Another Life
Left proximity and syllabus
翌日の太陽が未だ顔を出していない早朝、左近はアデル達に、人事の関係で会いたいと連絡すると、何故かこの時間に頼むと連絡があったのである。
眠い目を擦りながら、クロエと一緒に執務室に入ると、左近の部屋の前にある待合室には、アデルをはじめとする忍の頭領達が、既にやって来ていたのであった。
「皆、朝が早いな」
思わず呆れて言った左近に小次郎は、笑顔で答える。
「そりゃ、俺達は忍だからなぁ。それに朝が早い方が、人目につかなくて良い……無理を言ってすまねぇな、陛下」
「いやいや、仕方がないのは、分かっている。クロエ、濃いコーヒーを頼むよ」
そう言って部屋に入る左近に続き、アデル達も一緒に入る。
この場にやって来ていたのは、風間衆の風間 小次郎。戸隠衆の長谷川 団蔵。軒猿の源兵衛であった。
中に入った四人は、ソファーに座ると、団蔵は左近に頭を下げて、感謝の言葉を述べたのである。
「陛下、先ずは連合軍を辞めただけでなく、敵対していた自分を、千鳥も一緒に復帰させて頂いた事に、深く感謝させて頂きます。誠に有り難う御座います」
「気にするなって、俺は使える者は、敵であろうが、登用する。まぁ、裏切りは勘弁願いたいがな」
そう言って、煙管を取り出す左近に、団蔵は苦笑いしていると、クロエによって、前にコーヒーが置かれていき、左近はコーヒーを一口飲んで、アデルに言ったのである。
「そう言えば、アデル。夏の出産予定日って、いつだった?」
「来月の後半です。それで、小次郎殿と話し合ったのですが、陛下に子供の名をつけて頂こうかと……お願いできますか?」
そのアデルの願いに、左近の隣に立ったクロエには、昨日のレイクスが言った、「センスが無い」と言う言葉が脳裏を横切り、左近をチラリと見ると、左近は腕を組み答えたのであった。
「良いだろう。ついでに、風間衆の名を変えないか?
ルタイ皇国では、風間衆の名は有名すぎて、そこから調べられる可能性もあるからな。何せ、今回の戦で、俺との繋がりが、ばれてしまったのでな」
左近の提案に、アデルは一族の名を変えるのは、流石に抵抗があるのではと、小次郎をチラリと見たのだが、小次郎はアッサリと決断したのであった。
「うん、良いんじゃないかな。一応、俺達も大元帥府に入って、正式な軍人となる訳だし、当然内局で登録もする。
その時に、風間衆の名をルタイ人に知られて、調べられるもの防げるし都合も良い。侍の様に、家名がどうとか、拘りも無いし、別に良いんじゃねぇの」
その小次郎の言葉に、左近は頷いて言ったのである。
「んじゃ、決まりだな。風の様に、誰にも見られずに動くと言う意味で、風間の風の字を残し、魔物の様に敵を食らい付くす意味で、風魔とはどうだろうか?」
「風魔…風魔か……良いね、その名字。名前負けしないように、しないとな」
よし!これでオヤジ殿にも、馬鹿にされないだろう。何せ本当に居た忍の名だからな。
そう思いながらも、得意気な左近は、アデルを煙管で指して言ったのである。
「アデル、ついでに小次郎の所に婿養子に入り、伯爵家となり、風魔の血と術を、この国に残していけ。
生まれた子は、風魔の当主とし、小太郎を名乗らせ、その術を後世に残していけ。小次郎、良いかな?」
「もちろん、此方としては、ありがたい話だが、生まれたのが女ならどうする?」
え?女の子?
……ヤバいッス。女の子が生まれるってのは、想定外だった。
そう思い、考える左近に、クロエは目を点にして質問する。
「陛下……まさか考えて無かったとか、言わないですよね?」
「な、何を言っているのかね。考えているに決まっているじゃないか……初芽だ。女の子だと、初めて芽が出ると書いて、初芽にすると良いだろう」
左近の取って付けた様な言葉に、クロエは「また思い付きで」と言いたそうな顔をしており、それは、他の忍の頭も同じであったのだが、アデルは胸に手を当てて、何処か幸せそうに言ったのである。
「初芽……何より、春を思わせる名で気に入りました。有り難う御座います」
「お、おう、喜んでくれて、良かったよ」
……良いのか、これで?
