Another Life

Exotic Weddings

東暦2年12月3日日曜日。この日は朝からセントラル城は、異様な雰囲気に包まれていた。

慌ただしく動いている者達は、フレシア王国からやって来た、奴隷の使用人達であり、セントラル城の使用人達は、その様子をただ眺めているだけであり、警備隊と騎士団の者達は、明かに殺気立っていたのであった。

理由は簡単である。左近と茶々の結婚式の準備は、宗教の関係で、ムサマ教の者しか、準備を含め式場に入る事は出来ない。その為に、フレシア王国の奴隷の使用人達が、働いていたのである。

結婚する左近は、今回は特例として式場に入るのは認められたが、佐倉家の者の者達でさえ、宗教が違うとして、参列は認められなかったのであった。

これに異論を唱えたのは、パンドラ以外の各騎士団の団長であった。彼等は、左近に何かあればどうすのかと詰め寄ったのだが、左近は「大丈夫だ。心配なら、式場の警備を外からやり、俺が殺されれば、中の者を皆殺しにすれば良い」と言ったので、警備隊と騎士達は、殺気立っていたのである。

知らない者から見れば、まるでこれから、戦が始まるのでは無いか。そんな空気を出しながら、警備をしているセントラル城の待合室で、左近は真っ白な牧師の様な服を着ていて、1人で待機していたのであった。

そんな中で、待合室の扉がノックされて、ニックが入って来たのである。

「おお、殿では御座いませんか。此度は某の為に、親族の代わりになって頂き、誠に恐悦至極に……どうなされた、殿?」

そう言って不思議そうに、ニックを見る左近の目線の先には、まるで苦虫を噛み潰したかの様な顔をしている、ニックがいたのである。

「その、殿と呼ぶのは、もう止めてくれ。今のお前は、俺の家臣でも無いし、正三位の権大納言だぞ」

「それでも、殿は殿で御座います」

そう言った左近の笑顔に負けてか、ニックは諦めたのか、そのまま座ると、左近に言ったのであった。

「俺は、お前に謝りたかった。水口の城主の頃から、お前は俺に対して、何度も忠告していたのに、俺はその忠告を何も聞き入れなかった……最後の夜襲の策でさえ、聞き入れなかったな。

あの時は、本当にどうかしていたよ……本当にすまん」

そう言ったニックは、左近に頭を下げたのだが、左近の声が何も聞こえず、不安になり顔を上げると、左近は顎に手を当てて、不思議そうにニックを見ていたのであった。

「……どうした?」

思わずそう言ったニックに、左近は首を傾げて言ったのである。

「本当に、あの、ひねくれた殿で御座いますか?某が知っている殿は、例え自分に非があろうと、決して謝罪する御方では無かったですぞ」

「何?」

思わずそう言ったニックは、左近を睨むが、左近は臆すること無く言ったのであった。

「ですが、ひねくれてはおりますが、自分の正義に……信念に、命を賭ける、一本筋の通った御方でした。某は、そんな殿だったからこそ、友になったのですよ。

まぁ正直に言いますと、出陣の日程を遅らせるのも却下され、金吾殿の警戒を却下され、夜襲を却下され頭を、かきむしるほど発狂しましたが、殿と出陣した最後の戦は楽しめました。

