旧市街の広場にあるベンチに座っていた。

ここはほとんど人気のない場所だった。

トアに固有スキルの話をした。

そのおかげで、ヒーラーでも攻撃魔法が使えること。

あの魔法が元はオリバーのものだったということ。

使うまであんな魔法だとは知らなかった、ということだ。

トアは俺の話を最後まで、ただ黙って聞いていた。

「じゃあ。例えばそれって、装備にも使えるの?」

「多分、使えるんじゃないかなあ。試したことはないけど」

《聖女の怒り》に使ったらどうなるのだろうか。

今は考えただけでゾッとする……いや、ワクワクしている。

正直、使ってみたい。

「そうよね。ヒーラーじゃ火属性魔法は使えないものね。それで、それなら使えると思って試してみたら、あんなのが出てきちゃったってこと?」

「まあ……あれが何だったのか俺にもよく分からないけど、これからは安易に使わない方がいいかもしれない」

俺は考えていた。

おそらくあの程度のモンスターなら魔法を使わなくても倒せたはずだ。

角が折れたくらいだ。

ゴブリン同様、素手で倒せただろう。

俺は試したいだけでなく、2人に自分の力を見せたかったんだ。

無能じゃないと示したかったのかもしれない。

それが間違いだった。

異世界に来られたことで浮かれていた。

「大丈夫よ」トアの声だった。「私がマサムネを助けるから」

前から思っていた。

何故、トアは……。

「マサムネが力を使えないっていうなら、私が頑張るから。母さまや父さま、姉さまには敵わなかったけど……それでも」

トアを見つめた。

必死に答える彼女を。

「ありがとう、トア……。なあ、トア。前から聞こうと思ってたんだけど、何であの時、トアは初めて会ったばかりの俺を信用したんだ?」

「え」言葉を詰まらせた。「それは……」

「マサムネ殿! トア殿!」

そこで声が挟み振り返った。

シエラさんの姿が見えた。

俺たちの場所が分かるよう「銀髪の女性が訪ねて来たらこれを渡してください」と宿に手紙を預けておいた。

「また今度、教えてくれ……」耳元でトアにそう言った。

「うん」トアは頷いた。

「あの……お取込み中でしたか?」

「いえ大丈夫です。それよりこんな所まですいません」

「いえ、こういった場所の方が好都合でしょう」

「それでどうなりましたか?」だが”好都合”だという言葉に推測はできていた。

「その話ですが、ヌートケレーンは解剖班に回収されました。マサムネ殿とトア殿のことは伏せておきましたので、見つかる心配はないと思いますが、保障はできません」

「そうですか。ありがとうございます。あの、依頼の報酬ってどうなるんですか? ケレーンの討伐でしたし、やっぱり報酬って……」

「それについては今すぐという訳にもいきません。討伐対象が依頼の内容と違った場合は手続きが必要になってくるんですが、今は状況的に見て難しいかと」

「そうですか……」

報酬は惜しいが仕方がない。

また依頼を受ければいいだけだ。

「もしマサムネ殿が今回の件に関して、その、討伐された本人であることを隠したいということであれば、なおさらです。少し待っていただく必要があると思います」

穏便にことを運ぶ上では仕方がないか。

それにしても今日はどうしよう。

お金もないし、これでは宿にも泊まれない。

「あの……もしよろしければ、今夜は私の家に泊まっていただくというのはどうでしょうか?」それは思わぬ提案だった。

「シエラさんの家にですか? 大変ありがたいんですが、いいんですか?」

「もちろんです」

シエラさんはニッコリと微笑んだ。

「空いている部屋ならありますし、それに、マサムネ殿には助けていただいた恩もありますから。お2人共、家にいらしてください」

「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらいます」

口の軽さは問題ありだが、シエラさんは優しい。

感謝しなくては。

「なるほど……。で、そいつらか?」

しゃがれた声が聞こえた。

振り返ると、男が俺たちを見ていた。

「レイド……」声を漏らすシエラさん。

ニヤニヤと高をくくった表情で、男はこちらを観察している。

「どうしてここに」とシエラさん。

「どうしてだあ? 簡単なことだ。ヌートケレーンは魔術を無効化する厄介な能力を持つ。だから魔法は効かねえ。剣と拳。つまり物理攻撃でしか殺(や)れねえわけだ。角を破壊することで一時的に能力を抑えることもできるが、普通はやらねえ。強度があり過ぎて壊すのに時間がかかるからだ」

硬くもなかったが。

所詮、角だ。

「だから尚更、物理的にやるしかねえわけだ。だがあれは剣でもハンマーでも槍でもねえ。明らかに魔法によるものだった。そうでなけりゃあ、あの惨状の説明はつかねえ。つまり、そいつはヌートケレーンの角を破壊し魔術で殺した。負傷した冒険者が門の兵士に知らせ、それを知った俺たち白王騎士が駆け付けるよりも早くにな」

レイドは不敵な笑みでシエラさんを見た。

「シエラ、お前には無理だ。お前じゃあれは殺れねえ。経験が浅すぎる。力が足りねえ。お前が角を破壊したとは思えねえ。なら他の誰かだ。お前があれを挽き肉にできるほどの魔術を使えるとは思えねぇ。なら他の誰かだ。そして」

レイドは俺とトアを見た。

「そんな奴がヌートケレーンに殺されるはずもねえ! 何故ならそんなことができるそいつは明らかに異常だからだ! 殺し方もなあ! 死体を見て思った。精獣を殺してもホーンラビットかゴブリンを殺ったくらいにしか思ってねえような奴だと。明らかに次元が違う。そんな奴を白王騎士は見過ごさねえ!」

レイドは手の平に火の塊を出し、それを引き延ばした。

火は折れ曲がった長い棒のような形になり、火が消えるとそこから1本の大きな鎌が現れた。

「で……どいつだ?」

「レイド、彼らは敵ではありません!」

「それを決めるのはお前じゃねえ。俺だ」

シエラさんの表情から焦りが窺える。

「つまり、シエラさんは初めから疑われてたってわけか。そして後をつけた」俺は話に割り込んだ。

「そういうことだ」レイドがこちらを見える。「なんで庇ってんのかは知らねえがな。お前、名前は?」

「……」名前を答えようとした。と、遮るようにトアが前に出た。

「何だてめえは?」

「トアトリカ。ヌートケレーンは私が殺した」

トアはレイドを睨みつけた。