A Misunderstood Mentor
Episode 124 Chihar The Last Magic
アリスへと伸ばした手は届かない。
事態は疾走するように加速していく。
洞窟前で、アリスとマキナもどきが再び対峙した。
「だめっ!!」
精一杯、絞り出すように叫んだ声は、届かない。
魔力のない幼女など、石ころ程度にしか見てないのだろう。
「ふぇ」
泣きそうになるのを我慢した。
身体だけではなく、思考も幼女に近づいている。
「とめなくちゃ。チハルがなんとかしなきゃ」
絶対にあきらめない。
カルナに続き、アリスまで失ったら、タクミはきっと壊れてしまう。
「誰も死なないと思ってたよね?」
パラパラと魔剣カルナの砕けた破片が宙を舞う中、マキナもどきがそう言った。
「ぬるま湯に浸かってるみたいに。戦争が起こっても誰一人犠牲にならない。私達は、そんな甘い世界で生きてこなかったわ」
アリスは一言も話さない。
地面に散らばったカルナを、ただ、じっ、と見つめている。
「現実はそんなに甘くないわ。いままでとはちがうのよ。聖杯はすでに砕かれた」
話しながらマキナもどきの姿が変わっていく。
機械である左半身から、うねうねとチューブのようなものがはみ出し、身体が侵食されるようにマキナもどきの右半身を覆っていく。
そして、そのチューブから機械のパーツが次々と現れ、マキナもどきの全身すべてが機械化した。
「ハッピーエンドはもうなくなったのよ」
どんっ、という音がして、地面がえぐれる。
アリスが一歩踏み出しただけで、その重圧に地盤が崩れたのだ。
音を置き去りにして、アリスの拳がマキナもどきに放たれる。
本気の中の本気。
それはタクミと出会ってから一度も出したことのない、ずっと封印してきたアリス本来の力だった。
「私を殺す気か、アリス」
それでも、マキナもどきは平然と少し頭をずらすだけで、その攻撃をかわしている。
「そうだ、それでいい。それが本当の戦争だ」
やだ。やだ。やだ。やだ。こんなのやだよぉ。
タクミのいない世界なんてぜったいやだぁーーっ!!
そうだ。
ヌ族は、人間達に迫害を受け、森を追い出された。
ヌルハチは、旧ルシア王国を崩壊させ、新しい王国を打ち立てた。
ハシュタル家は、代々に渡り、戦争により領地を拡大していった。
ずっと忘れていた。
タクミと出会ってから、幸せが当たり前で、そんなことも忘れていたのだ。
幾度とな繰り返されるアリスの拳をすべて避(さ)けていくマキナもどき。
だが、永遠に続くかのように思われた攻防は、突然終わりを迎える。
ざしゅっっ、という炸裂音に、びくん、と身を震わせる。
肉が弾ける音だった。
マキナもどきの右拳がアリスの腹を貫き、背中から突き出している。
ぶはぁっ、とアリスが口から大量の血を吐き出した。
それでも、まったく変わらない速度でマキナもどきに殴りかかる。
「わぁああああああぁあーーーんっ!!!」
もう泣くことを我慢できなかった。
泣き叫びながら、手に魔力を集中させる。
「ふぇっ、やだよぉ、タクミぃ」
完全に潰(つい)えたはずの魔力。
だけど、それは、ほんの少しだけ、身体の奥底に残っていた。
チハルという存在を維持するための、最後の魔力。
それを使ってしまえば、消えてしまう。
チハルも、ヌルハチも。全部消えてしまう。
「はやくっ、はやくっ、おきてよっ!!」
でも、それでいい。
タクミが起きてくれるなら、全部なくなってかまわない。
「やめたほうがいい」
魔力の流れを感知したのか。
マキナもどきがアリスの攻撃をかわしながら、こちらを振り向く。
「……久遠(くおん) 匠弥(たくみ)はもう目覚めない」
「そんなことないよっ!」
チハルの身体では思考と言語は一致しない。
それでも、精一杯、わめき散らす。
「タクミはちゃんとおきるよっ! チハルのいうこと聞いてくれるのっ! おきて、笑って、チハルの頭をなでてくれるよっ!!」
「無駄よ。すでに転送が始まっている」
アリスとマキナもどきが戦っている背後で、サシャが倒れているタクミを抱いて叫んでいた。
「タクミっ!! いやぁっ!! なんでっ!?」
ありったけの回復魔法を唱えたサシャも、すでに魔力は枯渇寸前だ。
それでも、矢継ぎ早に魔法を唱え続ける。
「いやだっ!! タクミっ!! 消えないでぇっ!!」
タクミの身体は、反対側がハッキリ見えるくらいに透明で、消えかかっていた。
「やだ」
限界を超えて魔力を絞り出す。
「ぜたい、やだ」
それでも、出来上がったのは、ビー玉くらいの小さな光の玉だった。
「チハルは、タクミと」
しかし、それは今まで生み出したどんな魔法よりも、輝いている。
「ずっと、いっしょにいるのぉっっ!!!」
すべての想いが込められた光をタクミに向けて解き放つ。
「タクミぃ!!!」
魔力が身体から離れ、存在がなくなっていく。
「おきてぇぇっ!!!」
タクミのひざの上で、ご飯を食べた光景が頭に浮かぶ。
みんながまわりにいて、タクミが優しい顔で笑いかけてくれている。
おもいきり笑い返した。
これ以上ないくらいに。
小さな光は、タクミの頭にコツンと当たり、パチンと弾けて消えてなくなる。
タクミはまだ目覚めない。
でも大丈夫。
想いはきっと届いてる。
すぐに起き上がって、いつもみたいに笑いかけてくれる。
そんなことを思いながら。
チハルはゆっくりと眠りについた。