Another Life

castle falling

パンドラ達は、早朝に向島城を出陣し、昼前には平城山に到着すると、騎士団だけの軍議を開いたのであった。

不思議に思い、集まったママが、パンドラに質問したのであった。

「姫さん、軍議を開くのなら、三好中将を呼ばなくて良いのか?」

ママの疑問は当然であった。騎士団の兵力は伏見で、空間転移の力で増員されたと言っても、4千ほどである。

その兵力だけで多聞山城を攻めるより、連合軍本隊を待ってから攻めるのが定石であったからである。

だが、パンドラは大きな地図を開いて言ったのであった。

「時間がもったいない。直光の話では、家老の奥中の一族は、多聞山城に居るそうなの。

何か変だと思っていた。十津川村に、全員が避難していたら、当然の様に奥中の一族も居る。でも、亜子の叔父さんは、来ていないと言った。

奥中の一族は、十津川村に来ておらず、居城の多聞山城に、居たままなのよ。今なら、電撃的に制圧すれば、妻や孫を捕らえる事が出来る。本隊が来てからじゃ遅いのよ」

なるほど、人質と言うことか。気に入らんが、もうすぐ冬だ……冬の戦で、最大の敵は、寒さと雪だ。

これから先の事を考えるならば、ここで時間をかける訳にはいかん。現実的な作戦だな。

そう思った兵庫も、パンドラの言葉に頷きながら答えたのであった。

「ここは、パンドラの言うとおりだ。ここで時間をかけてしまえば、もうすぐ冬が来てしまう……それでパンドラ、どう攻める?」

兵庫の言葉にパンドラは、笑みを浮かべて言ったのである。

「多聞山城は、多聞山と善勝寺山に別れている。直光の情報では、多聞山の本丸御殿に居る様だが、善勝寺山に移動している可能性がある。

なので、ここは二手に別れて、電撃的に制圧する。先ずは、私は多聞山に、テスタは善勝寺山に攻めて、城門を破壊する。

そのまま一気に、城内に雪崩れ込み、城を制圧。テスタ、奥中の一族は生きて捕らえるのよ……これ、今後の戦にも関係するから、女子供は絶対に殺さないでよ。

それと、多聞山城は今後も使うから、あまり壊さない事。分かった?」

「大丈夫です。お任せください、姫様」

そう言って頷くテスタであったが、ママは葉巻を咥えて頭を抱えて言ったのである。

「姫さん、大和の反乱軍は、かなりの数の鉄砲を持っているかも知れないんだぜ。大丈夫かよ」

ママの疑問は、誰もが思うところであったが、パンドラは不適な笑みを浮かべて言ったのであった。

「まぁ見てなさいって。佐倉家の血は、伊達じゃないって所を見せてあげるわ。

とにかく、テスタの所には、ソニアと内木と虎の2千で、後は、私の所ね。時間がないから、急いでこのままいくよ!エディス、本隊に連絡だけしておいて!」

そう言って、地図を直して、ヤマトに飛び乗ったパンドラは、全員が騎乗するのを確認すると、刀を抜いて叫んだのである。

「では、出陣!城内に突入するのは、早い者勝ちだ!」

そう言って駆け出したパンドラを先頭に、騎士団は多聞山城に向けて走り出したのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

大和北部の交通の要所であり、山城との国境も近く、東大寺の北に位置し、東大寺はもちろんの事、まるで興福寺や春日大社等に睨みを効かせる様にそびえ立つ、多聞山城。

その南側は、大和を一望できるのだが、麓には佐保川が流れており、堀の役目をはたしていた。そして北側と東側には、大小様々な山が立ち並び、パンドラ達はその山を利用して多聞山城に近付いたのであった。

北側の奈保山に、突如姿を現せたパンドラ達に、多聞山城の兵は驚いていると、そのままパンドラ達は北にある大手門の200メートル手前まで前進し、パンドラは一人でヤマトから降りると、刀を抜いて一人で大手門に向かい歩き出したのであった。

たった一人で城門を破壊する……本当に出来ますの?

そう思い、パンドラを心配そうに見詰めるシャーリィであったが、城から攻撃もされず、パンドラは近付くことが出来たのであった。

何故だろうか?

