Another Life

Ogawa Castle

柳生城で戦いが繰り広げられていた頃、レイクシティは未だ太陽が傾いてきた夕方で、邸宅のリビングでは、アイリスと茶々がチェスの様なゲームで、正成の母親である梓が見守る中で遊んでおり、イリナは佐吉やクラウディオや、麻子を抱いている皇后に絵本を読み聞かせており、内戦中のルタイ皇国とは、真逆の平穏な空気に包まれていたのであった。

その中に、空間転移の煙が開いて、疲れきっているセシリーが出てくると、「ただいまぁ」と言って、そのままソファーに倒れたのであった。

その珍しい光景に、誰もが目を丸くして、アイリスが言ったのである。

「お帰り。あんたが燃え尽きているって、珍しいね。何かあった?」

アイリスの質問に、気力を振り絞り、セシリーは起き上がると、天井を見上げて、疲れきって言ったのである。

「オババ様が亡くなり、誰が次の校長にするのかって話……私が学校に行ったら、既に私に決まってた……」

「まぁ、それは目出度い話ではないか」

思わず笑顔で言った皇后に、セシリーはナイナイと言った様に手を振り言ったのである。

「違いますよ。校長ってかなり大変なんで、都合よく押し付けられたって感じです。

それにしても、オババ様は遊んでいる様に見えて、あの仕事量は何なのよ。身体よりも精神的にキツいし」

セシリーの愚痴に、茶々は湯飲みを持ったまま、チェスの駒をじっと見つめて、次の手を考えながら言ったのである。

「精神的にキツいのは、最悪よね。まだ肉体的にキツいのは、許せるけど……そう言えば、ラナって昨日から帰っていないけど、学校に泊まったの?」

その言葉に、セシリーはキョトンとして答えたのである。

「え?生徒会にも顔を出したけど、ラナは来てないよ。だって休学中に、あの子が学校に行くって、あり得ないでしょ」

セシリーの言葉に、全員の頭にクエスチョンマークが出ると、アイリスが何かを思い付いた様に言ったのである。

「アイツ。もしかして、ナッソーの邸宅に、コッソリと行ったんじゃ……」

アイリスの言葉に、誰もがあり得ると思っていると、リビングにバスティが「失礼します」と言って、入って来たのであった。

一斉に向けられる、アイリス達の殺意の眼差しに、バスティはひきつりながら、思わず後退りして言ったのである。

「そんな目で、見ないで下さいよ。私だって、心苦しいんですから」

バスティの言い訳に、無言の視線で答えるアイリス達であったが、バスティは、その視線に耐えれなくなったのか、ハンカチで汗を拭きながら、言ったのである。

「そ、そうでした。そんな事より、柳生城で珠様が毒を盛られまして、先程、ルゴーニュに運び込まれました」

思いもよらぬバスティの言葉に、茶々は這いつくばる様にバスティに近寄り、詰め寄ったのである。

「それで、珠は、珠は無事なの!?」

「は、はい。ドミニク先生の話では、珠様は毒に耐性があった様で、大丈夫だろうと……忍の毒だった様ですので、情報局の忍に聞いて、解毒剤を調合して治療したそうです」

忍と言うキーワードに、アイリスは立ち上がり言ったのである。

「忍ね……伊賀なの?」

「どうやら、その様ですね」

その瞬間であった。茶々は、力が抜けた様に跪いて、譫言の様に言ったのである。

「また伊賀だ……どうして、私達って伊賀に関わると、誰かが不幸になるのよ……」

普段では想像できない茶々の姿に、誰もが言葉を失っていると、アイリスは茶々の肩に手を置いて言ったのである。

「茶々、立ちなよ。伊賀がどうであっても、私達の娘を傷付けたってのは変わらない事実よ。

この落とし前は、取らなきゃね。セシリー、八つ当たり場所が出来て良かったじゃない」

まさかのアイリスの言葉に、セシリーは立ち上がり言ったのであった。

「まぁ、こうやってナメられるのは嫌いだし、誰の娘に手を出したのか、分からせてやろうか」

その行動に焦るバスティは、冷や汗を拭いながら言ったのである。

「奥方様、それは今、連合軍が攻めようとしているので、思い止まられた方が宜しいかと……」

バスティの言葉に、アイリスはバスティに近寄って言ったのであった。

「何か問題でも?それとも、この怒りをバスティが引き受けてくれるの?」

「いえ。このバスティ、全力で奥方様達のサポートをさせていただきます!」

……佐倉家の使用人とは、本当に大変よのぉ、レイヴンのバスティまでもが、ああなってしまうとは。今度、帝に言って労をねぎらってやるか。

そう思いながらも皇后は、アイリスに脅されて、急いで連合軍本部に向かうバスティを見ていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

時は少し戻り、昼もかなり回った頃、昼食の為に信楽近くの山中で兵を休めているハスハ騎士団の中で、少し離れた人気の無い所で左近は兜を脱いで、一人で食事の準備をやっていた。

