クマとの死闘を切り抜けた俺は、とりあえず生命線である魔法について詳しく検証していくことにした。

今はそのまま部屋で腰を下ろし、熟考している最中だ。

自分を知る事、大事。

まずは単純に威力。

これはかなり期待が持てる結果だったと言えるだろう。

LV4の俺の魔法が、LV10のクマを一撃で葬ったのだ。

そこに雷のロッドの雷撃が加わっていたので、本当に一撃で倒せる威力だったのかどうかは、再検証の必要があるが。

一撃か、そうでないか。

一人で戦うならば、この差は大きい。

雷のロッドの雷撃が俺のサンダーより強いとは思えないので、最悪2発で倒せるだろうが、ここに詠唱時間とクールタイムという罠が潜んでいる。

サンダー:詠唱時間10秒 クールタイム10秒

パーティで行動するならば、このくらいの時間は問題にならないだろう。

もちろん、そのパーティに前衛がいるならば、という想定の上だが。

「盾がいなければ、後衛は輝けない……?」

威力は申し分ない。

やはり、魔法使いはパーティ行動必須か?

仮に、俺の素質を敏捷ではなく 体力2 守り3 という風に振っていたとしよう。

それでさっきのクマ戦を切り抜けられただろうか?

体力2とは、並み。

守り3とは、優秀。

そして知力5は外せないのだから、敏捷0。

これでは恐らく、先ほどしたような前足の攻撃を掻い潜った動きは望めない。

ならば受け止めて、あの攻撃を耐えられたか?

「牛馬の首を粉砕する、あの前足アタックを?」

無理だろう。

LV差もあり過ぎた。

では、守り5にすべてを振っていれば?

これも無理だろう。

普通に考えて体力0ではどうしようもない。

魔法使いでソロをするならば、という視点で考えれば、俺の素質の振り方は間違ってはいない。

体力2 守り5 知力3 という方法も無くはないが、最大の魅力である火力が劣ってしまうのはちょっと俺の考えとはズレる。

盾を装備して、前衛に出る魔法使い。

まぁ、この世界のどこかには居なくもないだろうが。

(サンダー、発動)

その辺りの壁に向かって、試し撃ちしてみよう。

実はさっきもやってみたのだが、別に魔物相手でなくとも魔法は使える。

人間にだって使えるだろう、もちろん。

詠唱10秒というのは、今も実感しているのだが、身体から魔法を撃つ為の魔力を生成している時間だ。

本当に10秒間の長い詠唱文句を口ずさむ時間という訳ではない。

「サンダー!」

壁に向かって雷光が走る。

「なるほど」

そして最後の詠唱文句を口にしなければいけない訳でもないらしい。

但し、詠唱した時に比べて雷の光が弱い気がする。

後で実際に検証してみる必要はあるが、恐らく威力が弱まっていると考えていいだろう。

そして、クールタイム。

魔法を撃った後、身体から魔力が抜けている為なのか、脱力感がある。

クールタイムとは、魔法で使った身体の中にある魔力を大気から取り込む時間、のような気がする。

何故かというと、今も淡い光の粒子が身体に集まって、段々苦しさが薄らいでいるから。

これが、全快するのが10秒。

―――なら、途中で再詠唱は出来るのか?

俺は再び魔法の発動を念じた。

まだ身体に集まっている途中だった光の粒子が、発動に切り替わってストップする。

クールタイムが中断され、魔力が身体の中から生成される感覚に変わる。

「サンダー!」

再びの壁撃ち。

―――と、同時に立ちくらみのような虚脱感に襲われる。

クールタイム、つまり魔力の自然回復が足りていない弊害がこれらしい。

しばらく回復に専念して、息を整える。

ガス欠を起すということか。

しかしこの程度ならいざとなれば、クールタイムは無視出来る。

あまり無理をする必要はないが、これは知っておいて損はない。

最も、これはソロなら止めの時くらいしか使えない。

倒せないのに、こっちがふらついているようでは後が続かない。

今ここで言うならば、クマ相手に一撃で倒せないようならこの方法が有効だということにはなる。

10秒の詠唱だけは、どうしたって捻出しないといけないが。

「う~~ん」

そして身体に蓄積できる魔力というのも、LVと素質に大きく関わっているのではないだろうか?