そう思っているシャーリィの隣で、本村が叫んだのであった。

「そうか!敵は姫様を、使者か何かだと思っているのか!」

その言葉を証明するかの様に、城門までやって来たパンドラに、城兵の男が叫んだのであった。

「そこで止まられよ!この多聞山城に如何なる御用か?」

その兵士の言葉にパンドラは、狭間から此方を狙う鉄砲をチラリと見て、笑みを浮かべて言ったのであった。

「如何なる御用かだと?我は、東部連合軍准将、ハスハ騎士団団長!佐倉 左衛門尉 パンドラなるぞ!今すぐ門を開けて、頭を下げ命乞いせよ!さもなくば、全員地獄に送ってくれようぞ!」

その左近の様な大きな声に、兵士は島の一族だと確信した兵士が叫ぶ。

「バカか小娘!たったの一人で死に来たか!撃て!」

その号令で、銃弾や弓矢がパンドラに襲い掛かかり、シャーリィ達は思わず目を背けそうになったのだが、信じられない光景を目にしたのであった。

確実にパンドラの身体を捉えたはずの、銃弾や弓矢が、パンドラの身体が黒い煙に包まれた瞬間、全てすり抜けて、後ろに突き刺さったのである。

何が起こったのか、理解できないシャーリィ達であったが、元左近衛府出身者の者達は、懐かしい光景を見たかの様に思わず笑みを浮かべていたのであった。

その様子を見たシャーリィは、隣の部隊長の本村の所に行って質問したのである。

「少尉、団長の身体が、煙に包まれた後に、銃弾や弓矢がすり抜けましたが、あれは一体?」

シャーリィの質問に、本村は震える腕を押さえて答えたのであった。

「あれは、佐倉閣下と同じ能力だよ。閣下はあれで、たった一人で、パナスの城門を抉じ開けたんだ。

閣下が使えるなら、そのお子様である姫様が使えても、何ら不思議ではない。何と言うか、佐倉家の血筋は、恐ろしいな……」

閣下にも同じ能力が…

思わず、身震いするシャーリィであったが、パンドラが城門を切り刻み、開いた瞬間であった、才蔵が槍を高々と掲げて叫んだのであった。

「城門が開いたぞ!俺に続けぇ!」

才蔵は叫んだ瞬間、馬を走らせて、城門に向かったのであった。

パンドラは、まるで無人の広野を進む様に歩き出し、次々と突き出される槍をかわして、その兵士の体に刃を入れていく。その姿は、まるで左近を彷彿させる様な、鬼神の様な動きであり、誰もパンドラを止める事が出来なかったのである。

「ええい、誰かアイツを殺せ!殺さねば、この城が落ちてしまうぞ!」

あいつが、ここの将か。

そう思いながらもパンドラは、叫んだ兵士を見て、指をパチンと鳴らすと、男は胸と喉を押さえて苦しそうになり、その場に跪くと、突然、目や口から炎を出して火に包まれたのであった。

「ば、化け物だ!」

そう言って逃げ出す兵を見て、パンドラは不機嫌そうに言ったのである。

「誰が、化け物か。跪け!」

そう言った瞬間、その兵士の周囲の空間が重くなり、兵士がその場に倒れると、パンドラは兵士の頭を踏みつけて言ったのである。

「おい、雑兵。この城の抜け穴は何処にある?」

「知らねえよ!知ってても」

「では、死ね」

そう言ったパンドラは、容赦なく兵士の頭を踏み抜いて、次の獲物を探す。もちろん兵士達は、獲物になりたくはないので、逃げ出したのであった。

だが、パンドラはそこで逃がす様な性格では無い。兵士達をスキルで浮かせると、そのまま弾丸の様に石垣に向けてぶつけたのである。

兵士達の悲鳴と、鎧が石垣にぶつかる音と、肉を潰す様な音が響き渡り、兵士達の槍を持つ手が、カタカタと震えだすと、パンドラは悪魔の様な笑みを浮かべて言ったのである。

「さぁて、準備運動は終わりね……これからは、普通の死に方が出来ると思うなよ、雑兵共」

たった一人の圧倒的な力を見せつけられて、兵士達はまさに脱兎の如く逃げ出し、中には跪き命乞いをする者もいたのだが、当然パンドラは、そんな事は認めない。

二の丸を守る城門を発見すると、そのまま兵士達を砲弾の様に城門にぶつけていったのであった。もはや戦とも呼べぬほどの、ただの虐殺に、兵士達はただ逃げ惑うのみであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

これ……パンドラがやりましたの?

三の丸に突入したシャーリィは、目の前に広がる凄惨な光景を見ながら、逃げて来る者を斬り殺していた。

「シャーリィ、ダメだ!中は迷路みたいになっているので、本丸までの道が分からねえ!これじゃ、才蔵さんに先を越されてしまうぞ!」

そう言って、逃げて来る兵士を捕まえて、刀を突き立てる源太郎の言葉に、シャーリィは悩んでいた。

確かに、この城は迷路の様になっているので、分かりませんし。逃げて来る兵士を捕まえても、怯えきっていて、話にもなりません……でも、それならば、パンドラも迷っているはずなのに、姿が見えませんわね。

姿が見えないって事は、先に進んでいると言う事でしょうし……そうですわ、パンドラには、スキルがありましたわ!

