[Alien Ring] Wizard Princess - Turn Falling Girl Into The Most Powerful Demon Instructor
Episode Six: Preparing to Crusade
「さて、ユウ。戻ってきて早々ですまんが、情報をくれ」
「ああ、分かっている」
アルトガルーダ討伐から数時間後、時計の針がそろそろ午後三時を指し示そうとしている頃合。
ようやく帰ってきたユウとティファを、バシュラム達が取り囲んでいた。
なお、ミルキーとロイドはもう帰宅してここにはおらず、カレンもすでに学校から帰ってマスターの手伝いに走り回っている。
「その前に、状況を確認しておきたいのだが、こっちでもあの三本角の存在は確認しているか?」
「ああ。偵察に出た連中から、ついさっき望遠魔法を使っての目視で現在位置を確認したという報告が来ている」
「ならば、俺が話せることはそれほどないぞ」
「こっちでは、あくまで目視で所在を確認しただけよ。どんな様子なのかとか、そういった情報までは調べていないから、そのあたりで話せることがあれば教えてほしいの」
「分かった。といっても、そっちもそれほどのことは確認できてはいないが……」
冒険者達を代表してのベルティルデの要望にそう答えながら、少し考え込むユウ。
「まず、俺が最初に見たのは食事中で、片っ端からあたりにいたモンスターを食っていた。それがベルティルデさんに報告したときだな」
「なるほど。アルトガルーダ討伐完了のタイミングだったから、時間的には恐らく十時は回っていないぐらいか」
「今年は飛び道具だけでけりがついたおかげで、早く終わったものね。で、その後は?」
「あれが歩いてきたであろう方角を割り出して、リープウルフ以外にもそっち方面から流れてきたモンスターがいないかを確認して回っていた」
「リープウルフは放置でよかったの?」
「結界で派手に対処したから警戒されてしまってな。何をするにも、少し時間を置く必要があった。その後……たしか昼過ぎぐらいだったが、もう一度状況を確認した。その時は餌を十分に食ったからか、すでに昼寝に入っていたな」
「それから今まで、何をやっていたんだ?」
「リープウルフの残党狩りだ。さすがに今回は状況的に、残しておくわけにもいかなかったからな。一頭残らず、とは断言できんが、少なくとも大繁殖は起こらん程度に減らしておいた」
帰ってくるのが遅くなった理由を聞き、なるほどと納得するバシュラムとベルティルデ。
情報収集の観点からは早く戻ってきてほしかったところだが、一番重要な現在位置については早い段階で連絡を受けており、同じくらい重要な動向に関しても今もらった分で十分足りている。
どうしても手が回らなくなるだろうと予測される細かいモンスター関連をやってくれていたことを考えると、今回はむしろユウに感謝するべきである。
「他に何かあるか?」
「残念ながら、食って寝てるところしか見ていないから、これ以上は何とも言えん。あれと同じ種族はベルファール周辺にもいなかったから、細かい習性や弱点なんかも分からん」
「なるほどな。ベルファールにはいなかったのか」
「もっと正確に言うなら、エルファルド大陸東部の、鉄壁騎士団が派遣される範囲にはいない、だな。俺達はかなり広域に、それこそ国境を越えて派遣されていたから、向こうの大陸の東部にはいないとほぼ断定できるな」
「なるほど。となると、近いタイプのドラゴンを参考にするぐらいしかできねえわけか」
「ああ。それを踏まえて、明日にはまだアルトには到着しないだろうと判断した」
「そうだな。そういう性質は多少種が違ってもあまり変わらねえことが多いから、ユウの予想はそうは外れねえだろうな」
ユウの示した判断基準に、自身の経験を踏まえて同意するバシュラム。
そのままの流れで、一応ティファにも話を振る。
「嬢ちゃんのほうは、何か気になったこととか気がついたことはあるか?」
「えっと、あのドラゴンの角から発射される電撃、魔力が一切使われていませんでした。多分、カウンターマジックとかは意味がないと思います」
「何年かごとにこっちに来ては必死になって仕留めてるから、そのあたりはだいぶ前から分かってることだな。トライホーン・ドラゴディスはドラゴン種のくせに、魔法攻撃の類は使ってこないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。吐いてくるサンダーブレスも雷属性の物理攻撃だ」
ティファの気がついたことに対し、バシュラムが判明していることを捕捉する。
さすがに数年おきに討伐されるだけあって、このあたりの情報は十分に集まっているらしい。
もっとも、そういう戦う上で必要な情報は揃っているが生態に関してはほとんど分かっておらず、バシュラムも二度ほど討伐に参加したことがあるだけなので細かいことは知らないのだが。
「あと、すごく気になったんですけど、本当にあのドラゴンがアルトまで来るんでしょうか?」
「来なきゃ来ないでいいんだが、残念ながら本来の生息地を出てこの地方まで移動してきたトライホーン・ドラゴディスは、ほぼ100パーセント来る」
「そうなんですか?」
「ああ。過去の記録や俺達の経験上、二十数キロなんて近場まで来て別のルートをたどった事例はない。なんでそうなるか、理屈は分からないんだがな」
バシュラムの説明に納得しつつも、釈然としないものを感じて考え込むティファ。
別にバシュラムが嘘をついているとは思わないが、理由もなしに人間の大都市などという危険な場所を通り道にするとも思えないのだ。
そんなティファの様子を、冒険者達が割と切迫した状況だというのにどこかほっこりした表情で見守っているのは、深く突っ込んではいけない点であろう。
