「ありがとう……本当にありがとう! なんといって感謝すればいいか」
「ありがとうございます」
助けた親子、父のアランと息子のリックからお礼を言われた。
「それよりも、飲まれた村はどうなってる」
「分からないんです」
一度はダンジョンの出口まで逃げてきたリック、現状の情報が欲しくて彼に聞いたが、眉をしかめられた。
「分からない?」
「最初はダンジョンの中にみんないたんですけど、何回かダンジョンの形が変わって、その度に家ごとみんなとはぐれてしまって」
「家ごとってどういう意味だ?」
「うちがダンジョンのいろんな場所に飛ばされてたんですけど、三回目の時に隣の家がなくなってて」
「メイさんちがか?」
アランにリックが頷いた。
「どうしようかって思ってたんだけど、最後に飛んだところで外からの光と人の声が聞こえたから家をでてダンジョンから逃げだそうとしたんだけど、そこにモンスターがいて、なんとか逃げたんだけどやられて、入り口のところで力尽きたんです」
「なるほど」
ダンジョンの入り口を見るに、ここに呑み込まれた民家は十軒は下らない。
それがまとめて同じところにあるんだって思ってたけど、今の話を聞くと人間が立ち入って、ダンジョンの構造が変わるたびに集まっていた民家がばらばらに飛ばされてるようだ。
状況は思ったよりよくないのかも知れない。
☆
アランとリックを護衛してダンジョンを出た。
途中であの小さい悪魔みたいなモンスターが三回現われたが、全部瞬殺でさきを進んだ。
初めてのダンジョン、しかも構造がめまぐるしく変わるからちょっとだけ迷子になりかけたが、無事二人を外まで連れ出すことが出来た。
「アランさん! リック!」
「二人とも大丈夫なの!?」
「助かってよかったねえ」
村人が二人にかけよって、輪を作って口々に生還を祝った。
一方でアリスとイヴがおれのところにやってくる。
「お疲れ様リョータ」
「まだ中に人が取り残されてるから入ってくる」
「あのね聞いて、さっきもう一人助かったんだ」
「逃げてきたのか?」
「ううん、リョータが入った時ダンジョンの構造がまた変わったんだけど、それで入り口にその人が現われたんだ」
「そうか、その人がいる場所ごと入り口付近に飛ばされたって事か。リックよりも入り口近くに」
「運がよかった」
イヴが淡々と感想を述べた。
確かに運がよかったな、おれがダンジョンに入った事で要救助者が入り口付近に飛ばされてきたのはひたすら運がいいとしか言えない。
「もう一回入る、まだ何人残ってるんだ?」
「うんとね、今リック出てきたから、あと13人」
「おおいな……一箇所にいてくれるといいんだけど……それは無理か」
これまで助け出せた村人の状況を思い返すと、ダンジョンの中でばらばらになっていると思った方がいい。
「うさぎも行く」
「そうだな、たのむ。モンスターは大して強くない、イヴなら余裕だろう」
「ん」
「あたしは?」
「あれはアリスには厳しい、外で待っててくれ」
「……わかった。そうする」
アリスをそこに残して、おれはイヴと共に再びダンジョンに入った。
☆
モンスターを蹴散らしてダンジョンを進む。
おれが先にはいって、イヴが後から入った。
その差はわずか一歩なのだが、先に入ったおれはイヴが入った瞬間ダンジョンのどこかに飛ばされた。
誰かが入るたびに構造が変わるローグダンジョン、やっぱりやっかいだ。
どうにかして効率的な攻略法、つまり救出方法はないかと頭を巡らせながら先を急ぐ。
構造が変わり続けてるから、総当たりするしかないと思ったおれは、ダンジョンの壁に右手を当てるようにして、右へ右へ進んでいった。
たしかこの方法ならいつかはザッピング――踏破出来るはずだ。
そうしてモンスターを倒しながら先に進む。
「――さん」
遠くから人の声が聞こえた。
声が聞こえた瞬間駆け出した、角を二つ曲がっていくと、地面にすわって大泣きしている女の子の姿が見えた。
小学生くらいの子供は膝を抱えて泣きべそをかいている。
「お腹減ったよ……寒いよ……」
「おいキミ!」
「――っ! お、おじさんだれ?」
「おじっ――」
一瞬言葉につまった。心の準備してないときにおじさんって言われるのはちょっときつい。
動揺した心をサッと切り替えて、女の子に駆け寄った。
「大丈夫か? どこか怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。キミの名前は?」
「メル」
「メルか。よしメル、今から外にでるぞ」
「でも怖い悪魔が一杯いるよ。動くとみつかるんだよ」
「動くと見つかる?」
「うん! じっとしてるとこっちの事が見えないみたいなの」
「そうだったのか!?」
それは気づかなかった。
いや、気づきようもない。
ダンジョンでモンスターと遭遇すると、先制攻撃までは行かなくても戦闘準備は反射でしてしまうからな。
じっとしてる、なんて選択肢はもうないから相手がそんなだるまさんが転んだ特性を持ってたとしてもおれには絶対に気づかない。
「だからじっとしてたの」
「そうか。それはよくやった。さあ外にでよう」
「でも悪魔……」
「大丈夫だから、さ」
女の子を立たせて、彼女を守って歩き出した。
更に右手を壁にして進んでいく、途中でモンスターが出て、弱い方のメルを狙ってきたがどっちも瞬殺した。
二十分くらい歩いてようやく出口にたどり着けた。
外にでると、アラン親子の時と同じ村人がメルに集まった。
若い女がメルに抱きついた。抱きついて涙を流す若い女はメルの母親だった。憔悴した若い母は娘の無事を涙して喜んだ。
