「とりあえず肉炒め、というのは何も考えが足りないわけじゃないんだ」

俺はもっともらしい言葉を思い付くため、頭を捻って言い訳をした。

告白しよう。

俺はこの肉炒め、という料理に深い考えを持っているわけではない。

ただ、叩き台として肉炒めは悪くないスタート地点なのだ。

「前も言ったけど、肉炒めなら匂いが凄くそそるんだ。砂漠でずっと果物とヤギ乳しか食べてこなかった遠方の人とか、毎日酒やドラッグに金をつぎ込むから肉を食べないスラムの人たちにとって、じゅうじゅう肉汁を出して油を跳ねさせる屋台から漂ってくる肉の匂いは強烈だと思うよ」

「ですよね! 私も肉が食べたいと思ってました!」

ミーナのその同意はちょっと違うんじゃないか、と思ったが続ける。

「さらに味付け香り付けの調整の簡単さが挙げられる。料理の基本は調味料だ。濃い味にしたければ追加して、薄い味にしたければ減らして、と言うように炒める過程で自由に手を加えられる。味付きパンを作ったりするなら前日から味付けして生地を寝かせなくちゃいけないし、というような仕込みが肉炒めには少ない。せいぜいタレに漬け込む程度だ」

やはり言葉にしてみるべきだ。

肉炒めがしたいというのはふわっとしたアイデアだったが、言葉にしてみれば思った以上に利点の多いように見える。

ブレインストーミングの感覚で、とりあえずまずは肉炒め、程度の気持ちでアイデアを出してみたのだが、これに決定しても悪くはなさそうだ。

「……肉はどう保存するつもりなの? 一気に大量に購入したとして、その日以内に使い切らないとまずいんじゃないかしら」

そんな最中、もっともらしい意見をヘティから聞いた。これは間違いなく一番突き刺さる意見である。

しかし意外なところからそれは擁護されることになった。ルッツである。

「えっと。……三つほどあてがあります」

「ん、流石だ」何が流石なのだろうか、言いながら俺は思ったがまあいいとして。

「ヤギ、羊をそのまま生きたまま飼うのが一つ。もう一つは、ヤギや羊の胃袋に肉と塩と胡椒を詰め込んで、熱い昼間は砂の中に保存、涼しい夕方からは砂から取り出して乾燥させるというもの。最後は保存庫のなかにサルビアッキの香草を詰めて保存するものです」

ルッツが言うには、その保存庫を利用する方法が一番楽である、と言う。予めある程度切り分けておいた肉を保存庫に置いておけるからだと。

ただ保存庫だなんて上等なものは料理店にしかないらしい。

「そうか、保存庫があれば便利なのは分かったが……。料理店にしかない、ねえ」

「だったら、どこかのお店に保存庫を少しだけお貸ししてもらえないかしらね」

「俺もそれを考えていた。だが蚤の市の当日はその料理店も稼ぎ時だから、保存庫を貸してくれるはずがない」

これは、保存庫を使わないで家畜をその都度、肉に加工していく方がいいかもしれない。

そこまで考えたとき、一つだけ妙案が頭に浮かんだ。

「いや待て、精肉屋だ! 保存庫を借りるとかそれ以前にだ、精肉屋と交渉して直接肉を買おう! 予め買い取った肉を加工しておいて保管してもらい、あとで使うときに引き取る。これだ!」

「流石です!」

お前もはや何も考えてないだろ、というミーナの賛辞をよそに俺は思った。

精肉屋なら保存庫ぐらいあるだろう。向こうとしても大量に購入してくれる大口の客は有り難いはずだ。

「これで食材保管の問題は解決したはずだ! 他に何もなければ、早速仕事に取りかかりたいが」

いかん、どうにも気持ちがはやってしまう。わりと体当たり型の人間の俺は、とりあえず先に精肉屋のところに出向いて保存庫を貸してもらえるか確かめたいと思ってしまっている。

あ、勿論一応考えてはいるとも。でも営業型の人間にとっては「まず出向いて話を聞いてから。そこから実際にコストをかけて実行に移すまでに色々考えればいい」という順番になっている。それまでの段階でいくら足を使おうが、それは別に苦にもならない。

そんな俺に冷静に質問を詰めるのはヘティの仕事だ。

「食器は鉄皿かしら? スプーンとかは用意した方がいいの?」

「鉄皿で。パンを配り肉汁を拭かせる、そしてレモンの皮と水で鉄皿を綺麗にしよう。スプーンとかは無し! 有料で貸し出す!」

「単価はどれぐらいを見込んでるのかしら」

「およそ銅貨五〇枚。材料費が一つあたり、せいぜい銅貨一〇枚行くかどうかだから一つ売れば銅貨四〇枚の利益だ」

「それってつまり……銀貨三〇枚が食材費ってことは三〇〇食売り上げるつもりってことね? 廃棄とかも考慮して二五〇食の売り上げと見たら、それで金貨一枚ちょうど、ってところよ」

「そうだ、損益分岐点が二五〇食の売り上げになる。そして、利益を出したいなら二五〇食以上売り上げなくてはならない」

少し厳しいかもしれないが、俺はそれぐらいを見積もっている。

二五〇食をどれぐらいのペースで焼けばいいのか、一食焼くのに一〇分と見て二五〇〇分、四二時間となれば明らかに計算が合わない。しかし鉄板で同時に一〇人前を処理できるので、四時間程度と見積もれる。

中天から一〇時間ほどかけて売る計算なら、不可能ではないだろう。

ピークタイムの一二時から一三時、一九時から二〇時を人手多め食材多めに見積もって、経営を回す。

さて、これでおおよその構想は固まった。後は逐次微調整すればいいだろう。

「……他に質問はないな? とりあえず俺は肉屋と交渉しようと思っている」

「……最後に、意地悪な質問だけど」

ヘティは躊躇いながら尋ねた。

「どうしてそこまで自信を持って売れると踏んでいるの?」

「ああ、それはだな」

俺はあえて不敵な笑みを浮かべた。その俺の目線の先には、ミーナや、イリたち三人がいる。

「俺たちが売るのは、肉炒めだけじゃないってことさ」

俺のつぶやきの正しい意味が伝わったのかはよく分からない。

ミーナは「え、売られるんですか!?」と悲壮な顔になったし、イリたち三人なんかもっと悲壮な顔になった。

いや、君たち本人を売るんじゃなくて、君たちのパフォーマンスを売るんですよ。とは敢えて伝えなかった。

「さて、それじゃあ精肉屋のところに行ってこよう! ついでに調味料を見繕うからルッツ! 俺の後に付いてくるように! そして荷物持ちの奴隷を何人か借りるから、その間ミーナたちは訓練に勤しむように!」

「え、はい、僕で良ければ」

「ま、待ってください主様! これからも精一杯お手伝い頑張りますので売らないで下さい!」

悲痛な叫びが後ろから聞こえたが、まあ本人を手放すつもりは今の所ない。だがそれをそう伝えるのも何か違う気がする。

泣き顔のミーナをおいて、俺とルッツと荷物持ちの奴隷は肉屋との交渉と調味料を求めオアシス街へと繰り出すことになった。

(俺は奴隷商だってのに。あいつらともいつか別れなきゃいけないのに、あんな顔されると若干困る訳で)

積極的に売るつもりはない。だが、いつかは別れる時も来るだろう。その時が来たら、まあ人生そういう物だと受け入れようと思う。

思ってはいるが。

「……」

ふと、俺の後ろを歩くルッツは何を考えているだろうか、と俺は思った。