An active hunter in Hokkaido was thrown into another world.
77. How to fight Tyrannosaurus
王都で買ってきた恐竜図鑑……もとい、魔物図鑑を読みます。
いやあ面白いですねえ。毒ヘビ、毒ガエルからティラノサウルスまで。
ホントにこんなのいるの? って感じ。
「ダイノドラゴン」、どこからどう見てもティラノサウルスですね。
この世界での最大で最悪の魔物がコレです。
手がちっちゃいです。全長15ナール。つまり12~13m。
しっぽを引きずってる絵じゃなく、ちゃんと体を水平にして二足歩行している絵が載ってるってことは、こうして歩いているところを実際に目撃されたことがあるということです。化石から想像した生物じゃありません。ティラノサウルスが尻尾を引きずらずに水平二本足で歩いていたというのは現代になってコンピューターによるシミュレートができるようになってからの説だったかな?
こちらでは伝説で勇者が倒したとか。
聖書も併せて読みますと、これが魔王だったことがあるんだそうです。
もう五百年以上前になりますか。
この世界の魔王は時代時代で違いまして、オオカミだったりクマだったりが知性を持って人語を操り魔物を従えて人間を襲わせるんだそうです。
そうしたいろんな魔王のうちの一つがティラノサウルスだったわけですか。
「ナノテスさんナノテスさん、応答願います。こちら中島」
”はいー、ナノテスでーす。お久しぶりです中島さん!”
「御無沙汰しております。あの、実は先日、プテラノドンを駆除しましてね」
”ぷっ”
「……いや笑い事じゃないですよ」
久々に女神ナノテスさんとデジタル簡易無線機で通信します。
今サランはカノちゃんの家にいって一緒に毛皮の帽子づくりしてます。
”だって普通プテラノドンと戦ったなんて話する人いたら笑うでしょ”
「あなた異世界の女神様なんですよね」
”あっはっは。申し訳ありません”
「どうしてこの世界、そんな恐竜が生き残ってたりするんですか?」
”地球では昔パンゲアという大きな大陸があって、そこから大陸が移動して現在の姿になっているのはご承知ですね?”
「はい。ウェゲナーの大陸移動説(プレートテクトニクス)ですね」
”博学ですね中島さん。さてこの世界はですね、その地球が生まれた時の大きな大陸が複数ありまして、その一つがまだ手付かずのまま残されていて恐竜とかがいまだに住んでいる場所があるんですよ。哺乳類との住み分けができているんです。恐竜が絶滅するような大騒ぎがこの世界では起きてないってことですね”
「大騒ぎってなんですか」
”巨大隕石が落ちて氷河期になるとか”
「それを『大騒ぎ』で済ますのはどうなんですかナノテスさん……」
進化ってちょっとしたことでいくらでも別のパターンがあり得たんですね。
哺乳類よくぞ生き残ってくれました。
「で、この世界にはまだマゼランみたいに世界一周した人がいないと」
”その通りです。この世界の人間のレベルではまだ外洋に漕ぎ出すだけの造船技術がありませんで、世界一周などまだ果たされておりません”
……西暦1500年以前のレベルですか。
文化文明の進み具合も差があります。僕らの住んでいた世界より早く発達しているものもあれば、遅れているものもあるんですよね。
「コロンブスのような新大陸発見もまだ行われていないと」
”そうです。この先そういう冒険者が現れて新大陸発見したら驚くんじゃないでしょうかね。恐竜だらけで”
それなんという恐竜パラダイス。
ちょっと行ってみたいです。
「プテラノドンがいたのは、渡り鳥みたいにこちらに渡ってきた連中だと」
”そうですね。プテラノドン飛べますから、こちらの大陸に迷い込む個体がいることはまああるでしょうね”
「……この聖書にあるティラノサウルスが魔王ってのは?」
”この世界に不安定に現れるワームホールを通って、やってきたということになります”
「知性を持って人語を解し、魔物を操って人を襲うとありますが?」
”まあそのへんは勇者の英雄伝説ですから、多少のフカシは入ってます。まあケモノとは言ってもそこはワームホール通ってきた魔王ですから、魔王出現と同時に魔物が狂暴化して人間たちをいっせいに襲ったりはするようになりますが”
「それって魔王があらわれて魔物が人里まで逃げてきてるってことはないですか」
”あー、あるかもしれませんね!”