「トライホーン・ドラゴディスは肉食だけど、人間を積極的に餌にするタイプのドラゴンでもないし、餌場を探しているのであれば近場にいくらでもあるのに、わざわざど真ん中を通り抜けるルートで歩いてくるのよね」
「ああ。今いるあたりからしばらくはルートが一定しないが、もう少し近くなったら完全に同じ道しか通らないってのも不思議な話なんだよな」
ベルティルデとバシュラムの追加説明に、ユウの眉がピクリと動く。
それと同時にティファが何かに気づき、手早く魔法を唱える。
「おい、嬢ちゃん! いきなり魔法なんて唱えてどうしたんだよ!?」
「……やっぱり!」
「何がやっぱりなの?」
唐突に魔法を唱えたかと思うと何やら勝手に納得したティファに対し、バシュラムとベルティルデが怪訝な顔で声をかける。
二人の問いかけに、ティファは少し考え込んで言葉を探す。
その間、周囲の冒険者達は放出された恐ろしいほどの魔力量にざわめいている。
「えっと、上手く言えないんですけど、魔力とも単純な生命エネルギーとも違うものすごく大きなエネルギーが、アルトからドラゴンのいるほうに向かって流れています」
「なんじゃそりゃ?」
「……もしかして!」
ティファの説明に訳が分からないという表情を浮かべるバシュラムの隣で、顔色を変えたベルティルデが何やら確認をする。
「……やっぱり! トライホーン・ドラゴディスは、地脈をたどってこっちに来てるわ!」
そう叫ぶと、すぐに頭を抱えるベルティルデ。
ただし、その理由はトライホーン・ドラゴディスが地脈をたどっていることに問題があるからではなく、単なる羞恥心と情けなさからだが。
「ああ、もう! なんでこんな分かりやすい兆候に気がつかなかったのよ! 一体何十年精霊使いやってるの、私!!」
頭を抱えながらそんなことをぶつくさいうベルティルデに、どうしたものかと困った顔で周囲に助けを求めるバシュラム。
魔法も初級のものしか使えず、気功のような特殊な技能を持っているわけでもないバシュラムでは、そのあたりのことは何一つ分からないのだ。
「……これは、ベルティルデさんが気がつかなかったのも、無理はなさそうだな」
どうフォローしようかと迷いつつ地脈の様子を探っていたユウが、真面目な顔でそんなことを言い出す。
その言葉に、どういうことだと目で促すバシュラム。
バシュラムに無言で促され、気がついたことを説明するため口を開く。
「どうやらこの地脈の流れは、かなり限られた時期、限られた期間のみ発生するものらしい。下手をすると数年に一度しか発生しない可能性もある以上、毎日アルト全域の地脈を確認してでもいなければ気づきようもない」
「でも、それを怠っていた自分が情けないのよ……」
「アルト全域となるとかなり広い。その分、単なる探知でもかなりの負担だ。地脈の観測を業務としているならともかく、普通の冒険者がやるのは現実的ではないのではないか?」
「そうだな。俺達だって毎日アルトにいるわけじゃねえし、遠出する日は移動の負担も馬鹿にならねえ。さすがに、ベルティルデが全部やるってのは無理があるな」
「それにそもそもの話、地脈云々はあれの接近を早めに確認できるようにはなっても、今ここに迫ってるやつの対処にはまったく関係ない。この話は一旦横に置いて、この後どうするかを話したほうがいいのではないか?」
ユウの身も蓋もない指摘に、それもそうかと意識を切り替えるバシュラムをはじめとした冒険者達。ベルティルデもこれ以上の後悔は後回しにすることにしたようで、見た目の上では一応立ち直ってみせる。
「それで、こっちからも質問なのだが、今まではどう対処していて、今回はどういう方針で動くのだ?」
「今までは、俺をはじめとした前衛が足止めをして、マジックユーザーでダメージを稼ぐやり方をしていたな。今回も基本は同じだが、早めに発見できたお陰でバリスタの台数は増やせそうだ」
「ふむ。あれは魔神と違って接近するだけで死ぬような妙な特殊能力は持っていないから、その方が戦いやすいか」
トライホーン・ドラゴディスのサイズと挙動を思い出し、一つ頷くユウ。
全長約五十メートル、全高約十二メートルというのは、サイズ的にはアルト近郊に出現した下級魔神よりは大きいが、かつて古巣でよく討伐任務があったドラゴサウルスよりはかなり小型といったところ。
普通なら正面から接近戦を挑むのは無謀に思えるサイズだが、各種マジックアイテムやダンジョン産のアーティファクトと十分な技量が揃っていれば、まだまだ普通にやりあえる範囲である。
といっても、普通にやりあえるとはいえ簡単にできることではなく、基本的に直撃を一発受ければ死ぬと考えて間違いではない相手だ。
しかも、トライホーン・ドラゴディスはひそかに、単純な戦闘能力だけなら最初の下級魔神より上で、先ほど比較対処に持ってきた三種の中では最強の存在である。
その事実を把握しているのはユウだけだが、そんな余計な情報はなくとも関係ない。
レッサードラゴンの一種とはいえ、ドラゴンはドラゴン。容易く倒せる相手ではないのだ。
「今後のこともあるから今回は俺は手を出さない、というのはいいのだが、ああいう相手こそティファの出番ではないのか?」
「バカ言うなよ。確かに嬢ちゃんの魔力なら一撃かもしれねえけどよ、あれを一撃でつぶせるようなデカい魔法を近場でぶっ放したら、碌なことにならねえだろうが」
「そのあたりの訓練が上手くいっていない現状を考えると、師匠としては耳が痛い言葉だな」
「そもそも、飛び級で中等課程に入ってるっつっても、本来はまだ見習いにすらなってない年齢なんだぞ。頼るにしてもせめて、十五で成人してからでないとこっちが情けないだろうが」
ユウの当然の疑問に、顔をしかめながらそう断言するバシュラム。
