A NEET’s Guide to the Parallel World: Healer, the Strongest Cheat?
118 - Two of the causes
――ここはフィシャナティカ魔法魔術学校。
そこに佐伯の姿があった。
隣にはデイビットとジョアンナの姿もある。
3人は共に廊下を歩いていた。
行き先は学食、そして目的は昼食だ。
「やったねサエキくん! 次でブロック予選通過だよ!」
フィシャナティカでは既に代表決定戦が始まっていた。
代表決定戦はトーナメント制だが、出場者が多かった場合のことも考えてブロック予選もある。
そして今年の出場者は、昨年よりも多かった。
これは特に勇者の参加とは関係ない。
何が原因かは分からないが、とりあえず今年は多数参加していた。
そして佐伯はあと一勝で、代表決定戦トーナメントへの出場権を手にするところまできていた。
「これもわたくしのおかげですよ? サエキ様?」
するとジョアンナが少し高飛車な態度でそう言った。
「ああ、感謝してるよ。ジョアンナがいなかったら、今頃、俺は初級魔法すらまともに扱えてなかったかもしれない」
すると自分で言っておきながら、いざ感謝されると頬を赤くするブロンドヘアーのジョアンアナ。
ただでさえ捻じれた髪を、人差し指でくりくりと捻(ねじ)じりながら、照れを誤魔化していた。
「分かっていればよいのですよ……分かっていれば」
すると佐伯は薄ら笑みを浮かべた。
3人の中はかなり深まっていた。
あれから佐伯は積極的に魔法を学び、2人の協力もあり常人離れした成長を遂げた。
だが、まだジョアンナには敵わない。
それでも、ここに来た頃と比べればそれは飛躍的な成長だった。
「佐伯!」
すると3人の後方に、見覚えのある者の顔を見つけた。
「ん? 何だ木田かぁ」
木田 修史(まさふみ)。
佐伯と同じ勇者の一人。親友だ。
「佐伯おめでとう! 次も勝てばトーナメントだね?」
「ああ、勝ってやるよ」
「それよりキダくんは残念だったね?」
するとデイビットがそう言った。
「いえ、もう分かってたことですから。俺の剣の腕前じゃあ、あれが限界ですよ」
木田はブロック予選一回戦で敗退していた。
というのも剣術がまだ未熟だったなのだ。
もちろん勇者召喚の恩恵もあり、魔法で多少のカバーはできた。
だが相手が悪かった。
木田に勝った相手はその後、ブロック予選を通過した。
各ブロックごとに、トーナメントに進めるのは1人だけだ。
当然そいつはトーナメントにも参加してくる。
「まあ、あとは佐伯に任せるよ」
「ああ、お前の敵(かたき)は俺がとってやる」
「最もそれはわたくしの役目かもしれませんが!」
するとジョアンナが豊満な胸を突き出し、そう言った。
苦笑いする3人。
「そういえば次の相手はもう知ってるのかい?」
デイビットが尋ねた。
すると佐伯はこちらに近づいてくる、とある3人組に気づき視線を向ける。
3人もそれに気づき、佐伯の目線に合わせる。
偶然にも程がある。
いや、それは偶然ではなかった。
「あいつだ」
佐伯はそう言った。
「おやおや? 誰かと思えば、次僕に負ける佐伯くんじゃないかい?」
相変わらずのふざけた口調。
そこに現れたのは、小泉だった。
両脇にはいつものメンバーもいる。
「ダメじゃないか小泉くん? いきなり事実を言ったらかわいそうだよ」
橘 武は憎たらしくそう言った。
「まあでも多分、小泉君が勝っちゃうから、仕方ない部分はあるけど……」
ぼそぼそと話す、田所 鉄平。
「事実?! 今、事実と仰いましたの?!」
するとジョアンナが敵意むき出しにそう言った。
「ん? そうだけど?」
武は一瞬、顔を引き攣(つ)らせ、そう言った。
自分から言っておいて、弱気になるのが武だ。
「だとすれば、あなたは言葉の意味をもう一度勉強なさった方がよろしくてよ? 勝つのはサエキ様。あなた方では足元にも及びませんわ!」