なんだそれ。伝説がどんどん陳腐化してるような気がします。
「……まあエルフの伝承でもそうなってますがね。で、他にもミドルドラゴンとかリトルドラゴンとかこの魔物図鑑にも載っているわけですが、これどう見てもトリケラトプスとディノニクスですよね」
”そうですね”
「ワームホールですか……。それって地下道みたいなもの? それとも物理現象の一つ?」
”時空の変異ということになります”
「どういうオカルトですか」
”まあ地球でも神隠しとか異世界転生とかあるじゃないですか”
「……僕がそれ疑問に思っちゃいけないんでしょうねえ。現にこうして異世界来てるんだから」
”そうですね”
「それを通ってこちらにやってくる恐竜が、いわゆるドラゴンと」
”はい。ワームホールの影響をいろいろ受けるのでいわゆる魔物化してより大型化する場合もあります”
ふーむ。
「勇者ってそれ倒したことがあるんですよね」
”はい”
「聖書には書かれていないんですけど、どうやって倒したんでしょうね」
”強力な魔法ですね。電撃魔法とか”
「なるほど……。この世界にはとんでもなく強力な魔法があると」
”はい。中島さんもお気を付けください”
「……善処します。で、今後僕がティラノサウルスと闘うなんてことはあるんでしょうか?」
”それはわかりませんけど、あり得ない話じゃないです。今でも恐竜はたまにこの国に現れていますから”
そういえばだいぶ以前にミドルドラゴンの合同討伐に誘われたことがありますね。あの時は断りましたが、あれトリケラトプスだったんですか。
参加しとけばよかったですかね。トリケラトプス草食ですから、そんなに狂暴でもないはずです。
でもそれだったら別に駆除しなくても放っておけばいいような気もしますが。
「魔法が使えない僕としては、どうやってティラノサウルスを倒したらいいんでしょうか」
”……中島さんも妙なこと心配するようになりましたねえ。まあ、そうなったら逃げろとでも言っておきますかね。でもそう言われて逃げる中島さんでもないでしょうし、街に現れたらその時は頼みますよ”
「え……」
”というわけでティラノサウルスが出たら連絡します。ではーっ”
「えっちょっとまってちょっとちょっと、ティラノサウルスと戦うなんてことあんの? また言いたいこと言って逃げないで! ちょっとちょっとナノテスさーん!!」
……。
またイヤなフラグ立てますねえあの女神はっ!!
二本足で歩く肉食の大型獣は「獣脚類」の一種です。この種類いろんなのがあって別にティラノサウルスが一番デカいというわけじゃありません。もっと大きなヤツもいたそうですけど、映画とかで有名になったのがティラノサウルスですね。
T-REXの通称でも知られます。
なんでティラノサウルスが映画で有名になったかって? そりゃティラノサウルスが住んでたのが北米大陸。つまりアメリカだったからです。
USA! USA! 頑張れティラノ! ティラノ最強! アメリカ人の自慢と誇りなんですな。
でもまあこの世界のティラノサウルスが僕らの住んでた地球のティラノと同じかというとそんなわけありませんし、この図鑑に描かれてるのがティラノサウルスかどうかなんてとこは気にしないでいいかもですな。
体重は確か5トンとも6トンとも。
恐竜大きすぎ。実際には走れなかったとか言いますが、アフリカゾウでも本気で走れば時速40kmは出しますのでハンターであるティラノが人間より遅かったとはちょっと考えにくいですね。まあ餌になるトリケラトプスがそう速く走れたとも思えませんので、いい勝負していた可能性はあります。
ん?
確かアフリカゾウって4~6トンぐらいじゃなかったっけ?