本当にピンチになったら四の五の言ってられないが、逆に言えば今の段階から泣きついて頼るのは、さすがにベテラン冒険者としてのプライドが許さない。
それに、ユウにしろティファにしろ、常にアルトにいるわけではない。
バシュラムやベルティルデは人数を増やせば代わりをこなせるが、この二人に関しては代わりを務められる人間などいない。
「分かった。だが、先ほど地脈を確認した結果、今回とは別件ですぐに対処せねばならん問題を発見した。そちらに俺とティファで向かうから、明日から恐らく明後日ぐらいまでは手を出せなくなりそうだ。その間に何かあってアルトに被害が出ては悔やんでも悔やみきれんから、保険だけは用意させてくれ」
「その別件ってのについては詳しく聞かねえが、保険ってのは何だ?」
「ティファに対物理結界を五重に重ねさせる」
「……確かに保険だな。それも、これ以上なく強力な」
ユウの提案を聞き、重々しく頷くバシュラム。
去年の『堕ちた遺跡』での騒動で、ティファの結界魔法の効力については散々目の当たりにしている。
それがトライホーン・ドラゴディス相手にも十分通用することも当然分かっている。
どんなに周到に用意してもまさかの事態というのは起こる以上、この種の保険まで断るほど面子にこだわってはいない。
「さて、布陣やなんやはこの後の偵察隊の報告と今日これから仕事やダンジョン遠征から帰ってくる連中を踏まえて決めるとして、だ」
現在この場にいる冒険者達をぐるりと見渡し、今できることを考えるバシュラム。
「すまんがユウ、ちょっくら訓練に付き合ってくれ」
「構わんが、何をする気だ?」
「なに、簡単なことだ。実力は十分だが経験が浅い連中が、トライホーン相手にビビッて委縮しないように軽く揉んでやりたい」
「ふむ。うちの古巣でも、新兵相手によくやったやつだな。今からでは付け焼刃にしかならんが、ぶっつけ本番でやるよりはマシか」
「そういうことだ。お前さんなら、竜の咆哮よりきついやつもできるだろう?」
「当然だ」
バシュラムの確認に、平然とそう言い切るユウ。
「やるとするなら、どこか広い場所を借りて、模擬戦形式で全員まとめて一気にやったほうがいいか。レッサードラゴンなら、三発耐えられれば十分だから、さほど時間はかからんだろう」
「そうだな。っつうか、四発目が来るほど手間をかけてたら、まず間違いなく負ける」
ユウの示した訓練内容に、バシュラムが真剣な表情で頷いて同意する。
理由は解明されていないが、レッサードラゴンは一回の戦闘で、一日に三発までしか竜の咆哮を放たない。
なので、四発目が来るということは一日で仕留めきれていないということになるので、人員的なものを考えればその時点で勝利は厳しいだろう。
「バシュラムさん、場所について当てはあるか?」
「当然だ。ベルティルデ、悪いが本番に参加しそうな連中に声をかけておいてくれ。こっちは軍にも話を通してくる」
「分かったわ。……って、ティファちゃん、さっきから黙ったままだけどどうしたの?」
「……あっ、えっと、その、地脈を感知するのって初めてだったから、つい好奇心に負けていろいろ『見て』回っていました」
ベルティルデ相手に、恥ずかしそうにそんなことを告げるティファ。
ティファのその言葉を聞いたユウが、不思議そうな顔をする。
「そういえば、さっきも地脈だと言わずによく分からないエネルギーというような表現をしていたが、今まで感知を試したことはなかったのか?」
「はい」
「トルティア村で地脈の上にできた偶発ダンジョンの話をした時に、すさまじく深刻な顔をしていたと思ったのだが、あの時点でまた試してもいなかったのか」
「えっと、地脈については学院で結構詳しく習うので……」
「基礎知識としては知っているから、実感は伴わないが厄介さ自体は理解できていた、ということか」
「そんな感じです」
その話を聞いて、ティファのいろんな面での微妙なちぐはぐさに納得するユウ。
なまじ賢くて察しがいいから見落としがちだが、ティファはまだ九歳。年齢的には見習い前の子供なのだ。
よく考えなくても知識が先行している部分が多くて当然であろう。
「ならば、明日何をするかは分かったな?」
「はい! でも、これって、一日二日で終わるんですか?」
「このぐらいなら問題ない」
明日の予定を聞き不安そうにするティファに対し、力強く言い切るユウ。
そのやり取りでユウが手出しできない理由を理解したバシュラムとベルティルデが、どうしたものかと渋い顔をする。
「ねえ、ユウ。私もさっきまで地脈を確認してたわけだから、トルティア村のダンジョンを明日にでもっていうのは分かるわ。でも、ティファちゃんを連れていく必要があるの?」
「ああ。今回に限っては、ティファを連れて行ったほうがいい事情があってな」
「何かしら、その事情って」
「生まれ育った土地の地脈にできた偶発ダンジョン、と聞いて、思いつくことはないか?」
「……そういうことか。っつうか、トルティア村って言ってんのに、そっちには全然気がつかなかったな」
「……ああ、納得したわ。確かに、ダンジョンコアを壊した時に何が手に入るにしても、ティファちゃんにとってすごくいいものになるのは間違いないわね」
地脈と偶発ダンジョンの関係をユウに指摘され、懸念を取り下げてティファを連れていくことに同意するバシュラムとベルティルデ。
現在、ダンジョン関係の調査や研究によって、地脈の上に発生する偶発ダンジョンは大きく二つほど、他の偶発ダンジョンにはない性質を持つことが分かっている。
一つ目は、一定以上の規模になるまでは、何度ダンジョンを破壊しても即座に復活するという性質。この性質により、トルティア村のダンジョンは二カ月近く前に発見されていながら、今まで放置せざるを得なかった。
もう一つが、ダンジョンが発生したのと同じ、もしくは関係が深い地脈の上で生まれ育った人間がこの偶発ダンジョンを攻略すると、何らかの形で特別な贈り物が得られること。