火種を取り出して、久し振りに一人で火を起こして、スープを温めながら、左近は石に腰掛けて煙管を咥えると思わず呟いたのであった。

「まったく、内木の奴が、まさか煙草を吸わないなんてな。おかげで、一人で飯を作る事になってしまったじゃねえか……」

「これを機会に、禁煙したら?」

そう言って左近の頭に、大きな女性の胸が乗ったのだが、左近は何もリアクションは取らずに、いつもの事だと言った感じで、平然と言ったのである。

「酒に煙草に博打に女は、男の欲求四天王だぞ。そう簡単に、止めれるかよ……でも、ラナは煙草は嫌なのか?……ラナ!?」

そう言って、思わず距離を取ると、そこにはラナが立っていたのであった。

「お、おま、お前、どうして?」

驚いて、腰を抜かした様に座り、震える指先でラナを指差した左近に、ラナは固く釘が打ち込めそうなパンを千切って、スープに浸して食べると、幸せそうな顔で言ったのである。

「生き返るぅ。昨日の朝から、清興の影に入っていたから、飲まず食わずだったんだよね。

ここで、清興が一人になってくれなきゃ、影の中で、ひっそりと餓死していたよ。……クリューガー、兵糧の予算をケチってない?このパン、固いし不味いよ」

昨日の朝から……あー!あの朝に、振り向いたら消えていた時か!

ちょっと待てよ……エレナの事を聞かれたのか?

そう考えた左近は、ゴクリと唾を呑みラナに質問したのであった。

「なぁ、ラナ……エレナの事を聞いたのか?」

「もちろんバッチリね。ここまで行くと呆れて来たけど、清興には選択肢をあげよう。

エレナとする時は、私も連れていくのと、アイリスにチクられるのと、セシリーにチクられるの、何れが良い?」

それ、一択ですやん!そう言えば最近、クロエとの所とか、茶々の所に来てるけど……3Pにハマっているのか?

でも、それは俺にとっては、白と黒のエルフを両手に花で、御褒美とも言えるのだが……

そう思いながらも、左近はおそるおそる質問したのである。

「それって、最初のは、俺にとってはご褒美になるのだが……何でまた?」

「何て言うかさ、ダーク・エルフの血って言うか、エルフを見たら、虐めたくなっちゃうんだよね。だからベッドで清興と一緒に虐めちゃうのよ」

最高ッス、ラナさん!

そう言って、自分のくちびるに指を這わすラナの動きに、左近が食い入る様に見ていると、ラナは笑みを浮かべて言ったのである。

「んじゃ、決まりね」

「もちろん」

そう言った左近は親指を立てて、満面の笑みを浮かべていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その頃、パンドラの本陣では、直光とアデルが、これから通過する御斎峠のすぐ近くに在る山城、小川城の城主、多羅尾 正家の報告にやって来ていたのであった。

「ふぅん、是非とも祝宴をさせてくれねぇ……そのタラちゃんって奴、信用できるの?」

そう言って、ハーブティーを飲んで脚を優雅に組むパンドラに、直光は頭を下げて言ったのである。

「多羅尾 正家の正体は、甲賀衆の上忍衆でありながら、その素性を隠して近江守様の家臣となり、御斎峠を監視するために、小川城の城主になった、甲賀衆の草で御座います。おそらくは、我が軍と一緒に伊賀に攻め込みたいので、姫様にそう言っているものだと思われます」

別に、一緒に攻めたいのなら、そう言えば良いのに。そのタラちゃんって、めんどくさい奴かも知れないわね。

「アデルは、どう見た?」

「まぁ矢上大尉から、本当は忍だと聞かされなければ、普通の侍でした。ですが戦力は、多い方が宜しいかと」

まぁ、そうだよね。直光は、伊賀守を討ち取るのが、甲賀の悲願だと言っていたし、入れてやるか。

「そう言う事ならば、認めよう。アデルはジャックと御斎峠の掃除と封鎖。直光は周辺の警戒と索敵ね」

その言葉に、頷いた二人は、そのまま姿を消したのであった。

「さすがは忍だな、姿を一瞬で消す。所でさぁ姫さん、草って何だよ?」

そう言って、まるで分からなさそうに言ったのは、ママであった。

パンドラがチラリと他の者を見ると、他の者も分からないのか首を傾げていると、パンドラは呆れた様に言ったのである。

「まぁ、忍の事を知っている者はいないか。私もお父様から聞いた話だけど、忍には草と呼ばれる者がいるのよ。

正体を隠して、何代にもわたり、その地に根を生やして普通に生活しており、全く忍とは関係無い感じなのだけど、裏で忍に情報を流したり、諜報活動をする者なの。たちが悪いのは、それが数世代に渡って、役目が代々引き継がれて行くから、身元の調査をやっても、全くの無駄で、一番古く住んでいる人が、そうだったりするのよ。