左近は、アデルの思わぬ反応に、左近は気を取り直して言ったのである。
「では、本題なのだが、新しい人事を発表しようか。アデル、お前はこの忍衆を率いて、大元帥府の諜報部の責任者とする。
それに伴い、階級も中佐として、他の者の階級は、アデルに一任する。それと……小次郎、言って良いか?」
その左近の言葉に、世界各地に送った草の存在の事だと感じた小次郎は、暫く考えて答えたのであった。
「まぁ、諜報部の上の者は、例の事を知っておいた方が良いでしょうし、陛下のご命令とあれば」
小次郎の言葉に、誰もが左近の言葉に注目すると、左近は誰もが驚く事を話し出したのである。
「これは、小次郎と俺だけしか知らない事だが……ああ、あの時はラナも居たな。まぁラナだし、あまり気にしていなかっただろう。
あれは、四年前だったかな。レイクシティも完成して、トレソ王国に行った帰りの馬車の中で、俺は小次郎にとある命令を下した……世界中に、草をバラまけとな」
クロエやアデルは、草の意味を理解していなかったのだが、他の団蔵と源兵衛の二人は、驚きのあまり何も言葉を発する事が出来なかった。
草は、何年もその地で住民として暮らし、情報を送ったり、工作活動をする忍の存在である。それはつまり、敵国、もしくは敵国になるであろう国に送るのが、一番有効であり、それを世界中に送ると言うのは、左近は世界征服を行うつもりと言っているのと、同じ事であった。
「へ、陛下は、この世界中を征服されるおつもりで?」
そう言った団蔵の言葉に、驚くクロエとアデルであったが、左近はめんどくさそうな顔で答える。
「バカを言うな、世界征服なんて俺は、本気でめんどくさいから、嫌だし。それに、そんな事をしたら、隠居するのが、何年先になるんだよ。
まぁクロエとアデルは、草の意味が分からないだろうから、教えてやると、草と言うのは、忍を、その土地に民として何年も住まわせる事だ。
そして情報を流し、工作活動を行う……それが何代にも渡って行われるから、たちが悪い。つまり、何処に潜り込むのか、分からないし、調べても、昔から住んでいるので、発覚しにくいからな」
左近の説明に、目を丸くして驚くクロエとアデルであったのだが、アデルは理解できない様な顔で質問する。
「明らかに私には、世界征服への布石に思われますが、本当の目的は何なので?」
「ウェンザー王国が滅んで、新しく建国されたボヘミア王国……ありゃ将来、世界を狙う国になるぞ。そうなると、確実に俺達とぶつかる……その為の布石よ。
まぁ、そんな訳だし、草の有効活用も頼むわ。そう言えば、そろそろ蘭やヴィオラが出勤してくるかもしれんな。
とにかく、今は議会で決まる、南方大陸の事だが、エンブルク王国の調査と、幽閉されている王子の調査も頼むよ。
ナッソーのバッシュの所に、エンブルク王国から逃げてきた、ダゴスと言う者がいる。そいつから、情報を聞き出せ。
あっ、そうそう、オヤジ殿の所も、乱破と呼ばれる、フレシア王国の諜報部のを使って調査しているから、一応話を通しておけよ」
「了解いたしました。では、本部の方は、此方の二階、空き部屋を使わせて頂きます」
そう言って、アデル達は、左近に頭を下げて出ていくと、クロエと二人っきりになった部屋で、机に塞ぎ込んで愚痴を言ったのである。
「疲れたぁ。あいつら、朝が早すぎなんだよ……戦場より、此方の方が疲れる」
思わず愚痴をこぼす左近に、クロエは何処か複雑そうな顔で、後片付けをしながら言ったのである。
「ねぇ、清興。昨日、蘭が言ってきたのだけど、軍を辞めたいんだって」
クロエの、唐突な発言に左近は、驚き顔を上げると、目を丸くして言ったのである。
「俺、何か蘭の嫌がる事をしたか?」
「ううん、違うの。清興は、何も悪くないよ。
実は、蘭は前から小説を書いていて、本格的に小説を書きたいらしいのよ。もちろん、軍を辞めた後も、私の家に居候させてあげるつもり。
本人は、ナイト・ウォーカーも小遣い稼ぎになるから、行くって言っているし、認めてあげても良いかな?
人間の寿命って短いじゃない。夢があるのなら、私は友達の夢を叶えてあげたいと思うの」
……どうやら、クロエの言い方では、小説の内容を知らない様だな。でも、あの腐っている小説なぁ……まぁ、皇后様も読んでいたし、出版社をアスクレー商会で請け負ったら、騙される事は無いし、食うには困らんだろう。
何せ、腐った本は、この世界では、ごく少数の物で、競争相手が居ないからな。
あれ?確かミアに、王宮が出来たら、専用部屋を作って、蘭を紹介してやるって、約束したっけ。王宮に住まわせて、ミアと会わせるか。
そう考えた左近は、クロエに笑顔を向けて言ったのである。
「蘭の事に関しては、俺に任せてくれないか?