この贈り物は何らかの素材やアーティファクト、暗視のような特殊能力、果ては限界まで成長した能力がさらに数倍に成長するなど、普通の修行などでは得られない上に必ずプラスに働くものが手に入るのだ。
なお、ダンジョンの攻略に関しては攻略された時点でダンジョンコアのある部屋で生き延びていればいいので、今回の場合はティファ一人でクリアする必要はない。
ただ、活躍すればするほどいいものが得られることも分かっているので、何もせずに攻略するなどユウが許さないだろう。
「うむ。まあ、懸念としては威力増幅方面に流れる可能性もゼロではない、ということだが……」
「ねえ、ユウ。そういうセリフを、巷で流行っている物語では『旗を立てる』って言うのだけど、知ってる?」
うかつにもほどがある発言をするユウに対し、ジト目でそう釘をさすベルティルデ。
ベルティルデに釘を刺されて、そっと目を逸らすユウ。
そのまま誤魔化すように、バシュラムに声をかける。
「それでバシュラムさん、暗くなる前に始めたいのだが」
「分かってる。ちょっと待て」
ユウにせかされ、苦笑しながらマスターから通信機を借りて話を通すバシュラム。
軍のほうでも願ったりだったようで、即座に許可が下りる。
「おい、ユウ。軍の基地は分かるか?」
「ああ」
「だったらそこの訓練場で演習だ。とっとと行くぞ」
「分かった。行くぞ、ティファ」
「はい!」
何も誤魔化せていないのに、なんとなく誤魔化したような流れで話をうやむやにするユウ。
それに突っ込もうとして不毛さと無意味さを察し、あえて乗ってやることにするバシュラムとベルティルデ。
他の冒険者達も、藪蛇を恐れて完全にスルーである。
なお、当然のようにティファを連れていくことに関しては、もはや誰も何も言わない。
こうして、最大の事前準備ともいえる合同訓練は拙速ともいえる速さで開始されるのであった。
☆
「思ったより耐えていると見るべきか、あっさり半壊するのは情けないと評価すべきか悩ましいところだな」
「俺としては、むしろよく頑張ったとほめてやりたいところだぜ。まあ、嬢ちゃんが平気なのに無様晒せねえ、ってのがあったのかもしれねえけどな」
一回目の模擬戦が終了したところで、その結果に対してユウとバシュラムが正直な評価を下す。
ユウが放ったドラゴンの咆哮を模した衝撃波は、たった三発で参加者三百人中約二百人、中堅クラスまでのほとんどを行動不能にしていた。
なお、現時点では軍は参加していない。
参加できるなら参加したかったようだが、冒険者では不可能な、国家が直接かかわる類の準備に追われていて、そんな余裕はなかったらしい。
訓練所を開けてくれた担当者が、実に悔しそうにそのあたりの事情を教えてくれた。
「あと、うちの新米どもが意外と見どころあったってのは嬉しい発見だったな」
「うむ。さすがにこれ以上面倒を見る人間は増やせんが、何らかの形で鍛えてやれば化けそうではあるな」
予想外の粘りを見せたアルベルトとレティーシアが所属するパーティを、そこはかとなく嬉しそうにそう評価するバシュラムとユウ。
今回参加した中では、アルベルト達は実力・経験・実績、すべてにおいて他をぶっちぎって最下位と言い切れるパーティだ。
ついでに言うなら長命種のメンバーもおらず全員が同い年であるため、ティファを除けば年齢的にも一番若い。
本来ならトライホーン・ドラゴディス討伐に直接関わるようなパーティではなく、先ほどのアルトガルーダ戦でもアルトの中でおとなしく伝令などをしていたのだが、模擬戦の話が出た時点で麗しき古硬貨亭に居たのが運の付き。
周囲にいたベテラン達が面白半分で強制的に参加させたのだ。
そのベテラン達のうち三割ほどが、アルベルト達ですらぎりぎり耐え抜いた三発目の衝撃波でダウンしていた点に関しては、経緯も考えると率直に情けないと断言してしまっていいだろう。
残念ながら根本的な実力が足りないため討伐そのものに直接参加させるわけにはいかないが、近くまでトライホーン・ドラゴディスが来たことでパニックを起こし暴走しているモンスターを討伐する作業は任せてもよさそうだ。
「あまり連続でやっても効果がないから、軽く休憩を入れてから続きをやるか」
脂汗を流しながら荒い呼吸を繰り返す冒険者達を見て、そう宣言するユウ。
衝撃波を三発放っただけなので実際の訓練時間は一分あるかないかくらいでしかないのだが、その時点で大部分の息が上がっている。
ここでさらに衝撃波を放てば、恐らくごく一握りを残して全滅するだろう。
逆に、その一握りにはドラゴンの咆哮に効果はないので、こんな訓練は無意味である。
なお、こうやって話をしている時点で言うまでもないことだろうが、バシュラムとベルティルデは特に魔法などを使わずともまったく影響を受けない一握りに入っている。
そんなバシュラムやベルティルデですら、魔神相手には精神防御を全力でいっても戦意をくじかれた、という点こそが、実際の直接戦闘能力以上に魔神を厄介にしている理由であろう。
「……あの、大丈夫ですか?」
「心配してくれるのはありがたいが、情けなくなるからほっといてくれ……」
ようやく息が整ってきた冒険者が、心配そうに声をかけてきたティファに対して心底情けなさそうにそう返事を返す。
子供相手にこんなことを言っていること自体が情けないが、それでも気持ちがささくれ立って言わずにはいられない。
そんな自分が凄まじく惨めでへこんでしまう。
一つ救いがあるとすれば、普段ならこういうシーンでからかったり叩いたりしてくる連中も、同じような状態になっていて誰もそんな余裕がないということだろう。
「ティファちゃん、おいで」
「はい」
その様子を見かねたベルティルデが、ティファを招き寄せる。