因みにお父様は、何年か前に、大陸中に忍を草としてばら蒔いたそうよ。ラナお母様が、私に「草って何?」って聞いてきたから」

パンドラの説明に、大和の部隊を率いて来ている清盛は、驚きながら言ったのである。

「それでは、清興殿は、大陸の情報を簡単に掴めて、諜報活動も出来ると言うことですか?」

そう言って驚く清盛に、ママは得意気に語りだしたのであった。

「普段は、いい加減な様に見せかけて、裏では裏工作を終わらせてから動く。これが、左近の怖い所なんだよ。

しかも、現実的に考えて、どんな手でも使う。敵が慎重に来るだろうと思えば大胆に、大胆に来るだろうと思えば慎重にって、まぁ一言で言えば、ひねくれ者だね」

そのママの言葉に誰もが頷いていると、パンドラの鼻が何かを嗅ぎ付けたのか、一瞬ヒクッと動いて、パンドラは周囲を見渡したのであった。

その様子に疑問を持った政長は、パンドラに質問したのであった。

「姫様、どうされましたかな?」

政長の言葉にパンドラは、少し首を傾げながら答えたのである。

「今……一瞬だが、お父様の匂いがした様な……テスタは、感じなかった?」

「申し訳ございません。私には、さっぱり」

「ソニアは?」

「いやいや、左近は大陸に戻ったんだ。いくらなんでも大陸から、ここまで匂う訳がねぇって。もしかしたら、煙草の匂いじゃねえか?

左近は、よく吸っているし、騎士団の者が、昼食を食べ終わって、一服している匂いを感じたんじゃねぇかな」

ママの言葉にパンドラは、どうもしっくりと来ないようであったのだが、顎に手を置いて言ったのであった。

「まぁそうよね……そう言えば、内木の姿が見えないけど、内木は何処に行ったの?」

「内木中尉は、少し周辺を警戒されると、副官の二階堂準尉が仰っておりました」

テスタの言葉に、パンドラは腕を組んで、真剣な顔で言ったのである。

「まぁ、彼奴は私生活で何かあったのか、悩んでいたからな。今は身体を動かしている方が良いかも知れんな。小川城の宴では、呼んでやろう。酒を飲んで、気分が晴れるかも知れないからな」

パンドラの提案に、誰もが頷いていると、清盛は少し嫉妬しているのか、パンドラに質問したのである。

「その、内木中尉と言う者は、パンドラが気にかけるほどの者か?」

「気にかけるって言うか、彼奴が居なければ、この騎士団はまともな戦が出来ないよ。この騎士団って、先陣を任せれる者は、ゴロゴロいるけど、肝心の後詰めを任せれる、自分を前に出さずに、裏方に徹する者は、ほとんどいないのよ。

戦は、華やかなだけが戦じゃない。こう言った、陰で先陣や中陣で戦う者を支える者が必要なのよ。我が騎士団で内木の存在は、替えがきかない人材なの」

「なるほど、縁の下の力持ちですか」

そう言って納得する清盛に、パンドラはティーカップを置いて、立ち上がり言ったのである。

「そう言う事よ。建物で例えるなら、上の建物がいくら立派でも、土台がしっかりしていないと、簡単に崩壊するわ。軍とは、そう言うものよ。

さて、休憩は終わりだ。急ぎ小川城に向かい、明日には、伊賀攻めを行うぞ」

パンドラの言葉に、皆が一斉に立ち上がると、全員が伊賀攻めに胸を高鳴らせていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

御斎峠。現代では、本能寺の変が起こった直後に、堺を見物していた徳川 家康が、伊賀と甲賀の忍の助けで、この峠を命からがら越えて伊賀を抜け、逃げたと言われている。

この世界でも、その言葉の通り、この峠を越えて信楽から伊賀に入れるのだが、峠とは名ばかりで、ほぼ断崖絶壁で、張り出した岩が細い道を作り、麓の伊賀まで何度も折れ曲がり続いていた。

そんな峠の伊賀盆地を見渡せる頂で、太陽が傾き周囲を暗くした頃、一本の大きな木の枝が微かに揺れ、その上には、ジャックが伊賀を見ながら立っていた。

ジャックが所々に見える、伊賀の明かりをじっと見ていると、いつの間にか隣に、アデルが立っており、アデルも城の明かりを見ながらジャックに質問したのである。

「居たか?」

「いや、全然。そっちは?」

「こちらもだ」

その言葉に、ジャックはピクリと反応して、アデルに質問したのである。

「そいつは変な話だな。ここは、忍の通り道だろ?平時ならばいざ知らず、今は戦争中で、連合軍が間近に迫っている……それは、あり得んだろう」

ジャックの言葉に、アデルはジャックの言葉に答えずに、暫く考えていると、その長い耳がピクリと動いて、微かな音を聞き付けたのである。

銃声?