俺には全く分からないのだが、実は、蘭の小説が好きな人がいて、その人と会わせてみたいんだよ。その為に、蘭は新しく出来る王宮に、住まわせたいし」
左近の言葉に驚くクロエは、不安な顔で左近に質問する。
「それって、蘭を誰かの愛人として囲うって事じゃ無いよね?」
「それは、無いだろう。だって向こうも女だし……あれ?女だよな?」
その左近の態度に、クロエは左近が何を言っているのか分からないのか、ジッと左近を疑いの眼差しで見ていると、左近は煙管を咥えて言ったのである。
「そんな顔をするなって……まぁ、クロエだし言うけど、実は神から、新しい王宮を作るのならば、自分がこの世界に降臨できる部屋を、王宮に作れって言われているんだよ。
そこで、神は蘭と一緒に小説の設定等の話をして、読みたいらしいんだよ。俺には文才も無いし、全く分からないジャンルだからなぁ」
「それならば、良いですが……蘭が納得したらですよね?」
そう言って、蘭の事を心配するクロエであったのだが、左近の「ああ、勿論だとも」と言った笑顔を信用して、納得していたのであった。
やがて出勤してくる、ヴィオラと蘭の声が聞こえると、クロエに呼び出された蘭が、左近の執務室に、おそるおそる入ってきたのであった。
「あのぉ、中佐から陛下が呼んでいるって、聞きましたのですが……」
「おお、待っていたよ。まぁ座ってくれ」
左近に促されて、不安そうに座る蘭の向かいに、左近が座り、クロエが部屋に入って来ると、左近は笑顔で蘭に話し掛けたのであった。
「蘭、クロエから聞いたのだが、軍を辞めたいんだって?」
その言葉に、不安そうにクロエを見る蘭であったのだが、クロエは大丈夫だと言わんばかりに頷く。その姿を見て、蘭は力強い目で答えたのであった。
「実は、以前より小説を書いておりまして、そちらを本業にしようかと思い、軍を辞めようかと」
「そうか、寂しくなるな。勿論、俺は引き止めないし、蘭の夢を俺は応援してやりたいと思っている。
そこでだ、俺から提案があるのだが、実はとある御方が、蘭の小説の事を知っていて、蘭に会いたがっているんだ。アスクレー商会で、どの様な物でも出版させるし、衣食住は王家で面倒を見るので、その御方と、色々と話をして欲しいんだよ」
左近の言葉に、蘭は不安そうな顔で質問する。
「あのぉ……その、ある御方って?」
まぁ、どのみち分かるし良いか。
「それは……この世界を作った御方だ」
その左近の言葉に、蘭の動きは一瞬止まり、その後で笑顔で言ったのである。
「そんな……嘘だぁ。絶対に、嘘でしょう?」
そう言って、ヘラヘラと笑って誤魔化す蘭であったのだが、真剣な左近とクロエの顔を見て、思わず固まり、暫くして言ったのである。
「まさか、ほ、本物?」
その蘭の言葉に、真剣に頷く二人を見て、困惑する蘭であったのだが、覚悟を決めた様に答えたのであった。
「わ、分かりました。これでも巫女ですので、御相手させていただきます」
……何だか、これから戦いに行く感じだよな。
「まぁ、そう身構えるなって。話せば、良い奴だし、大丈夫だろう。
とにかく、王宮が出来るまでは、このままで、完成したら、蘭は退役だな。クロエ、送別会の手配は任せるぞ」
「了解しました」
そう言ったクロエであったが、蘭は何処か複雑な顔をしていたのであった。
やがて昼も過ぎた頃から、誰かが出入りすると、左近達しか居ないフロアーから、何やら明るい話し声が聞こえてくる。
左近が書類仕事の途中で、筆を止めて、コーヒーを持ってきたクロエに質問したのである。
「今日は、何だか、廊下が賑やかだな」
「今日は、三好閣下の引っ越しですからね。今まで、外局の執務室から、空いている隣の部屋に引っ越しをしているんですよ」
清信か……しかし、あいつの秘書官って、女の子ばかりだよなぁ。羨ましいよ……あれ?俺もだったな。
左近がそう思っていると、蘭が扉をノックして顔を出し、言ったのである。
「あの、真田大佐と土屋少佐と、バッシュさん達が来ましたが……」
「おう、やっと来たか。通してくれ」
左近に言われて、蘭と入れ代わる様に入ってきた信綱達であったのだが、信綱と昌恒の、その姿は軍服姿であり、どうも着なれていない様で、ネクタイを気にしているのに対して、バッシュと一緒に入ってきたミリア達の方は、ネクタイをかなり緩めており、完全に普段着となっている様であった。