某が感謝する事があっても、謝罪される事は無いですよ」

「左近よ、こんな俺でも、未だに友と、言ってくれるか……」

「ええ。俺達の関係は、終わる事はありません」

そう言った左近の笑顔に、ニックは少し潤んだ目で、悪態をついたのであった。

「ふん、男に好かれても、何も嬉しくは無いの。それに、先程の言葉は、俺を誉めているのか、貶しているのか、分からんではないか。

それとだ、俺の事をひねくれていると言ったが、左近の方がひねくれておるだろう。いや、ひねくれの度合いが、この世界に来て、格段に上がっておる。

これでは、茶々様も苦労するわ。いや、前から御主に、苦労をかけられておった様だな。

それに何だ、御主の息子の名は。毎回、御主の家に行くと「佐吉、佐吉」と声がして、毎回身体が勝手に反応する。あれは、何とかしろ。

御主の息子が、アイリス殿に怒られていたら、俺が怒られている様に感じるし、可愛いとか言われては、身体がムズムズするわ」

そう言って、自分の不満を左近にぶつけると、左近は何とも言えない、懐かしそうな笑顔で、言ったのであった。

「どうやら、いつもの殿に、戻られた様ですな」

その言葉を聞いたニックは、服を正し冷静な顔で言ったのであった。

「ふん。その若々しい顔で言われたら、気味が悪いわ。

それよりも、今回の結婚式の事だが……お前、頭に入っておるか?」

「……全然。それが最近は、連合軍の仕事をしながら、貴族の相手をやって、更にはルタイ皇国の仕事まで……無理でしょう。

どうせ、殿の事です。これから説明してくれるのでしょう?」

「……そうハッキリと言われたら、ムカつくな。まぁ良いだろう、今日はお前の親代わりだ。恥だけはかかない様にさせねばな。

まずは、茶々様が待つ会場に、お前が俺と入って行き、二人でムサマ教の導師に、ありがたい話を聞かされる。この時、絶対に寝るなよ。

それとだ、ムサマ教は婚前の男女が、一緒に住むのは厳禁だ。一応、茶々様はフレシア王国にいて、御主とは今回、二度目に会うと言った建前になっているので、それを忘れるな」

「心しておきましょう。所で、この指輪は、やはり、ありがたい話の後に、茶々の指に某がはめて、口付けをするので」

そう言って、プラチナの指輪を取り出した左近を、ニックは驚きながら言ったのであった。

「ルタイ皇国では、婚姻の時に、口付けをする風習なのか?」

「いえ、違いますよ……あくまでも、某が、そう思っただけです」

「まぁ、そう言う事にしてやろう。そんな事をやれば、怒り狂って、王妃様が倒れてしまうぞ。

その指輪は、俺が預かる。俺が御主に差し出したら、茶々様に着けてやれ。

それで、ありがたい話の後に、大皿に乗った鶏肉と、トマトと言う野菜を煮込んだ料理が出て来て、お互いに同時にスプーンで食べさせる。二人とも白い服を着ているので、落として服にその料理がつくと、天使がこの結婚を中止しろと言っている事になるので、その場で破談になる。

なので、スプーンに掬うのは、少量だけで良いからな」

……トマトってこの世界にもあるんだ。じゃ無くて、何だよ、その合コンの時の様な、ゲーム的な結婚式は!

宗教ってよく分からん。でも、これって、どちらかが嫌なら止めれる、救済措置なのかな?

「了解しました。その後は?」

「それが成功すると、次は新郎から新婦に贈り物だ。今回は、その指輪だな。

ああ、その前にこれがあった。導師から差し出された契約書に、二人で署名する。

その契約書は、一時婚と永年婚の二種類あり、ムサマ教徒では無い左近は、一時婚になる。まぁその期間は千年で、殆どが永年と同じなのだがな。

因みに、一度署名すると離婚は、認められんからな。離婚すると、国王でも処罰される。

全て終わった後は、宴だが、酒は出ないぞ。酒はムサマ教で、禁止されているからな」

「殿は、今でも下戸で?」

「ああ、この世界に転生して、ムサマ教があって助かったよ。

だが、その宴は覚悟しておけよ。正直、お前はフレシア王国の貴族達に、良くは思われていない。

まぁ、あの様な事もあったから、誰も近寄らないとは思うが、妬み等は我慢する事だ」

ああ、あの謁見した時の事か。あの時は、無茶やったもんな。

「分かりましたよ。殿の顔を潰す事になるので、大人しくしておきます」

「それが、一番怖いのだがな」

そう言って、表情が固い笑顔で言ったニックを見て、左近は懐かしい感じになっていたのであった。

やがて、昼前になると、左近の扉がノックされて、人間の奴隷の使用人が入って来ると、頭を下げて言ったのである。

「お待たせいたしました。準備が出来ましたので、此方にどうぞ」

「分かった。左近、行くぞ」

そう言ったニックと左近は、二人で一階にある結婚式会場に向かったのであった。

まさか男二人で、バージンロードを歩くとは、思わなかった。何か変な感じだな……いや、現代もバージンロードを男も歩くのかな?

