Another Life

Pandora's Past

演習のあった翌日、左近が執務室でいつもの様に書類にサインをしていると、何やら扉の向こう側から、騒がしい声が聞こえて来たのであった。しかも、その声の主は、ママである。

……煩いなぁ、今日は平穏でいたかったのだが、何だよ。

そう思いながらも左近は、クロエに合図を出すと、クロエを待たずして突然中に入り、左近の机を叩いて言ったのであった。

「おいコラ左近よ、演習に私とジャックが出入り禁止って、どう言う事だコラ。

それに、新しく城を築城する様だが、私には話は来なかったぞ。それも、どう言う事だよ」

……既に終わった事じゃん。今更、そんな事を言うのは、何かあるな。

そう思った左近は、めんどくさそうに言ったのであった。

「で、本題の話は?

最近は、ママの交渉術にも慣れて来てな。話の本題を通りやすくする為に、恫喝して相手に罪悪感を与えて、交渉する……俺には、もう分かっているよ」

その言葉を聞いたママは、悔しそうに舌打ちをして、ソファーに座ると、脚を組んで言ったのである。

「その言い方は、少しムカつくよ。他にも言い方があるだろう。

まぁ良いさ。今度ルタイ皇国の大和に出店する、ハンザ商会の支店の話だが、例の寺社仏閣の妨害の話な……それに、対応できる人材がいないんだよ。

いや、腕っぷしの強い野郎は、揃っているんだ。しかし、頭を使って何とか出来る奴がいないんだよ。

そこでだ、今、情報局で軟禁状態にいるヒメネスを、貸してほしいんだよ」

「……いや、無理だろう。アイツは反逆罪で、収容する場所が無いから、今は情報局で、軟禁して強制労働中だし。

それをルタイ皇国に出国させて、その事を帝国にバレたら、色々な意味で不味いだろう。そうでなくても、俺は次に、何かやらかしたら、切腹なんだぞ」

「……お前、何かやったのか?」

そう言ってママは、驚いた表情で左近を見ると、左近は思わず目を背けたのであった。

やっべ、つい口が滑ってしまった。

「いや、まぁ……何て言うか、色々とバレて、今は1年間ルタイ皇国の本国に、入国禁止になった訳だ。

まぁ帝から、次は切腹……つまり自分で腹を斬って、苦しんで死ぬ刑罰だぞと言われているので、あんまり無茶は出来ないんだよ」

「……お前、あの帝にそこまで言わせるなんて、何をやらかしたんだよ。

まぁ良いさね。でもさ、そこを何とか、情報局の潜入って事でも、何でも適当に理由でもつけてさ、やってくれよ。

何なら、お前の親戚の大和守に、監視役を頼むとかしてさぁ……頼むよ」

相変わらず、滅茶苦茶言ってくるなぁ。しかし、あんまり大和守に、迷惑をかけるのもなぁ。

でも、ママの人選は、間違ってはいないだろう。こう言った事なら、ヒメネスは最高の人選だ……大和守に相談しようかな。

「クロエ。そう言えば大和守達が、収穫祭見物に来ると、言ってなかったか?」

左近にそう言われたクロエは、パラパラと手帳を調べて言ったのであった。

「確か、今月の27日から30日まで、一家と姫様達で、レイクシティに来られますね」

「んじゃ、その時にでも、大和守に話を通しておいてやるよ。これは、1つ貸しだからな」

「おお、ありがとうな。これで、タダでヒメネスが使えるよ」

そう言ったママは、笑顔で出ていくと、クロエはボソッと言ったのであった。

「あれ、完全に人件費を浮かせるつもりですね」

「……俺もそう思うよ」

そう言った左近は、頭を痛めていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

東暦2年、10月26日木曜日。その日夕方に、ルタイ皇国の御所の待合室では、大和島家、五条島家、十津川島家、の三家の当主と、兵庫が集められていたのであった。

四人が無言で、顔を合わせていた。四人が集められていると言う事は、誰も何も言わないが、確実に左近が何かをやらかしたのだと、容易に想像が出来る。

四人は、胃が痛む様な気持ちで、無言で黙っていると、ボソッっと清隆が兵庫に言ったのであった。

「柳生殿……もしや、湖国殿が、何かやらかしたのか?そなたは、佐倉家の京屋敷家老であろう。心当たりは無いか?」

「いや、それが……心当たりが多過ぎて、何れの事やら、検討がつきませぬ」

その言葉で、清隆は顎が外れたかの様に、唖然として兵庫を見ていると、襖が開き、正成がやって来たのであった。

「用意が出来ました、こちらにどうぞ」

そう言って、正成は丁寧に四人を案内したのである。

おい、女中では無く、左大将自らの案内だと!清興殿よ、一体何をやらかしたと言うのだ!

