「――無事ですか、皆様!」

そう声を張り上げるのは、身体のあちこちが爆破で焼け焦げていながらも、咄嗟に魔法で障壁を張り、ある程度の爆風を防ぐことに成功したエルフの兵士達。

煙が立ち昇り、周囲があまり見えない中、すぐに声を上げるのはアーリシア国王。

「ケホッ、ゴホッ、私は大丈夫だ! フィナル殿、ナフォラーゼ殿!」

彼の呼び掛けに、返事はすぐに返ってくる。

「僕の方も大丈夫だ!」

「余も問題ない!」

「ふむ……流石だな。不意を突いたと思ったが、重傷者は無しか」

その声が聞こえてきたのは、爆破で空いた大樹の大穴の向こう側。

立ち昇る煙が一つの人影を作り、やがて現れたのは――赤毛の、巨漢。

悪魔族の頭領、ゴジム。

「……ゴジム君。まさか、君自身がこんなところまで来るとはね」

「久しいな、フィナル。なに、ここ最近は退屈続きでな。たまにはこうして外に出たくなるのだ」

険しい表情で呟く魔界王に対し、悪魔族の頭領は、静かな声でそう答える。

――赤毛の戦士は、異様な様相となっていた。

人一人分はあろうかというサイズの大剣、その刀身に刻まれた血管を思わせる赤黒い紋様が、まるで侵食するかのようにゴジムの片腕にまで伸び、ドクンドクンと脈動している。

そして、まだ誰とも剣を交わしていないのにもかかわらず、その侵食された腕からは血が滴っていた。

「……これで見たのは二度目だけど、やはりその大剣は……」

「相変わらず耳が良いようだ。侮れん男だが――今日こそここで、死んでもらう、ぞッ!!」

会話途中、魔族の護衛達が突っ込んで来たのを見て取ったゴジムは、上段に大きく掲げた大剣を、ブオンと風切り音が聞こえる程の勢いで振り下ろす。

一撃。

だが、その一撃だけでエルフ達が張った、大爆破すらも防いだ障壁は斬り払われ、発生した風圧がその場にいた者達全員を吹き飛ばす。

大剣を叩きつけられた床が割れ、彼らのいた階段が崩壊を始め、一階へと落下を開始する。

「これしき!」

自由落下の最中、瞬時に魔法を発動したのは、ナフォラーゼ。

風魔法を発動し、その場にいる者達の落下の勢いを和らげ、逆にゴジムには激しい暴風を浴びせ、吹き飛ばそうとするが……「ヌゥンッ!!」と振るわれた大剣により、その暴風もまた真っ二つとなり無力化される。

全員が、一階に着地する。

「エルフの魔法か。見るのは久しいが、その程度か?」

「抜かせ、若造。この程度、挨拶代わりに決まっておろう」

ゴジムの言葉に答えながら、ナフォラーゼはチラと他の者達を確認する。

アーリシア国王、魔界王は護衛の者達が命懸けで守ったために、無事のようだが……代わりに護衛には、それなりに被害が出ている。

死者こそいないものの、落下の衝撃や瓦礫などにやられたようで、ほぼ全員が大なり小なり怪我を負っているようだ。

動けるのは、六割か。

――まともに剣を打ち合わせていないのにもかかわらず、これであるか。

少しすれば、異変に気付いた者達が――いや、もうすでに部下達がこちらに向かって来ているかもしれないが、戦える者はほぼ全て里周辺の防衛に出してしまっているため、それには少なくとも数分は掛かると思われる。

