Another Life

Isana Invasion

イザナ村侵攻に備えて、学園の騎士科と士官科と魔法科の生徒達は、尋問に近い研修を左近から午前中受けて午後は連携の練習を行っていた。

左近の研修は、あらゆるイレギュラーを想定し、まるで取り調べの様な研修であり、中には泣き出す生徒もいたほどであった。

ここまで左近が、追い詰める様に研修を行っているのも、短期間で実戦で犠牲者を誰も出さない様に、仕上げる為だと分かっていたセシリーは、何も異論を唱える事無く、ただ見守るだけであった。

そして、あまりにも強烈な研修に、テオドロは研修が終わると、パンドラの所に行き言ったのであった。

「すみません姫様。以前、ご無礼を申し上げた事を、心より謝罪致します、申し訳ございませんでした。

所で姫様。騎士科は、こんな授業を毎日受けていたのですか?」

「本当のお父様の作戦なんて、これ以上よ。あの鬼よりも怖い義兄が、震えていたほどだから。

それと、その話し方。学園の中で私の事は、パンドラと呼んでって言っているじゃない」

「……ああ、すまなかった」

そう言ったテオドロは、左近に対して恐怖心を抱いていったのであった。

そして、9月10日。完全武装した生徒達は、レイクシティの城門に集合していた。

だが、彼等の様子は、普段ならば、はしゃぐ彼等であったが、その表情は緊張の色に包まれていたのである。

ダメですわ。皆が緊張しすぎで、これでは危険ですわ。

そう思っているシャーリィの前に空間転移の煙が出て来て、左近とパンドラとクロエが出て来て、左近は甲冑姿で、パンドラとクロエはレイヴンの服装であった為か、生徒達に安堵の表情が出たのである。

しかし、それを見逃す左近では無かった。左近は到着するなり、生徒達に言ったのである。

「皆、すまんがちょっと時間をくれないか?

これからナッソーの泉龍寺に行来たいと思っているんだ。前の帝国との戦争の時に、そこの泉龍寺の和尚に祈祷を願ってから、俺の部隊は怪我人は出たが、誰も戦死者は出なかった。今回も祈祷を願ってから、出陣しようと思うんだ。