そう思いながらも、大和守が正成についていくと、公式な場所の紫宸殿では無く、清涼殿の方に案内されたのであった。

紫宸殿では無く、清涼殿だと!

思わずその場の誰もが驚いていると、案内された先には、帝と関白、大政大臣の三人が座っていたのであった。

これを意味するのは、表に出せない話。それもルタイ皇国の、最重要機密と言う事である。

四人は、静かに座ると、帝を守る様に、正成が背後に座り、大政大臣が話を切り出したのであった。

「先に断っておくが。本日、清涼殿に来てもらった意味は、その方達ならば分かるな?」

その言葉で、全員が平伏し、大和守が代表して言ったのであった。

「もちろんで御座います。我等は、この清涼殿での話を、天地神明に誓い、外部には漏らしません」

「うむ……では、伝える。この度、冷泉 永富 関白殿下が、隠居の意向を固められた。

それに伴い、九条左大臣を大政大臣に、山科右大臣を左大臣に、二条内府を右大臣に昇進させ、ワシは関白と摂政を兼任する事となった……何だ、兵庫助よ。嫌そうな顔をしておるな?」

思わずそう言った大政大臣の言葉で、その場の全員が兵庫の顔を見ると、兵庫は明らかに、嫌そうな顔になっていたのであった。

そして兵庫は、冷や汗をかきながら、大政大臣に言ったのである。

「おそれながら申し上げます。この話の流れでいくと、我が義父上の権大納言様を、内大臣に昇進させようと言う話なのでは?」

「流石は、兵庫助だ。今回も頼むぞ」

笑顔でそう言った大政大臣に、兵庫は真っ青になりながら言ったのである。

「無理です!絶対に無理です!前回、某は、義父上に槍で殺されそうになったのですぞ。次は、必ずや殺されます」

その兵庫の言葉と挙動で、大和守達は疑問に思い。彼等は、何れ程その話が難しいのかが、理解できていなかったのであった。

その疑問を、清隆は大政大臣に質問したのであった。

「おそれながら申し上げます。内大臣就任の話は、誰もが喜び引き受ける事と思いますが?」

その質問に答えたのは、呆れながら、肘掛けに肘を置いて、ため息混じりに言った帝であった。

「このルタイ皇国で、どうにもならん事がある……それは、湖国のひねくれた性格じゃ。

湖国には、降格や官位剥奪は、むしろ褒美じゃ。昇進し仕事が増えてこそ、刑罰に等しい。

湖国は緊急の場合は、損得勘定抜きで、私を助けるだろう。だがそれ以外の、平治の時は、官位や領地と言う首輪を繋いでおらねば、本当に何もせぬのじゃ……あやつは……あやつは……」

そう言った帝は、頭を抱えて塞ぎ込んで言ったのである。

……清興殿よ。帝にここまで言わせるなんて、本当にお主は、今までよく殺されずに来たものじゃな。

思わずそう思っている大和守の目の前で、関白が帝の膝を揺すり言ったのであった。

「帝…帝……」

「おお、そうであった。すまんな。

まぁとにかく、そなた達には、湖国が内大臣就任を引き受ける様に、説得して欲しいのじゃ。前回は、スターク議長と、ノイマン公と、兵庫助と、妻や子供を総動員して、何とか了承しおった。

今回はそれをすると、レイクス国王がついてくる事になる。関白、大政大臣の話では、レイクス国王は湖国を何とかして、フレシア王国に引き込みたい様じゃ。

それだけは、何とか避けねばならん……ここは、頼まれてくれるな?」

『ははっ!』

そう言って、全員が平伏して了承したのだが、兵庫の頭には、絶望の2文字が横切っていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「さて、帝にはああ言ったものの、どうする兵庫よ」

京屋敷に戻って来た四人は、広間で作戦会議を初めていたのであった。帝には了承したものの、前回がどう言ったものであったのか知らない三人は、兵庫を見詰めて、大和守が代表して聞いたのであった。