その音は、ジャックにも聞こえた様で、南西の方向を向いて言ったのであった。

「銃声……それも何発も。こいつは、柳生で戦っているのか?」

「そうだろうな。しかし、それならば尚更、ここに忍がいないのが、おかしい……別のルートから、出入りしているのか。……大尉か?」

アデルが、そのままの姿勢で声をかけると、二人の立っている木の麓に、直光が跪いて声をかけて来たのである。

「中佐、少佐。ここよりも東の、笹ヶ岳にも伊賀者の忍が居ませんでした。この一帯から忍が消えております」

その直光の報告に、ジャックとアデルの二人は、何が起こっているのか理解できずにいると、ジャックが何かに気が付いた様に言ったのである。

「そう言えば、今更だが、階級って俺の方が上なのに、何で俺ってアデルに従っているんだ?」

「そりゃ、お前を鎖を繋いでおかなきゃ、殺しまくるからだろう。普段は物静かなのに……」

その瞬間、ジャックとアデルがお互いの顔を見合わせた時であった、アデルの耳に戦っている戦場の音が、背後の小川城から聞こえたのである。

その瞬間、アデルの決断は速かった。

「ジャック、ここは頼むぞ。大尉、半分を周辺警戒に残して、援軍に向かうぞ!」

そう言ったアデルは、小川城に向かって行ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

時は少し戻り、深く険しい山に建てられた小川城の城内に入ったパンドラ達は、女中の案内で城主の多羅尾 正家の元に向かっており、その中には内木に化けた左近の姿もあった。

幹部達の最後尾で、面貌を着けたままの左近であったが、内木も騎士団に入団してからは、普段から面貌を着けていた為に、誰にも疑問に思われなかったのであった。

だが案内されるパンドラが、ふと脚を止めて、まるで子犬が美味しい食事を探しているかの様に、目を瞑りクンクンと匂いを嗅ぐと、政長がパンドラに言ったのである。

「姫様、また感じられたのですか?」

「まぁな……やはり、お父様の匂いする」

犬か、お前は!

思わず、ツッコミそうになる気持ちを我慢している左近であったが、ママが笑みを浮かべてパンドラに言ったのである。

「姫さん。本当は左近に、会いたいんじゃねぇの?」

ママのその言葉に、パンドラは顔を赤くして否定したのである。

「バ、バカ言わないでよ。私は、あんなクソ親父から離れられて、清々しているっての」

いや、そんなにも全力で否定するなよ……マジで俺、傷付くから。

でも、これからの宴をどうしようか。さすがに、面貌を着けたままって訳にはいかないし……適当な所で、姿を隠すか。

そう思いながらも左近は、パンドラ達の後に続いて行ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

多くの明かりに照らされた、広間に案内されたパンドラ達の前に、笑顔で上座に座る老人が立ち上がり、上座を明けて横に座ると、パンドラはその前を通り過ぎて、上座に座ったのである。その前にパンドラの幹部達が座ると、老人は平伏して言ったのであった。

「ようこそ、お越しになられました姫様。某が、小川城城主、多羅尾 正家で御座います。此度は、某の我が儘を聞いてくださり、恐悦至極に存じます」

「で、あるか。私が佐倉家の、佐倉 左衛門尉 パンドラだ。

何でも、我等の伊賀攻めに加わりたいとか……して、兵力は?」

「50名です。ですが、姫様の騎士団には劣りますが、何れも一騎当千の強者で御座います」

その言葉に、パンドラは肘置きを引き寄せて、肘を置いて頬杖をつき、怠そうに姿勢を崩すと、正家に言ったのである。

「50ならば、我等の戦い方に支障は出ないだろう。タラちゃん、お前は兵を率いて、我が一族の清盛殿の部隊に入れ」

タ、タラちゃん……ヤバい吹きそうだ……死ぬ気で我慢しろ、俺。ここで笑ったら、すべてバレてしまうぞ。

そう思いながらも、耐えてプルプルと震えている左近を、パンドラはじっと見ていたのであった。

このネタ、お父様の記憶にあったアニメのネタだったのだが、何で内木がウケているのよ。何だか嫌な予感がする……

パンドラがそう思っていると、正家が笑顔でパンドラに言ったのである。

「かしこまりました。全ては姫様の御意に。

それでは、少し早いですが宴にしましょうか。何せ明日は、朝から伊賀攻めですので。おい!」

正家がそう言うと女中達が、小さな一人用の鍋に入ったすき焼きの様な料理を、各自の前に並べて行くと、正家は笑顔で説明を始めたのであった。

「先日、大猪が捕獲出来ましたので、ぼたん鍋に致しました。これと、信楽の湧き水で作った清酒で鋭気を養って下され」

おいおい、パンドラは酒が全くダメなのに大丈夫かよ。しかし、いつ抜け出そうかな。

そう思いながらも、ソワソワとしている左近に、虎之助が話し掛けて来たのであった。

「内木さん、厠ッスか?ダメッスよ、早く行かないと、乾杯が始まりますよ。乾杯の時に居ないと、酔っ払った副団長に捕まって、長く楽しい御説教ッスよ」

保科のじい様、そこは年相応の行動するんだ。まぁそんな事よりも、チャンスだな。

「んじゃ、ちょっと行ってくるわ。後は、頼むな」

そう言った左近は立ち上がると、広間を後にしたのであった。

あれ?内木さんって、あんな話し方だったかな?それに、声も閣下に似ていた様な……まさかねぇ……

そう思いながらも、虎之助は、目の前の鍋を食い入る様に見ていたのであった。

やがて、並べられた料理を前に、誰もが早く食べたい気持ちを押さえていると、女中達が酒を注いで回っていると、正家がパンドラに注ごうとした時であった、テスタが正家の前に出て、申し訳なさそうに言ったのである。