良かったら、皆も祈祷を一緒に願うか?願う者はついてこい」

そう言った左近は講堂に空間転移で向かうと、他の生徒も不安だったのか、左近の後に続いたのである。

左近は中に居る和尚に祈祷を頼み、意図を理解した和尚は快く引き受けて、読経を始めたのであった。

「閣下。普段こんな事、やってましたっけ?」

「やって無いよ。しかし、初陣の時は不安で、どんな神様にでも、すがりたい気持ちなんだよ。

学生ばかりの部隊なんか特にだ。不安を少しでも、解消させてやらなきゃ……死ぬ事になる」

そう言った左近は、学生達の無事を祈って読経をしていたのであった。

そして、レイクシティを出発した部隊は、14日の昼にイザナ村の封鎖部隊駐屯地に到着し、左近達を出迎えたのはバッシュやフンメル達、ナッソー守備隊の者達であった。

「すまんな。天川村に続いて、イザナ村の攻略にまで付き合わせて」

到着するなりそう言った左近に、フンメルは慌てて言ったのである。

「何をおっしゃいますか。前回の天川村と言い、今回のイザナ村と言い、全てが人助けの戦に御座います。

軍人として、こんなにも、やりがいのある戦は御座いませんよ……本当に私は、感謝しております」

そう言って頭を下げたフンメルに、後ろからミリアは、ガチッとヘッドロックをして言ったのであった。

「そんな事を思っているのは、フンメルのオッサンだけだよ。私達は戦に出たら、特別手当てが出るんだ、それ目当てしか無いだろう。

それに今回は、久々に大将と一緒に暴れられるんだ。こんなにも、楽しみな事は無いよ」

何だか、コイツらと話していたら、傭兵の時代に戻ったみたいで、懐かしいな。

そう思いながらも左近は、後ろの生徒達に言ったのである。

「とりあえず、他の部隊が来るまで、ここで待機だ。各学科は、指揮官を決めておけよ。

決まったら、指揮官は、そこの建物に入って来い。軍議を始める……そうそう、騎士科はパンドラ以外で選べよ」

そう言った左近は空間転移で、テスタやロビン、秘書達を呼び寄せたのであった。

やがて、左近達が居る小屋に生徒達が入って来て、聖導騎士団やロビン達も集まり、全員が集まったのを確認すると、中央のテーブルにクロエが大きな地図を広げたのである。

軍議に集まったのは、学園の騎士科からは、シャーリィ・ネルソン。士官科からは、テオドロ・ファヴァレット。魔法科からは、ヴァランティーヌ・フォーレ。

聖導騎士団からは、団長エリアス・ノイマン。ナッソー守備隊からは、生駒 大膳大夫 バッシュ。黒騎士団(ブラック・ナイツ)からは、佐倉 左衛門尉 パンドラ、テスタ、ロビン、リン。

連合軍の衛生中隊のカルロス・ラキル大尉。そして、左近の秘書の三人であった。

……レイヴンが4人って、国1つ吹っ飛ぶだろうな。まぁパンドラだけで、世界が滅亡寸前までになった様だけど。

そう思いながら左近は、そのまま腕を組んで言ったのであった。

「クロエ、現状を説明しろ」

「はい。現在、イザナ村には、反乱兵が三百名おり、その中心となっているのは、ヨハネ・ザヴォーグ子爵であります。彼の住んでいる住居はこちら、中央の広場に面している北側、元村長の家です。

村の女性は、現在約二百名おり、その全ては逃亡を阻止する為に、裸で生活をさせられております。

そして、奴隷として売られる予定の誘拐された女性は、この広場の子爵の館の、向かいの南側の館に五名が監禁されております」

そのクロエの説明を聞いたリュネは、拳を握り締めて怒りを我慢していたのであった。

まぁリュネの気持ちは、分からんでも無いがな。

そう思った左近は、クロエを制して言ったのであった。

「そこでだ、今回は学園の生徒も参戦するので、作戦を前もって考え、生徒達には、その練習をさせていた……まぁ他の者達は、放っておいても、それぐらいは、難なくこなすだろう。

そこで、この先の説明は……シャーリィ、お前がやってみろ」

「はっ!」

そう言って立ち上がったシャーリィは、棒を使い説明を始めたのであった。

「目標のイザナ村は、東西に出入口がありますが、魔物がほとんど出ない為に、城壁や壁で囲まれている訳でも無く、ただの柵で囲まれております村ですわ。

そして、日中は警備や街道や山を彷徨いている兵士は、三人一組で行動しておりますが、入り口の警備の兵士以外は、夜にはほとんどが戻り、夜中にはほぼ全ての兵士が村に戻ります。なので、作戦の開始は、明け方に行い、集まった兵士を全て倒します。

第一目標は、囚われている五名の救出。第二目標は、ザヴォーグ子爵の殺害です。子爵さえ討ち取れば、降伏するか逃走すると思もわれます」

そう言った時であった、リュネが手を上げて、質問したのである。

「ちょっと待ってくれ。その二百名の女性は、助けないのか?」

その質問に、シャーリィは言いにくそうに、言ったのである。

「このイザナ村は、前に閣下に剣を向けて独立した村なのですわ。閣下は、助けようと説得をされたのですが、受け入れられず……それどころか、閣下を人質に取ろうとしたそうなのです。

そこで諦めた閣下は、イザナ村を認めて村を封鎖し、ヴァルキアに入れない様にしたのですが、反乱を起こして逃げた残党に、占領されて、今のこんな状態に。

なので、今回も本当に、私達に味方するとも限りませんので、邪魔すれば、敵と見なして殺すと言う事になります」

リュネはシャーリィの言葉に驚き、左近を見ると、左近はただ頷くだけであった。

本当の事だと覚ったリュネは、座り直すと気持ちを入れ換えて、言ったのである。

「分かった、続けてくれ」

「では、今回の作戦を説明いたします。先ずは侵攻ルートですが。

レイヴンのテスタ中佐は、西の街道から、聖導騎士団は東の街道から侵攻していただき、ナッソー守備隊は、千名づつ南北に別れて、山から侵攻していただき、学園の生徒は南側からナッソー守備隊と、ご一緒に侵攻します。

