All Affirmative Slave Girls: Ten Minutes a Time 1000 Lynn

All affirmations and second editions of the reporter

 表通りからは離れた路地裏に、閑静なバーがある。

 地下にある入り口に、看板もない店構え。まるで人目から隠れるようにひっそりと経営している店に、二人の男が座っていた。

「この間は散々だったね、ボルケーノ」

「まったくだぜ。国が崩れようと、あの聖女様の頭のおかしさだけは揺るぎねえよな」

 『勇者』ウィトン・バロウとカーベルファミリーの兄貴分、ボルケーノである。

 二人はついこの間に行われた、一人の少年とともに向かったダンジョンの苦労を酒と共に分かち合う。

「しかしよう、ウィトン。治安維持隊のトップ様が、俺なんかと会っていいのかね」

「そうだね。バレれば明日の大ニュースになる」

「それはそれで面白そうだな。どっかの記者にリークしてやろうか」

「勘弁してくれよ」

 ウィトンが苦笑し、ボルケーノはけらけらと笑う。

 ボルケーノは革命時の仲間の一人だった。腕っぷしこそ勇者に一歩譲ったが、情報収集や裏に顔を通じており、全体の頼もしいサポート役をこなしていた。

 彼がカーベルファミリーの一員だとウィトンが知ったのは、革命が終わってしばらくたってからだ。

 どうしようもなく、全部が終わったあとのことだ。

「で? 聖女様が相変わらずで、お前も元気そうなのはわかったけどよ。あの騎士気取りはどうしてんだ?」

「国外に行ったよ。彼女は家系からして、もとは熱心な皇国主義者だったんだ。……あの子のことを知ったら、耐え切れなかったみたいだね」

「そうか」

 ボルケーノは、やりきれないといった顔で酒を喉に流し込む。

 誰が悪かったのか。あの皇国最悪の十年の元凶は、なんなのか。世間的にやり玉にされているのは、最後の皇帝だ。実際のところは、いちいち上げていけばキリがない。

 それでも原因を追究していきあたるとしたならば、この二人にとっての革命の元凶は一人の男にたどり着く。

「あの伝令官は、どうしたんだ」

「死んだよ」

 ボルケーノは素っ気なく答えた。

 それに、ウィトンはそっと目を閉じる。

「そうか。……君が?」

「いいや。あいつ自ら手を下した」

「……そうか。それで、その後にあの子たちを利用していたのが、君だったとはね」

「利用か。まあ、確かにその通りだな。俺が利用した。だがよぉ、ウィトン」

 剣呑な目つきでにらむ。

「お前に、あいつらの何が分かる?」

 ボルケーノの声には、たかが正義を掲げた程度での反論は許さないという圧があった。

「真実なんてものが下らねえってことくらい、事実なんてものがどうしようもねえってことくらい、俺たちはわかってるはずだ。俺はあのガキどもを利用した。あのガキどもは俺を利用した。それだけのことなんだよ」

「言い訳だ。それだったら、君が終わらせていればよかったんだ。裏社会のファミリーをまとめ上げた時点で、『騎士隊より厳格なる必要悪』なんてものはなくせばよかった。いつまで、あの子達を掲げるつもりだ」

「……うるせえ」

 声が弱かったのは、彼にも自覚があるからだ。

 年端もいかない子供を利用した。力があったからと、彼女たちが望んでいたからと、あの時に要求を受け入れてしまった。その負い目が、ボルケーノにはある。

 止めるべきだったのに、断れなかったのだ。

 兄の敵を討ちたいと、頼んできた彼女たちを。

 その悔恨を、見透かされたのだろう。

「ボルケーノ」

「なんだよ」

「裏切れ」

 穏やかな顔のまま、静かに言った。

「カーベルファミリーから――いや、カーベルファミリーだけじゃない。すべてを裏切って、こちら側につくんだ」

「……冗談だろ」

 笑い飛ばそうとして、勇者の真剣な顔に気がついた。

「近々、この都市の神殿の司祭が一人、入れ替わる」

「なに?」

「ダンジョンの管理司祭なんだけどね。イーズ・アンが来てからひどくストレスがたまっていたようで、前々から転勤を申しでていたんだ」

「ふうん」

 さもありなん。この現代で、原典至上主義を掲げている上に自分より権威が強いという理不尽な部下がいたらストレスのたまり方は尋常ではないだろう。もちろん、誰も同じ立ち位置に着きたいはずがなく、転勤願いは却下され続けたというわけだ。

