ロザリンド嬢は不思議な女性です。あんなにひどい態度だった私に嫌な顔ひとつせず、友人になってくださいました。

そんなロザリンド嬢が珍しく私に…私とミルフィリア嬢にユエ様のマナー指導を依頼したのです。

「私でよければ喜んで」

「わ、私も!?が、頑張りますわ!」

ミルフィリア嬢は快く引き受けておりました。私としてもユエ様は友人です。力になりたいと思い、引き受けました。

4人で話し合い、ダンスホールを借りて先ずはダンスのレベルを確認することになりました。相手役はアルディン殿下。なんでもユエ様の婚約者様と体格が似ているのだそうです。う、羨ましい…

バートン侯爵も丁度空き時間だからと来てくれていました。

早速ユエ様にアルディン様と踊ってもらったのですが……

「硬い」

「……確かに、硬いですわ。ステップも問題ありませんのに…」

「姿勢もよいのですが…」

「なんというか……男らしい感じ?」

ロザリンド嬢、ミルフィリア嬢、私、バートン侯爵の順に発言しました。

ユエ様は姿勢もよく、ステップも正確なのですが…なんというか柔らかさがないのです。なんだかダンスというより変わった行進でも見ているような感じでした。

「なんだろ…剣道やってるせいか筋力があるからかな?ディルク、お手本!」

「え?うん」

ロザリンド嬢とバートン侯爵が踊り始めました。軽やかなステップと、何より楽しんでいる様子はほほえましかったです。パートナーを信頼して身を委ね、女性ならではの柔らかさ、しなやかさを感じさせるロザリンド嬢のダンスは、見事なものでした。

見事でした、が………曲がこう…ムードがある感じになった途端にこう………視線も動きもこう……なんと言いますか……艶かしいと申しましょうか…妖艶と言いますか…ロザリンド嬢もバートン侯爵も着衣をまったく乱していないのに、見てはいけない情事を覗いてしまったような…色気たっぷりのダンスになってしまいました。

ゆるやかな動きが…触れていないのに撫でるようなしぐさが……なんというか………

「あの…えと…」

「あ、あわわわわ…」

「……うう…」

「エロい」

「「…………」」

ユエ様の感想に、場が凍りつきました。

そうです!まさしくエロかったのです!

なんと的確なのでしょうか!まったく否定できません。私もアルディン様も赤面してしまうぐらいに色気たっぷりで……

あら?

私はアルディン様の表情に違和感を覚えました。

「い、いやでもあの柔らかさが必要ですわ!」

ミルフィリア嬢が慌ててフォローいたしました。確かに、あの女性的な動きは手本とすべきですわね。ロザリンド嬢は空気を変えようとなさったのでしょうか、ユエ様の手を取りました。

「よし、故ちゃん!私と踊るよ!」

「へ!?」

ロザリンド嬢は一瞬で男装しました。魔法でしょうか。豊かなウェーブヘアは束ねられ、男物の礼服が逆にそのスタイルのよさを際立たせております。男装したロザリンド嬢は、それはもう麗しく…眼福でした。

最初はめちゃくちゃにステップを踏んでらしたようです。身長はややユエ様が高いので、ちょっと踊りにくそうにしてらっしゃいました。でも、とても楽しそうでした。

「あははははははは」

「ふっ、あはっ、あははははは!」

ロザリンド嬢のリードでユエ様も肩の力が抜けたらしく、先ほどまでのガチガチな感じはなくなってきました。

「ミルフィ、曲を」

ロザリンド嬢の指示でダンスの曲が流れ、ユエ様はほぼ完璧に踊りきった。でも男性パートもできるだなんて、本当にロザリンド嬢はすごい!

「素晴らしいですわ!」

「素敵ですわ!」

私とミルフィリア嬢は興奮して拍手をしました。

「動きの硬さはなかったね。後はたまにパートナーに任せるのも手だよ。ぶっちゃけダンスは男性が上手ければ、女性はくるくる回るだけで誤魔化せるから」

ロザリンド嬢からまさかの相手に任せてしまいなさい発言です。でもそこは否定できませんわ。

「そこは否定しない。案外わからないものだぞ」

アルディン殿下も同意なさいました。なんでもアルフィージ殿下がまだダンスを習っていなかったラビーシャ様にダンスを強要したことがあり、案外さまになっていたとのことですわ。アルフィージ殿下、酷いです。

「フィズはダンスが上手いから、これだけ踊れれば大丈夫だと思うよ」

バートン侯爵も太鼓判をおしましたが、ユエ様がもう少し習いたいとおっしゃるので細部を指導いたしました。ロザリンド嬢のアドバイスが的確だったらしく、ユエ様はその後すさまじい成長を遂げました。これならばダンスは問題ありませんわ。

すっかりダンスに慣れたユエ様を見て、ロザリンド嬢は言いました。

「故ちゃん、凄いわ~」

「…私はロザリィの手腕が凄いと思いますわ。ユエ様も凄いですけど」

「私もミルフィリア嬢と同じ意見ですわ」

「へ??」

「…ロザリンドだからねぇ」

バートン侯爵が苦笑しました。ロザリンド嬢はあんまり自分がすごいという自覚が無いようです。

その後、せっかくなので男装したロザリンド嬢に私も踊っていただきました。とてもリードがお上手で踊りやすかったですわ。美人でかっこよくて、ダンスもうまいなんて、なんかズルいです。

「あ、アルディン殿下!わ、私と踊っていただけませんか!?」

「ん?いいぞ」

私は勇気を出してアルディン殿下をダンスに誘いました。不意にアルディン殿下の意識がそれる。視線の先を見て、あの時の違和感が確信に変わりました。

「いつっ!?」

わざと一瞬アルディン殿下の足を踏みました。

「…ダンスの最中に気を散らすからですわ。ついてこれまして?」

私はにんまり笑って、自分の家庭教師に絶対こんな難しいステップ無理だから!と嘆いたステップを踏み始めました。

「わ!?」

アルディン殿下も慌てて私に合わせます。

「ふふふ」

「ははは、あはははは」

ああ、私が好きになったおひさまみたいな笑顔ですわ。夢見心地でいたら、先に体力が限界になりました。

慌てて私を支えたアルディン殿下。

「大丈夫か!?しかしレティシア嬢は面白いな!」

「それはようございました」

私は自分に向けられた笑顔に幸せになりつつも、恋とはままならないものだなぁと内心ため息をつくのでした。