クロエ少佐とロビン少佐は、南北に別れての援護射撃を御願いします。リン少佐は、おそらく逃げて来るだろう西の街道で、敵兵の殲滅を御願いします。

そして、作戦の内容ですが、先ずはテスタ中佐が西の入り口から、単身で村に入り、騒ぎを起こします。

その後、暫くして包囲しているナッソー守備隊と学園生徒が、村に侵入してから、聖導騎士団が東より村に突入すると言う流れですわ。

人質や負傷者は、ここの本陣に送りますので、衛生中隊は部隊の他に、ここにも野戦病院を、設置してください」

「そんな……我等聖導騎士団が最後なんて……閣下!」

「控えろ、リュネ!」

思わず左近に詰め寄るリュネを、エリアスは制止すると、左近を見詰めて言ったのであった。

「閣下、我等聖導騎士団が最後と言う事は、その子爵の大将首を頂いても宜しいので?」

「ええ、大将首は聖導騎士団に差し上げますよ」

その言葉で、エリアスはニコリと笑みを浮かべて立ち上がると、言ったのであった。

「リュネ、ダニエル、行くぞ。天川村で取れなかった大将首を、我等聖導騎士団が次こそ、ものにするのだ。

では、閣下。我等は配置につきます」

そう言って左近に頭を下げて、出ていくと、リュネとダニエルも頭を下げて出ていったのであった。

「本当にお祖父様って、戦の事になると、人が変わるよね。普段は、あんなにも好い人なのに」

思わずそう言ったパンドラに、誰もが頷いていたのであった。

そして、この軍議の後で、各部隊はそれぞれ配置についたのである。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その日の夜。再び唯達の部屋の扉がゆっくりと開かれると、アデル達が入って来たのであった。

アデルは入って来るなり、エカテリーナに紅玉の様な石を渡すと、ぶっきらぼうに言ったのである。

「魔石だ。何とか間に合ったな」

その言葉で、受け取ったエカテリーナは、何かに気が付き言ったのであった。

「間に合ったって、始まるの?」

「ああ……明け方に作戦開始だ。後は、唯の服だな……何処かで調達してくるとしよう」

「ありがとう……あの、名前。まだ聞いていないんだけど」

唯に言われて、アデルは暫く考えて言ったのである。

「……本名は教えられない。だが俺の事は、大尉と呼んでくれ」

そう言ったアデルは、部屋を出ていくと、夏も頭を下げて出ていったのであった。

「大尉だってさ……どう言う意味なんだろう」

その唯の疑問に答えたのは、エカテリーナであった。

「大尉……連合軍の階級ね。って事は、あのダークエルフは、連合軍の作戦情報局の人かも知れない」

「作戦情報局?ダークエルフ?」

「作戦情報局は、連合軍の三局って言われている所の1つで、作戦を立案したり、情報を精査する所なの。ダークエルフは、私達の様なエルフなんだけど、魔法や魔導機開発に特化している種族……あんまり好きじゃ無いけどね」

……説明されても、全く意味が分からない。でもまぁこの地獄から、明日でおさらばだ。

そう思った唯は、身体を横にして、軽く睡眠をとったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その日の明け方、イザナ村の西側の入り口に、一人の男性がやって来た。そう唯を連れ去った、隊長である。

彼は、眠い目を擦りながら、入り口の警備の兵士に話し掛けたのであった。

「なぁ今晩は、誰も帰って来ていないのか?」

「そうですね。いつもなら、数名戻って来るのですが、誰も戻って来ていないですね……何処かで寝ているのでしょうか?」

「まぁ有り得るな……ん?」

そう言った隊長が、街道の方向を見ると、メイド姿でマフラーの様に、黒い羽をつけたマントを着た女性が、こちらに向かって歩いてきていたのである。もちろんそのメイドは、テスタであった。

こんな所に、女が1人?……しかも黒い羽って、まさかレイヴン?