現代で結婚した事がないから、わかんねえな。今度、唯にでも聞いてみよう。

思わず緊張を紛らわせる為か、左近が余計な事を考えていると、大きな扉が大きな扉がゆっくりと開き、初めて見る中の光景が、左近の目に飛び込んできたのであった。

大きな絨毯を敷き詰められた会場に、フレシア王国の貴族達が、アラビア風のカラフルな衣装で、絨毯の上に座っており、一段上がった段上には、茶々が、上半身は身体のラインが強調される、純白のウエディングドレスで、顔以外全てが、純白に包まれている姿で、立っていたのである。

髪の毛も耳も、全て隠しているのか……これはこれで、髪の毛も耳も見えないし、昔の茶々そのものだ。

そう左近が思っていると、ニックが小声で「行くぞ」と言い、二人は段上に向かって、歩き出したのであった。

何人もの、嫉妬や妬みの視線を受けて、左近が歩いて段上に上がると、茶々が段上中央の、宝石に彩られた、二人用の座椅子ソファーに座るように促すと、左近は少し恥ずかしそうに座り、茶々もそのとなりに座ったのであった。

そして、レイクスと左近の親代わりのニックが、二人の隣に座ると、ターバンを巻いた老人が二人の前に立ち聖書を読み出したのであった。

そのあまりにも長い、神と天使を讃えるその言葉に、左近はうんざりしながらも、聞いていたのである。

ふぅん。要は、神が天使の姿を模して、この世の者を作り、繁栄する為に男と女を作った。

なので、純血を破る事は、神の意思に背く事になるって事かい。しかし、種族の違う当人達を目の前にして、このじい様はよく言うよ。

しかし、神が腐女子で、源太達が天使を殺したって聞いたら、このじい様は倒れるだろうな。

そう思いながらも、聞いている左近の手に、茶々が触れて来たのであった。

茶々?

そう思い、驚きながら左近は茶々の方向を見ると、茶々は微笑み、暗に「怒らないでね」と左近に言い聞かせる様な微笑みであった。

心配してくれているのか。

そう思いながらも左近は、「大丈夫だ」と言う意思を込めて、軽く頷き、茶々の手を握り返したのであった。

やがて、話が終わったのか、導師は左近に問いかけたのである。

「では、佐倉 権大納言 清興よ。ヴィナ・フレシアス・ガルシアと婚姻の契約をする事に同意するか?」

ヴィナ?……そうだ、茶々の前の名だ。そうか、1度しか会っていないと言う設定なので、改名はしていないって事だっけ。

「同意します」

「では、ヴィナ・フレシアス・ガルシアよ。佐倉 権大納言 清興と婚姻の契約をする事に同意するか?」

「はい、同意します」

「では、ヴィナ・フレシアス・ガルシアの父、レイクス・フレシアス・ガルシアよ。娘の婚姻を認めるか?」

「認めよう」

「では、ここに天使の、ご意志を確認する為に、婚姻の贄を持ってまいれ!

見事、一度で片手でお互いの口に、料理を溢すこと無く運べれば、この二人は天使に祝福され、溢せば婚姻する事はならんとの、天使のご意志である」

その導師の言葉を合図に、奴隷達が左近と茶々の前に、大皿に乗った鶏肉のトマト煮込みを運んで来たのであった。

ナイフとフォークが無い。って事は、既に細かく切り分けられているこの鶏肉を、スプーンで茶々の口に運べば良いんだろうが……トマトスープがネックだな。

そう思いながら左近は、茶々をチラリと見ると、茶々の口元が一瞬ピクリとひきつったのである。

どうやら、同じ考えって事か。しかし、じい様は料理を見た瞬間、え!?って感じになっていたから、これは本来、スープはあまり入っていないのだろうな。

って事は、目の前でニヤついている貴族達の仕業か……さて、どうするか……スキルを使って、何とかするか。でも、こんな状態だと、確実に妨害してくるだろうな……俺は大丈夫だろうが、茶々が心配だ。

左近がそう思っていると、レイクスが発言したのである。

「導師。無作法だが、少しワシが、皆にフレシア王国の現状を、話しても良いかな?」

「陛下!」

思わず、王妃が叫んだが、レイクスは手で制すると、そのまま鋭い眼光で、導師を見詰めていたのである。

やがて、レイクスの鋭い眼光に負けたのか、導師は頷き、言ったのであった。

「良いだろう。異例だが、異教徒との婚姻だ、最初から異例だらけなのだから、仕方がないな」

「ありがとう、導師。では、皆に言っておく事がある。

つい先日、乱破の報告で、アントナム公国が我等との同盟を破棄し、エンブルク王国と元セブンス連邦で、ナブリッヒ公国に参加しなかった商人達と、同盟を結ぶ動きがあるとの報告があった。