「源太郎、この団長がやったであろう死体を辿って行きますわよ」

「でも、こんな城じゃ、パンドラも迷子になっているかも知れないんだぜ」

「大丈夫ですわ。団長は、閣下と同じ、上空からこの世界の何処でも見れるスキルを持っていますの。

必ず、最短ルートで本丸に向かっておりますわ」

シャーリィの言葉に、源太郎は兵士の身体から刀を抜きながら、呆れて言ったのである。

「何だよ、そのデタラメなスキルは。卑怯ってものじゃねえだろう。

まぁ彼処の一族は、全員が性格に難があるから、別に羨ましく無いけど」

「ちょっと源太郎。それ、私も養女だけど、入っているじゃない!」

そう言って、かわした槍を掴んで刀を突き立てるフェイに、源太郎「やっちまった」と言う顔をしていたのであった。

……何だかんだ言って、最初の頃に比べて、余裕が出てきましたね。

「では皆、死体の多い方に向かって行きますわよ!」

そう言ったシャーリィは、新兵の部隊を率いて、パンドラが進んで行ったであろうルートを進んで行ったのであった。

シャーリィの予想は、当たっていた。パンドラは天眼で、自分の位置を確認しながら先に進み、既に本丸の城門に、敵の兵士をぶつけて、破壊しようとしていたのである。

パンドラの作った凄惨な死体を辿って、シャーリィ達が本丸の城門に到着すると、幾つもの潰れた死体が、城門近くに転がっており、上空には、まるで次の発射を待つかの様に、敵兵が浮いていて命乞いを叫んでいたのであった。

その非現実的な光景に、シャーリィ達は足を思わず止めていると、パンドラはシャーリィ達に気が付き言ったのである。

「おっ、一番乗りはシャーリィ達か。あ、でもそれ以上は近付いたらダメだよ、鉄砲の射程距離に入るから」

そう言った瞬間、飛んできた銃弾を、パンドラは煙の様になりすり抜けると、再びその姿を現していたのであった。

思わず驚き、震える声でパンドラにシャーリィが質問したのである。

「団長…それは、一体何ですの?」

「これ?ああ、黒煙甲冑の事かぁ」

「黒煙甲冑?」

思わず聞き直したシャーリィに、パンドラは得意気に語ったのである。

「これは、お父様が発見した、防御形態なのよ。空間転移の煙を混ぜて、身体の周囲に展開する。

すると身体を包んでいる空間転移の煙に当たった攻撃は、反対側に出ていくのよ。まぁ味方が多い乱戦だと、すり抜けた攻撃が味方に当たるので、使えないけどね。

そうそう、シャーリィ達もこのスキルを手に入れさせようと、お父様が学園の一年の頃に言ったでしょ。何かを発明し、設計しろって。結局出来なかったけど」

当時の事を思い出したシャーリィは、驚きながら言ったのである。

「ま、まさか、それが会得する条件ですの?」

「いや、それ以外にも、空間設計士まで職業をランクアップさせて、勇者である事も関係しているんだけどね。お父様の子供は、全員が使えるよ……まぁ、あの愚姉は、頭が固すぎて無理だけど」

欲しい……あのスキルには、飛び道具が全く効かない。それは、魔法障壁を出せない私に、最大の防御効果をもたらしてくれますわ。何としてでも手に入れる。

それは、シャーリィだけでなく、フェイや源太郎達、元卒業生の勇者の者ならば、誰もが思った事であった。

実際に、その効力を目にすると、誰もが欲しくなる。それを知ってか、パンドラは満足した様に、何度も頷くと、突然上空の兵士を潰して、城門に向かいながら言ったのであった。

「んじゃ時間も無いし、早く終わらせるか」

そう言ったパンドラは、城門に近付き、ルタイ皇国にしては珍しい、鉄の黒く大きな扉に手を当てると、次第にその手を置いた周囲が赤く熱を帯びた様に光だし、その光が大きくなりドロドロと溶岩の様に、城門を溶かしていき、向こう側で驚きの表情を見せる兵士の顔が見えると、パンドラは笑みを浮かべてコルトを取り出して、構えて撃ったのであった。

乾いた銃声の後に、背中から崩れ落ちる兵士の姿をきっかけに、もはや自暴自棄になった兵士が、大きく口を開けた城門に向かい、パンドラに斬りかかると、パンドラは「遅い」と言って、いつの間にか中に入り、兵士の脇腹を斬っていたのであった。

次の瞬間、シャーリィ達が一気に雪崩れ込む。周辺は、乱戦になったのだが、統率の取れていない敵兵士は、幾つもの戦を経験してきたシャーリィ達の相手ではなく、パンドラは天眼を開いて周辺を見たのであった。

何処もかしこも、入り乱れていて、奥中の一族が何処にいるのかも分からない……まぁ、この様子じゃ、抜け穴で逃げたかもしれないわね。そう言えば、奥中の一族は会ったことが無いから、誰か分からない。失敗したかなこりゃ。