「申し訳ございません、多羅尾様。姫様は、お酒は得意としておらず、明日は伊賀攻めもありますので、申し訳ございませんが……」

「そうでしたか。それでしたら、お茶でもご用意しましょうか」

正家が、申し訳なさそうに、頭を擦りながら言った時であった。パンドラの鼻が何かを嗅ぎ付けた様に、ピクリと動くと、身体を起こして言ったのである。

「テスタ。良い、貰うとしよう」

その言葉に、テスタは驚いて、パンドラを見ると、テスタは諦めた様に下がると、正家は申し訳なさそうにパンドラの盃に注ぎながら言ったのである。

「では、一杯だけ。苦手でしたら、一気に飲み干されるのが、宜しいかと思います」

「そうか」

そう言ったパンドラは、注がれた酒を子犬の様に、クンクンと匂いを嗅ぐと、暫く考えて正家の手を握ると、笑顔で言ったのである。

「タラちゃん、今晩の宴、大義であった。褒美として、私がお前に酒を注いでやろう」

パンドラがそう言った時であった。一瞬だが何かを感じたパンドラは、正家が答える前に手を離すと、面白く無さそうに言ったのである。

「戯れ言だ、許せ」

その言葉に、正家だけでなく、他の者も、もめ事に発展しなくて良かったと、安堵の表情を見せた時であった。パンドラはいきなり自分の盃に入った酒を、そのまま正家の頭に流したのである。

その光景に驚く幹部達であったが、正家が顔を慌てて拭いて、パンドラの方向を見た時であった。そこには刀を振りかぶっているパンドラの姿があったのである。

思わず、後ろに跳んで刀を間合いから逃げる正家であったが、目のすぐ下を一文字に斬られ、血が吹き出たのだが、パンドラは攻撃の手を緩めずに、刀を振り下ろすと、正家は紙一重でかわして、隣の部屋に転がり込んだのであった。

思わぬパンドラの行動に驚く幹部達であったが、誰もが刀に手をかけて警戒していると、隣に逃げた正家が、ユラリと立ち上がり言ったのであった。

「姫様。これはいったい、どう言った事ですかな?」

「何を言うか、タラ坊。その、顔の下から、別の顔が出ているぞ……大陸では、死体から顔の皮を剥いで、他人に成りすます、スカーフェイスと言う暗殺者がいたな。伊賀者か?」

パンドラの言葉を聞いた正家は、思わず顔に手を当てると、パンドラの攻撃によって、顔の皮が一部剥がれていたのである。

その瞬間であった、女中達が懐に手を入れると、身体に糸が巻き付き、動きを封じられ、ママが手をクイッと動かすと、細切れになったのであった。

その光景を感じて不利と感じたのか、正家はその場から戦わずに逃走を図った瞬間であった。パンドラは時間を止めて、間合いをつめると刀を振り下ろして、首を斬ったのである。

再び時間が動き出し、ドチャと言う音と共に崩れ落ちた正家の姿を、パンドラはチラリと見て、ブンと刀を振り、血を飛ばすと、刀を納めて戻り言ったのである。

「どうやら、酒や料理に毒を入れられていた様だな。誰が、敵か分からないと言う事は、皆も戦いにくいだろう……皆殺しだ。この城の者は、女中に至るまで、皆殺しにせよ!」

その言葉に、既に戦の時の顔に変わった全員が立ち上がり頷くと、広間から出ていったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

いやぁ、まさか虎に助けられるとは。さて、どうやって時間を潰すかな。

広間から何とか出ていった左近は、そう思いながらも、城内を歩いていると、左近の前に、少し前がはだけた色っぽい綺麗系の女中が姿を現し、左近を部屋に指でクイクイと誘ったのである。

これで、時間潰しも良いかも知れんな。だって俺は、内木だし……あっ、影の中にラナがいた。行きたくても行けねぇ。気付かないふりで、通り過ぎるか。

そう思いながらも、左近が通り過ぎようとした時であった。左近は女に、腕を捕まれて、部屋に引き摺りこまれると、その場に倒されて、女が馬乗りになり、左近に抱き付いて耳元で言ったのであった。

「御侍様、まさか私の誘いを気付かなかったって訳じゃ、無いですよね?」

「い、いや、某は、こう言った事は……」

「もう、女にここまで言わせるんですか。今だけ、抱いて下さい」

そう言って、左近の額に、女が額を当てた瞬間であった。女が髪を引っ張られて、左近から引き離されると、そのまま背後から短刀が、女の首に当てられて、何の躊躇もなく引かれたのである。