 話題の転換に戸惑いつつも、相槌を打つ。

「で、代わりになる生贄は誰だよ」

「ジークだよ」

「そりゃ、また」

 意外な人物に、目を瞬かせる。

 ボルケーノも勇者の交友関係は一通り知っている。ウィトンの友人であるジークは、いまは冒険者をやっているが神殿にも縁が深い人物である。実績もあり、敬虔な信者でありつつも深い学識を持つ。

 その彼が、神殿所属の司祭になる。治安維持部隊の指揮を執っているウィトンと友人である彼が教会に入るという意味は、決して小さくはない。

「まだ先の話になるけどね。内々で、ほとんど決まっている。ジークもそろそろ、冒険者を引退する歳だ」

「治安維持隊と神殿とぶっといつながりができるな」

「そうだね、ボルケーノ。さっきの答えはどうする?」

 ウィトンの穏やかな表情は変わらない。

「君は優秀だ。そして何より、良心がある。だからこっちへ、来い」

「……ダメだ」

「どうしてだい?」

 それには答えない。ぐいっと酒をあおる。

 良心がある。その通りだ。昔からそうだった。良心などと言えば聞こえはいいが、結局自分は甘いのだ。

 だからこそ、彼はあの少女二人の願いを聞いてしまったのだから。

「あいつらに、押し付けるわけにはいかねえんだよ」

「そうか」

 ゆっくりとウィトンが立ち上がった。

「残念だ、ボルケーノ」

「お前がつくれよ。必要悪なんてものがいらなくなる、騎士隊を」

「もちろんだ」

 頷いて、ウィトンは店を出た。

 友人として、あるいは仲間としては、二度と会うことはないだろう。

 かつて仲間だった二人は、袂を分かった。

 家にウィトンがいないということで、女性二人はリビングで飲み会をしていた。

「いい、ミュリナ。自分から捕まえにいきなさいよ」

「うん」

 ちびちびとなめるように飲んでいるミュリナは神妙に頷いた。

 こちらはぐいぐい飲んでいた女剣士はだいぶ酔っているのか、ぐだぁっとミュリナの肩にもたれかかってくる。

「レン君はそんなのじゃないと思うけどね、待っているだけだとね、数年以上も放置されるとか、あるのよぉ!」

「うんうん。お兄ちゃん、最低よね」

「ほんと、あのバカは何年待たせたと思って……あ、でもいいところもあるのよ? 昔から優しいし、なんだかんだで約束は破らないし」

「うんうんうん。そうよね。いいところもあるね」

 愚痴に付き合いつつ、のろけに付き合う。お酒で絡んできている酔っ払いの言葉は否定してもなんにもならないので、あくまですべてに頷いて全肯定するマシーンに徹する。

 酔うと意外と面倒臭いんだなぁと、内心で苦笑した。

「第一ね、レン君だって悪い子じゃないし、他に狙っている子が出てくるかもしれないんだから。まだこの町に来て一年も経ってないからそこまで知り合いもいないみたいだけど、どんどん人脈が広がったら、その分だけ、レン君だって女の子と知り合うようになるかも知れないのよぉ? ライバルができる前に、捕まえないとぉ」

「……う」

 もういる、とは言えなかった。奴隷少女ちゃんなる、イチキの姉だ。

 わかりやすいミュリナの反応でライバルがいることを察した女剣士は「あらあら」と目を見張る。ミュリナは眉をしかめて、ちょっと多めにコップの中身をあおった。

 言われてみれば、自分はこの町に来て一番最初にレンと会った同世代だったはずなのだ。そのアドバンテージを活かせなかったのは、つくづく惜しい。

 だがミュリナにだって言い分はあるのだ。

「だって、最初はこんな好きになるなんて思ってなかったのよ」

「……ふふ、そうね」

 いじけた口調のミュリナを、女剣士はかわいいなぁと思いながらよしよしと撫でる。

「好きになるって、不思議よね。なら、なおさらよ。ほっといたら、レン君が好きな子が増えちゃうかもしれないから。しっかり捕まえるのよ?」

「頑張ってるもん」

 子供っぽく言って、つんっとそっぽを向いた。

 それでも改めてちゃんとアタックしよう、とミュリナは攻めの決意を新たにした。

 これ以上、ライバルが増えたらたまったものではないのだ。

 その頃、ミュリナのライバルこと奴隷少女ちゃんは、自宅でイチキにレンから渡されたものを確認してもらっていた。

 イチキは姉から渡された紫色の結晶を矯めつ眇めつ、少し時間をかけて恩寵の内容を解析した。

「これは、また……珍しいものでございますね」

「……そうなの?」

「はい。これはゆるしの恩寵でございますね」

 正確に恩寵の内容を言い当てたイチキは、姉の手に返す。

「……どういうもの?」

「少し神学的な意味が強い恩寵でございます。この国では……というか、教会原典による解釈によれば、許しとは一方的なものであってはならないとされているのは、ご存知ですか」