だが、兵庫の答えは、驚くべきものであった。

「全く作戦は無いとは言えませんが、誰か殺される覚悟をしておいた方が、宜しいかと思います」

「そ、そんなにか?」

思わずそう言った清隆は、とても信じられない様に、兵庫に質問すると、兵庫は真剣な表情で、答えたのであった。

「ええ……義父上の本気になった動きは、某も全く見えません。前回も、気が付けば目の前に、義父上の穂先があり、パンドラが止めておりました」

その言葉に三人がゴクリと生唾を飲むと、珠がお茶を全員の前に出しながら、言ったのであった。

「父は、時を止める事が出来るからですよ」

『何?』

思わずその場にいた者全員が、驚き叫んだのだが、珠は平然と答えたのである。

「本当ですよ。父と私とパンドラは、時を止める事が出来るのです。

まぁ私は、ほんの一瞬ですけどね。父やパンドラでしたら、もう少し止めれるのでしょうが……多分、大きくなった佐吉も、時間を止めれるでしょうね。

そう言えば、以前スターク議長が仰っていたのですが、父とパンドラが、一瞬で数多く居る魔物を殺したと言ってましたので、おそらく、二人で交互に時間を止めて、殺したのでしょう」

その言葉に、兵庫が腕を組んで、思い当たる事がある様に、言ったのであった。

「そう言えば以前、ウェンザー王国の数百名がレイクシティに攻め込んで来た時に、義父上とパンドラが一瞬で殺していた。確かその時に、アシュラ大佐も、義父上とパンドラは時を止めたのではと、言っていたな」

その兵庫の言葉で、一瞬の静寂が包まれていると、大和守が話を切り出したのであった。

「では、柳生殿よ。貴殿の策を聞いてみても、宜しいか?」

「それは、茶々様に頼む事です。

茶々様ならば、義父上と、その昔、苦楽を共にした仲で、義父上の扱いに一番長けております。ここは、茶々様に頼みましょう」

「しかし、それは……帝が申されておった懸念に、繋がるのでは無いか?」

オジジ様の言う事は、誰もが思った事であった。

茶々は、レイクスの娘である。その茶々に話すと言う事は、即ちレイクスにも話が伝わり、妨害が入るのかと言う事であり、そもそもレイクスに伝わる前に、拒否する可能性もある。

だが、珠は自信に満ち溢れた笑顔で、オジジ様に言ったのであった。

「それは大丈夫でしょう。いくら親が、レイクス陛下と言えど、母は心は佐倉家の者です。

もしも、祖父のレイクス陛下と父が敵対すれば、母は迷いもなく、父の側につくでしょう。実の娘が言うのです、間違いありません。

まぁでも、念のために、私とパンドラが居た方が良いかも知れませんね。明日にでもあの子に会いますので、私から伝えて起きましょうか?」

珠……茶々の実の娘と言う事は、レイクス陛下は実の祖父だと言うのに、まるで他人の様に話よる。

しかしここは、任せるしかあるまい。

そう思った、大和守は珠に任せる事にしたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日の27日金曜日。その日の体育の授業で、場内でシャーリィ達が戦っている横で、珠とパンドラは壁にもたれ掛かり、小声で話していた。

