「……結局、何がどうなったのかは分からねえが、嬢ちゃんも基礎はできるようになったってことでいいのか……?」

「まあ、そういうことだな」

「てかティファちゃん。見本見た途端にできるようになったんだけど、どうして?」

「えっと、ユウさんの筋肉の動きを確認して、頑張って真似してみました」

カレンの疑問に、笑顔でなかなかとんでもないことを言ってのけるティファ。

そもそも、服の上から筋肉の動きを確認するというのは、一流の冒険者でも簡単なことではない。

しかも、普通は確認しただけで真似などできるわけもないのだから、二重の意味でティファは異常である。

どうやら、一年かけて基礎を徹底的に仕込まれ、更に気の感知を練習しているうちに感知能力全般が強化された成果が出すぎているようだ。

「……魔神殺しなんだから当然なんだけど、ティファちゃんがどんどん人間離れしていくよ……」

「魔力量的には最初から人間の範疇に入るかどうかおかしかったのだから、これぐらいは今更だ」

着々と人間離れしていくティファの現状を嘆くカレンに対し、ユウが身も蓋もない事実を告げてトドメを刺す。

それを苦笑しながら見守っていたベルティルデが話題を元に戻す。

「それで、さっきのバシュラムの質問に戻るのだけど、吹っ飛ばす以外の用途って、どんなものなのかしら? マヒさせるのはできるけど一般的ではない、と言っていたわよね?」

「ふむ、そうだな。巻き藁を壊すのはもったいないから、何か別のもので……。ああ、このサイズの石なら分かりやすいか」

ベルティルデの質問に対し、物騒なことを言いながら片手には余る程度の大きさの石を拾い上げるユウ。

その行動に嫌な予感を覚えつつ、これから何をやらかすのかと注視する一同。

技の感覚をつかんだティファは何やら気がついていることがあるらしく、あからさまに顔が引きつっている。

「はっ!」

その場にいる全員から注目を浴びながら、軽く石を上に放り投げて、落ちてくるタイミングに合わせて横から掌打を叩き込むユウ。

普通ならば度合いはどうであれ横に弾き飛ばされるはずの石が、鈍い音を立てて粉砕された。

「こんな風に、内部に衝撃を集中させて、外に一切破壊力を漏らさずに叩き込むのが、もう一つの基本的な用途だ」

「これは……モンスターにも、通じるのか?」

「当然だ。生物だろうが無生物だろうが、形があるなら関係なく威力を発揮する」

「……基本っていうことは、応用もあるの?」

「ああ。単に、衝撃が入る場所とタイミング、それと入り方をコントロールするだけの技だからな。比較的単純なところでは、腹に叩き込んで背中にだけダメージを与えるとか、特定の内臓二つにだけ衝撃を浸透させるとか、そのあたりか。さらに上位の難しい技だと、衝撃を中で共鳴させて増幅し、外側に一切ダメージを与えず内臓や筋肉だけを完全に粉砕する、というものもある」

「……そんな技を、嬢ちゃんに教えるなよ……」

あまりにも物騒でグロい技に、顔をしかめながら苦情をぶつけるバシュラム。

「あくまで、そういう使い方もできるというだけだ。ティファがそんな用途で使う機会もなかろうし、そもそもそんな真似ができるようになるには何年もかかる」

「そういう問題じゃねえよ……」

ユウの返事に、駄目だこりゃと匙を投げるバシュラム。

使う使わないの問題ではなく、習得にやたらと時間がかかる上に無駄に物騒な技をいちいちティファのような子供に教えるのはどうなのかという話なのだが、何が問題なのかはどう頑張ってもユウには伝わらないだろう。

そのバシュラムの予想通り、明らかに分かっていない感じのユウが、わざわざティファに発剄を覚えさせる尤もらしい理由を口にする。

「バシュラムさんが何を問題視しているのかがいまいち分からんが、俺はあくまで、緊急事態に咄嗟に対応できる手段として、最善であろう技を教えただけだぞ?」

「どうせそんなところだろうとは思ってたがな、最善の手段っつうには物騒すぎるぞ?」

「どう使うかはティファ次第だが、いざという時に役に立つのは結局のところ、体で覚えるほど反復練習した技だ」

「その意見を全否定する気はねえが、もっとましな技はなかったのかよ……」

「発剄はさほど筋力がなくても使えるし、動作も小さくて力を溜める必要もないから即座に効果が出る。詠唱が必要な魔法と比較すれば、その差はさらに大きくなる。少なくとも、気功を関わらせずにこれより小さな動きですぐに出せる技を俺は知らん」

ユウの説明に、やはり言うだけ無駄だと思い知るバシュラム。

どこまでも鉄壁騎士団(アイアンウォール)の常識やノウハウ、合理性に忠実に教育をしているだけのユウに対して、世間一般の常識や感覚を説明しても意味がない。

その教育方法が鉄壁騎士団でこれでもかというほど実績を重ねているだけに、どうにもバシュラム達普通のベテラン冒険者の言葉では説得力が足りないのだ。

そういう事情もあり、他のことならともかく、ティファの訓練内容に関してユウが他人の意見を受け入れることなどまずない。

「諦めなさい、バシュラム。一般常識を横に置けば、ユウは多分今、トライオンにいる誰よりも優秀な指導者よ。ただし、『戦士の』って単語が指導者の前につくけど」

「……まあ、嬢ちゃんさえ道を踏み外さねえのなら、他人の教育方針に口挟むのも不毛か……」

ベルティルデに諭され、諦めたように首を左右に振って現実を受け入れるバシュラム。

その隣では、カレンがそれでいいのかと言いたげな顔をしている。