「何だい佐伯くん? こっちが真面目に魔法を学んでいたっていうのに、君は女遊びかい? 勘弁してくれよ? アリエスが死んだからって、別の“ぱつ金”に鞍替えかい? いや、穴替えかい?」
小泉はニヤッと不敵な笑みを浮かべ、佐伯を挑発した。
するとジョアンナが顔を真っ赤にして、怒りの形相を小泉に向けた。
だが佐伯はそれを手で遮る。
「待て、ジョアンナ……」
するとジョアンナは動きを止め、佐伯と目が合うと怒りを抑えた。
「なんだい? もう調教済みかい? 君は賢者だろ? 職業違いじゃないのかい?」
「小泉、試合だ」
「は?」
「試合の結果ですべて決まる。お前が間違っていて、俺が正しいってこともな」
「何を言ってるんだい? 君が正しいわけないじゃないか? だって今までがそうだっただろう? 君はそもそも友達を作って良いような人間じゃないんだ。それが分かっているのかい? 自分がただの人殺しだということを理解しているかい?」
するとデイビットとジョアンナが険しい表情のまま、疑問符を浮かべるように佐伯を見た。
「おや? 木田もいたのかい?」
すると小泉は木田に気づいた。
「君もそうだよ? 君も佐伯くんと同じように彼を殺したんだからね? 是非、忘れないでほしいものだよ」
木田は何も言い返さず、目を下に落とした。
「言いたいことはそれだけか?」
「なんだい? まだ言ってもいいのかい?」
「サエキ様、もう行きましょう」
するとジョアンナがそう言った。
この男と話していても意味がないとそう判断したのだ。
すると小泉はジョアンナに視線を向け、いやらしく舐めまわすように見たあと、佐伯を見た。
「うらやましい限りだよ、佐伯くん。君の隣にはいつも新しい女がいる。僕らはいつも3人さ。君のような人間が、どうしてここまで優遇されているんだろうね?」
「それはお前が未だに変わらないからだ」
すると佐伯はそう呟いた。
「はぁ?」
小泉の表情が一変した。
額には血管を浮き上がっている。
「あれからどれだけの時間が経ったと思ってる? 皆それぞれ折り合いをつけて、一歩を踏み出し始めたんだ。俺もそうであるようにな」
「はぁ? 一歩だって? 他人の未来すら奪った君が、それを口にするのかい? 女だな?! 女がいるから、利口ぶってるんだろ?!」
「いや本心だ。それにな? はっきり言うがお前にそれを指摘される筋合いはないんだよ。お前も俺と同罪だろ?」
佐伯は無表情だった。
「僕が君と一緒だって? ふ……舐められたもんだね?」
「お前もあいつを虐めてたろ? 知ってるぞ?」
「何のことだい?」
「とぼけるのか? 皆、知ってるって言ってんだ。そういうのは本人が知らないだけで、誰かが見てるもんなんだよ」
「ふ……そうかもしれないね」
すると小泉は佐伯のその言葉に笑みを浮かべた。
「なんだ、分かってるじゃないか? そうだよ、皆わかってるんだ。君がどうしようもなく、卑劣で卑怯なクズだってことをね? まあ精々あがけよ! 応援する者はいないよ? 分かってるよね?」
するとデイビットが佐伯の腕を引っ張った。
それに続きジョアンナや木田もそこから離れていく。
「なんだい? まだ話は終わってないよ?」
「もうおしまいです!」
ジョアンナは声を張り上げた。
「これだから嫌なんだ! 彼女同伴の男は!」
だが小泉は怯まない。
わざと呆れたように両手を広げ嘲笑った。
そしてそこに残された3人。
「小泉くん? 次の予選には出るんだよね?」
ふとっちょの武が尋ねた。
「ん? ああもちろん出るとも。これじゃ僕の気が治まらないからね」
「でも相手は佐伯だよ? あいつは一応賢者なんだ」
「だから棄権しろって言うのかい? 冗談だろ? 大丈夫、僕だって遊んでいたわけじゃないんだ」
すると小泉はニヤッと笑った。
「必ず勝ってみせるよ。この僕がね」
