか。これは別個でDPが掛かるみたいだが、しかし外観が完成していれば何度でも造り直しが出来、自由に内装を造り上げることが出来る。

そして、今日俺がするのは、その『想像施設』を使うための、土魔法を利用しての城のミニチュア造り。

今回に関しては内部構造を一切考えず、外観だけをとにかく突き詰めていこうかと思っている。両方一度に頭の中でイメージするなんてことは無理だろうからな。素人は、あまり余計なことは気にせず、一つ一つやっていけばいいのだ。

なに、元マイ〇クラフターの俺であれば、外観だけ造り上げて後から内装を無理やり整えることだって出来るはずさ。マ〇ンクラフターは皆空間の魔術師だからな。

そのための資料はDPで交換済みだ。前世の城の写真集百選である。

贅沢を言うとゲームの城の写真集が欲しかったのだが、流石にそれはなかったからな。仕方ない。

「よし、やるか!」

*   *   *

「――あれ、ご主人、何してるんすか?」

「……おう、リューか」

洗濯物を干しに来たのだろう、洗濯かごを片手に、玉座の間へと続く扉からリューが現れる。

「って、へえ……これ、ご主人が造ったんすか?すごい上手じゃないっすか。ご主人器用なんすね」

草原に寝っ転がる俺の前に陳列する作品群を見て、そんな感嘆の声を漏らすリュー。

「……そうか、そう言ってくれると助かる」

「ど、どうしたんすか?いつにも増してテンション低いっすね」

「まあ、ちょっとな……」

資料もあり、そして器用値だけはムダに高いこともあって、俺としてもなかなか満足行く出来のものがいくつか造れている。

――だが、ダメだ。

俺の目標はあくまでア〇ール・ロンドなのだ。何度繰り返しても、どうしてもあんな壮麗で荘厳な外観を仕上げることが出来ない。マジフ〇ムのデザイナーさんぱないっすわ。

……いや、まだ泣き言を言うには早いよな。土弄りを開始してから二時間ちょっとしか経ってないし。

きっと彼らは、血の滲むような努力をして、あの境地へと達することが出来たのだ。それを、経った二時間程度でその境地にまで達するというのが土台無理な相談だろう。そんなのは見通しが甘過ぎるって話だ。

それに、ゼロから物を創造する訳じゃない。俺の中に目標がある以上、彼らよりは楽な立場にいるはず。

そうだ、俺はクリエイティブ魔王。この程度で泣きを入れていたら、先が知れるってもんだ。

「――よし!もう一回だ」

そう気合を入れ直して俺は、意識を集中し、スッと眼を閉じる。

――イメージだ。イメージしろ。

基本となる色は黒。夜や闇を連想させる、黒だ。

何者も通さぬという意思を感じさせる、見た者を威圧するかのような黒々とした立派な城壁。その正面にあるのは、巨人ですら通れそうなサイズの、しかし龍族の攻撃を受けてもビクともしないような堅牢な門。

城壁の内側には何本も屹立する先の鋭い塔に、これまた黒々とした外壁を持つ数多の居館があり、それがどこまでもどこまでも続き、異様な程の広大さを誇る。中央にある、まるで礼拝堂のように荘厳な宮殿は一際巨大で、周囲全てを圧巻させるような厳格さを放っている。

夜には、黒の城、その窓から漏れる灯りが闇を仄かに明るく染め上げ、その光景は幻想的なまでに美しく、不気味ながらも心を動かす何かがある。

俺が目指すは、そんな城。

見る者を威圧し、委縮させ、恐怖を与え――そして、胸を熱くさせる、ロマンの溢れる城だ。

イメージが十分に固まったところで、俺は原初魔法を発動し、草原の土を操る。

土は、まるでそれ自体が意志を持つかのように蠢き、一つの形を作り上げていく。

原初魔法は本当に便利だ。実際のフィギュアやミニチュアであればもっと複雑な工程が必要となるのだろうが、こうして魔力を注ぎ込みイメージを強固に思い浮かべることで、その工程を全て省いてモノを造り上げることが出来る。

やがて土の蠢きが止まり、そこに出来上がったのは――。

「…………おぉ」

――美麗で、ミニチュアながらも雄大で、どこか人を惹き付けるような引力を放つ、一つの城。

これは……いいぞ。

色は土なので茶色のままなのが少々残念だが、正直メチャクチャカッコいい。ずっと眺めていたくなるような魅力がある。

「うわぁ!すごいっす!ご主人、それメッチャカッコいいっすよ!!」

「うむ、我ながら良い出来だ」

リューが歓声を上げ、俺もまた満足そうに一つ頷く。

よし、これを城の軸にしよう。ここから更に細部を整えて、もっと完璧にするのだ。後でこの城のイメージカラーである黒に着色もしておくとしよう。

いいぞ、俄然やる気が出て来た。

もっと練習して、その内『想像施設』を使用する時が来たら、一発で成功させてやる。

「よし、リュー、見てろよ。俺がもっとこれを完璧に仕上げてみせるからな」

「こ、これよりさらにカッコよくなってしまうんすか!ウチ、わくわくしてきたっす!!」

「フッフッ、まあ見ていろ。このクリエイティブ魔王がここに更なる世界を創り上げてやる……」

そう意気込んで俺は、すっかり洗濯物を干すことを忘れているリューを観客に、城造りの練習を続けたのだった。