不審に思った隊長であったが、警備の兵も気付いた様で、その女性に向かって行ったのであった。

「おい、上玉なら傷をつけるなよ。高く売れるから」

「分かっていますって」

そう言った兵士が、メイドの元に行くのを笑顔で見送り振り返ると、後ろのからドサッと何かが倒れる音が聞こえたのである。

「おいおい、傷付けるなと言ったじゃないか」

そう言って振り返った隊長が目にした光景は、先程まで話していた兵士の首と胴体が離れて、テスタの足下に転がっており、死神の鎌の様な大きな鎌を持ったテスタの姿であった。

テスタは、歩きながら、返り血のついた手の甲をペロリと舐めて、悪魔の様な笑みで、隊長に言ったのである。

「まるで期待外れですね……誰が私に、痛みをくれるのかしら?」

な、何者だコイツは?

思わずそう思い声も出せずに、後退りしている隊長であったが、テスタの着ているマントを見て、本物だと確証したのであった。

レ…レイヴンだ……間違いない、あの強さであのマント……本物だ。

その瞬間であった。隊長は腹の底から声を出して叫んだのである。

「て、敵襲だぁ!レイヴンが来たぞ!」

その声が響き渡った村の建物から、続々と兵士が出てくると。その光景を見たテスタは、笑みを浮かべて言ったのであった。

「久々に、楽しくなりそう」

そう言ってペロリと唇を舐めたテスタは、隊長の元に走りだし、剣を抜こうとした隊長ごと、その大きな鎌で逆袈裟に斬ったのであった。

その鎌のスピードは、誰にも目で追う事が出来ず、一瞬遅れて隊長の身体は崩れていく。その光景を見た出て来た兵士は、次々に「敵襲!」と叫び、その声は村の隅々まで響き渡ったのである。

そして、出てきた兵士は、一人の裸の女性の首に剣を押し当てて、言ったのであった。

「そこで、止まれ!女達を助けに来たのだろうが、動けば女を殺すぞ!」

誰もが、テスタはこの村の女性を、解放する為に来たのだと考えていた。

だがテスタは、その場で暫く下を向いて、顔を上げると笑みを浮かべて言ったのであった。

「殺せば良いじゃない。愛しの御館様と、敬愛する私の姫様以外は、どうなっても知った事じゃないわ!」

「クソッ!狂ってやがる!」

そう言って兵士が、女性をテスタの方向に突き出し、他の兵士が弓矢を構えると、テスタは勢いよく押されて、力無く自分の方向に向かってくる女性を、「邪魔だ」と言って鎌で斬ると、突き出した兵士の顔面を掴み、そのまま地面に叩き付けて潰したのであった。

その頭を潰した時に、手についた血をペロリと舐めたテスタは、そのまま笑みを浮かべて言ったのである。

「さぁ次は、誰かしら?」

その悪魔そのものの様な姿に、兵士は叫んだのである。

「放て!射殺してしまえ!」

その怒号の様な言葉で、一斉に弓矢がテスタに向かって放たれ、彼女の身体に突き刺さった瞬間、弓矢を放った兵士達が、次々と苦しみの声を上げて倒れていく。

何が起こったのか理解できない他の兵士達が、テスタの方向を見ると、彼女に突き刺さったはずの弓矢が、ポロポロと地面に落ちていき、テスタは全くの無傷であった。

「そんなバカな……」

そう言った兵士であったが、テスタは残念そうに言ったのであった。

「やはり、私に快感を与えてくれるのは、御館様と姫様しかいないのか……もう貴様達に、用は無い死ね。死の輪舞(デス・ロンド)」

そう叫んだテスタの鎌から、黒い炎が出てきて、彼女はクルリと回転したその時であった。黒い炎はまるで無数のホーミングミサイルの様に、テスタの視界にいる兵士や女性達に突き刺さると、そのまま発火して黒い炎に包まれたのであった。

「人とは、なかなか死ねない……完全に死ぬまで、3時間ほどでしょうか。それまで、じわじわと、苦しみながら死ね。

まぁ他の女は、運が無かったと思い、諦めろ」

冷たい目でそう言ったテスタの周囲で、黒い炎を全身に纏った者は、その苦しみから、のたうち回り、水を被っても、その黒い炎は消えなかったのである。そんな地獄の様な光景の中で、テスタは歩みを進めたのであった。

