「リーデ!!」

「イレネ……どうやら随分と迷惑を……掛けたみたいね」

リーデへと手を伸ばしたイレネに、申し訳なさそうな顔をしたままリーデが起き上がれるように手を貸した。

「痛っ……お陰様でもうあちこちボロボロよ……」

「ごめんね……記憶はところどころあるのだけど……でも、身体は動かなくて……」

「色々言いたい事はあるけど、そういうのはシースとレドに任せる。今はそれよりここから出ましょう。レドとエリオスは上よ」

「上ね……じゃあこの昇降機を使いましょう」

ついさっきとは逆に今度はリーデがイレネに肩を貸し、昇降機へと移動していく。

「ただ事ではない事が起きているのね……。私もいまいちゾッドの目的は理解できていないのだけど」

「ほんとに……もう色々とややこしくて……」

「すみません……私については全て後で説明す――っ!!」

普段のイレネとリーデならそれに気付けたかもしれない。だが、イレネは満身創痍でリーデも正気に戻ったばかりで感覚が鈍っていた。

だから――上から迫っていたその凶刃に二人とも気付けなかった。

「イレネ!」

迷わず、イレネを突き飛ばしたリーデの足を赤い刃が襲う。

「あはははは!! なんで分かったのかな!?」

狂気じみた笑い声と共に、上から振ってきた赤い刃がリーデの足を貫いた。

「……! あんたは!」

イレネがその正体に気付き、そう叫びながらいるはずの姿を探した。

リーデの足を刺した赤い刃の持ち主はバックステップしてリーデが振った大鎌を躱した。

そこに立っていたのはレザーリアだった。鎧はボロボロで、顔にも怪我を負っているが、平気そうだ。しかし、イレネがどれだけ探してもゲルトハルトの姿は見当たらなかった。

「……ん? あれれれれ? ゲ(・)ル(・)ト(・)ハ(・)ル(・)ト(・)の(・)野(・)郎(・)は(・)ぶ(・)っ(・)殺(・)し(・)た(・)は(・)ず(・)な(・)の(・)に(・)まだ気配がするなあ」

「……っ!! ゲルハルトは!?」

「お前、相変わらず同じ事言わせるの好きだよね~。言ったでしょ? ぶっ殺したって!」

ペラペラと喋るレザーリアが、太ももから血を流し膝を付くリーデと、地面に倒れているイレネへゆっくりと近付いていく。

「あれ? お前、あの男を裏切ったの? 困ったなあ、あいつには手を出すなって言われてたんだけどなあ。死んじゃったら怒られるの私なのかなあ?」

「魔族……! 油断しました」

「アハハハ!! 油断してなくたってどうせ死ぬから心配しなくていいよ!! 全員殺して古竜も殺して私が――」

レザーリアが笑いながら赤い血の刃を掲げた。それは禍々しく変化していき、巨大な刃となっていく。

倒れているイレネも、足を負傷したリーデもそれを避けるのは不可能に見えた。

「私が――竜(・)に(・)な(・)る(・)ん(・)だ(・)」

しかしなぜかイレネとリーデが自分達の命を絶とうとする刃に目を向けず、レザーリアの背後を驚いたように見つめていた。

レザーリアはその事に気付かず――赤い刃を振り下ろした。

結果としてレザーリアの赤い刃はイレネとリーデへと届く前に白く凍てつき、そして砕けて散った。

「……!! ありえない……ありえない!!」

レザーリアの発狂したような声と共に白い影がイレネとリーデの前に現れ、二人に向かって微笑みながらこう言ったのだった。

「――お(・)待(・)た(・)せ(・)!!」

☆☆☆

一方その頃。

「随分と上に登るんだな」

「……もどかしい」

微細な振動を放ちながら上がる昇降機の中でレドとエリオスが手持ち無沙汰になり会話をしていた。

「……信じろ。今は迷ってる暇はない。クロスボウの点検とボルトの補充をしておけ。上には魔族が少なくとも三人はいるはずだ」

「分かった」

エリオスが作業を始めた。こういう時は何か手を動かしていた方が楽なのをレドは知っていた。

レドも【石礫(ストーンファイン)】の魔術を使い、クルミ程度の大きさの石をいくつか生成するとポーチへと忍ばせた。魔術で生成した物なので長持ちしないが、少なくとも今の時間を無駄には出来ない。

二人を乗せた昇降機が停止する。

「――油断するな。すぐに敵がいると思え」

「了解」

扉が開くと同時に、エリオスがクロスボウを向け、レドがその射線に入らないように飛び出した。

見れば、そこはちょっとした広場になっており、奥には通路が続いていた。

「誰も……いない? レドさんどうする」

「……先を急ごう」

二人が周囲に気を配りながら通路を進んでいく。通路はまっすぐで脇道もなく、奥へと続いていた。

通路の先は左右に伸びる回廊に繋がっており、正面には扉があった。円を描くように回廊がぐるりと正面にある部屋を取り囲んでいるのか、レドが左右を見てもカーブが見えるだけだった。