ベルティルデに呼ばれたことで、自分の行為が褒められたものではないらしいと察したティファが、おとなしくその場を離れる。
「で、どの程度休憩を入れる?」
「そうだなあ。息が整うぐらいまでは最低限休ませる必要があるとして、竜の咆哮にやられた連中の復帰って、どんなもんだったか……?」
「個人差、というか鍛え方の差が大きいから、息が整ったところで強引に回復させて、ってうのも検討しておいたほうがいいわね」
「ごめん、遅くなった!」
ユウとバシュラム、ベルティルデの三人がどの程度休憩を入れればいいかを検討していたところに、深紅の百合をはじめとしたいくつかの冒険者パーティが駆け込んでくる。
どうやら、依頼や遠征を終えたグループが、酒場で状況や訓練内容を聞いて大急ぎで合流してきたらしい。
「……ふむ。ちょうどいいと言えばちょうどいいが、バシュラムさんとベルティルデさんはどう思う?」
「悩ましいところだな。ひと仕事終えて疲れが残ってる状態で、ここまで走ってきたんだろう? この種の疲労は魔法抵抗力なんかを落とすんだよなあ……」
「今回は、そういう面では万全の態勢で挑めるし、下手にこの訓練をやって本番までダウンすると元も子もないから、今無理する必要はないと言えばないのだけど……」
ユウに問われ、己の見解を述べるバシュラムとベルティルデ。
万全の態勢でも不可能なことが、疲労が残っている状態でできるわけがない。
じゃあ、アルトガルーダ討伐が終わって半日しか経っていないこの時間に訓練をしてもリスクが高いだけではないのか、と言われればそうなのだが、今回に関しては事情が違う。
今回のアルトガルーダ討伐は非常に短時間で終わった上、飛び道具部隊以外に出番がないまま完封している。
はっきり言って、半日も経てば精神面に関しては、疲労らしい疲労はなくなっているのだ。
そのあたりの差を考えると、成果が出るかどうかの方で実に悩ましい。
「バシュラムさん達が気にしてることは分かるんだけどさ、毎回毎回全員が万全の態勢で迎え撃てるなんてありえないんだから、あたし達が戦力になるかどうかの確認ついで、くらいでやってみればいいじゃん」
うだうだ話し合っていたユウ達に対し、マリエッタがそんな剛毅なことを言い放つ。
さらに、それに乗っかるように他のメンバーも口々に意見をぶつけてくる。
「そもそも、ここにいる連中の大部分がトライホーン相手だったら参戦許可が下りないか、出ても効けば儲けくらいの魔法火力にしかならないんだから、気にせずやっちゃえばいいのに」
「そうそう。あたし達だとアイネスとフィーナが火力として、後はせいぜいユナが回復・補助要員として参戦するのが関の山。疲労のせいで竜の咆哮に意識飛ばされたとしても、全然影響ないんじゃない?」
「特にマリエッタなんて、メインウェポンが大物相手には無力な短剣だものね。トライホーン相手にだけ限って言えば、無限回廊あたりでよほどいい装備を手に入れない限り、永久に出番がなくてもおかしくないもの」
「ヴァイオラもマリエッタとそんなに条件は変わらないわよ、フィーナ。私だって弓をメインに使ってはいるけど弓専門ってわけじゃないし、マリエッタだって弓は使うからね」
魔法剣士であるアイネスの言葉に重戦士のヴァイオラと魔法使いのフィーナが乗っかり、弓主体の軽戦士であるミュリエッタがたしなめるように突っ込みを入れる。
その間、神官のユナは少しでも態勢を整えようと疲労回復の魔法を使っていたため、思うところがあってもコメントは差し控えている。
余談ながら、マリエッタとミュリエッタは同じ村出身の同い年の親戚同士で、名前が似ているのもそれが理由である。
名前だけでなく戦闘スタイルも比較的似ているが、これについては同じ師匠に鍛えられたからなので、血縁的な理由は特にない。
因みに、深紅の百合のメンバーは誰も触れなかったが、弓兵は確実にトライホーン・ドラゴディスの外皮を貫けるだけの一撃を撃てる者以外は参加できない。
魔法と違って弾かれたが最後、どこに流れ弾が飛んでいくか分からないため、フレンドリーファイアの危険が付きまとうので、どうしても参加要件が厳しくなるのである。
「大体、ティファちゃんもここにいるってことは、訓練に巻き込まれてるんだろ? ティファちゃんが平気そうだってのに、多少疲れてる程度で俺達が不参加とか、カッコ悪いじゃんか」
妙に格好をつけながら、チャラくそんなことを言い放つジェームズ。
態度やセリフはチャラいが、その目はかなり真剣である。
「本人達がこれだけやる気なのだから、素直に訓練を始めるか」
「だなあ」
「時間がないから、さっさと済ませましょう。参加者はこの線の内側に入ってきて」
「すまんが、ティファも参加してくれ」
「はいっ!」
自分達が住む街のピンチとあって、非常にやる気を見せる中堅冒険者達。
その様子に、とっとと終わらせたほうが早いと判断するユウ、バシュラム、ベルティルデ。
そのまま、参加者に訓練所の中心付近まで進み出てくるよう促す。
その際、参加者に対する煽り要素として、ティファを参加させるのも忘れない。
参加者が全員所定の位置まで来たのを確認したところで、ユウが何の前置きもなく衝撃波を放つ。
ドラゴンの咆哮そっくりの轟音と共に、参加者をなでる衝撃波。
威力そのものはちょっと強い風と変わらぬくらいだが、心をへし折りに来るパワーだけは、並の精神系障害魔法など歯牙にもかけない。
結局、最初の一発で半数がダウンし、三発撃ち終わった時点で戦闘可能な状態で立っていたのは十人ほどしかいなかった。
「ふむ。疲労が抜けきらん状態だということを踏まえると、十分すぎる人数が生き延びたと言えるのではないか?」
「そうだな。しかし、ベテラン二人は予想してたが、深紅の百合とジェームズが全員生き残るとは思わなかったぞ」
