――喧騒は、収まるどころか拡大の一歩を辿っていた。

彼らのいる集落はかなり大規模で、街とまでは行かないまでも、確実に村以上の規模はあるのだが、その至るところで戦火が上がり始めているのが確認出来る。

現に彼女ら勇者一行も、すでに正体不明集団と数度エンカウントしており、付近の翼人族の者と協力し、どうにかこうにかといったところで撃退に成功していた。

「……これは、明らかな軍事的攻撃ね」

険しい表情を浮かべ、そう呟くメキナ。

「軍事的奇襲攻撃。標的は翼人族。私達はそれに巻き込まれた可能性が高い」

普段あまり表情を変化させないロニアもまた、ス、と表情を鋭くさせ、周囲を警戒しながらそう言葉を溢す。

「……とにかく急ごう。僕達に今出来るのはそれだけだ」

――それから、先を進むこと数分。

集落中央部から少し北上した位置にある、一際大きい館の前で、翼人族の戦士達は集結していた。

至る所にかがり火が焚かれ、バリケード代わりなのか物見やぐらが地上に引き倒されており、その前後で正体不明集団との攻防を繰り広げている。

これでは味方集団も分断してしまうだろうが、しかし翼人族の彼らには翼があるため、その辺りに問題はないのだろう。

実際、その戦い方に関しても、翼人族の者達は空を用いた三次元的な戦闘を行っており、こちらが彼らの本分なのだろうことがその練度から窺い知ることが出来る。

「……数が多いね。道をこじ開けるよ、しっかり付いて来て!」

ネルは、その味方集団と敵集団が激突しているポイントの、少し手前の建物の影でそう言い放つや否や、すぐさま吶喊(とっかん)を開始。

まるで引き絞られた矢が放たれるかの如き勢いで突っ込んで行き、その腰の聖剣を振るう。

敵集団は前方と上空の対処に精一杯で、後方から飛び出して来たネル達に全く対処が出来ず、そのまま彼女らはロクに妨害もされずにバリケードを飛び越えることに成功した。

「貴様らァッ!!貴様らの手引きか、コレはッ!!」

――そして、その内側に辿り着いた彼女らに待っていたのは、一目で怒り心頭具合が理解出来る、翼人族の頭領の罵声だった。

「ちょ、ちょっと待ってください!違います、僕達じゃありません!!」

「頭領ッ、落ち着いてください!私も彼女に命を救われたのです!彼女らは敵じゃない!!」

と、慌てて頭領を宥めるのは、一人の翼人族の戦士。

ネル達からすると、体格の良い頭領以外はあまり個人の区別が付かないのだが、恐らくは道中で助けた戦士の誰かなのだろう。

「フゥ、フゥ…………そうか、すまぬ。仲間が世話になった」

荒く息を吐き出し、怒気を静めながら、彼女らにそう謝る頭領。

「いえ、気にしないでください!それより、状況は!?」

「恐らくは、悪魔族(・・・)の犬どもに奇襲を受けた。種族に見覚えがある。奴らめ、ロクに返事を返さぬ俺達に、とうとう痺れを切らしたようだ」

「悪魔族……!」

その名は、嫌と言う程聞き覚えがある。

魔界で再会した青年が言っていた彼の敵であり、そしてネル達にとっても暫定敵として判断されている、魔界における巨大勢力。

「だが、この程度で俺達を屈服させられると思ったら大間違いだ!夜故に、多少不利ではあるが……我ら翼の一族、舐めてもらっては困る!」

その言葉尻と共に、頭領は彼に似合ったサイズの巨大薙刀をブゥン、と風切り音を発しながら一薙ぎし、近寄って来ていた黒尽くめを一刀両断する。

「……えぇ、僕達も協力させてもらいます!ロニア、皆の援護を!メキナは、怪我人の応急処置をお願い!」

「了解!」

「わかったわ!」

「すまぬな、人間達!我々のゴタゴタに巻き込んだようだ!」

「我々を貴方は同胞と見なすと言った!であれば、危機に協力してこその、同胞でしょう!」

そのネルの剛毅な言葉に、翼人族の頭領は知らず知らずの内にニヤリと笑みを浮かべていた。

「それと、頭領さん!明かりがあった方がいいんですか!?」

「そうだ!俺達の眼は昼であれば先の丘まで見通せるが、夜は眼の力が大幅に下がってしまう!」

彼ら翼人族は、陽のある明るい時間帯であれば、他種族とは比べものにならない程の視力の良さを発揮するが、しかし逆に、明かりの少ない夜となるとその視力が大幅に減少してしまう、いわゆる夜盲症――鳥目(・・)を患っている。

そのため、彼らは出来る限りで火を焚いて周囲を明るくし、夜の闇を遠ざけながら戦っているのだ。

敵側もまた、その暗闇が弱点であると知っているようで、燃え盛る焚き木周辺において、先程から激しい攻防が続いている。

「わかりました!――我が許に、祖なる御霊の導きを!『セイクリッド・シャイン』!!」

そう、ネルが呪文を読み上げ、握り締めた聖剣を頭上へと掲げると同時、聖剣の先から強力な光の玉が彼女らの頭上へと向かって発せられ、周辺をまるで昼の如く明るく染め上げる。

