勇者の一行にドラゴンが襲い掛かった。
黒い鱗に身を包んだドラゴンは口から炎を吐いて、刃を向ける勇者たちに応戦した。
飛び上がったドロシーがドラゴンに刃を振り下ろすが固い鱗に弾かれて火花を散らすのみ。
「ドロシー!闇雲に戦っても勝機は無いぞ!」
炎を避けながらエリザが叫んだ。
躍起になったドロシーはエリザの言葉に聞く耳を持たずに、壁を蹴って飛び上がるとドラゴンの首めがけて剣を振るった。
「あのバカ、躍起になっているな」
王と会って以来、ドロシーの不安定な感情は悪いほうへと傾いていた。
このまま弱くては魔王を倒せないと言うドロシーは、ホーキンスにドラゴンを倒せば強い武器が作れると聞くと周りの意見も聞かずにドラゴンの元へと足を進めた。
聞く耳を持たないドロシーを心配したエリザたちは止む無くドラゴンの巣へと侵入したが、早々に見つかるとドラゴンとの戦闘を余儀なくされていた。
炎を避け、爪を避け、ドロシーはひたすらに剣を振るった。
私は強くならなくちゃいけない。私は勇者だから。魔王から世界を救わなくちゃいけないから。
思いは歪みかけていた。
魔族は悪であり、正義は我にあると信じていた思いは過激な思想へと変化している。
自分にはこうすることしか出来ないんだ。
長年信じていた勇者という血筋の理想。自身はこうあるべきだと思い描いていた空想。
壊れそうになった想像たちを無理やりに治すと、ドロシーは一つの決心をした。
魔王を倒す。自分の手で。絶対に。
一度敗北したから、世界を救うため、自分が勇者の末裔だから。
そのどれもが理由であり、どれもが理由ではない。
ただ自分のため、自分の納得いく結末を迎えられるようにドロシーは願った。
「ウオオオオオ!」
伸びたドラゴンの首をホーキンスの斧が撥ねた。
黒い体が土煙をあげながら倒れていく。宙にまったドラゴンの首は最後の炎を噴き上げると、地面に力なく落ちた。
「ホーキンス!どの部位を使えば武器が作れる!」
亡骸を踏みつけながらドロシーがホーキンスを呼んだ。
「鱗をありったけ。後は脊髄の太い部分、爪も全部使う」
「わかった」
亡骸に剣を突き立てて言われた部位を切断していく。
まだ暖かい血を浴びながら必死に部位を回収するドロシーの姿に、エリザとマリアはドロシーの異常さを垣間見た。
必死すぎる。
憑りつかれたように無表情でドラゴンを解体していく姿はとても勇者とは思えなかった。
「ドロシー大丈夫か?」
あまりの変わりようにエリザは声をかけたが、ドロシーは無表情のままだ。
「話している暇があるならエリザも手伝え。これで武器を作るぞ」
このままじゃいけない。
ドロシーの姿は正義に固執する暴君のように見えた。
ただ力を求め、己の思うように周囲を動かしたい。
そんなものは勇者でもなんでもない。エリザの頭には考えてはならない二文字が浮かび上がった。
『魔王』
勇者の末裔であるのに、ドロシーの今の姿は魔王のようだ。
メルルのような生易しい魔王ではない、本当に混沌と世界を支配しようとたくらむ魔王のよう。