それを尻目に、アリスに声をかけた。
「あと何人だ?」
「12人だよ」
「イヴは見つかってないか出てきてないのか。くっ……これじゃ時間がかかりすぎる」
「ばらばらになっちゃったのが痛いね」
「人海戦術を使えればなあ。クリントはダンジョン変わるから少数精鋭の方がいいっていったけど、ダンジョンの中でばらばらになってるから大量投入のがよかったな」
「村のみんなに入ってもらう?」
「ここのモンスターはそれなりに強い」
「どれくらい強いの?」
アリスの肩に乗ってるホネホネとプルプルが目に入った。
「ホネホネかプルプルの五倍くらいは強い」
「それはつよいね……」
「正直入ったら二次遭難する。やめた方がいい……ああ、村人が全員冒険者だったらすぐにでもカタがつくんだがな」
頭の中にある光景が浮かんだ。
リックやその後の村人が逃げてきたのと同じように、誰かが入れば遭難している村人が入り口近くに飛ばされてくる可能性がある。
「自分の身を守れる冒険者が大量にいたら、一人ずつ投入してダンジョン変動を逆手にとれたのにな」
「それだと早いね!」
「無い物ねだりしてもしょうがない。もう一回入ってくる」
「まってリョータ、やっぱりあたしも入る。リョータ一人じゃ時間がかかりすぎるよ」
「だがしかし」
「大丈夫、ホネホネとプルプルが一緒だから。自分の身くらい守れるよ」
「……そうか。だったら一つだけ教えておく。どうやらここのモンスターはじっとしてるとこっちの姿が見えないみたいだ。いざって時はじっとしてろ」
「分かった。ホネホネもプルプルもいい?」
アリスの肩で二体がカクカクしたり、ぴょんぴょんしたりしていた。
普段からずっとそうしてて愛嬌のある動きだが、今はそれがよくない。
が、アリスの言葉に従って二体とも動きを止めた、止められるんなら問題は――。
「――え?」
「どうしたのリョータ?」
「……アリス、ホネホネとプルプルって、変身から戻った時はどうなるの? それか倒されたとき」
「どうなるって?」
「どこにいるの?」
「あたしのところに戻ってくるよ」
アリスはそう言ってホネホネを大きくした。
大きくしても、デフォルメされた愛嬌のあるスケルトン。
それがカクカクしながら十歩ほど歩いて離れてから、すぅと消えてアリスの肩に戻った。
「前にやったじゃん? ホネホネがプルプルと戦ったとき」
「そうだったな……なあアリス」
「なに?」
「ホネホネたちが入って……ダンジョンは変わるのか?」
「え………………あっ!」
おれに少しおくれて、アリスもその光景が見えたようだ。
おれ達はダンジョンの入り口に駆け寄った。
いきなり走り出したからどうしたのかと村人も集まってきた。
「アリス」
「うん。お願いホネホネ」
もう一度スケルトンになったホネホネ。見た目がデフォルメされているせいかモンスターが出ても村人たちは怯えなかった。
ホネホネはダンジョンにはいって――姿が消えた。
「一緒だな!」
「うん! リョータとイヴちゃん、それにアランさんが入った時と一緒」
「戻せるのか?」
「ちょっとまって――お帰りホネホネ!」
アリスの肩にホネホネが戻ってきた。
「いって、プルプル」
今度はスライムがダンジョンに入って、消えて、ダンジョンの構造が変わった。
そして、戻ってくる。
「いける! これをずっと出来るかアリス!」
「うん! 二人ともお願いね!」
アリスは仲間のモンスターを次々とダンジョンに送り込んだ。
10秒間に一回のペースでダンジョンの構造を変える。
それが十回目になったとき。
「クラウさんの家だ!」
「モンスターに襲われて燃えてるぞ!」
「助けねえと!」
入り口のところに炎上している民家が見えた。それだけじゃない、あの悪魔の様なモンスターが火をつけたり建物を壊したりしている。
それをみて、村人が一斉に走り出すが。
「入るな! ええい先走ってもう!」
声が届かない村人たちにとっさに拘束弾をうった。
光の縄が村人たちを縛る。
「なんだこれは!」
「離せ!」
頭に血が上った村人たちは放置して、今度は追尾弾を込める。
ダンジョンの外からは狙いつらくて、たまに物陰に入ったりするからこれしか使えなかった。
追尾弾を12連射、弾は不規則な軌道を描いてダンジョンに飛び込んで、小悪魔を打ち落とす。
「だれかそこにいるか?」
ダンジョンの外から呼ぶ、すると炎上している建物の中から中年の婦人が出てきた。
顔がすすだらけで咳き込んでいるが、自力で歩けるようだ。
クラウと呼ばれた女性はふらふらとしながらもなんとかダンジョンを出た。
「約三分でもう一人……このペースで行くぞ」
「うん!」
アリスは次々と仲間のモンスターを送り込んでダンジョンをかえた。
構造が変わるのはランダムらしく規則性は分からないが、数をうった。
十回から二十回あたりで入り口に呑み込まれた村人が転送されてきて、おれは一緒にいるモンスターを外から倒したり、負傷している村人に回復弾を撃ったり、それでも動けない人にロープを投げ込んで引っ張り出したりした。
ここに来てようやくおれ達がやってる事を理解した村人たちは落ち着きを取り戻して、ぜんぶおれ達に任せてくれた。
それから一時間くらいかかって、最後の一人が助け出されると。
村人はおれとアリスを囲って、歓声と感謝を連呼してきた。
ちなみに。
「低レベル大嫌い」
なんの説明もなく、ダンジョンの中で100回以上構造変化をやられたイヴに思いっきりチョップで頭を叩かれたのだった。