今自分が抵抗しなければ、その数分の間に、この男がこちらを殲滅し切ることは可能だろう。

それだけの力があるということは魔界王から情報として教えられており、実際こうして対峙してみても、 確かな圧力をヒシヒシと感じ取ることが出来る。

二人の王達に関しては……気にしている余裕はない、か。

護衛達に、任せるしかない。

エルフの中で最も強いのは、自分だ。

その自分が本気で戦わねば、恐らくこの男は止められないだろう。

「全く、余の里を無茶苦茶にしおって。覚悟は出来ておるんじゃろうな、若造」

「笑止。元より戦争とは、そういうものだろうッ!」

突撃を開始する、悪魔族の頭領。

その速度はすさまじく、重量を感じさせない鋭い突きが反応の遅れたナフォラーゼに突き刺さり――瞬間、彼女の身体が揺らいで(・・・・)消える(・・・)。

「ぬッ!」

「どこを見ている」

横合いから声が聞こえると同時、ブシュゥ、と肩口から血が爆ぜる。

見えたのは、どこからともなく取り出した懐剣で、自身の肩を薙ぐエルフの女王の姿。

ゴジムはほぼ反射的な動きで、突きに繰り出した大剣を横薙ぎに振るうが、しかしその彼女の姿もボワリと消え去り、刹那、自身の頭部目掛け迫り来る氷の槍が視界の端に映る。

上半身を逸らすことでギリギリ回避には成功し、と思ったところで、いつの間にか正面にいたナフォラーゼに今度は太ももを斬り裂かれる。

そのまま、幻影か本体かわからない女王は、ゴジムの首筋に向かって懐剣を放ち――。

「小賢しいッ!!」

「うぬっ……!!」

――ゴジムは、地面に大剣を叩きつけた。

ヒト種の者が放つとは思えない圧倒的な力に地面が陥没し、よろけたために魔法の操作に失敗したナフォラーゼの姿が、少し距離を取ったところに現れる。

「幻影魔法か。魔法は、無効化(・・・)しているはず(・・・・・・)なのだがな」

「フン……余を誰だと思っておる。大方、その呪い憑きの魔剣が周辺の魔力を吸い取っておるのだろう? そうとわかっておれば、やりようなどいくらでもある」

「正解だ。だが、魔法の精度が悪いな。俺の知る限り、エルフの女王は多種多様の魔法を放ち、対峙した者は訳のわからないままあの世行きになるという。やはり、ある程度の影響はあると見える」

「安心することじゃ。しっかりとヌシの言葉通り、冥府へと送り届けてやる」

表情には余裕を浮かべ、憎まれ口を叩くが……しかしナフォラーゼは、内心では苦い思いを感じていた。

ゴジムの言う通り、魔法が上手く発動しない。

いつもならば、数十の幻影を生み出し、幾つもの魔法を同時に操って攻撃するのだが……今しがた発動したのは、幻影が一体に、姿隠しの魔法と氷魔法のみ。

魔力をいつものように練ることが出来ず、無駄なく魔法に昇華することが出来ず、強い抵抗がある中を無理やりこじ開けて発動するような感覚がある。

――つい先程までは何の問題もなく魔法が発動していたのにもかかわらず、この短時間で使えなくなるとは……余程、強力な魔剣のようであるな。

チラと、あの異様な大剣へと視線を送る。

見ているだけで不快になるような、悍(おぞ)ましい負の魔力が周囲一帯に漂い、肌が総毛立つような感覚。

典型的な、『呪い憑き』だ。

里で最も魔法に精通している自分がこれだけ魔法の発動に苦労する以上、他の者達は一切魔法が使えなくなっていることだろう。

だが――だからといって、戦えない訳ではない。

「やれっ!!」

タイミングを見計らっていた魔族とエルフの護衛達により放たれる、弓の一斉射撃。

数十の矢が同時にゴジムへと向かって飛翔し――それでも、悪魔族の頭領は焦りを見せない。

「喰えッ、ルーインッ!!」

そうゴジムが叫ぶと同時、突如大剣の刀身がまるで口のように(・・・・・)ガパリと(・・・・)開かれ(・・・)、生き物のように一人でに動いて飛んでくる矢の全てを飲み込む。