アフリカゾウ並みの体重だったのなら、アフリカゾウ倒せる銃でイケるんじゃないの?
375H&Hマグナムでイケるんじゃ?
時速40km……。秒速11mか。
100m距離があって突撃されるまで10秒無いですね。
200mでも18秒。
300mなら27秒。
狩るとしたら300mは距離が欲しい所でしょうか。
狙うとしたらどこでしょう。
ヘッドショットはダメですね。頭が大きすぎます。それに恐竜は脳が未発達ですから小さいはずです。
さらにティラノサウルスの頭蓋骨はほとんど骨に囲まれた筋肉です。噛みつくための強力で分厚い骨と筋肉が異常に発達していて頭蓋骨の大部分を占めています。弾を撃ち込んで骨を貫通し筋肉を通過し脳を破壊できる可能性は低いでしょうね。
それに僕はあのデカい頭のどこに脳があるのかわからない。
セオリーなら目の後ろあたりですが、眉間は無理でしょう。
角度がありすぎます。跳ねられてしまうでしょう。
横からか。正対してそんなチャンスあるでしょうか?
そうすると心臓か、内臓か。
心臓は当然胸の部分。
胸の前にちっちゃい手があります。つまりそこには肩甲骨があると言うことになります。それに防御されているわけです。
人間でも、どの動物でもそうですが心臓はあまり内臓の奥深くにはありません。奥すぎると内臓を押しのけて心臓が動かないといけませんので動きに負担がかかり余計なエネルギー消費になります。だから心臓はあんまり奥に無いのです。
あの小さい手の下ぐらいでしょうかね。
でもどこに心臓があるのかわからない相手というのはやっぱりリスキーです。
心臓が二~三個あった恐竜もいたという学説もなかなか無くなりません。
それにティラノサウルスは家族で行動する社会性があったと言われています。
これは発掘された化石に、足を骨折して治った跡があるからです。
つまり、足を折って動けず餌が獲れなかった間、面倒を見ていた者がいたということになります。大人や子供のティラノがまとめて化石で発見されたこともあります。
一匹だけで出てきたら幸運かもしれません。群れで狩りを行っていた可能性は高いです。ハンターはライオンやオオカミ、ハイエナのように群れで狩りを行う動物は少なくありません。人間もしかりです。
僕も映画のジュラシックパーク、テレビで見たことありますけど、アレ、1も2も結局恐竜を銃で撃つシーンって最後まで無かったんじゃないかな。覚えてないもん。
肝心な時に銃が無いか、あっても撃てなくてとかさあ。そんなんばっかりだったような。
ティラノサウルスが普通に銃で撃ち殺されてたら映画としてまったく盛り上がりませんもんね。
……。
やっぱりH&Hマグナムで倒せる相手という気がしませんね。
もっと長距離でもちゃんと威力のある銃が必要です。
教会の召喚勇者が持ってたバレットが思い出されます。
あれブローニングの重機関銃弾ですよね。戦闘機にも載ってました。
映画では長距離射撃とかで大活躍してたバレットですが、その本領はやっぱり戦闘機も叩き落せる(※1)「対物ライフル」としてのパワーにあると思います。
やっぱりあれかあ。
僕が知ってる鉄砲の中ではあれが一番強力と言うことになります。
あれ軍用だよねえ?
でも勇者が持ってたのはボルトアクションの単発式でした。
映画でも出てくるのはボルトアクションが多かったです。
映画だと撃つのは空砲ですから、セミオートじゃうまく動かないんで(※2)それでボルトアクションのバレットばっかり出てくるのかもしれませんね。
猟銃のライフルでオートとボルトアクションのどっちが命中精度がいいかというと、「そんなの関係ねえ」が答えです。
どっちも300mは楽勝で当たります。猟銃としてはそれで用が足ります。
ティラノサウルス相手ならセミオートで連発できるほうがいいか。
でもボルトアクション単発の命中精度も捨てがたい……。
召喚勇者の持ってたやつ見た限りではあれ以上シンプルにしようが無いというぐらいシンプルな構造をしていました。さすが軍用銃ベースですね。
デザインをカッコよくとか仕上げを美しくとか微塵も考えてない思い切りの良さがあります。
軍用で単発なんてあるわけないから、あれ市販の銃ですよね。
つまり一般人でも買えるということになります。
あんなの一般市民が買えるっておかしいだろアメリカ!