もちろん内容は、左近の内大臣就任の計画の話である。

「ふぅ~ん、内大臣ねぇ。朝廷もお父様が内大臣なら、ある程度、朝廷の政治にも、アドバイスをもらえるって思っているのかねぇ。

でも、絶対に嫌がるよ。ウチらのグータラ親父は」

そう言って、やる気の無さそうに座り、シャーリィ達の動きをパンドラは見ていた。

「まぁ、そこは母上に、何とかしてもらうしかないでしょう。とにかく、日程が決まったら、教えるから貴女も来てよね」

すっごく面白く無さそうだけど。まぁ内大臣になれば、権力も大きくなり、パーヴェルの駒相手に優位に立てるから良いかも知れない。

本当は、何処かの大きな国なら良いんだけど、あの神楽隊の能力や、侍の能力等のルタイ皇国の戦力は、今後の大戦に必要だし、仕方がないか。

「うん、分かった。手伝ってあげよう……何よ?」

そう言ったパンドラの目線の先には、驚いたかの様に、目を大きく開ける珠がいたのであった。

「いや、貴女が素直に了承すると思って無かったので、少々面食らったと言うか……あ、もしかして、お父様のゲームの事に関係あるの?」

「何処から……って義兄様にか。あの人は、お姉ちゃんには、口が軽すぎるよ」

「で、どうなのよ。貴女と、どう関係あるの?」

その言葉で、パンドラは暫く考えてから、珠に小声で言ったのであった。

「まぁこれは、お父様の、望みでもあったのだけど……魔王パーヴェルを、殺してほしいってね。こっちも都合が良いから、問題は無いのだけどね。

……誰にも言っていないのだけど、アイツとは昔から因縁があったのよ。私がこの世に召喚されたのは、全部で3回。

一度目は、大昔の人間が召喚した。名前は、聞く前に殺しちゃったから知らないけど。

望みは、この世から、亜人や獣人を滅ぼしてくれって内容だった。まぁ契約通りに殺しまくって、まぁ人間もついでに殺しまくった所で、契約期間が終わり終了。

後で聞いたら、私の事、厄災って名前がつけられて、おとぎ話になってやんの。

二度目は、召喚した者の名前は、ヨハネス・ウェンザー。望みは、この大陸を手に入れる事。

契約や召喚術は、滅茶苦茶だったけど、ヨハネスの魂を条件に、面白いから手を貸してやった。でも、アイツは大陸を手に入れるだけじゃなく、私に内緒で、ルタイ皇国にまで手を出したの。

それが面白くなくて、条件だった魂を頂いた訳。でも、クソッタレの神が横槍を入れてきて、契約条件の魂は手に入らず、地獄に戻された。

契約条件の魂を貰えなかった悪魔は悲惨よ。原初の悪魔でも、下に見られて、常に戦いを挑まれるの……誰も従わなくなった。

でも、バスティとテスタだけは違った。あの二人は、最初の頃から、ずっと一緒にいてくれて、テスタは私が寂しいだろうって、リンやロビン達を配下として連れて来てくれた。

でも、そんな私にも運が向いて来たのよ。お父様に召喚され、お父様はそのゲームに巻き込まれていた。

そして、お父様の目的の1つは、パーヴェルを倒す事。パーヴェルは、神がヨハネスの魂で作った魔王なのよ。

お父様は、神の使い……って事は、今度こそ、クソッタレの神の邪魔は、入らない」

「ふ~ん。それってさ、あんた、何も悪くないじゃん。

悪いのは、契約に横槍を入れた神なだけで、あんたは何も悪くないよ」

珠の言葉を聞いたパンドラは、かなり驚いた様子で、おそるおそる珠に聞いたのであった。

「いや、だから私は、悪魔だよ」

「うん、それは知ってる。だから、何?

それにね、今の貴女の身体には、父上の血が流れている……って事は、あんたは父上の娘で、私の妹って事じゃない。佐倉家の者は、誰にもナメられるのは許されない……例え相手が神でも何でも、売られたケンカは、全て買うの。

今回は、その魔王パーヴェルと、神が喧嘩を売ってきた。貴女に喧嘩を売ってきたなら、それは私にも売ってきたって事よ。相手が誰であれ、多勢に無勢、私も手伝ってあげるよ。

それに、あんたはもう、私達の様な、配下でも何でもない、対等の家族がいるじゃん」

珠のその言葉に、パンドラは、思わず感動しながらも、ちょっと言いにくそうに言ったのであった。

「んじゃ、ちょっとお願いがあるんだけど……良いかな?ここまで話したお姉ちゃんにしか、相談できないんだけどね」

「何よ?」

「実は、煉獄に行った時に、ルキフェルってキザったらしい奴に、求婚された訳よ。まぁその時に、売り言葉に買い言葉で、了承しちゃった訳。

もしも、そいつが来たら、助けてくれない?」

その言葉で、珠は唖然とし、パンドラの頭を叩いて言ったのであった。

「バカ者、自業自得だ。それくらい自分で何とかしろ」

「痛ぁ。さっき、格好いい事言ってたじゃん」

「うるさい……とにかく、その根性を叩き直してやる。木刀を持って、私と地稽古よ」

そう珠に言われて、うんざりしながらもパンドラは、勝利したシャーリィと入れ代わったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その日の放課後、フェイと、源太郎以外の騎士科の生徒達は、学園から姿を消して、左近の道場に集合していたのであった。

