Another Life

Parent-child bonding

テレサ達が、カレンを救出していた頃、ここレイクシティの左近の執務室では、いつもの様に、佐吉やクラウディオの他にも、閣僚達が集まり、内政の会議を行っていた。

普段から左近に、馬車馬の様に働かされているキース達であったのだが、その姿はいつも以上に窶れており、疲労の度合いが伺えていたのだが、その事に気が付かない左近は、普段の書類にサインしながら、頭は前の娼館での甘い一時の事でイッパイになっていたのであった。

「では、第一回王立議会の貴族院の開催は、来年の春の評議会が終わった後と言う事で。衆議院は、再来年の夏に選挙を行い、秋に開催する事で良いでしょうか?」

そう言ったキースの言葉に、左近は「そうだな」と答えると、本当に聞いているのかと言った目で、キースは左近を見ており、左近は漸くその視線に気が付いたのか、顔を上げて言ったのである。

「……どうした?」

「ちゃんと聞いているのかなぁって不安になりまして……聞いていましたよね?」

そのキースの質問に、左近は顔を真っ赤にして答えたのであった。

「バ、バカ野郎。聞いているに決まっているだろう」

左近のあからさまな態度で、「コイツ本気で聞いていなかったな」と誰もが思っていると、キースは、ため息をついて言ったのである。

「はぁ……もう良いですよ。それで、話は戻るのですが、衆議院の選挙の方は、最悪は延期になるかもしれません」

「何でまた……理由は?」

そう言って不思議そうに質問する左近に、キースは呆れながらも答えたのであった。

「何と言うか、ヴァルキアの時は大丈夫でしたが、元ザルツ王国の民は、本当に民の度合いが……そう、民度が低いのです。こんな状況で、衆議院を開催したら、議会が無茶苦茶になりますよ」

「例えば?」

「現場の公務員は、本当に大変みたいですよ。洪水で橋が崩落しているのに、「俺は、ここを通るから、良いから通せ」とか、「盗賊が出るのは、お前達が悪い」とか、最悪は、「誰が、シーゼル王国の国民にしてくれと頼んだ?俺の許可無く、勝手に法律を決めるな」とか本当にレベルが低すぎて……頭が痛いです」

「法務省からも、似た様な事があります。死んだ者に会わせろとか、本当に無茶苦茶な、抗議や陳情が多過ぎて、業務に支障をきたしております。ただでさえ、人員が少ないのに、頭を痛めて、辞める者が、その内に出てきますよ」

そう言ったキースと久恒は、ため息をついて、心の底からうんざりとしていたのであった。

完全に現代のクレーマーだな。ザルツ王国の民って、そんなのが多いのかよ……あれ?でも、ヴァルキアでも、元ザルツ王国の者が居たよな。大丈夫だったのかよ。

そう思った左近は、煙管を咥えて、キースに質問したのであった。

「キース。何でヴァルキアでは、ザルツ系の民も居たのに、そんな話が無かったんだ?」

「それは決まってますよ。陛下のイザナ村の出来事がヴァルキア内では有名だったのと、ナッソーでの悪評が凄まじかったですからね。

無茶を言って、陛下の耳に入れば、本人は良くて殺され、最悪は生き地獄。一族だけじゃなくて、その村や町全てが、地獄の苦しみを味わうのが分かっていて、誰がそんな事を言うのですか。

それに、民の間では、悪いことをすれば、鬼の左近が飛んでくるって言われてましたし……まぁ、おかげで、治安も良くて、誰もが無茶な苦情を言わない、本当に良い国でしたよ」

……わしゃ、ナマハゲか。

でも、甘いだけじゃ、調子に乗って、何処までも民は横暴になるし、ここいらで歯止めが必要だよなぁ……

そう考えた左近は、煙を天井に向かって吐き出すと、キース達に言ったのである。

「よし、このまま行けば、歯止めが効かなくなり、国としても機能しなくなる可能性がある。議会が始まる前に、ここいらで、ガツンとムチを入れるか」

「……例えば?」

腕を組んで不満そうに言ったビートに、左近はしばらく考えて答えたのである。

「貴族達を現場の公務員に入れて、理不尽な苦情を言ってくるものを、全て無礼討ちにしたり、橋が崩落しているのに渡らせろとか言う者は、荒れ狂う川に蹴落として、無理やり渡らせば良い。別に死んだところで、そんな者は、害にしかならん。

死んだ者に会わせろと言うのならば、叩き斬って、あの世で再会させてやれ。

国民になりたく無いと言うのならば、願いを叶えて、その家を独立国家として扱ってやれ。その代わりに、入国税と出国税を、一回百万シリングにして、無理やり入国したり、出国すれば、密入国者として、その場で死罪にすれば良い。