これは、確実に我がフレシア王国を侵略する目的の同盟だと思われる。

今までバラバラで、お互いに戦もしてきた両国が同盟を結び、更には元セブンス連邦の商人達の資金力の後押しを受けて、我等の国に侵攻してくる。今まで一国相手で戦っても、勝利する事も出来ずに、食い止めるのが精一杯であったが、今度は資金力で強化された2ヶ国同時に相手だ……どんな事になるのか、フレシア王国の国民ならば、分かるであろう。

我が国は、連合に加入したとは言え、連合はその強力な武力の為に、自ら先制攻撃を禁止しておる。つまりは攻められて、初めて動くのじゃ。

さて、この中で何れ程の者が殺され、家族や民が凌辱されて、奴隷となった所で、連合軍が動くのか……」

そう言って、レイクスが貴族達を見渡すと、貴族達は全員が下を向いていたのであった。

「前以て対処すれば良いと思うだろうが、連合国は大陸の半分を手にしている、北方連合(ノース・ユナイテッド)と領土を接しており、気を抜く事が出来ない。

それに、フレシア王国は連合とは陸続きでは無く、兵力を送るには、勇者の空間転移と、海上輸送しか手は無いだろう。

そして、我等を守る剣となる連合軍の最高指揮官が、今度、義理の息子となる、この佐倉 権大納言 清興殿じゃ。

さて、ここまで言えば、この婚姻が、この国にとって、何れ程に重要なのか、バカでも分かるであろう。

そこでだ、これから婚姻の贄を、この二人が上手く口に運ぶと良い様に、祈るが良いだろう。もしも失敗すれば、まぁ諸君の苦しみは、天使が求めたものになるな……祈るとしよう」

そのレイクスの言葉で、貴族達は些細な自分達の嫌がらせが、自分達を地獄に引き込む引き金に、なりかねない事を覚り、下を向いたのであった。

さすがはオヤジ殿だな。今の言葉で、場内の今まで嫉妬や妬みの感情が無くなり、一気に、俺達にすがり付く様な空気になった。

これで、妨害しようと思う者は、余程の大バカか、破滅主義者だろう。

左近が場内を見てそう思っていると、導師が空気を読んで、左近と茶々に始める様に促し、二人は意を決してスプーンを手に取り、皿の鶏肉をスプーンで掬ったのであった。

よし、スープは殆ど入っていなくて、鶏肉のみだ……っておい、茶々!スプーンに、なみなみとスープも入れるんじゃねえよ!

思わず驚いた左近の目の前の茶々は、やってしまったと言った顔であったが、戻す事は出来ずに、プルプルと震えながら、そっと左近の口に運ぼうとしてたのであった。

おい、緊張しまくりじゃねえか。大丈夫かよ……これ、茶々の方にタイミングを合わせるしか無いよな。

しかし、二人羽織の様で、中々に難しい……

左近が、そう思っていると、茶々は緊張し過ぎて、もうダメだと思ったのか、目を瞑りエイ!と言わんばかりに、スプーンを突き出したのであった。

バカ!溢れるだろうが!タイム・アクター!

茶々の突き出したスプーンから、スープがこぼれ落ちかけた瞬間、左近は時間を止めて、スプーンを咥えたのであった。

ダメだと諦めた茶々が、再び目を開けると、そこには左近がスプーンを咥えており、安心したのか茶々は、涙を流しながら左近の差し出したスプーンを咥えたのである。

その瞬間、場内から安堵のため息と、歓声があがり、導師は二人の前に二人の後見人である、レイクスとニックが作成した契約書を差し出して言ったのであった。

「では、これより天使に祝福された両者に、二人の後見人が作成した一時婚の契約書に、サインしてもらう。両者、この内容で相違無ければ、契約書に名前を記入せよ。

尚、項目に相違ある場合は、その場所だけ斜線を入れるがよい」

……おい、これ全部キリバ語じゃねえか。こんなのは、読めないし、何が書かれているのか、全く分からんぞ。

これ、絶対にオヤジ殿なら、安心させた後だし、何かブッ込んでくるだろう。完全に、詐欺師の手口だ。

そう思いながら、左近はチラリとレイクスを見ると、何故か驚いた顔をしており、それは全く別の事に驚いている様であった。

何だ?オヤジ殿は、何を驚いている?

