「それでは主様、行ってきます」
「ああ、じゃあな。ミーナ」
「……じゃあな、旦那」
「ああ、武運を祈るぞカイエン」
手を振り討伐隊に合流するミーナたちを遠巻きに眺め、俺は彼ら戦闘奴隷たち十名の出立を見送ることにした。
奴隷たちの仕上がりは上々だ。
全員、最低でも槍術Lv.1あるいは剣術Lv.1を持っており、スキルによる恩恵で戦闘力は相応に高い。
それが十名。この集団ならば、並の衛兵以上に戦闘ができると俺は思っている。
(念のため水と携帯食料を持たせた。睡眠薬対策だ)
水と携帯食料は安くはなかった。
しかしあえてこれを携帯させるのは理由がある。
魔物使いジャジーラの手口が睡眠薬を用いるものであった、とカイエンが教えてくれたからだ。
詳しくは教えてくれなかったが、カイエンと友人クラッドは睡眠薬入りの食事を食らって眠ってしまった。
そこを不意うちされて、あえなくクラッドは死に、カイエンは命からがら生き延びるのに精一杯だったと聞く。
今回の討伐も、もしかしたら睡眠薬を盛られる可能性があるかも知れない。
考え過ぎかも知れないが、安い費用だと俺は思う。
討伐隊の先頭から、ハワードの声が聞こえた。
「皆、準備は出来たか! これより『遺跡のオアシス』へと出発する!」
今回の討伐作戦では、衛兵長である彼が直接指揮をとり、並行して魔物使いジャジーラの始末も進めるそうだ。
「いいか、今回のサバクダイオウグモ討伐の注意だが……」とひとしきりの注意事項を連絡し終えた彼は、俺を見つけ、どうだ、と口だけで確認を取ってきた。
俺は小さく頷くと合図を送り、『ジャジーラはここにはいない』ということをハワードへと伝えた。
「……。よろしい! では予定通り街を出るぞ!」
合図を確認した後に、ハワードは全体をもう一度見回して大きく手を振りかぶった。指揮に従ってついに討伐隊が動き出す。
一団の姿が小さく遠く、そしてついに見えなくなる。
(……討伐隊の中にジャジーラはいなかったか。となるとジャジーラは向こうのオアシスに待ち構えているということになるが……)
消えていく討伐隊を見送りながら俺は考えた。
魔物を操る術は、魔物の傍に術者がいないとすぐに制御不可能になるらしい。ということは、サバクダイオウグモをオアシス街にけしかけたあとは幾ら暴れてもらってもいいので制御不可能になってもいいが、オアシス街にけしかけるまでの間はジャジーラが操らないといけない。
よってジャジーラが潜むとしたら、このオアシス街に潜むという選択肢はありえなく、少なくとも討伐隊に紛れているかあるいは向こうの『遺跡のオアシス』に潜むというどちらか二択しかありえない。
二択しかありえない、はずなのだが。
どことなく違和感を覚えた俺は、何となく、討伐隊を見送っている一般人達に鑑定スキルを発動してざっと調べていくことにした。
もちろん彼らのことは元々念のために調べるつもりではあったが、直感めいた何かが俺を今調べろと突き動かした。
(……!?)
果たしてその予想は正しかった。
人ごみから少し離れたところに、暗殺スキルLv.1持ちの盗賊の娘がいたのだから。
名を、プーラン・プアラニ。大盗賊『天空の花』の一人娘だと鑑定スキルが教えてくれた。
このタイミングで盗賊だなんて、どう考えても無関係であるはずがない。普通に考えて何の接点もない盗賊がサバクダイオウグモの討伐隊の様子を、ただ無意味に見に来るとは思えない。
この女盗賊プーラン・プアラニは魔物使いジャジーラの関係者である、と俺は予想した。
(……このタイミングで盗賊だなんて偶然があるものか。後をつけるか? それとも遠巻きから見るだけに留めとくか?)