そう思いながらも、既にやる気を失い、兜を外そうとしているパンドラに、シャーリィが叫んだのであった。

「団長!御殿の内部を捜索してきますわ!」

まぁ、空振りに終わるかも知れないけど、何か見付かるかも知れないか。

「分かった、気を付けてよ!源太郎、数名を連れて、シャーリィと一緒に御殿に。フェイは、清信に早く来いって連絡を。

それとシャーリィ、これを!」

そう言ってパンドラは、コルトと幾つかの弾倉を、空間転移を使ってシャーリィに渡すと、驚くシャーリィに言ったのである。

「建物の内部は、槍は不利になる場合がある、それを使って!」

学園で、射撃練習をした時以来ですわね。

そう思ったシャーリィは、パンドラに一礼すると、槍をアイテム・ボックスに収納して、刀を抜いて腰にコルトを差すと、御殿の中に入って行ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

中に入ったシャーリィ達の耳には、どうやら雑兵が略奪を始めている様な声が聞こえて来る。

もうすぐ落城と言う所で、今まで守っていた城で略奪とは考えられないかも知れないが、略奪した物を差し出して、命乞いをしようと考えた雑兵が、金目の物を狙って略奪を始めたのであった。

そんな緊張した空気の中で、源太郎は小声でシャーリィに話し掛けたのである。

「なぁシャーリィ。その面貌を着けていたら、あんまり女って、分からないよな」

唐突に、全く戦に関係無い事を話す源太郎に、シャーリィは気が抜けたのか、鼻で笑って言ったのである。

「まったく源太郎は……でも、前の持ち主であった御宿殿も、同じ事を言っておりましたわ。本当に強く、気高く素晴らしいお相手でしたわ」

そう言った瞬間であった、先頭を歩くシャーリィは、止まる様に手を上げて合図を出すと、その先に廊下が幾つも別れていたのであった。

今は、時間が惜しいですわ……危険ですが、ここは散開してバラバラに探しましょう。

「ここは、散開して探しますわ。奥中の一族は出来る限り生かして捕らえるのですが、抵抗すれば容赦なく斬り捨てるのですよ」

その言葉に、源太郎達は頷き、バラバラに散って行ったのであった。

自身も先へ進むシャーリィの耳に、薄暗い廊下の先の部屋から、声が聞こえて来た。

「触るな、この下朗!母上!母上!」

「うるせぇ!暴れるんじゃねえよ!」

「ヘッヘッヘ…武家の女の味って、どんなのだろうなぁ?次は俺だぞ」

その言葉に、シャーリィの刀を持つ手に力が入り、シャーリィは無言でコルトと刀を持って、声のする部屋に向かったのであった。

襖は既に開いており、その部屋の中には、足軽であろう無精髭を生やした男が三人おり、既に奥では一人の30代後半の女性が既に犯されていて、その目には生気が無く、その手前には、10代半ばの女性が、短刀を持つ両手を1人の足軽に押さえ付けられ、両足の間に入ろうとする、もう1人の男に足だけで抵抗していたのであった。

その服装から、二人とも武家の女だと言うのがうかがい知れ、シャーリィが視線を隣の部屋に移すと、老婆と女中達、そして一人の侍の死体が転がっていたのである。

その光景を見たシャーリィは、怒りの炎が身体を熱くし、容赦なく殺気を放ち、それに気が付いた男達は動きを止めて、シャーリィを見ると、若い女性の股の間に入ろうとしていた男が、シャーリィを男と勘違いして、シャーリィが憎悪する様な笑みで言ったのである。

「だ、旦那は連合軍の兵士ですか?

……いえね、この女達を連合軍の皆様に献上しようと思いまして……その代わりに俺達を……」

そう言った男は、面貌と兜の間に見えるシャーリィの目に気付くべきであった。シャーリィは、まるで虫けらを見る様な目で男を見ると、スッとコルトを右手に持ち替えて男に向けると、容赦なく引き金を引いたのであった。

乾いた銃声と共に、男の右目に当たった銃弾は、男の後頭部を破裂させて、その後ろの女を犯していた男に、脳みそをまるでシャワーの様に振り掛けると、両手を押さえていた男が立ち上がり、刀を抜いて叫んだのであった。

「てめえ、何しやがる!」

その次の瞬間であった。押さえ付けられていた女性が短刀を持って、叫び声をあげながら、男の脇腹に短刀を突き立てると、男は女性の打ち掛けを握り締めて、鬼の様な形相で女を睨み付ける。

