A NEET’s Guide to the Parallel World: Healer, the Strongest Cheat?
52 - The carriage rocked me.
ラズハウセンを出発してから何度岩陰で夜を明かしたことか。
「遠くないって聞いてたけど、ハイルクウェートっていつ着くんだ?」
「ハイルクウェート?……いえ、この馬車が向かっているのはアルテミアスですよ」
「え?」
「もちろん目的地はそれで合っています。ですが王都から出発する場合ハイルクウェートへ行くには、一度アルテミアスを経由しなければならないんです。でなければ不法入国になってしまいますから」
「不法入国って。でも別に気づかれないだろ?」
「いけませんよ、マサムネ。そういったことは誤魔化さずにしっかりと済ませておかないと、後で恐ろしいことになります」
「恐ろしいこと?」
「のちに知られれば学校など退学になってしまいます。不法入国者の在学を認めるわけにはいきませんから」
「なんか面倒くさいな」
どうも常識であるらしい。
が、ラインハルトは思いもしなかっただろう。
俺は異世界人であり現地人から見れば非常識な存在だ。
「アルテミアスってどんな国なの?」トアも知らないらしい。
「トライファールと呼ばれる独自の技術を基盤に栄える国です。要塞都市の名で知られていまして、大国ですが色々とよからぬ噂もあります」
「トライファール?」またトアが尋ねる。
「魔道具を生み出す技術のことです。アルテミアスの都市を囲む巨大な防壁もこの技術で建設されているそうです。世界各地に魔道具は存在しますが、トライファールで生み出された魔道具は先進的であり、他の物を遥かに凌駕(りょうが)すると言われています」
「ならいくつか買っていかないとな。金もあるし」
「それは無理でしょう」
「無理?」
「そうではありません。アルテミアスはトライファールに関かわる技術や知識、魔道具など。国外への持ち出しをすべて禁止しているんです」
「つまり販売されてないってことか」
「販売はされていますよ、国が定めた正規店のみですが。ただ国外への持ち出しはできないので、帰る際すべて検問で没収されてしまうんです」
俺なら異空間収納で何とかなりそうだ。
「念のために聞いておくけど、もし持ち出したらどうなるんだ?」
「それはもちろん死罪でしょう。アルテミアスは法の厳しい国ですから」
「厳しい?」
「はい。と言ってもそれはつまり、それだけ守られているということです。国民は税を納めることにより病気や怪我の治療など、ある一定の生活水準が保障されています。それはこの国へ訪れる冒険者や商人などの外国人も同じです。滞在費と引き換えに、滞在中に起きたあらゆる問題。例えば盗難が起きた場合には入国費から損害のすべてが補償されます」
「親切な国だ」
「はい、ですがその反面、法律を犯す者は容赦なく殺されます」
「殺す? それってなにかの比喩か?」
「いえ、そのままの意味です」
「ふ~ん……なんというか極端な国だな。要は先進技術を独占してるわけか」
「そういう見方もできますが、トライファールは国家間でのみ高額で取引されているということなので、独占というわけでもないみたいですよ」
「ねえ、あれがそうじゃない?」
トアの声に振り向き、馬車の外を覗いた。気持ちのいい微風が通り過ぎる。
「はい。あれが要塞都市――アルテミアスです」
「思ってたよりデカいな。いや、デカすぎるだろ!」
興奮を抑えられなかった。
ラズハウセンの比じゃない。
雲と重なるほどの防壁、その存在感は凄まじく恐怖を感じるほどだ。
「大きいのです!」とはしゃぐネム。どうやらシエラ以外、見るのは初めてらしい。
「あれだけ大きな壁を作れるんだ。そりゃ守りたくもなるよな」
俺の異世界はまだ始まったばかりらしい。
と、感動していた時だ。
先ほどの微風が突然に強まり、どこか遠くから耳に障る不快な音が聞こえた。
「ねえ、何か聞こえない?」トアに続き二人も不思議がっている。「これ、鳴き声よね?」
「知らない臭いがするのです」鼻を器用に動かすネム。
「見てください、あちらから馬車が来ます」
解放的な荒野の中、進行方向左から猛スピードで迫る一台の馬車が見えた。
その後ろを上空から、何かとんでもないものが迫っている。
「ん? なんか飛んでないか?」目を凝らし眺めた。