「何だか、今日は騒がしいな」
外をチラリと見て言った信綱に、左近はソファーを筆で指して言ったのである。
「今日は、清信が外局から、引っ越しなんだよ。まぁそれよりも、座ってくれ」
左近に言われて座る信綱達の前に、クロエが紅茶と、豪華なスクロールを置いていくと、不思議そうな顔をする6人に、左近は説明を始めたのであった。
「こないだの会議でな、大元帥府に所属する、俺の直轄の部隊は、全てが騎士団と決まったんだ。
騎士団ってのは、予算だけが渡されて、内局の承認も要らないし、備品も自由に発注出来る。その自由度は、かなり高くて、各騎士団の団長は、ルタイ皇国で例えて言うなれば、一国の大名の様な感じだな。
そこでだ、新たに騎士団を2つ新設する事になった。先ずは、源太を団長に、昌恒を副団長にして、本拠地を新たに建設する、王都サクラメントにして、騎士団を編成する。名は、ラヴァナ騎士団。
そして、もう1つは、バッシュを団長に、副団長は、ミリア、マルディ、フンメルの3人として、今まで通りにナッソーを拠点とした、騎士団を編成する。名は白狼騎士団
因みに、騎士団の名は、レイクス陛下が名付けたので、俺に文句は言うなよ」
「お、俺が騎士団の団長ですか!?」
そう言って驚くバッシュに、左近は笑顔で答えたのであった。
「ああ、勿論だとも。バッシュは、傭兵時代から、俺の副将として、よく戦ってくれて、その才能は有ると思うぞ。
それに、ミリアは騎馬隊、マルディは弓隊、フンメルは歩兵隊と、本当によく戦い、連合軍が発足して、低い階級に設定されても、文句も言わずに、付いてきてくれて、俺を助けてくれた……本当に、感謝しているよ。
そこでだ、バッシュも階級を大佐に上げて、ミリア、マルディ、フンメルは少佐に昇級させる事にする。そのスクロールは、昇級と団長や副団長に任命すると言った、証明書だ」
「有り難う御座います。父に、良い報告が出来ます」
そう言って頭を下げたバッシュの目には、うっすらと涙が浮かんでおり、バッシュの苦労を知っている左近は、何度も頷いて、左近も良い事をしたなと、感動していたのであった。
やがて、落ち着いた頃を見計らってか、信綱が左近に質問する。
「そう言えば、レイクス陛下が名をつけてくれたと言っていたが、何か意味があるのか?」
そう言えば、オヤジ殿は意味を源太に言えば、全て理解するって言っていたよな。
「白狼騎士団の方は、バッシュの、その肌の色と、ナッソーの狼の様な、荒くれ者達と言う意味だそうだ。
ラヴァナ騎士団は、毘沙門天の梵名で、ヴィシュラヴァナから頂いたそうだ。そう言えば、オヤジ殿が源太に、この事を言えば、すぐに理解すると言っていたぞ」
一瞬、毘沙門天と聞いて、武田家の不倶戴天の敵である上杉家の事を思いだし、頭に血が登りかけた信綱であったが、レイクスの伝言を聞いてすぐに冷静になったのであった。
何故、御館様は、あの上杉家が信仰していた、毘沙門天の名をワシに?
まるでワシに敵になれと言っている様に思える……敵に……敵にか……そうか!御館様は、自分と一線を引き、左近に忠義を尽くせと言われておるのか!
そう考えた信綱の目には、涙が浮かんでおり、理解できない昌恒に説明したのであった。
「昌恒よ、レイクス陛下は、昔の武田家とは一線を引き、左近に忠義を尽くせと仰られているのだ。それが、レイクス陛下からの、隠された御言葉だ」
その信綱の言葉に、昌恒は武田家を捨てるのは嫌だと思ったのだが、信綱の言う通りだと、昌恒の頭も結論を出して、拳を握り締めて答えたのである。
「確かに……レイクス陛下の御言葉は、理解できます。ですが私は、武田家に、この魂まで捧げた侍です!武田家の皆を忘れる事は出来ません!」
「戯けが!この左近も、元は武田家の男ぞ!左近に仕えるも、武田家に仕える事と同じ事である。今後は、左近が武田家と心得よ!」
「……そう言う事でしたら、分かりました」
……あの、何気に俺の事を貶してませんかね?これでも一応は国王で、連合軍の大元帥なんですけど。
君達の主君で、上司だよ。それを目の前で、御館様、御館様って、何て暑苦しいんだよ。体育会系か!