最後のイーライが、空間転移で道場にやって来ると、パンドラは言ったのである。

「イーライ、源太郎は?」

「ああ、明日に向けて、何かを作っているので、そのままにして出てきた」

「よし。んじゃ念のために、私の部屋に移動するよ」

そう言ったパンドラは、空間転移を開いて、邸宅のパンドラの部屋に移動したのであった。

初めて見るパンドラの部屋に、生徒達はキョロキョロと見渡していると、パンドラはベッドに座りながら、言ったのであった。

「あんまり見ないでよ、恥ずかしいから。まぁみんな、適当に座ってよ」

パンドラに促され、生徒達が座った時であった。パンドラは扉の向こう側に気配を感じ、それは生徒達も同じだった様で、シャーリィが音もなく扉に近付き、生徒達に目で合図を出して、扉を開けると、そこにいたのは。しゃがんで扉に耳を立てて、盗み聞きしていた、小夜と亜子と麻紀の三人組であった。

「しまった、今日は3バカが、泊まりに来ているんだった」

生徒達の注目を浴びて、ばつの悪そうに入って来た小夜達に、パンドラは呆れて言ったのであった。

「ちょっと、パンドラ。それ、酷くない」

「酷いも何も、そのままじゃん……で、何やっていたの?」

その言葉で、何やら照れ臭そうにしている小夜に代わって、麻紀が言ったのであった。

「それがさぁ。ちょうどこの部屋の前を通ったら、話し声が聞こえて、小夜がパンドラが男を連れ込んでいるかも知れないから、聞いてみようって」

……おい。いろんな意味で、おい。

本当に連れ込んでいたら、コイツらどうするつもりだったのだろうか。

パンドラが、そう思いながら呆れていると、シャーリィが扉を閉めて言ったのであった。

「所でパンドラ。私やイーライは、存じておりますが、他の皆にも紹介したらどうですの?」

「まぁ、それもそうね。この子達は、私の一族の者で、この、うるさいのが、大和島家の小夜。んで、この無駄に身長の高い、大人しい子が、十津川島家の亜子で、この、チンチクリンなのが、五条島家の麻紀」

……完全に、悪意のある紹介だな。

誰もがそう思いながらも、自己紹介をしていくと、パンドラはめんどくさそうに、三人に言ったのであった。

「まぁ、あんた達も、その辺りに座りなよ。あんた達が外にいると、他にも興味本位で聞きに来る人いるから……特に、ラナお母様が」

パンドラにそう言われ、小夜が文句を言いながらも、三人が座ると、パンドラは話を切り出したのであった。

「それで、早速本題に移ろうじゃないの。シャーリィ、情報をまとめて、みんなに説明して」

「分かりましたわ。先ずは、今までの概要を説枚しますわ。

以前よりあの二人は、好き合っておりましたの。そこでパンドラが、ルタイ皇国の伏見の花火大会の時、二人っきりで、警備をさせたら……何と、あの源太郎が告白しましたの」

その瞬間、大きな歓声が上がったのだが、ジョゼットが疑問に思った事を聞いたのであった。

「ちょっと待って、その情報は何処から?情報には、正確性が大切だよ」

「そこは問題ない、連合軍の情報局に、集めさせた。それも、一番腕が立つ長谷川少佐に頼んだので、情報は正確だ」

パンドラ……陰で、そんな事をしていたのですね。それにしても、長谷川少佐……おそらく理由は、聞かされていなかったのでしょうね。

「と、とにかく、その源太郎の告白に、あのバカな子は、答えを保留にし、収穫祭の時に答えると言いまして。本日、明日の収穫祭に、フェイが源太郎を誘いましたの」

その瞬間、生徒達からは『おお~!』と歓声が上がったのだが、シャーリィがそれを手で制すると、歓声はピタリと止み、生徒達は真剣に聞いたのであった。

「ですが、あのバカ……もとい、フェイは手紙を書いて、源太郎の机に入れましたの」

「おい、それって……」

「ええ。エーランドの想像通りに、あのバカ源太郎は、今だかつて、教科書を机に入れっぱなしで、持って帰った事が無い!まさに勉強とは、無縁の男ですわ。

そこで、私がこっそりイーライに渡しましたが、その先はどうなりましたの?」

その質問にイーライは、呆れたかの様に言ったのであった。

「源太郎に、お前宛の手紙を渡した所、手紙を読んで真っ青になり、何かを作っていた」

「あいつ……完全に忘れていたな」

エーランドのその言葉で、全員が頷くと、シャーリィは再び説明し始めたのである。

「まぁ源太郎の事は、置いておいて。同室のアリソンの情報によると、学園前の駅で待ち合わせて、二人で収穫祭に行く様ですの。

ただ問題は、二人とも勇者で、空間転移が使えますので、何処に行くのか、分かりませんわ。ですが、分かっている事は1つ……学園の中央広場の大きな木の下で、フェイはプレゼントを渡して、源太郎の想いに応える様ですの」

