自分の家から出発して村の広場へと向かうと、いつも通り狩猟人のローレンさんとその弟子であるカイルが並んで立っていた。

二人共今日は山に入るからか、念入りな装備だ。ローレンさんの腰には短剣ではなく、護身用の長めの剣を腰に装備している。カイルも小さめではあるが同じように剣を佩いており、投擲できるような投げナイフをベルトで太ももに巻き付けてある。

恐らくローレンさんに入念に準備してもらったのだろう。カイルは小柄なので投げナイフや短剣を使う方が身体に合っているしな。

ローレンさんは俺に気付くと、大きな腕を振って大声を上げる。

「おっ、アルド! こっちだー!」

「うるさいです。師匠は図体がデカいんですから大声を上げなくてもわかりますよ」

「図体がデカいってなんだ。それが師匠への言葉か?」

隣りでカイルが耳を塞ぎながら言い、ローレンさんがにじり寄る。

いつも通りの凸凹コンビの師弟関係が微笑ましい。

「おはようございます、ローレンさん、カイル」

「おお、おはよう」

「おはようございます」

俺が挨拶をすると、二人はピタリと言い争いをやめて返事する。

そんな動作がまた息ピッタリでクスリと笑いそうになる。

微笑ましく二人を眺めていると、不意にローレンさんがこちらに顔を近づけてくる。いかついローレンさんの顔が間近に迫ってくるのが不気味で、俺は二歩後ろに下がる。

「な、なんですか?」

「……朝から幸せそうな面をしてやがるな。さてはアレだな? フローラに見送ってもらう時に行ってらっしゃいのチューとかしただろ?」

な、なんでわかったのだろう? レッドベアーを倒した時といい、この人やっぱり妙に鋭い時があるよな。

「あー、この顔はしてますね」

じっとりとした視線を向けながらそう言ってくる二人。

「どうして、そんなことが……」

「そんなものは顔を見ればわかりますよ」

カイルに指摘されてハッと顔を手で押さえる。

それほどまでに表情が緩みきっていたというのか……。

「……俺の嫁も熱々の時は恥じらいながらしてくれたんだけどな。魔物がいるから奥の森には行かないでって……」

「今朝は洗濯棒でお尻を叩いて送り出していましたね」

どこか遠い目で呟くローレンさんと、無情な現実を叩きつけるカイル。

俺もいたたまれなくなって、どう声をかけたものか迷い、無言でいることにした。

「くっ、何だよ。その憐みの視線は。別に俺にはミーアがいるから寂しくなんかねえからな!」

「そのミーアちゃんも、いずれは師匠を疎ましく思うようになって……」

「やめろよな! うちの優しいミーアがそんな事を思うはずがない!」

ミーアちゃんは元気爛漫な五歳。そろそろ六歳だし、女性としての感覚や父親との距離感を再認識して改める年頃だろうな。

「アルドも余裕な顔でいられるのも今のうちだからな? 結婚して子供が生まれればフローラだってお前に冷たく――」

「うちのフローラはそうはなりません」

「師匠、僕もそう思います」

失礼な事を言ってくるローレンさんにきっぱりと否定してやる。

カイルも同意見だったのか、即座に肯定してくれた。

「やめろ。俺も言っている途中にあり得ねえって思っちまったよ」

「なにせ昨日も往来で、フローラが大好きだ! とか言ってましたからね」

「おい、その話を詳しく聞かせろ。村に広めてネタにしてやる」

「ちょっ、やめてくださいよ。それより早く移動しましょう!」

幸せの妬みを買ってしまったからか、道中ではローレンさんとカイルにひたすら弄られた。

西の森へと到着いた俺達は、奥にある山を目指すべく足を進める。

「さて、今日は収穫祭で豪勢な食材を獲るために奥の山を目指す。アルドは奥の森に入るのは初めてか?」

「レッドベアーを討伐した後に、様子を見るために軽く境界の辺りを見ただけですね」

「そうか。かあ、今日は二人共初めてってことになるな」

「え? カイルも初めてなんですか?」

カイルはここで何年も狩猟人をやっているからとっくに入ったことがあるものだと思っていた。

「ああ、こいつはまだ見習いだから森までだ。でも、最近はちょっとはマシな動きをするようになったから試してみんだよ」

「はいはい、頑張りますよ」

素直に実力が上がったと褒めてあげればいいのに、相変わらずカイルに素直になれないようだ。

「まあ、簡単に森と山の違いを挙げると、動植物の生態が違うこと。魔物が多いこと。森に比べて斜面や崖が多いのが大きな特徴だな」

魔物が多いということは、それだけ魔物が住みやすい環境があるということ。普段、人や草食動物が出入りする森と生態が変わるのは当然のことだ。

「足場が悪いことは勿論、魔物と突然遭遇して襲ってくることがある。まあ、レッドベアーを倒せる元冒険者のアルドは心配ねえが、カイルは注意しろよ?」

「……わかってますよ」

「本当か? そんな強気の台詞を言っている奴に限って、魔物に襲われてチビるんだぜ?」

「粗相なんてしません」

念を押すように言ってくるローレンさんの言葉に、カイルが不満げに返事する。

ローレンさんは師匠として純粋に注意しているのだが、その心配が届いているかどうか。ただのからかいと思われてるのではないだろうか?

まあ、ローレンさんの煽るような言い方をしているせいもあるが。

少し心配になったので、俺はローレンさんの隣に寄って小さな声で尋ねる。

「ローレンさん、カイルの魔物との戦闘経験は?」

「……あるにはあるが、遠くからはぐれのゴブリンを矢で撃ち抜いただけだ。間近で戦ったことは一度もねえ」

「それはちょっと心配ですね」

一般的な村人や狩猟人であれば、大体はそんなものだ。

だが、遠くから矢で仕留めたことと、実際に魔物と間近で戦い、殺意を跳ねのけながら仕留めたという経験の差は大きい。

魔物との第一段階の壁は、相手の明確な殺意を乗り越えられるかによるのだから。

鋭い牙や爪、体躯を持った魔物から本気で殺意をぶつけられるのは怖いもの。それを乗り越えることができなければ指一本動かす間もなくやられてしまう。

故に魔物と対峙できる強い心は必須なのだ。

しかし、カイルの場合は使っている武器が弓ということもあって、その殺意を浴びることなく一方的に倒してしまっている。間近で殺意を浴びたことはない。

魔物と遭遇した際に、カイルがそれに耐えられるか不安だ。

「俺も細心の注意を払って見るつもりだ。すまねえがアルドも気にかけてやってくれ」

「ええ、勿論そのつもりです」

カイルは同じ狩猟人仲間だからな。元冒険者としてしっかりと見守ってやるつもりだ。初心者の失敗を拭うのが、経験者の務めだからな。

まあ、子供の癖に憎らしいほどに冷静なカイルならば、涼しい顔で対処してみせそうだけどな。魔物を見て怯える感じではなさそうだ。

「普段からその優しさをカイルに伝えてやればいいんですけどね」

「へっ、優しさなんかじゃねえよ。村でも貴重な狩猟人が減ると皆が困るからだぜ」

俺がそう言ってみるも、ローレンさんは鼻息を漏らしてノシノシと先に進んでしまう。

まったく、いつになったら二人は素直になってくれるのやら。フォローするこちらが苦労することになりそうだ。