驚く左近に、女の首から吹き出る血が吹き注ぐと、ゴミを捨てる様に女を捨てたのは、冷たい目をしたラナであった。

思わず目が点になった左近が、小声で焦りながら言ったのである。

「ラナ、お前どうすんだよ。いくら浮気だからって、さすがに女中を殺すのはダメだろう」

「何?死にたかったの?」

そう言って、ラナは女中の死体を指差すと、そこには背中の帯から、苦無を取り出そうとしている女中の死体があった。

「これは、忍か?」

「だろうね。せっかく始まった時に、ニヤニヤと見てやろうと思ったらさ、清興に抱き付きながら、後ろから苦無を取り出そうとしているんだもん。焦ったよぉ」

こいつは、俺にはかなり有効な手だな。一人だったら、確実に引っ掛かっていた……こえぇよ、忍。

そう思いながらも、立ち上がろうとした左近の目の前で、ラナの長い銀髪が空中で止まり、再び動き出したのである。

これは、タイム・アクター!何かあったのか……まさか!

そう考えた左近は、アイテム・ボックスから数珠丸を取り出して、ラナに言ったのであった。

「ラナ。今、時間が止まった。パンドラが、タイム・アクターを使ったんだ」

「えっ?って事は……」

「ああ、こいつは罠だ。ラナ、暴れるぞ」

そう言った左近は、刀を抜いて肩に置くと、ラナもブンと刀の血を振り飛ばすと、笑みを浮かべて左近の後に続いて行ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

左近がハニートラップに引っ掛かりかけていた頃、本丸の長屋の様な建物では、シャーリィ達、新兵の部隊が明日の伊賀攻めの為に、身体を休めていたのだが、その中には何故か、通信兵のエディスが遊びに来ていたのであった。

楽しそうにフェイと、お喋りを楽しむ中で、少しでも睡眠を取る者や、連合軍の兵糧である固いパンを、スープに浸して食べている者がいる中で、シャーリィは壁を背にして、じっとパチパチと揺れる囲炉裏の火を見詰めて、左近とエレナの子供になると言う事に、父親に何と言うか考えていたのであった。

やはり父上には、使徒の事を隠すにしても、閣下とエレナさんの子供になる事だけは言わないと、寿命の事もありますし、マズイですわよね。

そう思っている時であった、長屋の戸が開き、女中達がお盆に乗った握り飯等を持って来たのであった。

「失礼致します。我が殿様から、宴に参加していない皆様にも、少しでも温かい食事をと、握り飯と鍋の差し入れで御座います。

これで、明日の伊賀攻めに向けて、鋭気を養ってくださいませ」

女中達の言葉を聞いた源太郎達は、「ありがたい」と言って目を輝かせ、置かれたお盆に集まり、手にしようとしたその時であった、源太郎達の目の前に、槍の穂先が出て来て、源太郎達がその先を見ると、シャーリィが冷酷な目で立っていたのである。

「おい、シャーリィ。どうしたんだよ?」

思わず質問した源太郎に、シャーリィは静かに言ったのであった。

「兵糧以外の物を口にする時は、副団長以上の御方の許可が必要と、軍規で定められていますわ」

シャーリィの言葉に、源太郎は呆れて言ったのである。

「シャーリィ、いくら俺達の部隊長になったからって、そこまで気を張らなくても良いんだって。時には、部下を気遣って、臨機応変って事をしないと、誰もついては来ないぞ……ほら、エディスさんは、食べているじゃねえか」

そう言って源太郎が指差すと、その先には幸せそうに「美味しいですよ~」よ言って、握り飯を頬張るエディスの姿があったのだが、シャーリィは真剣な顔で言ったのである。

「エディスさんは、団長、副団長専属の通信兵であり、私の管轄外ですわ。ですが、我が部隊からは、軍規違反者は出すつもりはありません。申し訳ございませんが、御好意は受け取っておきますので、どうかお持ち帰り下さい」

シャーリィが、女中にそう言うと、女中が持って帰ろうとした時であった。源太郎が女中の前に手を出して止めて、シャーリィに言ったのである。

「シャーリィ、ここは戦場だ。俺達は、明日戦死するかも知れねぇ……握り飯ぐらい、良いだろう?」

源太郎の言葉に、誰もが頷いていたのだが、シャーリィは真剣な顔で、槍を持つ手に力を入れて言ったのである。

「源太郎、気持ちは分かりますが、軍規とは閣下達が理由があって制定した規則です。それを破るとは、閣下を裏切ると同じ……手をつけると、いくら源太郎でも、軍規違反として、殺しますわよ」

「殺す……だと?おい、シャーリィ。握り飯1つで、俺を殺すと言うのか?おい、姉ちゃん、握り飯をそこに置けや」

そう言って源太郎が刀を抜いて、その目に殺気を宿すと、フェイや他の者もさすがにどうしていいのかオロオロとし出すと、シャーリィは源太郎に向かって槍を構えて言ったのである。