隠密Lv.2と気配察知Lv.2を持つ相手なので、下手なことはできない。
ここはアリオシュ翁に怪しい奴がいたと報告するに留めておくのが得策だろう。だがしかし、出来る限りは情報を収集したいのも事実。
などと俺がまごついているうちに、彼女はふっと姿を消していた。
もしかして、見ていたことに気付かれてしまっただろうか。
いや、気付かれるだなんてそんなことありえない。じっと見ていたのではなく、人ごみ全体を自然に眺めている振りをしていたのだから。
若干気がかりなことは残ったがどうしようもあるまい。俺はとりあえず今出来る最善のこと、即ちアリオシュ翁への報告をしようとギルドへと足を運んだ。
「――以上です、アリオシュ翁」
「ふむ、結局討伐隊の中にはあの魔物使い(ジャジーラ)はいなかったんじゃな? その場で捕らえられなかったのは残念じゃったが、まあ討伐に向けての憂いを払えたという意味では有意義じゃったじゃろう。ご苦労じゃった」
「いえ、この程度お安い御用です。それよりも恐らく『遺跡のオアシス』にジャジーラが潜んでいるということでしょうから、これからが正念場になるかと」
「しかしまあ、おかげでハワードもやりやすくなったじゃろう。内部からの襲撃がない、と確定しておるのは十分大きな情報じゃ。……とはいえ、こうなるとは思っておったが」
「……アリオシュ翁もですか?」
「恐らくお前さんも同じことを想像しておったじゃろうな。……確証はないが、ジャジーラは恐らく冒険者の中には潜んでおらんじゃろうと思っておった。もし討伐隊に潜んでおったらジャジーラは、確かに討伐隊全員に致命的な混乱と被害を与えられるが、その場合あやつは逃げ切れんじゃろうからな」
「まあ、同意見ではありますが」
「そうか、気付いておったか。……だからこそカイエンを、か?」
「はい、だからこそカイエンにこの件をお任せしました。……カイエンがおそらく、直接ジャジーラと対面できるチャンスがあると踏んだから。……そういう次第です」
「なるほどのう。確かにこの上ない機会じゃろうな」
「ええ。まあもちろんこの機会をどう活かすのかはカイエン次第ですが」
「……。そうじゃな……」
「アリオシュ翁。五年前カイエンのために尽力して下さったとのこと、改めて私の方からお礼申し上げます」
「構わんよ。五年前、カイエンを死刑から回避させることで精一杯じゃった。それ以上のことは出来なんだまま、あやつは結局犯罪奴隷になってしもうた。本来ならワシはお礼を言われるべき立場じゃなく、無罪放免にできなかったことこそを責められるべきなのじゃよ」
「いえ、そのようなことを気にされることはないかと」
「負い目とはまた違うのじゃが義理はある。そういうことじゃ。……のう、お主の提案じゃったか。あれ、飲んでもええぞ」
「本当ですか?」
「ああ、もう必要なくなったのじゃ。デュローヌ家はもう次期継承者に爵位を叙任し終わったからのう。マリエールはもうデュローヌ家を継ぐ権利はないのじゃ。……つまり、あやつを冒険者に戻したところでデュローヌ家も何も言ってこないのじゃよ」
「アリオシュ翁、本当にありがとうございます」
「構わんわい。ワシも有能な奴は欲しかったところじゃ。渡りに船、というやつじゃよ。……それに」
「それに?」
「お主の言葉がワシを説得したのじゃ。カイエンの中の時間はあの頃のまま囚われておる、夢を追えないと魂が奴隷になる、という言葉がの」
「……そうでしたか」
「ああ、十分な理由じゃ」
「……。アリオシュ翁。それと」
「ああ。そういえば怪しい女盗賊じゃったか? プーラン(phoolan)と言いおったな?」
「はい。一応報告だけでもさせて頂こうと思いまして」
「うむ、気をつけておこう。塔の監獄(カルセル・トレ)の警備を強めておく必要があるじゃろうしな」
サバクダイオウグモの巣、遺跡のオアシスまでは二日ほどで着くという。
それを聞いてカイエンは、水と携帯食料を各自携帯させたトシキはやはり正解だったのだと思った。
(二日間の間、自分のタイミングで水を飲めるかどうかというのは大きく違う。討伐隊の衛兵たちが支給してくれる水は必要最低限量でしかない)
しかしそれでも砂漠で夜営する必要がある、という事実はカイエンの心を落ち着かなくさせた。あの魔物使いジャジーラがどこかに潜んでいるかもしれない、という幻影がどうにも脳裏を離れない。
(だが少なくともこの中にジャジーラはいないと、あの旦那は断じていたな)
実は出発前に、衛兵長ハワードによる全体説明の時、カイエンらに紛れてトシキが姿を現したのだ。周りを観察して言うには「ここにはジャジーラはいない」という謎の断言であった。
そういえば聞いたことがある。例えば前店主マルクなど、商人の中には鑑定スキルとよばれる加護を持つものがおり、名前と身体能力を看破できる、と。おそらくトシキもまた、鑑定スキルとやらを持っているのだろう。
(しかし、暑い)
一日目の旅は、途中にある別のオアシスを休憩地点とし、そこで夜営する予定だと聞いた。そこにジャジーラが潜んでいて、睡眠薬を仕込もうと画策している可能性は無視できない。
そう、別にジャジーラは『遺跡のオアシス』に潜んでいるとは限っていないのだから。
とはいえ今から向かう中継地点のオアシスは何度もギルドから調査員が派遣されている場所なので、指名手配犯が恒常的に潜むのは困難な地点である。もちろん一日程度ならば身を隠せるであろうが、それこそ『討伐隊がどのタイミングで出発したのかをジャジーラが知っていて、その一日を突くためにこの中継地点に潜んでいる』という偶然でもない限りはありえない話だ。
(その旨をミーナに伝えたところ、既に主様が看破しておりましたとか訳分からん自慢をもらったな……)
結局カイエンは、ミーナらと共に十名グループで活動していた。
敬愛すべき主人トシキが既に、この奴隷たちは独自の集団戦技術を持っているためばらばらに配属せず一緒に配属してほしいと要求したことで、このようにカイエン達は全員一緒に行動することになったらしい。
ミーナが言うには、「こうやって仲間内で集まることで睡眠薬などを仕込まれないように目を光らせることが可能なのです! 流石は主様」とか何とか崇拝っぷりを披露していた。
流石に偶然だろう、と思ったが、あの主人なら思い付きそうなことではある。
何であれ仲間で集まっているというのは色々と気が楽である。
カイエンは主人の計らいに感謝しつつ、歩みを進めるのだった。