そう思っている左近の隣で茶々は、チラリと左近の契約書を見ると、少し眉間にシワを寄せて小声で言ったのであった。

「清興様。ここと、ここの項目に、斜線を引いて下さい。

父上の命令には、無条件で従う事と、子供が出来れば、子供は父上が所有すると、書かれております」

やっぱり、ブッ込んで来たか。

そう思いながら、左近は言われた箇所に斜線を引いて、ルタイ語でサインすると、導師は二人の契約書を受け取り、レイクスとニックに契約書の確認をさせたのであった。

レイクスは、少し気難しそうに契約書を確認して了承し、ニックも了承すると、導師は振り返り言ったのである。

「では、新郎から新婦へ、贈り物を捧げよ。その贈り物が、この契約が天使に認められた証しとする」

ここで指輪だな。

そう思った左近に、ニックから指輪が差し出され、左近は指輪を手にすると、涙ぐむ茶々の左手の薬指にはめたのであった。

「これで婚姻の儀は、終了した。死が二人を分かつか、千年の契約終了時まで、二人は夫婦となり、天使に祝福されるであろう」

その言葉を合図に、会場からは拍手が鳴り響き、祝宴となったのである。

様々な貴族の挨拶を受けながら、左近は出された料理を全て平らげ、会場を唖然とさせながらも、その日の結婚式は、無事に終了したのであった。

そして、その夜は左近の邸宅で、各国の元首や貴族、軍人達を招いての宴が開催されたのである。

様々な国の者が集まっての為に、立食パーティーとなり、左近と茶々が様々な者の祝福を受けていると、帝の名代としてやって来た、関白と大政大臣の二人がやって来て、関白が左近に言ったのであった。

「湖国、茶々殿よ、この度は結婚おめでとう。茶々殿、少し湖国を借りても宜しいかな?」

「ええ、どうぞ……」

驚きながら了承する茶々であったが、関白はそのまま左近に言ったのである。

「湖国よ、少し内密に話せる所は、無いか?」

「では、執務室に行きましょうか」

そう言った左近は、廊下に出て空間転移で、執務室に向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

仕事の書類等が、乱雑に置かれた机のある、左近の執務室で、左近は光苔の入った電灯の蓋を外して行くと、室内は昼間の様に明るくなり、二人は驚きながらソファーに座ると、左近もソファーに座ったのであった。

左近が座ると、大政大臣が驚き、キョロキョロとしながら言ったのである。

「これは、凄いな。まるで、昼間の様ではないか」

「これは、ダンジョンや洞窟に生息する、光苔と言う、光る苔を利用しております。栽培も、僅かな湿気とカビがあれば、簡単に栽培できます。

ただ問題は、太陽の光に弱く、日が出ている時は、ああして蓋をして隠さないと、すぐに死んでしまいます」

「そんな物があるのか……」

そう言って驚く大政大臣であったが、関白の咳払いで、何を言うのか思い出して、左近に向かって言ったのである。

「先ずは、今回の内大臣就任の話を承諾してくれて、礼を言おう。そこでだ、何故、湖国に大名でありながら、内大臣を要請したのか分かるか?」

「私に、ルタイ皇国の改革を頼む為ですか?」

「その通りだ。正直、ワシや湖国以外の者だと、ろくに改革も出来ん。所詮は、誰がなっても、ルタイ皇国で育ち、教育され、朝廷の従来の思考から脱却する事が出来んのだ。

それに比べて、湖国ならば、この大陸で得た知識もあるし、行動力もあり、このヴァルキアを見事に統治している実績もある。ここは、大鉈を振るうつもりで、ルタイ皇国を改革して欲しいのだ。

これは、帝のご意志でもある……このままでは、開国したとは言え、ルタイ皇国の民が貧しいままで、また来年も餓死者が出るであろう。今のルタイ皇国では、開国した事による富の恩恵が、民にまで行き渡らないのが現状じゃ。