周囲で、「殺してくれ」と嘆願する声を背景に、テスタは進んで行くと、他の兵士達はその姿に恐怖して、我先にと蜘蛛の子を散らしたかの様に、逃げ出したのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

おいおい、テスタよ、それはやりすぎだろう。作戦を変更しなきゃならんし。

しかし潜入部隊は、未だ柵の所に到着していないか……となると、義父上殿を動かすか。

天眼で、村の様子を見ていた、軍議をやった小屋にいる左近は、暫く考えると、蘭に言ったのである。

「蘭よ、テスタがやり過ぎた、少し作戦を変更する。聖導騎士団に突入の命令だ。

潜入部隊も、聖導騎士団が村に入ったタイミングで、突入しろと伝えろ」

「はい!」

そう言って、慌てて念話で話す蘭の隣で、ヴィオラが左近に、質問してきたのであった。

「閣下。どうして閣下は、こんな小屋の中で、村の様子が分かるんですか?」

……しまった、全力で忘れていた。まぁヴィオラや蘭になら、話しても良いか。

「これは、俺のスキルの天眼と言って、上空からこの世界の好きな所を見れるんだよ。この天眼を使って、さっきから村の様子を見て、指示を出していたって訳だ。

まぁ色々と制約があって、建物は上から二階までしか中を見れないし、森や洞窟の中は、見れないんだよ」

「それでも十分に凄いですね……そうだ。今度、庭園の露天風呂に、クロエを連れて入りましょうか?そのスキルで覗けますよ、閣下」

その手があったか!天才かコイツは!

「……その使い方があったか……ヴィオラ、お前天才だな」

「でしょ、しかも仰向けにさせますし…ボーナスの査定を……」

「もちろん、アップに決まっているだろう。その仰向けにって所が、特に素晴らしい……何かポーズをつけさせる事が出来れば、更にアップだな。

もちろん、そのポーズはどう言ったものか、分かるよな」

「任せて下さい、閣下。非常に難しい作戦ですが、このヴィオラ、見事こなして見せましょう」

……本当に、大丈夫なのだろうか、この国は?

いや、その前に、このスキルの使い方って、完全に神への冒涜でしょう。

そう思いながら蘭は、がっしりと握手をする二人を見て呆れていたのだが、ふとある事に気が付いたのである。

「そう言えば閣下。セシリーさん生徒に被害が出たら、ただじゃおかないって言ってませんでした?」

「言ってたけど、パンドラが居るから大丈夫だろう」

「本当に、大丈夫でしょうか?

姫様って、確かに優秀で強いですけど、誰かを守りながら戦うって、得意じゃ無い様な……何かあった時に、閣下がおられないと、奥様の激怒が……」

……ハッ!そう言われればそうだ。パンドラがタイム・アクターを使うにしても、俺が居なければ、使えても3秒が限界だ。

残るは、地形を変えるほどの威力のある攻撃……俺、確実にセシリーに殺される。

「ヴィオラ、俺の兜を持ってこい、俺も出るぞ!

本陣は、衛生中隊のカルロス・ラキル大尉に任せる。送られて来た負傷兵、ならびに人質の治療を任せる。

指揮は、俺が戦いながら出す。蘭、ヴィオラ行くぞ、準備しろ!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「団長、作戦変更です!テスタ中佐が強すぎた為に、兵士達が逃げ出している為に、聖導騎士団はこのまま突撃せよとの事です!」