でも本当に、あのオヤジ殿が、そんなメッセージを源太に?怪しい……思いっきり怪しい。
目の前で、熱く語り合う信綱と昌恒に、取り残される形となった左近達であったのだが、左近はここで悪態をついたのである。
「はぁ、これだから、元武田家の奴等って、暑苦しいんだよなぁ……」
その左近の言葉に、バカにされたと感じた信綱は、左近を睨み付けて言ったのである。
「何だと?左近よ、貴様も武田家の、それもあの赤備の先駆けをやっておったではないか……ああ、そうであったな、貴様は途中で筒井家に戻って行ったのだったか。所詮は自力で、大和一国も統治できなかった筒井の両翼よ」
……カッチーン。
「てめえ、俺はお前よりも、年上だぞ。更に、お前がヌクヌクと暮らしている間に、俺は初陣の頃から、松永 弾正と戦って来たんだよ」
「たかが、3歳年上と言うだけでは無いか。それで、威張るとは、身体も成長せんのなら、頭の中も成長せんのでは無いか?」
まさかの左近が信綱の3歳年上と聞いて、バッシュ達は目を丸くして驚いており、ミリアが小声でバッシュに言ったのである。
「おい、今まで陛下って二十代だと思っていたのだが、かなりの年齢って事か?」
「…いや、俺も初めて聞いたのだが……嘘だろ……」
左近の事は、その姿から人間だと思っていたバッシュ達は、あまりの外見とかけ離れた年齢に驚き、その光景を見たクロエは、これは少々マズイ展開だと思い、左近を止めようとした時であった。睨み合って、ただの罵り合いから、話が思わぬ方向に行ったのである。
「源太よ、ここいらで、いい加減に、どちらが上か、白黒つけようじゃねぇか」
「……良いだろう。何で勝負をつける?」
槍や剣だと、コイツとは本気の殺し合いになるからなぁ……そうだ!弓ならば、良いんじゃ無いか。
そうだよ、弓ならばタッグ戦にしたら、此方にはクロエが居るし、勝利は間違いない。源太が弓を使っているのを見た事が無いからな。
そう考えた左近は、悪魔の様な笑みを浮かべて答える。
「弓で勝負をつけようじゃねぇか。的に点数を書いた紙を張り付けて、1人が5本射って、合計点数で争う。
ただしだ、2対2のペアで戦う団体戦だ。まさか、武田家二十四将とまで呼ばれた、源太は弓が苦手だとは言わないよなぁ?」
クソ!2対2だと!確実に左近の奴は、マイスナー中佐を相方にするつもりだろう。弓はあまり得意では無いし、何よりも、マイスナー殿以上の弓の達人は、何処にも居ないだろう。
だからと言って、ここで異論を唱えるのは、左近に負けた様な気がするし、真田の誇りにかけて、退くことは出来ん。
そう考えながらも、信綱は左近を睨み付けて答えたのであった。
「良いだろう。その挑戦、受けてやろう……」
「真田様!」
まさかの了承した信綱に、昌恒は止めようとしたのだが、信綱は昌恒を睨み付けて言ったのである。
「昌恒よ。男は、退いてはならん時があるのだ。ここで、調子に乗っているこの男に、一矢報いねば、真田の名が汚れる」
クックッ、やはり源太は昔から変わっていないよな。弟の徳次郎の方が、頑固で直情的だと他の者は思っていただろうが、本当は普段から冷静な感じの源太の方が、その本性は徳次郎以上の頑固で、直情的な奴だってのに。
「よくぞ言った源太んじゃ、俺の相方はクロエにするよ。
クロエは、俺の秘書官だし、何ら問題では無いだろう」
左近の言葉に、クロエは「やっぱり」と、露骨に自分に有利にしようとする、左近の言動に呆れており、信綱は、やはりかと考えて、自分の相方を誰にするのか考えていると、マルディが膝を叩いて言ったのである。
「陛下、この勝負はフェアでは無いと思います。そこで、私が真田大佐の相方になっても宜しいでしょうか?」
……確かマルディって、かなり弓の腕も良かったよなぁ。でも、否とは言えんし。
「……良いだろう、認めるとしよう」
「有り難う御座います。大佐、宜しくお願いします。
このマルディ・マイスナー、まだまだクロエに弓は、負けませんよ。何せクロエに弓を教えたのは、私ですので」
え?マジで?
そう言えば、マルディって戦の中で、集団で弓を射っているのしか見てなかったから、上手いのか知らなかった。これは、マズイ展開だ。
そう思う左近の前で、信綱は勝利の確率が上がった事により、表情が少し明るくなり言ったのである。
「マイスナーと申されたが、もしやそなたは、マイスナー殿の御親族か?」
「ええ、クロエの父親ですよ」
笑顔で信綱に言ったマルディの言葉に、信綱は驚き「いつも、お世話になっております」と何故か階級や爵位も上なのに、頭を下げて挨拶をするのだが、左近は呆れて言ったのである。
「お前は、何処まで礼儀正しいんだよ。それで、そっちの条件は、あるのか?」
余裕を見せる為に言った左近であったのだが、その心境を察して、信綱はここは攻め時だと、少し考えて答える。
「スキルの使用は無しで、もちろん弓のスキルも無し。弓は、皇国の弓を使う」
やられた!洋弓は、誰でも扱いやすく、命中力が高いので、俺も使おうと思ったのだが、まさか和弓限定での勝負とは……和弓は、威力重視の為に、命中力は腕で何とかしろって物だから、これはクロエ対策だろうな。
だからと言って、ここでダメだとは言えないし、認めるしか無いか。
「腕だけの勝負か、良いだろう。確か、清信が弓を多く持っていたから借りてこよう」
「弓は良いが、クロエ殿はどうする?その服装のままでは、少々マズイと思うのだが」
……そうか!女性用の胸当てか!