その言葉で、その場の全員の目がキラキラとなっていたが、ジョゼットはある事に気が付き言ったのであった。

「でもさぁ、学園の中央広場って、結構人が多いよ。フェイって、ただでさえ自分の気持ちを伝えるのが下手なのに、そんなに人が居たら、緊張して言えないんじゃ無いかな?」

その質問に答えたのは、パンドラであった。パンドラは、レイクシティの地図を取り出すと、絨毯の上に広げて言ったのであった。

「そこで、我等騎士科の登場よ。フェイのあの性格からして、人前でそう言った事は出来ない。

なので、私達が中央広場を封鎖して、通る人には空間転移で送ってあげるのよ。そうすれば、広場で二人っきりになれて、フェイと源太郎が結ばれる。

それとレイクシティの収穫祭は、各地方の収穫祭を集めた様な祭りだから、多くの人が来ている。なので町にも出て、二人の邪魔になりそうな者は、私達が全て排除するの。

もちろん、奉行所の方にも、話を通しておくから、学園には秘密で、思いっきり暴れる事ができるよ」

パンドラが、そう言った時であった。小夜が手を上げて言ったのである。

「ヴァルキアの奉行って、確か藤林 久恒よね?

久恒なら、元々が大和島家の家臣だったから、小さな頃から知っている。私達は明日、珠姉の家族と一緒に収穫祭に行くから、その時にでも話しておくよ」

「小夜、助かるよ。さて、どうする?」

そう言ってパンドラが生徒達を見渡すと、ジョゼットが言ったのであった。

「しょうがない、二人の為に、やりますか。フェイには、宿題を写させてもらっているからね」

その言葉を切っ掛けに、誰もが賛同したのであった。

「よし。んじゃこれから配置と役割を決めるよ」

そう言ったパンドラの周辺に、生徒達が自然と集まり、作戦会議は、遅くまで続いたのであった。

……パンドラ、帰って来ているのか?

風呂に入り、寝室に向かう左近は、パンドラの部屋から漏れでる明かりと、微かに聞こえる生徒達の声でそう思っていたが、邪魔しては悪いと思い、寝室に向かったのであった。

暗い廊下を歩いて、寝室に入ると、そこには、既に茶々がベッドに入り、兵法書を読んでいたのであった。

左近は、部屋に入ると、笑顔で言ったのである。

「何だか、パンドラが友達達と、帰って来ている様だ。さっき部屋から、声が聞こえていたよ」

そう言って左近は、椅子に座ると、茶々は本を置いて、左近の背後に回ると、魔法で左近の髪を乾かしながら言ったのであった。

「あんまり遅くなる様なら、注意しないといけませんね」

「ハハハ。何だか茶々は、パンドラの本当の母親の様だな」

その言葉に、茶々は少しムスッとしながら言ったのである。

「本当の母親だと、思ってますよ。今度生まれて来る子供達も、全て私の子供だと思っています」

そう言えば、アイリス達と茶々は、そんな事を言っていたなぁ。

「そう言えば、そうだな。すまなかった」

そう言って左近は、素直に謝罪すると、髪の毛を乾かし終わった茶々は、布団に入りながら、左近に話し掛けたのであった。

「そう言えば今日、珠に聞いたのですが、清興様は以前、征夷大将軍の就任の話を断ったとか?