帝は、その事に心を痛めておられるのだよ」

その言葉に、左近は帝の心を理解し、胸が締め付けられる想いになりながらも、言ったのである。

「それは、分かりましたが、民を助ける為に、此方も血を流す覚悟が必要ですよ……それは、一時的にも帝の心を痛める事にも、なりかねません」

そう言って左近が二人を見渡すと、二人が黙って腕を組み考えており、関白が口を開いて、言ったのであった。

「分かった、ワシが何とかする……これが最後の奉公と、なろう。それで、具体的にはどうする?」

「先ずは、連合捜査局との合同で、賄賂をもらって不正をしている貴族の、徹底した取り締まりですね。賄賂をもらって、口利きをやっていては、新しい産業も何も出てきません。それに伴い、各地にある座を解体し、誰でも商売が出来る様にし、座の在り方を変えるのです」

その言葉で、二人の顔が、強張り関白が言ったのである。

「それは、貴族、商人、寺社仏閣を、敵に回す事になるぞ」

その言葉に、大政大臣が頷いていると、左近は驚くべき事を言ったのであった。

「それが既に、連合捜査局の佐々木 弾正尹長官との話が出来ており、畿内の商人達も賛同し、我が手札となってくれました。これから先も、商人達の懐柔を進めて行きます。

そして、既に寺社仏閣の影響力の強い、大和には罠を仕掛けておきました。罠にかかれば、寺社仏閣の影響力もかなり落ちましょう」

「……御主、それを内大臣を承諾してから、全てやったと言うのか?」

そう言って驚く大政大臣に、左近は頷き言ったのである。

「ええ、勿論です。我が一族の島家と、柳生家の協力も取り付けました」

「驚くべき行動力じゃな……それで、民の暮らしをどう変える?」

そう言って関白は、驚きながらも言ったのであった。

「民には、来年からヴァルキアで始める教育制度に、似た制度を作り、そこから新しい芽を育てて、将来的には、作物の研究や、治水の研究をさせます。そうすれば、冷夏や日照りに強い、作物の研究も出来るし、治水の有効性も広く伝わり、民も率先して手伝ってくれるでしょう。

知識を支配階層が独占するのは、確かに統治はしやすいが、民を生かす事も、国が発展する事も、ありませんのでね」

「では、侍はどうする?」

「侍には、取り潰した貴族から取り上げた官位を与えて、誇りを持たせ、今の守護職よりも上位の役職を作り、その役職に監視と政策の決定権を持たせて、地方単位で政をさせます。そうすれば、今まで費用が足りなくて出来なかった工事も、地方単位ならば出来て、朝廷の出資金が減らせるでしょう」

そう、左近が考えているのは、道州制であった。朝廷の規模を小さくし、地方の力を強化しようと考えていたのであった。

その考えに関白達は食い付き、大政大臣が左近に質問したのであった。

「その役職や、分けるのはどうする?」

「例えば、畿内を管理する管領、関東を管理する関東管領の二人を上位職にし、その下に九州、四国、西国、奥州、羽州……後は七道から名前を取り、東海、東山、北陸、の各地に探題を設置し、政をさせて、年に1度、帝の前で御前会議を開催します。