その時シャーリィもすかさず、驚いて女の方向を見る奥の男に照準を移動させて、引き金を引いたのであった。

銃弾が当たり、バタリと倒れる男に続き、脇腹を刺された男もその場に倒れると、女性は恨みを全て叩き付ける様に、男を何度も突き刺したのであった。

絵に描いた様な血の海の中で、息絶えている男に、涙を流しながら、何度も短刀を突き立てる女に、もういいのだと言わんばかりにシャーリィがその腕を掴むと、次はシャーリィに向かって女は触るなと言わんばかりに、シャーリィを斬りに短刀を振ったのであるが、シャーリィは間一髪かわすと、女はそのまま短刀をシャーリィに向けて、腰が抜けて立てないのか、ジリジリと壁に向かって座ったままで後退りしたのであった。

ここで初めてシャーリィは、女は自分を男と勘違いしているのだと気付いた。その為に、待つ様に手を出して、兜の緒に手をかけた瞬間であった、落ちていた刀を、先程まで犯されていた女性が手に取り、自らの喉を斬ったのであった。

「そんな!母上!」

目の前で起こった事に動転したのか、若い女性はそのまま、這いつくばって近付き、女性を抱き抱えるのだが、首の静脈を斬ったのか、血が溢れるほど出て来て止まらない。シャーリィは、この女性は助からないと判断して、若い女性の肩を掴むと、涙を流して混乱する女性に首を振ったのである。

そのシャーリィに、若い女性は涙を流しながら、流れる血を見て言ったのである。

「……お前も、私を犯そうとするのか?」

その言葉を言った声は、既に諦めたかの様な声であり、もうどうでも良いと言った気持ちを感じたシャーリィは、一度深呼吸して言ったのである。

「私、同性とそう言った事をする趣味は、御座いませんの」

シャーリィの言葉を聞いた女性は、混乱した目でシャーリィを見上げると、シャーリィは兜を取り面貌を取ったのである。

「……女?黄金の髪の毛?」

そう言った女の目には、シャーリィの金髪が美しく見えており、まるで地獄に舞い降りた天使の様に、見えたのであった。

「ええ、私は東部連合軍ハスハ騎士団のシャーリィ・ネルソン準尉ですわ。貴女は?」

シャーリィのその言葉に女は、複雑な顔で答えたのであった。

「……奥中 初」

その言葉に、シャーリィは大きく目を見開き驚いて声を失うと、シャーリィの後ろからパンドラの声が聞こえたのであった。

「シャーリィ、お手柄じゃない」

「団長……」

振り返り、思わず言ったシャーリィであったが、初は身体をビクッと震わせて怯えると、パンドラは気にもせずに近寄り、初の顎を持って顔を近付けて、狸顔の愛嬌のある顔を見て言ったのであった。

「へぇ、中々男受けしそうな顔をしているじゃない。ウチの万年女日照りの奴等に与えて、慰みものにしてやろうか?」

その言葉に、初は思いっきりパンドラを睨み付け、シャーリィが間に入って止めたのであった。

「団長。いくらなんでも、それは酷すぎますわ」

だが、その言葉にパンドラは冷たい視線を向けて、答えたのであった。

「シャーリィ。それ、私の前じゃなくて、小夜の前で言える?」

「…それは……」

思わずそう言って、パンドラから目線を外して、何も言えなくなるシャーリィを置いて、パンドラは初に向かって言ったのであった。

「私の名は、佐倉 左衛門尉 パンドラ。佐倉島家の、次女よ」

そのパンドラの言葉に、初は驚いて言ったのであった。

「どうして!どうして、佐倉家の姫様が、この様な酷い事をなさるのですか!?奥中家は、大和島家の宿老ですよ!長年、島家に忠義を尽くして、この扱いは酷う御座います!」

まさかコイツ……何も知らないの?

初の言葉に驚くパンドラであったが、シャーリィも驚いて初に質問したのであった。

「まさか、知らないんですの?」

シャーリィの言葉に、涙を流しながらも睨み付ける初のその目は、とても嘘を言っている様な目では無かった。

その目を見たパンドラは、呆れた様に初に言ったのである。

「あのね。関ヶ原で、宿老のあの八郎が裏切り、清勝の叔父さんは殺されて、反乱軍の勝利で関ヶ原は終わったの。

その直後に、奥中家は僧兵と一緒に、高取城に侵攻して、今は何とか防いでいる状態。それに五條島家の二見城は落城。十津川島家は、何とか攻撃を凌いで、大陸の佐倉島家の所まで撤退して、今は野迫川村で土橋島家が何とか攻撃を防いでいるわ。私達は、宇治川と近江で反乱軍を撃退して、大和奪還の為に来たのよ」