「なっ――」

「以前に比べ、俺も大分コイツの使い方に慣れてきてな!! 今ではこんなことも出来るのだッ!!」

そして、次の瞬間には刀身が倍以上に伸び、唖然と固まっていたせいで回避の遅れたナフォラーゼの片腕を食い千切った。

迸る鮮血。

「ナフォラーゼ様!?」

「死んでもらうぞ、エルフの女王ッ!!」

「くっ……!!」

どうにか片腕のまま迎撃しようとしているナフォラーゼに向かって、生き物のように蠢く大剣が大きく咢を開き――キンと間に挟み込まれた剣が、その攻撃を弾き飛ばす。

ゴジムの攻撃を防いだのは、爆発を見た瞬間前線から駆け戻っていた、ネル。

「ほう! いつぞやの報告にあった人間の勇者か。娘、仮面の男は元気にしているか?」

「……おかげさまでね。君を絶対に倒すって、張り切ってたよ!」

そう言いながら彼女は一気に距離を詰めると、相手に間を与えぬためにそのままの勢いで斬りかかる。

目にもとまらぬような速さの斬撃の嵐に対し、しかしゴジムは押し負けることもなく攻撃を受け切り、隙あらば反撃を繰り出す。

鳴り響く甲高い剣戟の音。

一つ油断すれば、それがそのまま命とりになるような緊迫した戦いの最中であったが……ゴジムは冷静に周囲の観察をし、状況が悪化していることを理解していた。

エルフの里の防備をしていたはずの兵士達がこちらに戻りつつあり、いつでも援護に入れるようにと武器を構えている。

――少し、時間を掛け過ぎたか。 

恐らくは、囮に放った(・・・・・)アンデッド兵の大部分を排除され、向こう側に余裕が出て来ているのだろう。

ならば、これ以上ここにいるのは、無駄な危険を増やすだけで意味がない。

わざと中段に大振りの斬撃を放ち、勇者の娘が一歩距離を取ったところで、自分もまた後ろに下がる。

「……フン、ここまでか。人間の娘よ、楽しかったぞ」

そう言ってゴジムは、懐から魔道具らしい何かを取り出した。

それは、ユキが使うダンジョンへの帰還装置によく似た装飾品であり――。

「っ、逃がさないっ!!」

ネルは瞬時に自身の魔力の大半を聖剣へと流し込み、以前よりかなり成長した魔力操作で迅速に『魔刃』を発生させ――が、どういう訳か思っていた以上に魔刃への収束が上手くいかず、余計な被害を出さないために一点集中させて放つつもりの魔力が手元で暴発しそうになり、慌ててゴジムへと放つ。

刹那発生する、激しい閃光と特大の破砕音。

驚愕の表情を浮かべたゴジムはそれに飲み込まれ、勢いよく吹き飛ばされたところで魔道具が発動したらしく、姿が消える。

最後に閃光が消え去った後、そこには大きく抉られた大地だけが残っていた。

「うわっ……よ、よし、計画通り!」

ちょっと動揺した様子で、そんなことを言う勇者の少女。

いや、嘘つけ、とその場の誰もが思った。

*   *   *

吹き飛ばされながら転移したゴジムは、そのまま派手な音を発して転移先の建物の壁をぶち破り、設置されていた幾つかの魔道具を巻き込み、ようやく停止する。

「……全く、無茶苦茶な娘だ」

瓦礫の中、額から血を流しながら痛む身体を起き上がらせ、思わず一つ苦笑を溢す。

「と、頭領!! ご無事ですか!?」

慌てて寄って来る待機していた部下達に、ゴジムは生み出した空間の亀裂の中に大剣をしまいながら、静かな口調で答える。

「問題ない。デレウェスはいるか」

「ハッ、ここに」

「頭は取れなかった。が、当初の作戦は(・・・・・・)成功した(・・・・)。そちらの進行状況は」

「頭領に派手に暴れていただいたおかげで、今のところはこちらの動きは気取られていません。全て順調に進んでおります」

「……ようやく、フィナルに一杯食わせることが出来たか。そのまま作戦を進めろ、迅速にな。あの男ならば、こちらの動きの不可解さをすぐに感じ取って、何かしらの策を講じてくるだろう。全ては速さが命だ」

「ハッ、お任せを! ――それと、頭領。問題なくはありませんので、早めの治療を。その様子ですと骨も折れていらっしゃるでしょうし、『トートゥンド・ルーイン』に侵食され続けた右腕も、処置をしないと斬り落とす羽目になりますぞ」

「……わかっている」

面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、ゴジムは医療班の下へと向かって行った。