商談が纏まったところで、ヤコーポは「では、失礼いたしましょう」と飄々と立ち去っていった。
思い返せば嵐のような人であった。勢いはよく、とても陽気でとにかくよく喋る。だが、同時に得体の知れない鋭さを思わずにはいられなかった。
(……鑑定スキルで見たときに、ヤコーポに音魔術Lv.4があったことが原因だろうか。それとも、ヤコーポが宮廷魔術師のエンブレムを首に掛けていたからだろうか)
考えてみたが、恐らくは両方だろう。
俺は、ヤコーポという男に最大限の警戒心を抱いている。
鑑定スキルによれば、ペーリ一族の次期当主である長男ヤコーポは、宮廷魔術師としてそれなりの地位まで登りながら、突如三一歳の若さにして仕事を辞め、名作劇団なる劇団を作り上げて、今は全世界を回っているとのこと。
酔狂な男だ。だが、何処かしら強(したた)かな一面も感じ取られた。
ふと、俺はちび三人がヤコーポのことをどう感じたかが気になり、話を聞いてみることにした。
「なあ、イリ。ヤコーポさんについてどう思った?」
「……音が、まとわりついている」
「まとわりついている?」
「そう」
短い言葉しか喋らないのは、イリの特徴だ。だが、彼女の口下手なところは、時に短いながら本質を突くことがある。
「ヤコーポは、音の王」
「音の王……」
「きっと、私は、好きになれない」
深い言葉だし、色々と思うところがあるが、まあいい。
音の王、というフレーズだけが何となく耳に残った。
「じゃあ、ユフィは」
「……」
ユフィは俺を一瞥するだけで、答えるつもりがないようであった。
俺とはなるべく口を利きたくないらしい。
だが、俺が「教えてくれ」ともう一言押すと、諦めたように彼女は答えた。
「……あれは、アンタと同じ。人をバカにしてるわ」
ちょっとびっくりしてしまう。俺が人を馬鹿にしている、とはどういうことだろうか。ヘティが「口が過ぎるわユフィ」と宥めているが、全く聞いていないようであった。
「おいおい、俺ってそんなに人をバカにしてるか?」
「……あれは、人の夢を叶えてやってるんだ、みたいな施す側の傲慢な態度よ」
思わず俺は口をつぐんだ。「ユフィ、抑えて」と今度はイリまでが止めに入る。ヘティもまた「子供のようなことを言わないの。あなたが何一つ施されない自立した立場になってから言いなさい」と厳しく注意している。
だが、俺はその言葉に、どことなく響く何かを受け止めていた。
告白しよう。
俺の中にそういう気持ちが一抹の憐憫もないかといわれたらそうではない、どこかしら叶えてやってるという気持ちはある。
と言っても、俺は心の中では微塵も、俺が人の夢を叶えてやってるのだ、と考えたことはない。
誤解を招きうる表現なので、丁寧に言葉を言い換えるとこうだ。
他人が夢が叶わないと諦めかけているその瞬間、俺がそこに携わることで人の夢が叶えられていくこと、それには確かに何かしらのやりがいや達成感を覚えているが、俺こそが彼らの夢を叶えたんだとまでは思っていない、ということだ。
自分が夢の達成に携わったという実感。それは俺の誇りだ。
これを斜に受け止めるならば、叶えてやってる(、、、、、、、)ということを誇っている――そう受け取れなくもないのだろう。
(……もしかしてヤコーポには、施してやってるんだ、という意識がどこかにあるのか? だとすれば)
それは俺の在り方ではない、と俺は思っている。
名作劇団というその劇団の在り方はそうなのだろうか、だなんて詮無いことを俺は一瞬だけ考えて、そしてそれ以上深く考えるのをやめた。
実物を見てから考えるのがいいだろう。でなくばあらぬ誤解をするかも知れない。
これはあくまでユフィがそう感じた、というだけの話なのだから。
取りあえず「その言葉、顧客のヤコーポさんの前では絶対に言うなよ」と釘を刺しておいた。
残すはネルである。
「じゃあネルは? 彼をどう思う?」
「あ、あの、ご主人様、その、私は別にヤコーポさんを狙っておりませんので、えっと、どうぞご自由に彼にアプローチして下さい」
「何言ってんのお前」