「そんな、とても信じられません。お祖父上は、大和の事を真剣に考えている忠臣です。

そのお祖父上が、大和島家を裏切るなんて……」

そう言った瞬間、初の目からは大きな涙が溢れて、両手で顔を塞いだのであった。

どうせ、子供だから教えてもらっていないって感じか。まぁでも、逆臣の一族には変わり無い。

そう思いながらも、刀を向けるパンドラの前に、シャーリィが立ち初を庇いながら言ったのであった。

「ここで、殺してしまっては、それまでですが、生かしておけば、何らかの利用価値がありますわ。団長のお気持ちは分かりますが、ここは捕らえるのが宜しいと思いますわ」

「……何?シャーリィ、この逆臣の一族に、同情しているの?」

「いいえ、違います。私は事実を言っているだけですわ」

パンドラの眼光に怯むこと無く、シャーリィは真っ直ぐな目でパンドラを見詰めていると、迷っているのか、パンドラの刀の先が微かに震えると、パンドラは刀を納めてシャーリィに言ったのであった。

「分かったわよ、ここはシャーリィの進言を聞き入れましょう。この子の処分は、小夜か清盛に任せるわ。

それと、シャーリィ。その代わりに、そこの死んでいる一族の女達の死体から、首を取りなさい。敵軍を挑発するのに使えるわ」

その言葉に、シャーリィは唇を噛み締めて言ったのであった。

「それは、団長命令ですの?」

「違うわよ、親友として頼んでいるの。シャーリィも親友として、私に進言したのでしょ?」

パンドラの言葉に、シャーリィは拳を握り締めて言ったのである。

「…分かりましたわ……」

シャーリィの返答に、初は更に泣くのだが、その姿にイラッとしたパンドラは、初を蹴り言ったのであった。

「今すぐぶち殺したいのに、それを止めたシャーリィに感謝しなさい。これだから、内通している事を教えてもらっていないのでしょう……本当に情けない」

そう言ったパンドラは、他の部屋を確認をするために、部屋を出るとシャーリィは刀を持つ手に、力を入れて死体に近付くと、初がシャーリィの足にしがみついて、叫ぶ様に言ったのであった。

「お願いです、止めて下さい!せめて、安らかに眠らせてやって下さい!」

初の必死の願いを聞いたシャーリィは、その震える手をチラリと見て言ったのである。

「残念ですが、それは出来ませんわ……それよりも、御自分の身を心配なさい。閣下は……いえ、島の一族は裏切りを許さないでしょう」

その言葉に、初に落胆の表情が見えると、シャーリィは念のために短刀と刀を回収して、パンドラの言葉の通りに、遺体から首を取ったのである。

この日、多聞山城は僅か1日で落城し、自分達の目と鼻の先で連合軍の拠点が、僅か1日で出来た事もあり、興福寺は来るべき決戦に備えて、近隣の民の徴兵を急いで行うのであった。

そして翌日、左近の軍団が多聞山城に入城する。それを出迎えるのは、僅か1日で多聞山城を攻略したハスハ騎士団であった。

勝ち誇ったパンドラに出迎えられ、平伏して左近を出迎える、騎士達の間を左近が進んでいると、シャーリィの前で青葉の足が、まるで打合せしていたかの様に、左近の意思を理解してかピタリと止まり、左近は馬上からシャーリィに声をかけたのであった。

「シャーリィ。この戦で、数々の武功を立てたそうだな。父上も喜ばれるだろう」

いつもなら、ここで感謝の意を示す所なのだが、この時のシャーリィは、ただ無言で左近に何か言いたそうに見詰めるだけであった。

何かあったな。

そう思った左近は、何も質問すること無く、「お前には期待しているぞ」と言い残して、先に進んだのであった。

そのまま左近は、パンドラの隣に然り気無くつけると、小声でパンドラに質問したのである。

「パンドラ、シャーリィと何かあったのか?」

左近のいきなりの質問に、パンドラは驚きながら答えたのであった。

「シャーリィが、何か言ったの?」

「いや、何も言われなかった……言われなかったが、それが変なんだよ。今のシャーリィには、迷いが見える……あれでは、戦場で死ぬぞ」

左近の率直な答えに、パンドラは暫く考えて言ったのである。

「この後、時間いい?ちょっと見せたいものがあるの」

「ああ、分かった」

そう言った左近は、それ以上は聞かずに、そのまま本丸御殿に向かったのであった。

本丸に居た清信達からの歓迎を受けて、左近はクロエに後を任せて、パンドラと一緒に小さな天守閣の様な建物の地下に入っていくと、石垣の中に作られた小さな一室の前で、パンドラの配下の者が警備している所にやって来たのであった。

「ここは、いい。暫く、三人だけにしてくれ」

パンドラの言葉に、配下の者が頭を下げて出ていくと、パンドラは薄暗い通路に左近に入ってくる様に促したのであった。

今、パンドラは三人と言った……誰か他にも居るのか?