その光は強大ながらも、しかし同時に陽の光のような温かさを宿しており、眩しさは全く感じられない。

「ッ、でかした!!――ゆけ、一族達!我らを敵に回した馬鹿者どもを、残らず冥府へ叩き落してやれ!!」

頭領の号令に、翼人族の戦士達は雄叫びを上げ、一糸乱れぬ統率で襲撃者達へと吶喊していく。

彼らの戦意旺盛な様子に、これだったらどうにかなりそうだと、ネルが内心で安堵した、その時。

「頭領!」

「遅い!何をしていた、馬鹿息子が!!」

――現れたのは、完全武装の、一人の翼人族の青年。

この青年は、見覚えがある。

翼人族は若い者と中年の者で体毛の色が違うため、彼女らでもどうにか見分けがつくのだが、この青年はどこかで見たことがある。

誰だったかと記憶を探っていると、隣にいたロニアがふと彼女に耳打ちする。

「……対面時、私達に一番最初に敵意を見せた翼人族」

「……あぁ」

確かにあの時の彼だ。

――なるほど、頭領の息子さんだったのか。

納得し、ネルは再び、敵と対峙すべく剣を構え――。

「――ゴフッ」

「っ!?」

――ネルの視界に映ったのは、胸から刃を生やし、口から血を吐き出す、翼人族の頭領。

その刃の柄を握っているのは、今現れた、頭領の息子(・・・・・)。

「頭領ッ!?クソッ、どけッ!!」

翼人族の戦士達の、動揺の声。

慌てて自分達の頭の下に向かおうとするが、しかしひっきりなしに襲い掛かる敵集団のせいで、その場に張り付けられ身動きが取れない。

「き、貴様ァ……!」

「フン……親父、アンタは耄碌した。だからそんな、遅れを取ることになる」

自身の父親を貫いたナイフを引き抜き、彼に向かって嘲るような表情を浮かべる、その息子

一瞬呆然と固まってしまったネルだったが、瞬時に我に返るとその二人の下まで一足飛びに近付き、剣を頭領の息子へと向けて振るう。

その斬撃は余裕で避けられてしまったが、しかしその隙にネルは頭領の巨躯を回収し、味方のところまで下がる。

「メキナ!!」

「わかってるわ!!」

すぐにメキナが二人へと駆け寄り、治療を開始するが……しかし、それを拒んだのは、他ならぬ頭領自身だった。

「と、頭領さん動いちゃダメだって!!」

「この程度、ケガの内に、入らぬ」

若干たどたどしい言葉でそんな無茶苦茶を言う頭領は、血の塊を吐き出しながらも、一時も離さずにいた薙刀を杖代わりにし、毅然と膝を突いて立ち上がった。

「なる、ほど。この者達を、里内部へ引き入れたのは、貴様か」

「そうだ!真に同胞としての価値がある悪魔族の者達と、俺が手を組んだ!!」

「フン……馬鹿、息子が。さては、唆されたな」

「どうとでも言うが良い!俺はこの者達と、新たな同胞と共に、翼人族を統べる!!アンタはここで死んで行け!!」

そう言い放つと同時、頭領の息子の隣に並ぶ、十数名の翼人族達。

皆若く、自負心に満ち溢れた表情をしている。

「……馬鹿どもが。良い、だろう!!この命、貴様らの教育に、使ってやる!!」

そう啖呵を切った頭領は、ブシュ、と血を傷口から垂れ流しながらも、杖代わりにしていた薙刀を両手で握り、悠然と構える。

「……死に掛けが。我らの提案に従っていれば、このようにはならなかったものを」

その頭領に言葉を投げるは、黒尽くめの一人。

ススス、とその周囲に他の黒尽くめが集っていき、集団を形成する。

「ハッ、お前達に我らが従わなかった理由を教えてやる!!この、薄汚いやり方だ!!」

そう怒気を発して、周囲を睨め付ける頭領。

「来い、クズ共!!我らを襲った代償はでかいぞ!!」

「頭領、お供します!!」

「我らも、御身と共に!!」

と、黒尽くめの集団と対峙して、頭領の周囲に集う、翼人族の戦士達。

「……フン、物好き共が。では、我らが黄泉への道、共に進もうか」

そう言って、ニヤリと大きく笑みを浮かべる頭領。

「と、頭領さん!!」

「行け!!身内の不始末は、親が取るものだ!!ウオオオオ――ッッ!!」

――やがて始まるは、敵味方の入り混じった、激しい混戦。

怒号のような咆哮を上げ、圧倒的多数の敵に立ち向かう、翼人族の戦士達。

鋭い剣戟に、一気に周囲を満たす熱気。

「チッ、お前達、そこの人間どもを――」

「させぬわぁッ!!」

ネル達を部下に襲い掛からせようと指示を出していた黒尽くめを一刀両断し、一撃で絶命させる頭領。

「早く行けぇッ!!お前が真に我らを助けたいと願うなら、戦えぬ我が同胞と共に、この場を去れッッ!!」

「――ネル!!」

ロニアの、焦りを感じさせる叫び。

「クッ……わかった、行こう。――頭領さん、もう一度生きて会えること、信じてますからね!!」

「フン、この程度の敵に負けはせぬわ!!レグリス、オリアス、戦士達を数人引き連れ、戦えぬ女子供を守れ!!頼んだぞ!!」

「「この身を賭して」」

そうしてネルは、表情に色濃い悔恨を浮かべながら、彼女の仲間と、翼人族の非戦闘員と彼らを守る数人の戦士達と共に、激戦区となった集落から逃げて行った。