さすがは、レイヴンと言った所か。だがこれで、ようやく騎士団の名を上げ、騎士団の仲間に顔向けが出来る。

前回の天川村では遅れを取ったが、これが新生聖導騎士団の初めての手柄だ。

通信兵の連絡に、そう思ったエリアスは、馬上で笑みを浮かべて、言ったのであった。

「了解した。では、リュネ、ダニエル。俺達の聖導騎士団、初めての大将首を頂きに行こうか」

「団長、大将首は俺が貰いますよぉ」

「控えろダニエル。我等、聖導騎士団の初めての大将首は、団長に譲れ」

……たったの三人で突撃だと言うのに、コイツらまるで自分達が死ぬ事を考えていない。本当に、昔のあの頃の聖導騎士団の様だ。

そう感じたエリアスは、ふと昔の騎士団の頃を思い出し、懐かしく感じ、笑みを浮かべて言ったのであった。

「ならば、こうしよう。三人の中で、大将首を取った者に祝杯として、残る二人が酒を奢る」

「それ良いですね。ウエンザー王国で、一番の酒飲みと言われた俺が、二人を破産させてあげますよ」

「嘘をつけダニエル。お前は私に、一度も勝った事が無いだろう」

「では、聖導騎士団で、誰が一番酒が強いのかも、決めるとするか。突入開始!」

そう言ったエリアスが馬を走らせると、リュネとダニエルも、慌ててエリアスの後を追いかけたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

何だか外が騒がしいな……何だ、未だ夜明けになったばかりではないか。あいつら、またケンカでも、しているのか?

そう思ったザヴォーグ子爵は、その大きな身体を起こして、眠い目を擦りながら、窓を開けると、兵士達が必死に走るのが見えたのであった。

しかも、その方向が、村の東の入り口の方向である。何か変だと思いながらもザヴォーグ子爵は、叫んだのであった。

「どうした!何があった!」

だが、その声は兵士達には届いていない様で、皆が必死に逃げる様に走って行く。

その姿に腹をたてた子爵は、部屋の花瓶を手に取り、窓から兵士に向かって投げると、一人の兵士の足元で割れ、ようやく一人の兵士が立ち止まったのである。

「どうした、何があった!」

すると、兵士の答えは、子爵にとって、驚きの言葉であった。

「レイヴンです!レイヴンが西の入り口に、やって来ました!」

レ、レイヴンだと!

「人数は!」

「1人ですが、既に10名以上殺され、女を人質にしても、人質ごと殺されております!」

そんな……まさか、人質まで殺すのか。

いや、待てよ。ルタイ皇国は、敵なら民まで平気に殺す者達だ。そのルタイ人が、この地の領主だったはず……有り得るな。

反乱を起こした者達なら、皆殺しにするだろう……でも、何で今まで手を出さなかったんだ?

……そうか、しまった!ここは、周囲の山や街道に、柵を張り巡らされ、完全に封鎖され、出口は隣国のセブンス連邦に繋がる西の街道の1ヶ所しか無い。西からレイヴンがやって来れば、完全にここは檻の様な場所になる。

それに、軍隊ならセブンス連邦も黙ってはいないだろうが、1人の者が通っても……気にも止めないはずだ。やられた……待てよ、さすがにレイヴンでも、1人では全員殺すのは無理だ、逃げられるに決まって……これは、罠だ!

「おい、これは罠だ!東側には、連合軍がいるぞ!」

子爵がそう叫んだ時であった、村の東側から、兵士の叫び声が聞こえたのであった。

「聖導騎士団だ!東側から、聖導騎士団が攻めてきたぞ!」

聖導騎士団だと!やはり本命は、こっちだったか!聖導騎士団の後には、本隊がやってくる……俺達はおしまいだ。

そう考えた子爵の背中に、冷や汗が流れたが、それを払拭するように叫んだのである。

「迎撃しろ!生き残りたければ、戦え!」

そう叫んだ子爵は、急いで室内に戻り鎧に着替えたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「パンドラ……あ、いや団長……え?どっち?」