そう思いながらも、ついていく左近の目の前に、畳が敷かれた1つの座敷牢が出て来て、その中には10代前半か半ばの女性が1人座っていたのであった。

「これが、原因よ」

その言葉に、振り向いた初は、左近に対して明らかに恐怖の色を見せて、怯えている。

「誰だ、これは?」

左近の質問に、パンドラは冷たい視線を初に送りながら、左近に答えたのであった。

「奥中 八郎 利行の孫、初よ。母上と祖母を味方の雑兵に殺されて、自身も雑兵に犯されそうになった所を、シャーリィが助けたの」

なるほどな、落城間近の城では、忠誠心の無い雑兵が、武家の女を襲うのは、良くある話だ。それを防ぐ為に、女達は早くに自決する事もあると言う。

しかし、それやらなかったと言う事は……まぁパンドラ達の侵攻速度が、尋常じゃないと言うこともあるだろうが、抜け穴から逃げようとしていたな。

そう考えた左近は、冷たい目で言ったのである。

「抜け穴で、逃げようとしていたな?」

その言葉に、何も言えずに下を向く初に、左近は質問したのであった。

「俺の事を知っているか?」

その言葉に、初は無言で首を振る。

「俺の名は、佐倉 清興……佐倉島家の当主で、連合軍の元帥だ」

左近の言葉に、初はこれから何をされるのかと、恐怖で足が震えていると、それを左近はチラリと見て考えたのであった。

どうやら、本当に犯されそうになった様だな。って事は、シャーリィが助けて、同情してしまったって所か。

そして、冷酷で合理主義のパンドラとぶつかり、冷戦状態って事だろうな。これは、俺が間に入って何とかするしか無いだろう。

「パンドラ、ちょっと良いか?」

そう言って左近は、パンドラを少し離れた所に呼び出して、質問したのである。

「シャーリィが、あの娘に同情してしまったのは、分かった。でも、それだけじゃ無いだろう?」

左近の質問に、少し言いにくそうに、パンドラは答えたのであった。

「まぁね……シャーリィに、あの女の目の前で、一族の者の首を取らせたの」

……それ、無茶苦茶だろう。まぁどうせ、その首を使って、決戦の時に挑発に使おうという魂胆だろうが。

「パンドラ。お前は、あの娘を、どうするつもりだ?」

「私は、清盛か小夜に、処分を任せようと思っているけど」

確かに、それをせねば、収まりはつかんだろうな。だが、それでは人はついてこない。

「この事を知っているのは?」

「誰かを幽閉しているのは、佐官以上は知っているけど、あれが誰なのか知っているのは、私とシャーリィだけよ」

その言葉を聞いた左近は、懐から煙管を取り出して言ったのである。

「なぁパンドラ。俺は、お前の様に厳格な人物を1人知っている……こっちの世界でニックと呼ばれる、石田の殿だ。

あの人も、お前と同じ様に厳格な御方だった……だがな、それだけでは、多くの者はついてこない。人は時として、甘やかす事も大事なのだよ」

「ならば、小夜に何と言うので?」

パンドラの質問に、左近は煙管を突き出して言ったのである。

「嘘も方便、知らぬが仏と言う言葉がある様に、知られなきゃ良いんだ。今回だけは、シャーリィの気持ちを考えてやれ。

だがな、釘は刺しておかねばならんぞ。毎回、落城する城から、敵を救っていては、いつかは痛い目に合う」

左近の言葉に、ムスッとするパンドラに、左近は頭を撫でながら言ったのである。

「どうも、お前は俺の真面目な所がそっくりだ。だが、そこが放っておけん。

俺は本当は、お前に国をついでもらい、どう言う国を作るのか、見てみたかったよ……これは、俺の本音だ。俺達は家族だ、遠慮無く俺を悪者にして、適当に条件を付けてシャーリィの想いに応えてやれ。お前にシャーリィと言う忠臣が、出来るのならば、安いものだ」

パンドラは、そう言って優しく頭を撫でる左近の手をパンと払うと、少し照れているのか、頬を赤めて言ったのである。

「お父様に真面目な所があるのならば、一度くらいは見てみたいものです。それに、私は悪魔よ……悪魔に国を任せるなんて、本当にどうかしてるわよ」

「悪魔でも何でも、お前は俺の娘に変わりはない。俺の血が流れているんだ、諦めろ」

そう言った左近は、とても良い笑顔でパンドラに言うと、そのままパンドラは、指を差して言ったのである。

「これは、借りでも何でも無いんだからね」

「おお。家族に借しなんて、出来ると思っておらんさ。

父親として、当然の事をしたまでだよ」

笑顔で言う左近に、パンドラは「フン」と言って、出ていったのであった。

何て言うか、素直じゃない、ひねくれた所だけは家系だねぇ。

そう考えて左近は、パンパンと埃を払って出ていったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その後、暫くしてシャーリィは、政長に呼び出され、天守閣に1人で向かう様にと命令されて、1人で天守閣の所までやって来ると、石垣の所からパンドラが姿を現したのであった。

「パンドラ……」

シャーリィも複雑なのか、そこから先の言葉を言い出せずにいると、パンドラはついてこいと言わんばかりに、顔をクイっと動かして中に入って行ったのである。

もしかして、初の首を斬れと閣下から命令が下ったとか?