「ジェームズは筋金入りだからまあ、ティファちゃんパワーで説明がつかなくもないけど、アイネス達は純粋に驚いたわね」
「あたし達だって、去年の魔神災害で随分情けない思いをしたもの。そりゃ、冒険者としてのプライドにかけて、そのままで終わるわけには、ね」
バシュラムとベルティルデの称賛交じりの驚きに対し、アイネスが軽く肩をすくめながら言う。
どうやら、去年の一度目の魔神災害で、自分達は早々に折れたというのにティファ一人諦めずにあがき続けたことが、相当悔しく情けなかったらしい。
「バシュラムさん達もそうだが、深紅の百合も条件を整えれば、下級魔神ぐらいは俺やティファが関わらなくてもやれそうだな」
「……こんなロートルに、無茶言うなや……」
「……あれ相手に、あたし達が? さすがにそれは無理でしょ?」
唐突に無茶な事を言い出したユウに対し、一瞬絶句した後、うめくように反論するバシュラムとアイネス。
仮に魔神と遭遇したとして、心を折られず最後まであがけるように鍛えはしたが、それでも戦って勝てるようになっているとは到底思えない。
「気功を覚えて、というのは手間がかかりすぎるが、魔神にダメージを与えられる武器と魔神の半径五十メートル以内に入っても特殊能力の影響を受けないようにする手段さえそろえれば、恐らくどうにかなるとは思うぞ」
「そのあたりの話は、トライホーンをやってからにしようぜ。でないと、単なる皮算用だ」
「そうだな。それで、この後どうする? あと何回かはできそうだが?」
「微妙なところだな。それか、耐え抜いたやつだけで実戦形式の訓練をやるか、だな」
魔神討伐にそれそうになった話を戻し、この後の訓練内容をどうするか話し合うユウとバシュラム。
ここまでの結果を見るに、同じことを続けていてもあまり意味はなさそうだ。
三発耐えること自体には成功している人間を三発受けても戦闘可能になるまで鍛える、というのも手ではあるが、該当者の人数が少ないのがネックである。
「トライホーンの攻撃のうち、一番危険なやつに対処する訓練なら意味はありそうだが、ユウの手札にやつの雷撃に近い攻撃はあるか?」
「さすがに、似たような技はないな。魔法攻撃で避ければ、ティファのサンダーボルトを絞り込めば角からの放電には近い感じになるのだが……」
「あの、ユウさん。失敗しそうで怖いので、人に向かって魔法を使うのはちょっと……」
いきなり怖いことを言い出したユウに対し、真剣な顔で拒否を告げるティファ。
残念ながら、現在開発されている魔法の中には、当たっても疑似的にダメージを受けるだけで気絶はしても絶対死なない、なんていう便利なものはない。
「なあ、バシュラム、ユウ。ちょっといいか?」
「ん? どうした?」
「何か、いいアイデアがあるのか?」
物騒な方向に話が進む前に、他の酒場に出入りしているベテラン冒険者(当然、衝撃は三発は余裕で耐えている)の一人、ゼファーが声をかけてくる。
「そっちの百合とかさっきの新米とかに、俺らの武器を貸して射撃戦力として運用するってのはどうだ?」
「そりゃありだと思うが、いいのか?」
「俺もお前も、もういい年だ。次の時に戦えるとは限らん。どうせトライホーン相手にしてる時には前線に居て使わんというか使えんのだから、最悪受け継がせるぐらいのつもりで貸し出してもいいと思うぞ」
「まあ、本人がそういうんだったら俺は問題ねえが、よその酒場だぜ?」
「うちの若いのは、揃いも揃って使い物にならなかったからな。別に対立してるわけでもあるまいし、気にする必要はない」
バシュラムの問いに、にやりと笑いながらそう答えるゼファー。
その表情は、己の引き際を見極めたことを雄弁に語っていた。
「じゃあ、今日の残り時間と明日半日は、貸し出した武器に慣れるための練習時間だな」
「おう。そのほうが、ユウから延々と衝撃波を浴びせられるよりよっぽど有意義だろうよ」
ゼファーの提案を受け入れ、この後の予定を決めるバシュラム。
「じゃあ、ちっと貸せる武器回収てくるわ」
「おう、行って来い。俺は最初から準備してあるから、先に貸し出しを済ませておく」
「準備がいいな、おい……」
やたら準備がいいゼファーに対し、渋い顔でそう突っ込むバシュラム。
お互いに四十を超えているため、いつ現役を退くかは避けて通れない問題なのは嫌というほど理解している。
が、それだけに最初からそのつもりで動いているとしか思えないゼファーの行動は、どうにも気に食わないものがあるのだ。
「時間がないから、さっさと行け」
「分かってるよ、ああもう!」
内心のもやもやを無理やり振り払い、急ぎ足で装備を回収しに行くバシュラム。
そのバシュラムを見送ったティファが、ぽつりとつぶやく。
「……あの、ユウさん」
「どうした?」
「なんだかバシュラムさん、すごく寂しそうで悔しそうな顔をしてたんですけど……」
「古い馴染みが引退を考えているようだからな。仕方あるまい」
「えっと、ゼファーさんって人は、引退するんですか?」
「すぐではないだろうが、恐らくな」
そうティファに告げると、ジェームズや深紅の百合のメンバーに武器を渡して説明をしているゼファーのもとへと歩み寄るユウ。
「武器の貸与が終わったら、軽く手合わせ願いたい」
「天下の鉄壁騎士が、こんなロートルと手合わせして得るものなんかあるのかね?」
「無論だ」
「つっても、なぜか最近になって腕を伸ばしてるバシュラムと違って、こっちはもう衰える一方だ。大した意味はないんじゃないか?」
「そうでもない。その年まで第一線で活躍してきたベテランの動きは、経験が浅い俺のような若造には参考になる点が多い。それに、バシュラムさん以外の剣筋や戦い方を弟子に見せてやるだけでも、大いにプラスになる」
「弟子のためとあっては、断るわけにはいかないか……」
そうぼやきながらも、興味深そうな様子を隠さずに武器を構えるゼファー。