「騎士団じゃ無いから、パンドラで良いよフェイ」

通信兵から念話が入り、混乱しているフェイに笑顔で言うと、フェイは気を取り直して言ったのであった。

「じゃあパンドラ。作戦変更だって」

何かイレギュラーが発生したか。

「それで、理由と作戦内容は?」

「理由は、テスタ中佐が強すぎた為に、敵兵士を集めるどころか、逃げ出しているんだって。

そこで潜入部隊は聖導騎士団が突入後、敵兵を排除殲滅し、学園生徒は先行して、目標地点を確保し、速やかに囚われている者を本陣に送れだって」

「あのバカ、やり過ぎよ……どうやら此方にも来た様ね」

そう言ったパンドラの目線の先には、逃げる様に柵の方に走ってくる敵兵の姿が、見えていたのであった。

パンドラの指示は素早かった。生徒達がパンドラに注目する中で、彼女は速やかに指示を出したのである。

「騎士科で露払いをする。士官科、魔法科は速やかに目標地点の確保を。残る建物の中の捜索は、潜入部隊に任せておけ、声は出さずに静かにだ。

騎士科、乱戦の基本、二人一組を忘れるな、市街戦は陣形が、ほとんど意味を成さないから……行くぞ!」

パンドラの合図で、柵の近くの茂みから、騎士科を先頭に、出ていくと、それにタイミングを合わせた様に、連動してフンメル達も出たのであった。

さすがは、パンドラですわね。刀だけでも、圧倒的に強い……強すぎる。

そのスピード、たまに瞬間移動してる様に見える。これがレイヴン……

シャーリィは、先頭を行くパンドラの姿を見て、嫉妬と言うより、憧れの様なものを感じていたのであった。

騎士科の生徒達は、一度始まれば思考は完全に作戦と生き残る事、そして、目の前の敵を倒す事に集中していた。

細い路地を進んで行き、パンドラが脇道を指差すと、生徒達は次々と脇道を、他の生徒が通り過ぎるまで警戒し、他の生徒は急いで目標地点に向かって走る。それは、散々に練習してきた事であり、いくら初陣とは言え身体に叩き込まれていた為に、彼等は考えるより先に身体が動いていたのである。

そして、目標地点の細い道に出た時であった、直ぐに彼等は陣形を整えたのである。

魔法使い、弓兵、槍兵、斬り込み隊で別れており、それは後方も警戒して、同じ様に布陣していたのであった。

両方を家に、挟まれた狭い道に、この陣形は有効だ。しかしそれは、相手が弓矢を使わない場合の話しだ。

やはり、私はこの場から動く事は出来ないか。

そう思ったパンドラは、すぐに指示を出したのであった。

「イーライ、源太郎。そっちの家の封鎖。残りは救出、隊長は予定通りシャーリィで」

『了解!』

そう言った瞬間、パンドラはスキルで源太郎を浮かび上がらせると、彼を窓の方向に突っ込ませたのであった。

中に入った建物から、源太郎と男の怒号の様な声が聞こえる。その声を聞いた騎士科以外の生徒に、実戦と言う現実が襲いかかる中で、イーライが剣を抜いて言ったのである。

「パンドラ」

「分かってる!」

そう言った瞬間、イーライの身体は浮かび上がり、窓から室内に入って行くと、男の断末魔の声が聞こえ、返り血を浴びた源太郎が、顔を出して言ったのであった。

「クリア!」

「よし、シャーリィ」

「了解ですわ」

そう言ったシャーリィは、同じ騎士科のエーランドの肩に股がり、板が張り付いている窓をノックすると、反対側からノックする音が聞こえたのであった。

「いきますわよ、エーランド。しっかりと、踏ん張って下さいまし」

そう言ったシャーリィは、エーランドの肩に股がったまま、十文字槍で窓を封じている板を斬ったのである。

人が入れるほどの穴を開けたシャーリィは、そのままエーランドの肩に立つと中に入ったのであった。

シャーリィが中に入ると、中は暗い倉庫の様になっており、そこには忍装束の夏が立っていたのであった。

「騎士科のシャーリィ・ネルソンですわ」

「知ってる、閣下の忍の夏だ。建物の内部と、囚われている者の部屋は連絡した通りで、今見張りはリビングに二人と、二階の通路に1人……二階の見張りは、殺そうか?」

「いえ、案内だけで頼みますわ」

「了解した」

そう言っていると、静かに窓から次々と生徒が入って来て、最後のエーランドが入って来ると、シャーリィは説明し出したのであった。

「皆、聞いて。建物の内部等は、情報通りですわ。

見張りの者は、リビングに二人と、二階の通路に1人。二階へは、閣下の忍が案内しますわ。

予定通り、二階はフェイが率いて制圧。一階は私が……ここからは、敵に情けをかけると、確実に死にますわよ」

そのシャーリィの言葉に、全員が頷くと、シャーリィは静かに言ったのであった。

「では、行きましょう」

そう言ったシャーリィ達は、静かに扉を開いて、廊下に出ていったのであった。