「……知らない。どういうこと?」

「つまりは、許す方が上であってはならないということです。許すほう、許されるほうがともに対等であるために、許す人は、相手に対して等しく己も罪を吐き出さねばならないとされています。同時に許されるものは、許すものと対等な立場に上がるべく苦難の道を歩み、ゆるしの祝福を得る――と、まあ、その神学論の結晶でございますね」

 むう、と顔をしかめる姉を見て、イチキは苦笑する。

 いまいち教会、教典の原理は理解が及ばないのは仕方がない。道理に沿っているとは思えないような風習が多いのだ。

「教典などしょせんは古代の規範ですから、かつては意味があったもの儀礼的なものとして残っているにすぎません」

 ゆるしの恩寵は、もの自体の力は大したものではない。発生からして個人の範疇に収まるものなのだ。

 ただ、これが生まれる場所に関しては生半可な領域ではない。

「けれども姉さま。これはダンジョンの最下層で生まれるようなものでございます。なぜ姉さまがそれをお持ちですか?」

「……えっと」

 ダンジョンの最下層といえば、人の感情の修羅が集う煉獄だ。準備を万全にしたイチキでも、単独で向かえば無事ですむ保証はない。

 隠すようなことでもないので、奴隷少女ちゃんは事情を話す。

「まあ!」

 一部始終を聞いたイチキは、手を当てて目を輝かせた。

「例の殿方から頂いたのですか。律儀な方でございますね!」

「……そうかなぁ」

「そうでございますよ! 神学論に惑わされず、姉さまの心情をおもんばかってくださったのではありませんか!」

 にこにことテンションを上げているイチキにうろんな視線を向ける。

 どうも自分が「兄に似ている」なんて言ってしまったせいで、イチキの中で会ったこともないレンに対しての評価がうなぎ上りになっている気がするのだ。

「しかもダンジョンの最下層にたどり着き、帰還されるとは……ますますもって、見上げた殿方ではございませんか!」

「…………そうかなぁ?」

「そうでございますよ!」

 上機嫌になった妹に、姉の奴隷少女ちゃんはちょこん、と唇を尖らせていた。

 割とロクデナシなことをしっかり伝えておかなければ、かわいい妹がたぶらかされそうである。

 いまここでレンの悪行三昧を聞かせて幻滅させなくては気合を入れた時、玄関が開いた。

 誰かと思えば、ふらりと入ってきたのはボルケーノだ。

「よお、元気か」

「……ボルケーノさん」

「どうされましたか? 今日は、事前の連絡はございませんでしたが」

「おう。少し、様子を見に来ただけだよ」

「……酔ってる」

 赤ら顔のボルケーノに、奴隷少女ちゃんは嫌そうな顔を向ける。

「ああ、ちょっと知り合いとな――って、そりゃ、レンから受け取ったのか」

 奴隷少女ちゃんが持つ紫色の恩寵に目を止めたボルケーノの言葉に、奴隷少女ちゃんは目をぱちくり。

「……知ってるの?」

「まあな。最深部に行くまで俺も一緒に付き合ったからな。ちょっと事情があって、勇者時代のパーティーの三人が揃ってたぞ」

「……ふうん」

 なるほど、合点する。

 道理でレンがダンジョンの最下層まで行けたわけである。護衛と先導付きだったのだ。

「ま、レンが使わなかったのならお前が好きにしろよ」

「……うん」

 とりあえず恩寵をどこかにしまおうと、奴隷少女ちゃんは自分の部屋に戻っていく。

 姉の目がなくなったことのを横目に、イチキはボルケーノの袖を引いた。

「ボルケーノさん、ボルケーノさん」

「なんだ?」

「そのぅ……『レン様』について、少しお伺いしたいことがございます。よろしいでしょうか」

 少し頬を染めたつつましいお願いごとに、レンの野郎やっぱり一発ぐらい殴った方がよかったなぁと思うボルケーノだった。