「ドラゴンなのです!」
「いけません! このまま行っては馬車にぶつかります!」
「お客さん! 捕まってください!」
馭者のおじさんの緊迫した声。
直後、急ブレーキがかかり、馬車が大きく揺れた。
「マサムネ!」
「つかまってろ!」
俺たちは一ヵ所に固まり踏ん張った。
しばらくして馬車は止まった。
「すみません」馭者が冷や汗を浮かべながら顔を覗かせた。
「いえ、賢明なご判断です」
だが無理もない。
上空に見えたのはネムの言うとおり、ドラゴンだったからだ。
「マサムネ! 空にドラゴン見えます!」
「ああ、見れば分かるよ」見間違うはずもない。
それは全身に紅い鱗を纏い大きな二つの翼を羽ばたかせている。
いつか空港の窓から眺めたことがある、これは生きた飛行機だ。
巨体と喩えるにも不十分だ。
空を翼で隠しながら移動し、後ろには砂嵐が迫っている。
「あの贅沢な馬車は追われてるみたいだな」何があったのか紅いドラゴンは馬車をしっかりと追尾していた。
「贅沢な馬車?……」
窓から身を乗り出し遠くに見える馬車を凝視するシエラ。
「あれは!――」
「ん、どうしたんだ?」
「間違いありません。あれはアルテミアス家の紋章です」
「ってことは、つまりあの馬車にはアルテミアスの重鎮が乗ってるってことか?」
「外装からしてそれなりの身分ではないかと。以前陛下が使われていたものに似ています」
アーノルドさんもあんな派手なものに乗るのか。
いや、アルフォードが言っていた。平凡だと舐められてしまうと。
「マサムネ、このままではあの馬車は……」
「間違いなく中の奴は死ぬだろうな。相手はドラゴンだ。夢でも見てるみたいだよ」
「助けることは可能ですか?」
「助ける?」
「シエラ、本気なの?」
「無理なのです! ご主人様もぺちゃんこになってしまうのです!」
ネムが久しぶりに俺の心配をしている。
「トア、ステータスは見えるか?」
「うん。シエラ、私とマサムネには生き物のステータスが見えるんだけど、あのドラゴン、レベルが300以上もあるわ」
「なっ!」シエラの表情が引き攣った。
馭者はしばらくここで待機していた方がいいと馬車を止めた。
「おまけに“ハーディー・ドゥ・シュタイン・ゴッホ”なんていう可愛いらしい名前までついてるぞ。これまで出会ったモンスターに名前はなかった……」
「それはドラゴンがモンスターではないからです。ドラゴンにはある一定以上の知能があり、人の言語も理解します。マサムネはドラゴンを見るのは初めてですか?」
「もちろん」
「そうですか。ドラゴンとは全種族の頂点に立つ種族です。魔族なみの魔力と獣族なみの身体能力を兼ね備えていると、いつか本で読んだことがあります」
そう話すシエラの瞳はいつになくキラキラと輝いていた。
シエラ自身も見るのは初めてなのだろう。
「旅に出てみて良かっただろ?」
「……」
頬を赤らめ恥ずかしそうに俯きかけたシエラ。
「はい!」誤魔化さず、満面の笑みでそう答えた。
「例えばだけど、あの馬車に王族が乗ってるとして、助けたらあの馬車、貰えたりするかな?」
「ああいうのが趣味なんだ」トアが不思議がる。
「違うって。別に何でもいいけど、助けるなら相応の見返りは欲しいだろ? 俺たちは冒険者なんだ」
「まあ、そうね」
「例えばトライファールとかな」
「どうでしょう。命を天秤にかけるとはマサムネは悪い人ですね」
「悪人で結構。でもシエラは助けにいってほしいんだろ?」
「え……」
「さっきそう言ってなかったか?」
「……はい。いいました」図星をつかれたように恥ずかしがるシエラ。
「理由は向こう側にとってはどうでもいい。助けてさえくれればな。だろ?」
「そうだと思います」
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「ご主人様、でもあんなに大きいのですよ!」
「俺のレベルは奴の二倍だ。敵に不足はないってもんだ。それに馬車にすら追いつけない時点で俺の方がたぶん速い」
「マサムネ、当然あれはアルテミアス製の馬車です」
「……ああ、トライファールか」
「はい。おそらく速度を強化するような何かが積んであるのでしょう。でなければ逃げられているはずはありません」
こういうところは見落としがちだ。シエラがいて良かった。
「だとしても変わりない。じゃあ、ドラゴン退治に行ってくる!」