2人は心配そうに小泉を見ていた。
▽
ジョアンナは怒っていた。
そしてそれはジョアンナだけではない。
珍しいことにあの普段ふざけているだけのデイビットも、表情から機嫌の悪さが窺えた。
学食のテーブルに着くと2人は何も話そうとはしなかった。
木田は苦笑いしながら、気まずそうにそれぞれの表情を窺った。
「2人とも……悪いな」
すると佐伯がそう呟いた。
すると2人は佐伯を見た。
「どうして、サエキくんが謝るんだい?」
デイビットはあえて疑問文で答えた。
「そうです! サエキ様が謝ることはありません。わたくしには分かりませんが、人にはそれぞれ過去があるのです。それを一々ほじくり返していてはキリがありません」
「ああ……そうだな」
佐伯はジョアンナの言い分を肯定するだけで、話そうとはしない。
木田もなにも語ろうとはしない。
しばらくの間、そこに沈黙が流れた。
木田は政宗を佐伯と一緒になって虐めていた、いわば主犯格だ。
だが一つ佐伯と違う点がある。
それは悪意がないことだ。
佐伯は政宗を上から押さえつけることを楽しんでいた。
それを日課にして、日々のストレスを解消していたのだ。
だが木田にはそれがなかった。
ただ何となく、佐伯のついでということで政宗をパシリ、それ以外のことには関与していない。
主に佐伯と一緒になって物理的な危害を与えていた者は、また別にいるのだ。
だがその別の者たちは、グレイベルクの勇者召喚の中には含まれていない。
「サエキ様?」
「ん?」
ジョアンナが口を開いた。
「わたくしにも人に言いたくないことはあります。ですがそれでいいと、わたくしは思います。人は後悔して自分を正し、そうやって成長していくのだと……わたくしはそう思うのです」
「……」
佐伯は黙ってジョアンナの話を聞いた。
「勝ってください! サエキ様!」
「……ああ。そのつもりだ」
「勝って、この思いを晴らしましょう! わたくしにとっては容易いことです。ですがサエキ様が勝たなくては意味がありません。勝って、あの者を否定するのです! 何も言えなくなるほどに!」
「ああ……分かった。ありがとう、ジョアンナ」
「なんだい? 今日のサエキくんはやけに素直だね?」
すると笑顔を取り戻したデイビットがそう言った。
「デイビットも悪いな。必ず勝つから、今は堪えてくれ」
「ああ、大丈夫さ。僕は気にしないタイプだからね」
4人は少しずつ笑った。
そしてお互いの表情を確かめ合い、そしてまた笑った。
いつも通りでいい。
佐伯はそう心の中で思い、間近に迫ったブロック予選決勝に向けて、気持ちを切り替えた。
そして心に決めた。
――必ず、小泉に勝つと。
▽
そしてその日はやってきた。
――ここは、演習場。
客席は人で埋め尽くされていた。
その中には佐伯を除いた勇者たちの姿も見える。
中には興味がないと、また姿を消した者もいた。
そしてもちろん、デイビットとジョアンナの姿もあった。
その横に座っているのは木田だ。
彼らは高鳴る鼓動を抑え、これから目の前で始まる激闘に備えた。
そして主役となる佐伯と小泉はフィールドの中央で向かいあっていた。
「この時を待っていたよ。佐伯くん?」
佐伯は何も言い返さない。
するとアナウンスが流れる。
――『説明します。どちらか一方が戦闘不能となり、残った者が勝者となります。また一方が降参を認めた場合においても同じです。時間は無制限。どちらかの決着がつくまで試合を止めることはありません。ですが状況によってはこちらから試合を止める場合もありますのでご了承ください。では――始め!』
意外とあっさりした説明の中、試合のゴングが鳴った。
その瞬間、歓声が巻き起こる。
そして次第にその歓声が落ち着きを見せた時、“戦い”が始まった。
――小泉は迷わず、佐伯に手を向けた。
「【闇の玉(ダーク・ボール)】!」
小泉の手のひらから紫色の玉が放たれた。