ただし、その回廊の外側の壁には透明な円筒状の水槽が隙間無く埋めこまれており、その中には1階にいたあのトカゲ達が浮かんでいた。

「気付かれないように行くぞ。おそらくここが中央制御室だろう」

「ああ、分かった」

レド達が左右の通路は無視して扉へと近付くと、扉が自動的に左右の壁へと収納されていった。

中へと踏み込むとそこは円形の部屋になっており、壁には無数のモニター、部屋の中央にはホログラフィックディスプレイとそれを囲むようにコンソールが置かれていた。

中央のホログラフィックディスプレイにはこの塔全体の構造図が立体的に映し出されていた。

「っ!! エリオス!」

「あいつは!」

レドはそのホログラムの向こうに佇む獣――デュレスの姿を見て、即座に臨戦態勢に入った。まだ時間はある。それまでにこいつを倒してさえしまえば……! 逸る気持ちを抑えてレドは冷静に観察する。

「……人間か……」

しかし、肝心のデュレスはレド達へと一瞥(いちべつ)だけ寄こすと、再び視線をコンソールへと向け器用にそれを操作していく。中央のホログラムに数字と文字の羅列が流れていく。

デュレスから全く敵意を感じない為か、レドがどう動くべきか一瞬迷ってしまった。そしてデュレスの背後にある扉が開いたおかげ更にレドは動きが取りづらくなってしまった。

なぜならその扉から――

「ここだ――さて、やるぞヨルネ」

「っ!! 狼!? え、あ、レドさん……」

ロアとヨルネが飛び込んで来たからだ。

「……騒がしいな……やれ……出来損ないども」

デュレスが鬱陶しそうにそう呟くと素早くコンソールを操作した。すると塔のホログラムの上部、中央制御室を囲んでいる回廊が赤く表示された。

「レドさん! 来るぞ!」

背後からガラスが割れる音と水が床で跳ねる音が響く。そして同時に無数の足音がレドの耳に届いた。

見れば、水槽を割って出てきたあのトカゲ達がこちらへと向かって来ている。

ロア達も背後へと振り返っているところを見ると、どうやら向こうも同じ状況のようだ。

「くそ、先に対処するぞ!」

トカゲ達を背後に残したまま魔族と戦うのは不可能だ。レドはそう判断し、先ほど魔術で作った石を素早く取り出すとトカゲ達へと投げた。

「エリオス! やつらを近付けるな! 教えた通りやるぞ!」

レドは、既にこの無駄に硬いトカゲ達の対処法を考えて、エリオスにも伝えていた。

レドは青い短剣を突き出して【無慈悲な岩槍(クライ・ゲラヒ)】の魔術を発動。投げた石から生成された槍が先頭のトカゲの頭を貫く。エリオスの放ったアイスボルトがその横にいたトカゲの身体に命中したと同時に冷気を巻き散らし、トカゲ達を覆っている粘液を凍結させていく。

「“爆ぜよ”【炎球(フレイムスフィア)】」

そこへレドが炎の魔術を詠唱して放ち、エリオスはブレイズボルトで追撃。扉付近にいたトカゲ達は魔術と短矢の炎によって凍結状態から一気に炎上する。

「侵入%$#%$者……&%’排……」

凍結状態からの急激な温度上昇でトカゲ達を覆っていた鱗に亀裂が走り、血が流れ出した。

「温度差にはやはり耐えられないな!」

既に接近していたレドが赤い曲剣をトカゲの首へ振るう。今度はあっさりと割れた鱗ごと首を斬り飛ばした。そのまま翻した剣で横のトカゲの胴体を切り裂いていく。エリオスがトドメとばかりに槍で頭を貫き、トカゲが絶命。

四、五匹いたトカゲはあっという間にレドとエリオスによって屠られた。

その間、ロアとヨルネも魔術と剣撃の組み合わせでトカゲ達を殲滅していく。

「……中々やる」

デュレスがそう呟くと、更にコンソールを打鍵する速度を早めた。

「エリオス、時間がない!」

「ああ!」

最後のトカゲの首に刺さった曲剣を振りぬいたレドが中央にいるデュレスへと疾走。同時に、ロアも床を蹴ってデュレスへと迫った。

後方でヨルネが魔術を放とうと短杖を向けており、エリオスはクロスボウを構えていた。

「……悪いが……既(・)に(・)手(・)遅(・)れ(・)だ(・)」

そう言ってデュレスが青い雷光となると跳躍、天井へと着地する。

「くっ!」

レドは迫るロアへと剣が当たらないように無理やり軌道を逸らし、ロアはその勢いのまま床を蹴って、デュレスへと飛んだ。

「後は……待つのみ……闘争は……まだお預けだな……」

人間離れした跳躍でデュレスへと迫るロアだったが、デュレスが牙を剥きだしにして笑うと再び雷光となって、天井を走り、エリオスの背後にある扉へと向かう。

「行かせるか!」

エリオスがワイヤーボルトを連続で射出。

しかしデュレスはそれをあっさりと躱すと、中央制御室から姿を消したのだった。