確かにあれが無ければ、胸が弦に当たり、凄まじく痛いらしいからな。源太め、クロエの排除を狙ってきたな。
そう考えて、少し焦る左近であったのだが、クロエが信綱の言葉に疑問に思い、左近に質問する。
「皇国の弓って、あの陛下が昔使っていたロングボウですよね。どうして、この服では出来ないんですか?」
「あの弓は、威力重視の命中力は、腕で補えって代物なんだよ。だから弦を命一杯に引いて放つのだが、胸当てが無ければ、その時に女性だと胸に当たり、壮絶な痛みを伴う……まぁ、清信が持っていなければ、茶々が持っているか聞いてみるか」
持って無ければ、マズイよな。クロエが参加できなければ、残るはバッシュかミリア……ああ、ミリアも女だった。
しかし、お互いに初めてでも、マルディは弓隊でロングボウを使っているから、かなり向こうが有利だぞ。
そう思いながらも、左近はバッシュとミリアに、内局から的を持って来て、中庭に用意する様に伝え、自分達は、清信の部屋に向かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
左近の部屋の隣の部屋では、多くの兵士が外局の元々清信の執務室であった所から、書類やら資料を持って、中に入っており、中からヘルゲ達、清信の秘書官達の黄色い声が聞こえていたのであった。
左近の姿を発見して、兵士達が敬礼する中を、左近は敬礼して中に入り、開いた扉をノックすると、執務室で、楽しそうにヘルゲと談笑する清信が、左近に気が付き、敬礼して言ったのである。
「これは、陛下。申し訳御座いません、煩かったですか?」
そう言って、左近に謝罪する清信であったのだが、左近は後ろの信綱を親指で指して、笑顔で答える。
「違うんだよ、コイツと弓の勝負をする予定なんだが、スキルも何もついていない弓を持っていないか?それと、女性用の胸当てとかもあれば貸してほしいんだ。
俺とクロエのコンビと、源太とマルディのコンビで勝負するからな。内局には、胸当ては無いだろうし」
その左近の説明に納得した清信は、笑顔で答える。
「そうでしたか。練習用の弓が、何本か有りますし、女性用の胸当ても、亡くなった母の物があります。
しかし、そう言う話でしたら、私達も参加して宜しいでしょうか?」
「私達?」
そう言って不思議がる左近の目の前で、清信はヘルゲの肩を抱き寄せて、真っ赤になるヘルゲに気が付かないまま言ったのである。
「俺とヘルゲですよ。ヘルゲは、俺が弓を教えていますので、強いですよ。
それはそうと、何を賭けるので?勝負すると言えば、何かを賭けるのは常識でしょう」
そりゃそうだ。何かを賭けなきゃ面白くない。
俺や源太は、どちらが勝つかだけ拘っていたけど、下僕とかあんまり興味無いしなぁ……そうだ、唯の所のベーグルにしよう。
「最下位の者達は、明日にでもベーグルとコーヒーを、優勝した者達に奢るってのはどうだ?」
まさかの左近の口から出た庶民的な言葉に、左近の小遣いが1日5シリングだと知らない者達は驚いていたのだが、信綱は、あんなにも罵り合っていたのに、左近が奴隷になれとか、無茶な事を言わないのに、少し嬉しく思いながら、笑顔になり言ったのである。
「良いだろう。先日、陛下が食べていたのを見て、ワシも食べたくなった」
「それは、良いですね、面白くなりそうだ。では、早速行きましょうか」
そう言った清信は、楽しそうに拳を叩いて、真っ赤になって何も言えなくなるヘルゲを連れて、自身の邸宅に向かったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
