「……どこへ行こうというのかね? リ(・)ー(・)ド(・)マ(・)ン(・)」

東校舎の裏口から逃げようとするリードマンの背中に声が掛かった。

「……生きていたのですか――所長」

校舎の影から出てきたカリスへとリードマンが振り返った。

「お陰様でな。ところで、預けていた携帯デバイスを探しているんだが……まさかお前が持っているって事はないよな?」

「何の事でしょうか? あれなら【塔】内にあったはずですが……最終手段である爆破魔術を使ったのであれば木っ端微塵でしょう」

「ふむ。だそうだが、レ(・)ド(・)君(・)」

カリスの横に現れたのはレドだった。

「ならば、使わせてもらおうか――【印光(ブライトアップ)】」

それは、予め魔術的印を付けておいた物品を光らせる魔法だ。実戦的な魔術というより生活魔術の類いであり、物忘れの激しい人が良く使うそうだ。光らせるだけでなく、その大雑把な位置分かるので便利な魔術ではある。

レドは念の為に携帯デバイスにその魔術をかけておいたのだ。

すると、リードマンの左胸付近が淡く光りはじめた。

「……っ! くそ!」

リードマンが逃げようと踵を返し走ろうとするが、既にレドが動いていた。

「――【束縛(バインド)】

レドが短剣の切っ先を向けたと同時に、リードマンの動きが固まり地面へと倒れた。

「頼む……見逃してくれ! 所長! お願いします!」

「機密情報の持ち出しは……万死に値する。それが【塔】のルールだ。勿論知っているな?」

カリスが涙を流しながら見上げるリードマンを氷の目線で見つめた。

「違うんです……! 僕は――ただ!」

レドは何も答えずにリードマンの胸ポケットへと手を伸ばしたその時。

「レド君っ!」

「っ!!」

「ウアアアア%$#アア&%$アアア!!」

リードマンの身体を突き破るように伸びた腕がレドへと迫る。 レドはバックステップしながら曲剣を払った。

その鱗に覆われた腕はあっけなく切断されるが、その間にリードマンの身体から小さなトカゲのような姿の魔物がまるで脱皮するかのように出てきた。

「レド君、あれは?」

「わからん!」

片腕になったそのトカゲは左手に携帯デバイスを握っている

「ゲゲゲ……良い&%隠れ蓑%$だったんだ%$がなあ……」

トカゲが口を開き、妙に聞き取りづらい声を出した。

「喋ったぞレド君。リードマンが喋るトカゲ人間になった」

「見りゃ分かります――よ!」

レドは地面を蹴ってそのトカゲへと接近。携帯デバイスを持っている方の腕を斬ろうと曲剣を薙ぎ払う。

「ゲゲゲ……遅(・)い(・)」

しかしトカゲはそれを余裕そうに避け、更にレドへとカウンター気味に蹴りを入れる。

レドはそれを短剣で防ぎつつ、舌打ちをした。思ったより強いぞこいつ。

「ゲッゲ……お前らと遊んでいる暇はない……」

トカゲが大きくバックステップすると、その身体が膨張。

背中から大きな翼が生えると、一気にそれを羽ばたかせた。

「まずい! 逃げられる!」

レドがそのトカゲへと短剣を向け、魔術を放とうとしたその時、王都の空から鈴のような音が響いた。

「……!? なんだこれどういうことだ!?」

レドは魔術が発動しない事に、混乱を隠せなかった。魔力を短剣へと込める事まではいけるが、それによって発動するはずの魔術が不発になった。

「レド君! 上を!」

カリスの言葉でレドが上を見上げると、王都の頭上を覆う【天輪壁(リング)】に異変があった。

これまでは、一見すると静止しているようにみえるほどゆっくり回転していたのに対し、今は、それが倍以上の速度で回転しており、夜間にしか張られないリングウォールが発動されている。

「ゲゲゲ……さあ、黄昏の時代のはじまりだ」

そのままトカゲはリングウォールへと飛び去っていった。

「くそ、なぜ魔術が発動しない!?」

レドが何度試しても魔術が発動しない。

「……まさか……【天輪壁(リング)】が起動したのか?」

カリスの言葉にレドが振り向いた。

「どういうことですかカリス姉さん!?」

「……私もまだ確信を得ているわけではないが……」

カリスの言葉と共に裏口から、騒がしい一団が飛び出てくる。

「レド先生!」

それはイザベル達とアリア、グリムの二人のだった。

「何が起きているの?」

「データは取り返せた~?」

アリアとグリムに対し、レドは言葉を返せなかった。

「くそっ……」

ただ、悪態だけをつくしかレドには出来なかった。

☆☆☆

王都。

ディザル城内、小会議室。

「いやあ、これはまた大変な事になったね」

「他人事ではないぞアルマス。リュザンはどうした? アイゼンが欠席なのは分かるが」

テーブルがあり、席に座っているのは二人の人物だ。

上座に座っているのはこのディランザル王国の王であるティアーデ五世。豊かな白髪に髭を蓄えており、もう齢70を過ぎているというのに見る者に若々しい印象を与える。普段頭に乗せている王冠は外しており、テーブルの上に置いてあった。

この会議室は緊急時にしか使われず、参加出来るのは、王都の守護を務める【血卓騎士団】の団長であるリュザン、冒険者ギルド本部長のアルマス、魔術師ギルド本部長のアイゼン、そして王のみである。

「リュザンは多分地下に潜ってるんじゃないかな? 昔なじみがいるらしいし。アイゼンは自分の本拠地が襲撃されたんだ。その後始末に忙しいだろうさ」

「【天輪壁(リング)】の誤作動、魔術阻害。このままでは、王都は危ういぞ」

「良いタイミングを突かれたなあってところだよ。エルスにもまだ上がってないんだろ? 【塔(タワー)】の解析データ」

アルマスは、王であるはずのティアーデ五世とまるで親しげな友人のように話しており、本来なら誰も呼ぶ事が許されないティアーデ五世の若い頃のあだ名であるエルスと王の事を呼んでいる。

そしてティアーデ五世もそれをまるで当然とばかりに受け入れていた。

「ああ。先を越されたようだ」

「【塔(タワー)】内に黄昏派がいたとはね。これについてはアイゼンの責任だね」

「だが、例のデータを王都に持ち込んだのは君のとこの冒険者では?」

「そうだね……んー正直言うと、ここまで早くあいつらが動くとは思わなかったよ。リュザンのとこにも黄昏派がいたみたいだから……」

「……これまで表立って動いていなかったからと警戒していなかった私の責任でもある」

ティアーデ五世がため息をついた。

「今は、誰の責任かよりもどう動くかを検討した方が建設的だね」

「うるさい貴族は私が説得しよう。君は、当事者達と対策を立てて欲しい。冒険者、騎士を総動員するべきだろう」

「そりゃあそうだろうね。なんせ……王都防衛の要である【天輪壁(リング)】が乗っ取られたんだから」

「やれやれ……大事になるな」

二人だけの会議は続く。