ゼファーが承知してくれたことを確認し、自身も武器を構えるユウ。
特に合図もなく、二人の打ち合いが始まった。
「……バシュラムが強くなるわけだ。こんなの相手に頻繁に訓練してりゃあ、ロートルでも強くはなろうな!」
どことなく悔しそうにそう言い放ちながら、あの手この手でユウに食い下がるゼファー。
バシュラムとも違うベテランの手札手管に、普段通りのムッツリした表情にやや嬉しそうな色を浮かべながら対処するユウ。
もう少し若ければ、もう少し腕を磨いておけば、ユウに一撃浴びせられたかもしれない。
そんな惜しい攻撃が幾度も続き、そのたびにゼファーの攻撃は鋭さを増す。
ティファだけでなく、周囲の冒険者達が一人残らず、食い入るように見入る中。
いつしかゼファーの攻撃は、最盛期を何段階も超えるようになっていた。
「……くっ、ここまでか……」
五分ほど手合わせをし、もう少しで何かをつかめそうだというところで、突如踏ん張りがきかなくなったゼファーの足。
どうにか倒れ込むことはこらえたものの、立っているだけでやっとというほどの足の疲労には忌々しさを覚えざるを得ない。
アルトガルーダ討伐と先ほどまでの訓練、両方に参加してユウとやり合うには、ゼファーは年を取りすぎていた。
「年は取りたくねえなあ……」
「基礎鍛錬を増やせば、あと十年は現役でいられると思うのだが……」
「こんなロートルを、いつまでこき使う気だ?」
心底惜しそうにそう告げるユウに対し、ゼファーが苦笑しながらそう返す。
確かに、まだやろうと思えば現役を続けられるだろうが、その場合待っているのは戦地での死だ。
できるなら己の培ったものを少しでも伝えてから、ベッドの上で死にたい。
「……それで、嬢ちゃん。……何か参考にはなったかい?」
「……はい!」
「……ならよかった。せっかくだから、少し試すぞ」
そう言って、不意を打つように武器の柄をティファの目の前に突き出すゼファー。
それを反射的に持っていた杖で受け流し、ゼファーの顔の直前で止めるティファ。
荒い息のまま、ティファの反応の良さと、一連の動作に混じった自身の動きに満足そうに頷く。
孫と言っても通じる年齢の子供に、自分の培ったものの一部を渡すことができた。そのことに常にないほどの満足感を得てしまう。
「さて、これで今日の俺の役割は終わりか……」
そう言って大儀そうに立ち上がると、ゼファーは最後に一言告げるべく、己が武器を託した若者たちに向き合う。
「……ジェームズに百合の。……使ってみれば分かるだろうが、お前達に預けた武器は陸を歩く大物を狩る以外には役に立たん。……あまりあてにするんじゃないぞ」
「いやいやいや。トライホーン・ドラゴディスの討伐が終わったら返すさ。こんないいものをずっと借りっぱなしにするなんて、ティファちゃんの手前みっともないからね」
「今回はありがたくお借りするけど、今後もってことになったら無理してでも買い取らせてもらうわよ。ねえ?」
「そうそう。まだ無限回廊十五層の未熟者っていっても、それなりのプライドも仁義もあるんだからさ」
ジェームズの意地と見栄に同調し、アイネスとマリエッタが冒険者として筋を通すための宣言をする。
普段はティファ関連で事あるごとに対立するジェームズと深紅の百合だが、このあたりの意識や感覚は変わらないようだ。
「……俺がいない間に、ずいぶん楽しそうに遊んだみたいじゃないか」
「……遅かったな」
「さすがにここから麗しき古硬貨亭は遠いからなあ」
ついに足に限界が来て座り込んだゼファーに対し、戻ってきたバシュラムが呆れたような羨ましそうな声で話しかける。
ゼファーがやりそうなことに心当たりがあるだけに、その場に立ち会えなくて悔しかったようだ。
「しかも、めぼしい若手は全部とられちまってるしよ」
「それは、前もって準備してこなかったバシュラムが迂闊なのよ」
「そこまで考えてこの場に来てるこいつのほうがおかしくねえか?」
「うーん、ちょっと否定しづらいかも」
バシュラムのボヤキに、茶々を入れる形で付き合ってやるベルティルデ。
その仲睦まじい様子は、嫁も恋人も作らぬまま男を店じまいしてしまったゼファーにとって、少しばかり羨ましい光景である。
なお、なんだかんだでまだまだ恋人募集中である深紅の百合のメンバーは、いつものことだというのに砂糖でも吐き出しそうな表情をしている。
「っと、じゃれてる場合じゃねえな。武器が行き渡ってないのは新米連中だけか」
「鍛えてやろうか、とか言ってたんだから、ちょうどいいんじゃない?」
「だな。だったら、そういう面でもちょうどいい仕事を振るか。おい、アルベルト! ちょっとこっちに来てくれ! 他の面子もだ!」
バシュラムに呼ばれて、何事かと駆け寄ってくるアルベルト達新米パーティ。
わざわざ新米を呼ぶことに違和感を覚え、深紅の百合もバシュラムのそばに集まる。
素直に集まってきたことに気をよくしたところで、用件を告げる。
「今さっき、ここに戻って来た時に軍から依頼を受けた。明日、嬢ちゃんが物理結界を張った後、魔導大砲をぶち込むことになったから、発射準備から着弾までの十分ほど、やつの足止めをしてほしいそうだ」
「ちょっ! それ、俺達の手に余るどころじゃないですよね!?」
「まあ、普通にやったら、お前達どころか俺達でも死ぬしかないような仕事だな。ぶっちゃけ、ユウかティファの嬢ちゃんでもなきゃ、やつの攻撃は防げても魔導大砲で蒸発する」
「分かってて、俺達にやれって!?」
色めき立つアルベルト達に、ちっと失敗したなと反省しつつ話を続けるバシュラム。
「すまん、話の持って行き方が悪かった。正面からやれば、絶対に死ぬしかない仕事だが、実はいい手段があってな。マリエッタも呼ぶ前から来てくれたから、話が早い」