どうしてヤコーポの感想を聞いたらそうなるんだよ。
「ひ! あの、その、ごめんなさい」
「いいよ、ゆっくり落ち着いてでいいから。ヤコーポさんについてどう思った?」
「はい、あの。……え! いや、私別にヤコーポさんに目移りしてませんので! 怒らないで下さい! ああ、ごめんなさい……」
「いや、そういう意味でもない」
何だろう、この子は考えてるんだけど考えすぎなんじゃないのかね、と思う。発想がぶっ飛んでいるというか、何だろう。
「……ああああ、頭が悪くてごめんなさい、その、ごめんなさい」
「……あの、一応言うけどさ。ヤコーポさんの所で歌を歌うときは、ヤコーポさんを困らせないようにな」
ユフィとネルに一抹の不安を感じるが、引き受けたものはもう仕方がない。もう少しイリのように落ち着いてくれたら安心出来るのだが、と俺は内心で苦笑いした。
物事というのは、なるようにしかならないものだ。
ユフィやネルだって、きっと仕事を任せたらしっかりしてくれるはずだ。多分。
そう考えていると、ネルが「え? で、でも、上手かったら嫉妬されちゃうし、でも下手は困らせちゃうし……うう……」と頭を抱えて困っていた。
何でこいつ地味に自分の歌に自信あるんだよ。嫉妬される前提かよ。
イリがネルに対して「上手くても大丈夫、怒られない」とフォローしてくれている。
(子育て感が半端ねえな)
微笑ましいんだけど、何だかなあ、これ奴隷なんだよなあ、いつか売られるんだよなあ、と思ったりする。
そんなタイミングで「あの」と誰かが入ってきた。
料理人のルッツだ。
「げ、豚」ととんでもないことをのたまうユフィにはチョップをくれてやるとして。
「ルッツ、そろそろ後半の時間だな」
「はい、奴隷の人たちも肉を運び終えたようですし、たれも仕上がってます」
「有能だなルッツ! さあ、焼きに行くか!」
「はい、よろしくお願いします!」
ちょうど良い時間だ。
ルッツを連れてテントから出る。その際に振り返って、彼女たちに「そろそろ歌とかの準備しとけよ」と指示だけ軽く出しておく。
「そういえばルッツ」
一応話しておかないといけないことは色々ある。「何でしょう」と答える彼に、俺はまずこの間あった襲撃についての話を切り出した。
「お前が襲撃されたあの事件、覚えてるか?」
「ええ、まあ、昨日の今日なので」
「あれな、結局犯人が何者の差し金で動いていたのか、分からなかったよ」
そう告げた途端、ルッツの顔が少し曇った。当然の反応だろう。彼を襲撃した犯人が何者なのか分からない、ということはつまり、彼は今後ともつけ狙われる可能性がある、ということなのだから。
「今日、塔の監獄に行ってきて確かめたよ。女盗賊プーランの仲間が逆恨みしてルッツを攻撃したのか、それとも『狂信者』の一味、魔物使いジャジーラの仲間がなのか、ってね。そしたら、女盗賊プーランは心当たりがないって言うもんだからさ」
「……つまり結局、僕が襲われた理由は謎に包まれたまま、ということですか」
ルッツの問いに俺は「まあ、そうなる」とだけ返事した。
彼は一旦目をつぶって押し黙っていた。
嫌な話である。できれば俺も彼を安心させてやりたい。しかしこればかりは、俺もどうしようもなかった。
だが、しばらくして彼は「まあ、料理しますけどね」と笑ったのだった。
「刺されるのは嫌ですけど、まあ、多分料理しないほうが襲われそうです。お前何故料理しなかったんだ! みたいな」
それはあの後ろ向きだったルッツの成長のような気がして。
「……おいおい、言うようになったじゃないか。自分は人気の料理人ってか? そうだ、その意気だ」
「いえ、アリオシュさんにです」
「ああ、確かに食いかかってきそうだな」
そして二人で笑う。「じゃあ、肉を焼きましょう」「ああ、そうだな」と短くやり取りながらも、俺は少しだけ考えさせられてしまった。
(……いつの間にこいつ、こんなに強くなったんだろうな)
夢を見つけて、だろうか。それとも泥を飲む覚悟を決めて、だろうか。
いずれにせよ俺は、その姿が少し眩しいと思ってしまった。