天領を廃して、税金は各地の管領と探題に徴収させ、1つに集めて、その会議で分担金を決めます」

「なるほど、それならば、朝廷の規模を縮小する事は、出来るだろう。しかし、猛反発を食らうだろうな」

大政大臣がそう言った時であった、左近は悪魔の様な笑顔で言ったのである。

「なので、今回の反乱を企てている者を一斉に取り締まり、その事後処理で一気に作り替えます。

その論功行賞と一緒にやれば、批判は少ないでしょう」

そう言った時であった、関白が腕を組みながら言ったのである。

「湖国よ、その考えは棄てい。御主の考えでは、反乱を企てた者の家臣や親族、貴族はどうなる?力無き、弱き者を考えてこその政ぞ」

通常ならば、左近は引き下がっていたのだが、この時ばかりは、左近は引き下がらなかったのであった。

「殿下の言われる、力無き者とは、誰の事ですかな?貴族ですか?侍ですか?」

「何?」

そう言った関白の眼光は鋭くなり、左近を睨み付けたのだが、左近はそれに怯むこと無く言ったのであった。

「殿下の言い方では、本当に力無き民は、生きようが死のうが、どうでも良い様ですので、お聞きしているのです」

左近がそう言った瞬間であった、関白は左近の胸ぐらを掴み、その身体を持ち上げ、怒りの形相で言ったのである。

「湖国よ、もう一度言ってみよ」

「何度でも言いましょう。殿下の言い方では、本当に力無き民は、生きようが死のうが、どうでも良い様ですのでお聞きしているのです。

考えてもみてください。貴族は私腹を肥やし、侍は己の家の事しか考えていない。殿下は、将来のルタイ皇国の民の事を考えていない。

私の考えは、民は国家の礎だと考えております。その民が幸せになってこそ、上にいる貴族や侍は生きて行けるのです。上の者が、無能ならば、有能な者に交代し、無能な者は……更に反乱を企てる者は、その責任を取らねばならんでしょう。

それが、上に立つ者の義務です……殿下、選んで下され。民を助けるのか、腐敗した貴族や侍を助けるのか」

湖国め、正論ばかり言いおって。確かに湖国は、娼婦がよくかかる、瘡毒の治療薬を開発したり、財の無い民の為に、保険制度を作ったりと、いつも民から救済しようとしており、軍人等には、罪を犯せば、罪を一等繰り上げて、民よりも厳しく裁く。

それに、己の昔からの配下であろうナッソーの者達は、あの様な武功を立てていたのに、殆ど要職につけずに階級も低く設定しておる。しかも、己も給金をもらって働き、他の家臣と同じ様な身にしておる。

湖国と言う男は、普段は、いい加減な男を演じながら、いつも己を律しておる……

関白は、そう考えると手を放して力無くソファーに座り、言ったのであった。

「今いる貴族や侍達は、皆が、あの長い戦乱を終わらせた仲間じゃ……何とかしてやりたいと、思うのが人情と言うものじゃ……」

ダメだ、この人は優しすぎる。軍人としては優秀かもしれないが、政治家としてはダメだ。

左近がそう思っていると、大政大臣が二人の間に、割って入ってきたのであった。

「湖国よ、今日は言い過ぎだぞ。殿下、湖国は皇国を良くしようとしていおり、少し熱くなっただけですので、今回の事は、お忘れ下され」

だが、大政大臣の言葉が心に入ってこないのか、関白は下を向いたままで、大政大臣は暫く考えて、言ったのであった。

「では、こうしませんか。

貴族の取り締まりは、先ず一番悪質な者にしましょう。そうすれば、他の者が汚職を止めるかも知れません。

それに、反乱を企てた者も、今回の殿下の隠居で、踏みとどまるかも知れませんではありませんか。それで、如何でしょう?」

バカな。そんな事で上手く行けば、今までに腐敗は無くなっているだろう!

左近がそう思っていると、関白は力無く頷き、大政大臣は左近の方向を見て言ったのであった。

「湖国も、これで良いな。今(・)の(・)と(・)こ(・)ろ(・)朝廷が譲れるのはここまでじゃ」

今のところ?大政大臣め何を考えている……まさかとは思うが、俺の様に反乱を起こさせて、その事後処理で改革をするつもりか?

もしもそうなら、このタヌキ親父は、大ダヌキだぞ。俺の予想が当たっていたら、このルタイ皇国の反乱は、大ダヌキがルタイ皇国の大改革の為に、仕組だって事じゃ……いや、もしかしたら、反乱の事を利用しようとしておるだけかも知れんが。

って事は、この人事は、自分より大胆な改革をしそうな俺だから、内大臣にした……元々の計画では、自分でやるつもりだったのかも知れん。だが、そこに強引にでも改革をしそうな俺が出て来て、この大ダヌキは、俺に改革を任せた。

この予想が当たっていたら、相当な大ダヌキだな。まぁ反乱の黒幕って可能性も、否定は出来ないだろうが。

そう思いながらも左近は、二人に頭を下げたのであった。

「大政大臣様が、そこまで言われるのなら」

「湖国よすまんな……」

左近には、顔を上げること無くそう言った関白の背中が、普段なら180センチもあろうかと言う筋肉質の体格であったが、とても小さく見えたのであった。