権大納言就任も、一苦労だったとか聞きましたけど、どうしてです?」

珠め、本当に茶々には口が軽い。

「大名になるつもりは、無かったんだ……正直に言うと、石田の殿よりも、出世はしたくは無かった。

それと三度目の人生だ。今回こそは悠々自適に、のんびりと暮らしたいよ……疲れた」

「今は、どうですか?」

「今か……まぁ石田の殿と、再び会って思ったのだが。あの人も、新しい別の人生を歩んで、過去には囚われていない様だった。

それなのに俺だけ、囚われて……バカみたいだな」

そう言って左近は、布団に入り茶々の隣に寝ると、天井を見上げて言ったのである。

「俺はこの世界で、ルタイ皇国の帝は、何としてでも助けたいと思っている。

でも、皆でナッソーに引きこもり、悠々自適に暮らしたいって気持ちも、未だにあるんだ。一番は、ナッソーに引きこもり、何かあれば、帝を助けに行くって形かな。

ちょうど、筒井家を辞めて、京で暮らしていた時の様にだな」

その言葉で、茶々は左近に寄り添いながら言ったのである。

「あの時は、本当に幸せでしたね……でも、私にもあの時は、不満がありましたよ」

その言葉に、左近は驚いた顔をして、茶々に言ったのであった。

「マジかよ。確か石田家に仕官して、出ていく時に、最後まで家にいて、行くのは嫌だって言っていたじゃないか?」

「そうですよ。でも、あの時からです、清興様は、私を抱き締めて、頭を撫でるのでは無く、膝枕になったのは。

筒井家では、どんな時も、抱き締めて頭を撫でてくれたのに……」

そう言った茶々は、頬を膨らませて、左近を見たのであった。

あの時は、花街に行って、白粉の匂いがついていたからだけど……言えねえよ。

そう思いながらも左近は、茶々を抱き締めて、頭を撫でると、耳元で言ったのであった。

「すまんな。これからは、筒井家にいた時の様に、いつまでも頭を撫でてやる」

「…うん……でも、人前で口付けだけは、止めて下さいね」

「ハハハ。そう言えば、そんな事があったなぁ……あの頃の筒井家の様な家を、作りたいよな……」

思わずそう言った左近であったが、茶々の答えは違ったのであった。

「そうですね……でも、それは、難しいでしょう」

思わず茶々を引き離した左近は、茶々の顔を見て驚いていると、茶々が冷静に言ったのである。

「ルタイ皇国の食糧難は、かなり深刻ですし、まだまだ民は、食べる物に困っています。これは、朝廷の政治を改革しなくては、どうにもならないでしょう。

そして、我が父のレイクスは、この連合軍を狙っていますし、下手をすれば、議会を牛耳られますよ……問題が山積みなんです。それに、今後のルタイ皇国は、荒れますよ」

何だ?何が、言いたいんだ?

「何か、情報をつかんだのか?」

その言葉に、茶々は不安そうな顔で言ったのである。

「今年いっぱいで、関白殿下が隠居され、西園寺大政大臣様が、関白と摂政を兼任されるそうですよ。

後は、他の御方達が、官位を1つ上げて、内大臣を清興様にやって欲しいそうです」

「……その話、誰から聞いた?」

「兵庫が聞いて、珠が私に相談して来たのです。しかし清興様は、絶対に嫌がるだろうって。

でも、このままでは、ルタイ皇国は何も改革出来なくて、民の暮らしはあまり良くならないでしょう」

確かにそれも、一理あるが……嫌な予感がする。

「それで茶々は、珠に何て言ったんだ?」

その左近の言葉に、茶々は笑顔で左近に言ったのであった。

「心配しなくても、内大臣を引き受けますよと、言いましたよ」

「お前なぁ……」

そう言って、頭を抱える左近を、茶々は抱き締めて、頭を撫でながら言ったのである。

「私ね、清興様は、変わってしまったんじゃ無いかと思っていたの。でも、この間の、嫌な事があって、お酒を飲んで暴れていたりとか、筒井家を懐かしんでいる事とか聞いて、何も変わっていないって思ったし、珠に言った事は、間違いじゃ無かった……絶対に清興様は、内大臣就任を引き受けてくれるって、確信したの」

「どうして分かる?」

「だって、悠々自適な隠居生活する為には、今のままでは、清興様は絶対に後悔するから。

だって、友と呼ぶ帝が、民が苦しむ姿を見て悲しんでいるのよ。清興様なら悩むだろうけど、最後は助けようってなるよ。

さっきも言ったけど。今断り、他の誰かが内大臣になれば、ルタイ皇国の改革は無理でしょ?

後悔して、内大臣になっておけば良かったぁってなるより良いじゃない。

それにさ、あの頃と違い、清興と私は、この後、数百年間は一緒にいれるのよ。その内の数十年頑張り、子供達の、住みやすい世界にして、残った数百年を私と隠居生活ってのも、良いんじゃない?」

……本当に、こいつには、かなわないな。

「分かった……お前には、これから迷惑をかけると思うが、良いかな?」

「もう既に、かけられています……だから、いつまでも私を抱き締めて、頭を撫でて下さいね」

そう言った茶々の腕に力が入り、左近は茶々を優しく抱き締めて、口付けをしたのであった。