そう思いながらも、シャーリィは何も言わずについていくと、歩きながらパンドラが言ったのである。

「とにかく、あの子が生きたいのか、死にたいのか確認してからの話だけど、あの子を生かして良いとお父様の許可をもらった」

パンドラの言葉に、思わず涙ぐむシャーリィであったが、パンドラは振り返ること無く、そのまま話し出したのである。

「でも、条件があるの……あの子は、シャーリィが全力で匿いなさい。それと、次に島の一族を裏切れば、確実に殺す。それはシャーリィにも、連帯責任を取ってもらうからね。

最後に、もう二度と、こんな事は止めて。敵に攻める度に、敵を助けていたら、いつかは殺されて国が滅びる事になるわ。うわっ!ちょっとシャーリィ!」

「はい、もちろん分かっていますわ。もう本当に、この子は可愛いんだから」

そう言って、後ろからパンドラを抱き締めるシャーリィに、パンドラは恥ずかしそうにジタバタとするが、まるでぬいぐるみを抱くかのように、シャーリィは抱き締めていると、パンドラは諦めたかの様に、動かなくなると、ボソッと言ったのである。

「でも、小夜に会う度に、辛くなるよ……本当に、それでも良いの?」

パンドラの言葉の意味は、シャーリィには、よく分かる。小夜に会う度に、心に何かが突き刺さり、それがジワジワと苦しめる事になるのは、分かりきっているからだ。

だが、シャーリィは力強い眼光で答えたのであった。

「大丈夫ですわ。私が敵の大将を討ち取ります……それで小夜には、詫びますわ」

その言葉にパンドラは、後ろから抱き付くシャーリィの腕に、ソッと手を添えて言ったのである。

「うん、分かった……シャーリィに、一軍を任せるから」

パンドラの言葉に、シャーリィは驚きながらも、自分の事を本当に考えてくれていると感じたシャーリィは、ただ一言だけ、「ありがとう」と感謝の言葉を述べたのであった。

その後、二人は初の牢の前に立ち、いよいよ処刑の時だと恐怖する初に向かい、パンドラは質問したのである。

「初、お前に聞きたい事がある。お前は、このまま生きたいのか?それとも、死にたいのか?」

パンドラの質問に初は、半分自棄になっているのか、鼻で笑い精一杯の強がりを言ったのであった。

「フン、生きたいと言えば、生かしてくれるのですか?

裏切り者の一族ですよ……無理に決まっているじゃないですか」

だが、パンドラの答えは、初にとって意外な事であった。

「生かしてやるさ」

「え?」

「生かしてやると、言っているのだ。この、ネルソン準尉が、お前の命乞いを、私にして、お父様の許可ももらった。

喜べ、このネルソン準尉が私の苦楽を共にした親友でなければ、お前は私がすぐに殺していた所だ」

その言葉に、信じられないと言った表情でパンドラを見る初だが、パンドラは更に驚くことを言ったのである。

「貴様が再び島の一族を裏切れば、その時はこのネルソン準尉にも、連帯責任を取ってもらう。それと、貴様自身は裏切ってなくとも、少なくとも貴様の父と祖父は裏切った。なので、このネルソン準尉に討ち取ってもらう……それが条件だ」

その言葉に、明らかに葛藤の表情になる初を見て、パンドラが諦めたかの様に言ったのである。

「まぁ、すぐに決めなくて良いさ……」

そう言って、去ろうとするパンドラであったが、初は格子にしがみついて、叫ぶ様に言ったのであった。

「都合の良い話かも知れませんが、生きたいです!御願いします、助けてください!」

その叫びは、初の心からの声だと感じた二人は、お互いに目を合わせると、パンドラは言ったのである。

「では、これよりお前は、名棄てて……そうだな、これからの季節は冬になる。冬と名乗れ」

「は、はい!」

「シャーリィ、家に連れていって、使用人にでもすると良いわ……でも、分かっているわよね?」

そのパンドラの言葉に頷くシャーリィの姿を見て、大丈夫だと思ったパンドラは、そのまま姿を消したのであった。

この日からネルソン家に、1人の冬と言うルタイ人の使用人が誕生した。他の使用人よりも真面目に働き、他の貴族の目にも止まり、求婚されたのだが、本人は決して日向の世界に出ようとはせずに、最後までネルソン家に、恩義を返す様に尽くしたのだと言う。