「ならば、お相手しましょうか。いくら源太郎と言えど、見過ごす事は出来ませんので」

その瞬間であった。フェイが二人の間に入り、泣きながら言ったのである。

「もう、止めてよ!私達は仲間でしょ!何で、ここで殺し合わなきゃいけないのよ!」

フェイの姿に、源太郎は刀を下ろし、複雑な顔をした時であった。エディスが口から泡を出して倒れたのである。

誰もがその光景に驚き固まっていると、女中達は入り口近くの者は外に逃げて、入り口から離れていた二人の女中は、懐から短刀を取り出して、フェイ達に斬りかかったのである。しかし、槍を構えていたシャーリィは、動揺する素振りも見せずに、フェイに斬りかかった女中の胸を突き、すかさず腰の刀を抜いて、衛生兵に斬りかかった女中の背中に投げ付けたのであった。

背中に刀が刺さり、その場に倒れた女中に、シャーリィは気にもせずに指示を出したのである。

「扉を閉めて敵が入って来ない様にしろ!衛生兵は、エディス伍長に毒消し丸を!」

その言葉に、部隊の者達は慌ただしく動いていたのだが、源太郎はエディスを見ながら、食べていたら自分は死んでいたのだと思い、その恐怖に包まれて呆然としていると、シャーリィが近寄り、源太郎の頬を叩いて言ったのである。

「これで、軍規違反の罰は終わりです。早く動きなさい!」

「ああ……すまねぇ……」

シャーリィに叩かれた頬を擦りながら、源太郎がそう言った時だった。外を見ていた者が叫んだんである。

「鉄砲隊だ!皆、伏せろ!」

その言葉に、慌てて全員が伏せ、フェイは源太郎を無理矢理引っ張り、身を低くした時であった。外から「放て!」の号令と共に、鉄砲の一斉掃射がおこなわれ、長屋に木の破片と共に無数の銃弾が飛んできたのである。

囲炉裏の灰と木の破片が舞い散る中で、思わず悲鳴をあげるフェイであったが、シャーリィはその中でも周囲を冷静に見ていたのであった。

「衛生兵、負傷者の手当てを!2射目迄の時間は?」

「ダメだ!奴ら、列を分けている。連合軍の三段射ちだ!」

三段射ち!?ならば、間隔が短い!

「皆、伏せて!源太郎、フェイ。次の射撃後に、空間転移で斬り込んで。他の者は、二人が斬り込んだ直後に斬り込みますわよ」

その言葉に、フェイと源太郎は壁近く迄、這いつくばりながら進み、シャーリィ達は入り口に集まり準備を始めたのであった。

そして、誰もが銃撃が来ると思った瞬間であった。音は聞こえたのだが、建物には、一発も飛んでこなかったのである。

これは、何か変だと思ったシャーリィは、扉の隙間から外を見ると、鉄砲隊に男女が斬り込み、敵の鉄砲隊を蹴散らしていたのであった。

更に、面貌を着けた者は、最初は内木だと思ったのだが、戦っている姿は、十文字槍と刀の二刀流で、その背後を守るかの様に戦っているのは、どう見てもラナなのである。

閣下!?どうして、ここに?

驚いたシャーリィであったが、この好機を逃す訳には行かないと、槍を掲げて言ったのであった。

「援軍です。我等も斬り込めぇ!」

『おお!』

そう言って、シャーリィ達が飛び出た瞬間であった、ラナの顔がやっちゃったと言わんばかりに焦り、その場から姿を消すと、それに気が付いた左近が叫んだのである。

「おい、自分だけ逃げるなよ!煙玉を使って、俺も逃がせよ!」

恨めしそうに、ラナに向かって、敵を斬り伏せながら言った左近に、シャーリィが敵の身体を槍で突いて言ったのであった。

「閣下!どうして、ここにいらっしゃいますの?」

ヤバい、バレた。

そう思いながらも、左近は面貌の下で、ひきつった笑みを浮かべて言ったのである。

「な、何を言っているんだい。僕は、内木だよ……です」

「いや、その動きと槍と刀は、閣下でしょう?」

こ、こいつ、鋭いな。仕方がない、奥の手だ。

「実は、遠く離れた場所から、内木を操っているんだ……あー!鉄砲隊だ!」

そう言って左近が指差した方向に誰もが注目すると、そこには誰もおらず、シャーリィが振り返ると、左近は既に消えていたのであった。

……完全に閣下ですわね。もしかして、パンドラが心配で、内木中尉に変装して、来ていたのでしょうか。

そう思いながら、思わず笑顔になるシャーリィに、源太郎が話し掛けて来たのであった。

「シャーリィ。此方は、片づいたぞ。その……まさか、毒が入っていたなんて、思いもしなかった。こう言う事があるから、軍規があるんだって、身にしみて分かったよ。本当に申し訳なかった」