すっかり、夕方になった佐倉家の邸宅にある、芝生の庭園では、左近達の弓の勝負の為に、バスティが魔法で土の壁を作り、幾つもの篝火が灯された会場が出来上がっており、それに加えて、仕事が終わった軍人や、佐倉家の使用人達が観戦に訪れて、賑わいをみせていた。
ただ、その会場の的までの距離は遠く、120メートル程となっており、やって来た左近と信綱は、顔を見合わせて驚いていたのである。
いやいや、遠すぎだろう。これの半分でも良い距離だぞ。
そう思いながらも、唖然としている左近に、バスティが話し掛けて来たのであった。
「マイスナー中佐専用に、少し距離を遠くしておりますが、短くしましょうか?」
「い、いや、だ、大丈夫だ。なぁ、源太」
「お、おう。ちょうど良い距離だと思うぞ」
思いっきり強がるオッサン二人であったが、バスティは安堵の表情で言ったのである。
「そう言って頂けて、良かったですよ。何せ、戦場で有名な御二人が、外しますと、後でどの様な噂が広まるか、分かりませんので」
……思いっきり、プレッシャーかけとるやん。これ、当てるのでも、かなり大変だぞ。
そう思いながら、少し練習しようかと考える左近に、バスティが小声で話し掛けて来たのであった。
「陛下、少しお願いがありまして」
「おっ、バスティがお願いとは、珍しいな。何だ?」
「実は以前に、テスタに教えてもらい、目利きのスキルを手に入れたのですが、その上級職である鑑定士になるには、少しレベルが足りないのですよ。
陛下も、一国の国王となられて、毒殺等の警戒も必要になってきますし、成分分析が出来る、鑑定士の職業が、私には必要になって来ると思います。
そこで、次の土日に行かれる狩りに、私も同席させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
おお!何と言う偶然。オヤジ殿が言っていた事もあるし、バスティが、毒殺を封じてくれるなら、大助かりだ。
でも鑑定士って、成分分析ってスキルがあるのかよ。あまり聞いたことがないのだが。
「鑑定士って、成分分析も出来るのか?」
「出来ますが、これは勇者のスキルと組み合わせてのスキルだそうですよ」
なるほどな。だから、聞いたことが無かったのか。
「もちろん、良いのだが、バスティは冒険者では無いので、報酬は出ないぞ」
「私の無理なお願いを聞いて頂けるのですから、報酬なんて要りませんよ」
「ならば、決まりだ。一緒に来ると良いだろう」
「有り難う御座います」
そう言って、バスティが頭を下げた時であった、空間転移の煙が出て、中から清信と道着姿のクロエとヘルゲが出てきたのである。
おお!クロエの道着姿って、かなりの萌えだな。こう言ったコスプレも悪くない。
だが、一番気になるのは、ヘルゲの持っている弓だ。あの弓の上下についているのって、完全に槍の穂先だろう。
左近の目線の先には、ヘルゲが持つ弓の上下の先に、槍の刃に被せる袋がついていたのである。
「清信、そのヘルゲの弓は、それで良いのか?」
穂先の重さが加わり、矢を放ちにくいだろうと思った左近であったのだが、清信は大丈夫だと言わんばかりに、ヘルゲの頭をポンポンと叩いて答えたのであった。
「大丈夫ですよ、ヘルゲは、いつもこれで練習しておりますので。ほら、陛下が前に言っておられた、本物の槍を使って練習しないと、ダメだって仰られていた、あれと同じ考えです。
私の発想は、素晴らしいでしょう?これならば、接近戦になっても、槍と同じ様に、すぐに戦えますし、身体の小さいヘルゲのリーチも補えます。勿論、これは練習用で、スキルは付いておりませんよ」
しかし、よく考えたなぁ。でもヘルゲは、何で顔を真っ赤にしているんだろう?