どういう銃社会ですか。自由過ぎます。
僕もマジックバッグで買えるのかな? 買ったら高いだろうなあ……。(※3)
「うーんうーん……」
そんなふうに悩んでいたら、サランが帰ってきました。
「ただいま。なにやってるの?」
「いや、コイツと戦うとしたらどうしようかと」
そうして魔物図鑑のダイノドラゴンを指さします。
「……シンは勇者になりたいの?」
「いやまったく」
「ねえシン」
「はい」
「そんなことにかかわらないで。私は今でも十分幸せ。シンが長生きして私と一緒に年を取ってくれればそれ以上なんにもいらない」
「僕もそう思ってるよ」
「だったらそんなものとは戦わないで。お願いだから」
「うん。でももしこんなのが村に出たらってちょっと思っちゃう」
「ダメダメ。絶対イヤ。そうなったら逃げよ。どこにいても私幸せだから」
「うん……」
サランがぎゅっと後ろから抱きしめてくれます。
「シンが弱いこと知ってるよ。魔物に襲われたらすぐに死んじゃうことも。私はシンが弱くたってぜんぜんかまわない。そんなこと勇者に任せよう。ね?」
「うん、わかったわかった。絶対に無理しないから。ご飯にして。おなかすいた」
「はーいっ!」
そう言って、サランが台所に立ちました。
こんな異世界来てティラノサウルスどうやって倒すか真剣に考えている僕。
なんだか可笑しくなってきちゃいます。
ティラノサウルスの弱点か……。
別にね、その場で倒すとか考えないなら普通にライフルで撃てばいいです。
野生動物ってね、手当てができるわけでなく医者にかかれるわけでもないですからお腹を撃てば必ず死にます。ティラノサウルスだって例外じゃありません。
外傷ならともかく内臓にまで達した銃の深い傷は必ず死に至ります。野生動物だとその場は逃げても追えば追跡先で死んでたなんてことはいくらでもありました。
小口径でも威力が足りなくても撃ちまくれば失血死だって狙えます。
大量出血で死なない動物はいないんです。
別に一撃で倒す必要は無いですね。
そう考えたら気が楽になりました。
ま、やるとしたらやっぱりあそこだろうな。
うん、もし実際にティラノサウルスが目の前で暴れてるなんてことになったら僕だったらどこを撃つか、一応考えはまとまりました。
この村に現れるなんてことがあったら、試してみましょう。
――――作者注釈――――
※1.戦闘機も叩き落せる
バレットM82やM99で使用される50BMGはブローニングM2重機関銃の弾薬だが、このM2重機関銃は対空砲撃、車両、対戦車、そして戦闘機の機銃としても使用されたきわめて汎用性の高い銃器である。日本軍でさえゼロ戦には20mm機関砲を載せていたのにもかかわらず、米国は戦闘機には終戦までこの12.7mmを使い続けた。多少のパワー不足を一機に6丁も載せると言う物量でカバーし、乗り切ったのである。そして今も最前線にあり続ける。いかに米国がこの弾薬を信頼しているかがわかる。
※2.セミオートでは動かない
バレットM82は銃身後退式(ショートリコイル)閉鎖機能を持つ。つまり反動のない空砲では作動しない。なので、映画にM82が登場すると、セミオートのはずなのに一発撃つごとにボルトを引いているというおかしなシーンがたまにある。
※3.高い
バレットM82はだいたい六千ドルで60万円。M99はお安く約四千ドルと40万円で買える。つまり普通のご家庭でも中古車を買う感覚でお宅をティラノサウルスから守れるのがアメリカという国である。