そう言って頭を下げて謝罪する源太郎に、シャーリィは笑顔で答えたのである。

「頬を叩いた事で、罰とすると言ったでしょう。それで、もう終わりですわ」

「ああ、そうだったな。所でさっきの人って、閣下だろう?」

源太郎の言葉に、シャーリィは何故か嬉しそうな顔で、答えたのであった。

「さぁ?ただの、どうしようもなく娘が可愛い、親バカならいましたけど……今は、そう言うことにしてあげましょう。

それよりも、この長屋を野戦病院とし、数名の護衛を置いて、残りは他の負傷者を運び込みましょう。連合軍と大和の兵以外は、全員敵だと思い、殺す事を許可します」

「分かった。おい!五人一組で、他の負傷者を集めに行くぞ!」

そう言った源太郎合図で、シャーリィ達は他の負傷者を集めに、散らばって行ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

あ~焦ったよ。まさかシャーリィ達と出会すなんてな。それにしても、ラナは何処に行ったんだよ。

そう思いながらも、空間転移でシャーリィ達の前から逃げた左近は、内木の部隊に向かって行ったのであった。

確か、ここが内木の部隊の待機場所だよな。

そう思いながらも、長屋の戸を開けた左近に、中に居た兵士が一斉にライフルを向けたのである。

「おいおい、撃つなよ!」

思わずそう言った左近に、二階堂は「銃を下ろせ」と命令すると、中に入った左近の目には、二人の女中が斬られてその場に倒れていたのである。

死んでるのか?

「殺したのか?」

その言葉に、二階堂が首を振って答えたのである。

「飯を進めて来て、怪しかったので問答無用で、急所を外して斬ったのですが、どうやら毒を仕込んでいた様で、死んでしまいました。本当に面目無い」

……問答無用って、忍じゃ無かったら、どうするつもりだったんだろう。内木、コイツら率いるの大変だったろうな。

左近は、内木に少し同情しながらも、命令を下したのであった。

「ここの他にも、新兵の所に、忍の他にも鉄砲隊がいた。おそらく、兵士と女中は全員が忍に変わっているだろう。

ここの兵力は50と言っていたが、倍の100と思って良いだろう。各自、分散して各個撃破し、負傷者は新兵の所に集めろ」

「了解しました。おい、行くぞ!」

そう言った二階堂が兵を率いて、出ていくと、左近は楽しそうに煙管を取り出して火をつけると、煙を吐き出して言ったのである。

「まぁ、不意討ちがバレたら、数がものを言うので、忍に勝ち目は無いだろう。暫く楽をして、高みの見物としますか」

そう言って煙をプカリと吐き出した左近の背後から、アデルの声が聞こえたのである。

「では、その間に、どうして閣下とラナが、ここにいるのか聞きましょうか?ラナの話では、閣下が無理矢理連れてきたとか」

アデルの声に、左近が振り向くと、アデルはジタバタと暴れるラナの襟首を掴んで、引き摺ってやって来たのであった。

……ラナめ、俺の責任にしようとしているな。後でベッドの上で泣かせてやる。

「そうなんだよ、本当に申し訳無い。でも、ラナはどうしても必要だったんだ」

「必要?」

そう言ってラナを、左近の前に突き出すと、ラナはゴメンねと言う顔をしており、左近は「許すけど、夜は覚悟しておけ」と言わんばかりに笑みを浮かべながら、アデルに言ったのである。

「まぁ、いつもの親バカだよ。伊賀は俺と因縁深い地でな、毎回、伊賀攻めでは俺の一族に何かあるんだよ。

そこで、俺が内木と入れ代わり、パンドラを守ろうと思ったのだが、忍の職業の戦力が欲しくてな。ラナには無理を言って来てもらったんだよ」

左近の言葉に、アデルは本当かと怪しむ視線を向けながら、左近に言ったのである。

「まぁ、閣下がそう言うならば、そう言うことにしましょうか。とにかく、姫様にこの事がバレなければ良いんですよね?」

「まぁ早い話が、そうだな」

そう言って、煙管を咥えながら笑顔を向ける左近に、アデルは呆れたのか、ポリポリと頭をかいて言ったのである。

「分かりましたよ。今回の事は、何も見なかったと言う事にします。ですが、お気持ちは分かりますが、御自分の立場と言うのを考えて下さいね」

そう言ったアデルは姿を消すと、左近はラナに「バレるなよ」と言いながらも、腕に抱き付くラナの頭を撫でながら、銃声の鳴り響く戦場に向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その頃、御斎峠の頂で、忍を警戒しているジャックが、伊賀盆地をじっと見ていると、寒くなってきたのか、ブルッと身体を1度震わせると、手を合わせて息を吹き掛け、手を暖めたのである。

変だな。確かにもうすぐ冬だし、夜は寒くなるだろうが、これは異常だろう。こんなのは、自然界には、無い……これは、魔法の冷気か?

そう思ったジャックが、月ヶ瀬口の方向を見た時であった、木津川の方向の大地が氷に覆われ、月明かりに氷がキラキラと光っていたのであった。

おい、あんなにも強力な冷気って何だよ!絶対に、普通の魔導師レベルじゃ無いだろう。悪魔か、魔王か……とにかく、姫様に報告しておくか。

そう考えたジャックは、そのまま姿を消して、小川城に向かったのであった。