もしかして、清信に惚れているとか……まぁ清信は、全然そんな気は無さそうだけど。それにしても、コイツが普通に女性に接するって、かなり珍しいな。パンドラの時と、全然違う。
そう思いながらも、「へぇ~」と言って、ヘルゲの弓を見ている左近の隣で、清信がクロエとマルディに、弓を渡して、説明を始めたのであった。
「これが、皇国の弓だ。大陸のロングボウと近いが、ロングボウよりも大きく、握る位置も、かなり下になる。大陸の弓と大きく違うのは、矢をつがえる位置と、弓の弦を引く位置だ。
弦を引くのは、大陸だと顔の手前までだが、皇国の弓は顔の後ろまで引く。その為に、皇国の矢は長く太い。
そして矢をつがえる位置は、大陸だと内側なのだが、皇国は鉄の鎧も貫通する程の威力重視の為に、外側につがえる。その為に、矢は最初の頃は、右側に飛んでしまうので、それも計算すると良いだろう。
とにかく、一度射ってみるので見てくれ」
そう言って清信は、的が意外にも遠くにある事に驚きながらも、ゆっくりと息を吐き、集中しながらも弓を、上に持ち上げて、ゆっくりと構える。それと同時に、既に弦は引かれた状態になっており、この流れる動きをクロエとマルディは、食い入る様に見ていた。
そのまま清信は、狙いを定めて、矢の持ち手の手をまるで弦を引く様に後ろに流して離すと、カシュッと言う音と共に、矢が的に向かって飛んで行き、的の板にコーンと刺さったのである。
その瞬間、周囲から拍手が鳴り響き、清信は少し照れながら応えて、クロエとマルディに言ったのである。
「見てもらった事で分かる様に、普通に矢を放てば、弓本体に当たって右に反れるのだが、左手の中で弓を反時計回りに、素早く回す事で、それを防ぎ、真っ直ぐに飛ばし、更には弦が矢に接触している時間が長くなり、矢がより加速されるんだ。この技を、弓返りと言う。
まぁ、これには練習が必要なのだが、正しい姿勢と、集中力が皇国の弓には必要だ。まぁ練習をしてみようか」
まぁた、変な流れになってきたなぁ。
そう思いながらも、本番に向けての試射をする左近達を見ている昌恒の後ろから、兵庫の声が聞こえた。
「これは、一体何の騒ぎだ?」
兵庫の声に振り返る昌恒の、すぐ後ろには、あまりの盛り上がりに驚く兵庫とミラの姿があった。
「何だ、兵庫か。ミラは、少し見ない間に、大きくなったな」
そう言ってミラの頭を撫でる昌恒に、兵庫は左近の姿を発見して、昌恒に質問する。
「何だとは、酷いなぁ。あれは、義父上……昌恒よ、義父上は弓の道場を、こんな所に作ったのか?」
「いやいや、実は陛下の執務室で、陛下と真田様が言い合いになってな、弓の腕で勝負をつけようとなったのよ。
そこに、三好閣下が入って来て、結局は陛下とクロエ殿、真田様とクロエ殿の父上であるマルディ殿、三好閣下とヘルゲ殿が、組んで勝負をする事になったのだ」
「へぇ、それは楽しそうだな。それにしても、的はあれか……まるで三十三間堂で行われる、通し矢の様な距離だな」
そう言って感心している兵庫であったが、着物の袖を誰かが引っ張るのに気が付き、視線を横に向けると、ミリアが笑みを浮かべて言ったのである。
「柳生様。実は、この勝負で賭けを行っておりまして……一口10シリングですが、どうですか?」
そのミリア言葉に、兵庫は暫く考えて、昌恒に質問する。
「昌恒よ、どう見る?」
「陛下と真田様は、弓が苦手なのか、ヘルゲ殿と互角。残るは相方の力量だが、皇国の弓限定だからか、クロエ殿とマルディ殿は苦戦しているな。
クロエ殿は、弓返りを自分の物にしようとしており、マルディ殿は短時間では無理と思ったのか、右に矢が飛んで行く事を計算に入れて射っておる。
ここは、本命が三好閣下の組で、その次に真田様の組。そして陛下の組だろうな」
昌恒に言われて、兵庫が左近を見てみると、その言葉通りにクロエは、弓返りをマスターしようと苦しんでいる様であった。
「昌恒は、何処に賭けた?」
さも当然の様に、お前も賭けたのだろうと言う兵庫に、昌恒は腕を組んだまま答える。
「真田様の組だ。マルディ殿の適応力は、凄まじいぞ……この勝負は、頂いたな」
そう言って勝ち誇る昌恒の言葉を聞いて、兵庫は顎を擦りながら、暫く考えて、ミリアに質問する。
「ミリア殿。今の人気は?」
「三好閣下組が人気ですね。それに迫っているのは、真田大佐の組で、陛下の組は、マイスナー中佐の弓返りって技が上手くいっていない為に、人気は低いですね」
ミリアの言葉を聞いた兵庫は、「ふむ」と言って、袖の中から金貨を1枚取り出して、ピンと弾き、ミリアに金貨を渡すと言ったのである。
「三好閣下に、10口だ」
「父上!」
左近で無い事に、思わず声を出したミラに、兵庫は腕を組んだまま、言ったのである。
「ミラよ、勝負の世界は無情なのだ。特に賭け事は、冷静に見なければならん」
「そんな……」
そう言って落ち込むミラに、ミリアは何処かの悪徳商人の様に、手を揉みながら、声をかけたのである。
「それでは、姫様は陛下に、一口だけでも賭けますか?」
ミリアの言葉に、兵庫と昌恒は、チラリとミラを見ると、ミラはその視線を避ける様に、後ろを向いて小さな身体で財布を隠しながら開き、銀貨を出してミリアに渡すと、小声で言ったのである。
「……三好様に、一口」
……我が娘ながら、現金な奴。
そう思いミラを見る兵庫に、昌恒は涙目になり、笑いを我慢しながら、兵庫の肩を、バシバシと叩いていたのであった。