見習い魔法使いLV5

さっき上がったから、今のLVは5になっている。

クールタイムを無視して、どこまでガス欠を起さないか、ということもいずれ検証してみよう。

そして―――

魔法:サンダー(熟練度1)

この熟練度という項目もかなり気になる。

今の壁打ちは数えられていない。

これは恐らく敵を倒したかどうかで加算されるのだろう。

(熟練度、か)

色々想像することは出来るが、実際にどうなるかは、その時が来ないと分からない。

今できる自己検証は、こんなところだろうか?

ダブルキャストや詠唱短縮を覚えたら、どうなるのか?

まだまだ現状では分からないことが多い。

「……師匠、欲しいなぁ」

気になる。

色々気になる。

まぁ、今はそれどころじゃないか。

どうやって帰ろう?

これが問題だ。

熊クラスの敵を相手に、10秒の時間稼ぎをしながらの戦い。

「う~~ん、短いようで、長い……」

10秒。

世界陸上の100M選手が駆け抜けるくらいの時間だな。

何かそうやって考えると、あっという間のような気もする。

どうするかなぁ。

―――と、考え込んでいる内に、入口の魔法陣が輝き出した。

え、誰か来る?

こんな夜中に?

って、それは俺も同じ事だが。

呆けたように座っているのもまずい気がしたので、隅に寄って雷のロッドを構える。

光の中から現れたのは―――

「お、お姉ちゃん……?」

何故ここが分かった?

という混乱が一番大きい。

俺の声に、シオンさんが振り向いた。

「―――っ神様」

シオンさんが何か呟いた。

そして大股で近づいてきて。

パァン!

かなり、盛大な音がして。

頬を張られた。

「あ――」

痛いとかいう以前に真っ白になった。

それから茫然としている内に、身体のあちこちを確かめられる。

「手もある、足もある……」

確認が終わって、俺はシオンさんに胸倉を掴まれた。

足が浮く。

息が、詰まる……!

「――苦しいか? だけど、あんたがやったことは親父やお母さんをもっと苦しめた」

「……っ」

―――何も、言えなかった。

「あんたは一体、今までどういう自分勝手さで生きてきたんだ? 籠の鳥だったのか? 一人が気楽か? ええ!?」

シオンさんの言葉が、痛い。

ぎりぎりと締め付けられて、窒息するかと思った時、壁に叩きつけられるように離された。

足に力が入らなくて、そのままへたり込む。

「――ごほっ! はぁ、はっ」

下を向いて息を整える。

怖くて、シオンさんの方に顔を上げられない。

身体が震えた。

熊と対峙した時よりも、怖かった。

いや、というよりも怖さの種類が違う。

魔物と戦うのは、まだゲーム感覚で。

――人と対峙するのは、リアルだ。

「あ……わた、し……」

震える肩を、もう一度シオンさんに掴まれる。

「――でもね……そんな馬鹿なあんたが無事で居てくれて……あたしは本当に嬉しいよ。馬鹿アリス」

そのまま引き寄せられて、抱き締められた。

シオンさんは……

「良かった……本当に……」

泣いていた。

ああ……そうか。

ここは、ゲームでも無ければ、俺は1人でも無かった。

「ごめん……」

馬鹿なことをした。

「本当に、ごめん……」

「っホントだよ、この馬鹿!」

額にごつん、と額をぶつけられた。

痛い。

シオンさんがぐちゃぐちゃに泣いている。

「……私、まだ……お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」

もう一回額をぶつけられた。

痛い。

「馬鹿……どんなに馬鹿でも、家族の縁はそう簡単に切れないんだよ、この馬鹿アリス!」

「はは……馬鹿って、言いすぎです」

「言い足りないよ、馬鹿」

もう一度思いっきり抱きしめられた。

その感触が温か過ぎて、抱き締め返す。

ああ、人と関わって、人と向き合うって。

こんなに怖くって。

こんなに嬉しいものなんだ。

本当に俺は馬鹿だな、と深く反省して。

心から、感謝した。

「……ありがとう、お姉ちゃん」

口だけじゃなくて、昼と同じ言葉を、もう一度伝えたくて。