「ってえと、あたしに何か無茶させるつもりなんだ?」
「無茶っていやあ無茶だが、お前さんならそれほどでもないぞ。俺のとっておきの一つを渡すから、やつに踏ませてほしいってだけだ」
「うわあ、すごい無茶を押し付けられてる! しかも、多分あたしだったらできそうな感じのやつ!」
「できそうだから頼むんだよ。で、アルベルト達に振る仕事は、マリエッタの仕事に邪魔が入らねえように、貸した武器を使って援護してやってほしいんだ」
「……俺達に、できるんですか?」
「その武器を使えば、注意を引いたり一瞬動きを停めたりするぐらいは、な」
バシュラムに言われ、お互いに目配せしながら黙り込むアルベルト達新米パーティ。
「あと、離脱に関しては軍から人数分の転送石をもらえることになってる。マリエッタがとっておきを踏ませたら、余計なことは考えずにとっととそいつを使って戻って来い」
「了解。アルベルト達にはハードだけど、あたしはまあ何とかなりそうかな。ただ、うちのメンバーは一緒じゃダメなの?」
「ゼファーの武器を借りたのなら、魔導大砲発射後の本番で暴れてもらわにゃならんからな。その準備を考えると、ちっとつらいだろうよ」
「じゃあ、せめて念のためにミュリエッタだけでも連れていけない? あたしとアルベルト達、両方のフォローに一人くらいほしいし」
「そうだな。ミュリエッタ、頼めるか?」
「任せて」
バシュラムの頼みを、きりっとした表情で快諾するミュリエッタ。
「なあ、バシュラム。魔導大砲をぶち込むってことは、やつとの決戦は明日になるってことか?」
「そうなるな。まあ、馬鹿正直にアルトの近くに来るまで待ってやる必要もねえってことだ」
「まあ、そうだな」
バシュラムの至極もっともな言い分を聞き、それ自体には納得して見せるゼファー。
ただ、それでも気になる部分は当然出てくる。
「だが、さすがに武器の習熟時間が短すぎないか?」
「なんでも完璧にとはいかないからなあ。その辺は諦めて飲み込むしかないだろう」
ゼファーの指摘に、分かってると言いたげにバシュラムが頷きながらそう反論する。
「とはいえ、足りないって分かってて何の手当てもしないってのもあれだからな。今日はもうしばらく武器の扱いを教えてやるから、明日に差し支えない程度に練習して帰れ」
今となっては他にできることもなく、武器を借りた連中にそう指示を出すバシュラム。
全員の気分が切り替わったのを見て、ティファに一つ頼みごとをする。
「ティファの嬢ちゃん、悪いが標的代わりに硬い石壁か何かを作れねえか?」
「はいっ、やってみます!」
バシュラムに頼まれ、ストーンウォールの魔法で標的になりそうな壁を作り出すティファ。
先ほどのユウとゼファーの手合わせを見て何かをつかんだのか、それともさんざん衝撃波を浴びせられた結果悟りでも開いたのか、今回は規模的にはちゃんと壁ではなく標的という感じのものになっていた。
が、込められた魔力量自体は一切変わっていないため、その余剰魔力が硬度や密度、粘度、弾性といった頑丈さにかかわるパラメーターに過剰に叩き込まれる結果となり……。
「これは、特殊な内部破壊系の攻撃か戦略級の攻撃でも叩き込まん限りは、まず破壊できそうにないな」
「……うう、失敗しました……」
ユウの正確な評価に思いっきりへこむ羽目になる。
「今回はどうせ適当に攻撃を叩き込むだけなのだから、もう少し規模を大きくして、その分強度周りを落としたほうが目的にかないそうだな」
「でも、的にするんですよね?」
「そんなもの、壁の表面に適当に円でも描けばいい」
「あっ」
ユウに指摘され、その視点がなかったことに気がつくティファ。
なお、でかい壁なんて建てたら後々まで邪魔になるのではないか、という突っ込みは誰もしない。
この手の魔法は、込められた魔力が切れるか術者が解除すれば即座に消滅する、という基本仕様が一般常識として知れ渡っているからだ。
仮にそのあたりが変質していたところで、魔法は魔法。ディスペルマジックなどで解除すれば消える、というところまでは変わっていない。
「じゃあ、今度こそ!」
ユウから受けた指摘をもとに、再度ストーンウォールを発動するティファ。
場所は十分余っているので、先ほどの標的を解除するのは後回しである。
生半可な攻撃ではぶち抜けない強度なのは変わらないが、今度はさすがに単体攻撃用の高位魔法あたりなら破壊可能という、今回の試し撃ちには妥当といえる強度に落ち着く。
「せっかくだから、こっちの標的も使わせてもらっていいか?」
無事に壁ができ、いざ指導というところで、同じように自分達の後輩に武器を貸し出していたベテランが、そんなことを言ってくる。
「ティファが構わんのであれば、好きにすればいいと思うが……」
「えっと、別に消さなきゃ困ることも特にないので、好きなように使っていただいていいですよ」
少し考え込んで、そんな風に許可を出すティファ。
「ありがたい。一度、安全な状況でこいつの全力攻撃を後先考えずにぶっ放してみたかったんだ。これでなかなかの威力がありそうだったら、バシュラム達にフォローしてもらってあのくそドラゴン相手に叩き込んでやるのもありだな」
そう言って、喜々としてティファの作った標的に全力攻撃を叩き込むベテラン。
標的こそ小動《こゆるぎ》もしなかったが、それでも見るものが見ればそのすさまじい破壊力は分かるもので、
「すごい攻撃を持ってるわね」
「俺も負けてられねえな」
「せっかくの機会だ。バシュラムの槍みたいにチャージに何日もかかるって類以外で、今まで検証する機会がなかったやつを試さないか?」
他のベテラン達もいろいろ試しはじめる。
その結果、思いのほかよさそうな手札が発掘され、トライホーン・ドラゴディス討伐のための戦術がどんどんと洗練されていき、今までになく冒険者達の士気が高まるのであった。