そして餓死したところを、俺が軍を率いて燃やしてやろう。何なら、ナッソーの盗賊共に、この情報を流して、略奪されているのを見て、祝宴でも開いてやろうか」

「それは……絶対に、民の反発をくらいますな」

思わずそう言ったビューレルに、左近は笑顔で言ったのである。

「俺は、ナメた事を言う者には、容赦はしない。だが、筋の通っている意見には、耳を貸すし、従うのならば、最大限に恩恵をもたらしてやる。

上の者を呼んでこいと言うバカ者には、俺が喜んで行って、ぶち殺してやろう。反乱を起こせば、イザナ村の様に、楽しく遊んでやろう。

最近は、人を斬っていないから、感覚が鈍って来てなぁ……久々に人を斬れるから、楽しみで仕方がないんだよ」

いやいや、この前、ルタイ皇国で、散々暴れてきた所だろう。

キース達は、誰もがそう思っており、佐吉やクラウが真っ青になっていると、左近の後ろに立っていたクロエが、左近の頭を書類でスパーンと叩いて、目を丸くするキース達の前で、笑顔で言ったのである。

「陛下、さすがに佐吉様や、クラウディオ様の教育に悪いかと……」

そのクロエの言葉に、左近はチラリとクラウと佐吉を見て、一度咳払いをして言ったのである。

「まぁ、冗談はこれぐらいにしようか。とにかく、無茶苦茶な苦情や要望には、此方は毅然と、断固拒否する方向でいくとしよう」

……それ、言い方を変えただけだろう。

思わずそう思う閣僚達に、左近は更に提案する。

「それと、ちゃんと列に並び、人の迷惑をかけてはいけません。毎朝、家の前の道を掃除しましょうと、新しく法律を作ろう。

本当ならば、こんなガキでも分かる事を法律にしなきゃならないのなんて、凄まじく恥だが仕方がない。これは、貴族にも適用されると言う方向にしようと思うのだが、異義のある者はいるか?」

その左近の言葉に、キース達は呆れて何も言えなくなっていたのだが、事情を知るビューレルとビートの二人は、それでも無理だろうなと感じていたのであった。

だが、この法律が新聞で国中に発表されると、昔からの左近の民であった、ヴァルキアの民は、元ザルツ王国の者は、そんな常識すら無いのかと驚いており、完全にザルツ王国の者を見下す様になり、それが国民に差別意識を持たせる結果となったのであった。

「次に、人員不足の件だが、さすがに専門職は無理だろうが、各都市の貧民街の者を、積極的に雇うと言うのは、どうだろうか?」

そう提案した左近に、ビューレルが手を上げて発言する。

「正直、誰も集まらないと思います。何故ならば、陛下の治世により、どこも人手不足で、既に募集をかけております。

貧民街の者達は、そりゃ働けない者も、中には居ますが、ほとんどの者は、働けるのに、働く意思を持っておりません。まぁ、寝床があって、神殿で食料を無償で配られるならば、何もせずとも生きては行けますからな」

おい、まさかの貧民街のほとんどの者が、ヒキニートかよ。上等だよ、徹底的にやってやる。

「では、安くでも良いから、土地に税金をかけて、神殿が配る食料を貰うには、労働をしなければ貰えないと定めよう。

そして、本当に働けない者だけは、生きていける様に、税金の免除等をつけるって言うのは、どうだろうか?」

その左近の提案に、ビートは腕を組んで発言したのである。

「良い案だとはおもいますが、抜き打ちで調査する者も必要ですな。だが、それも人員が足りません。

そもそもが、人口自体が少ないのです。陛下の仰る事を全て実行するには、今の王国の人口で、ヴァルキアほどの国土でないと」

くそぉ、正論だから、何も反論できないじゃねぇか。

そう思いながらも左近は、腕を組んで、煙を吐き出して言ったのである。

「どこも、人手不足なのは分かる。だからと言って、何もしないより、やった方が、将来の利益に繋がるんだ。

例えば、人手不足を解消する為に、貧民を使えば、民は貧民から抜け出して、より良い場所に住む。生活水準が上がれば、誰だって、そこから落ちたく無いものだ。

そうなれば、貧民街が消えていき、再開発が出来て、再び国が豊かになる。

それは、沼地に水が溜まり、腐ってくるのではなく、清流となって清い川になる様に、国を豊かにする事だと思う。それに、本当に一番怖いのは、失業者が増える事だ。

失業者が増えると、清流だった国の流れも、沼の様に徐々に腐っていき、やがては国を滅ぼすからだ。なので、今が頑張り時だと思って、何とか踏ん張ってくれ」

そう言った左近に、閣僚達は悩みながらも、渋々と納得していると、ビューレルが手を上げて発言したのである。

「それはそうと、陛下。国の財政は、はっきり言って、火の車です。

コットン産業を始める時期が不透明ですので、ここは思い切って、別の事業を初めては如何でしょうか?」

「……例えば?」

「貸金業や、作物の売買等と言った、商会の様な仕事です。国が商会の様に稼いで、国民に還元するのは、トレソ王国でもやっている様で、上手くいっている様ですし……本日から開店する高級娼館等も、ちょうど国が出資しておりますし……」

娼館の利益を、国に入れろと言うんかい!でも、言い出しっぺは俺だが、カートの所の様に、国営企業が利益を出せば、それだけ国が潤う……だが問題は、この国には資源が一切無い、ほとんど詰んだ状態の国だって事だ。

この国は、ナブリッヒや帝国の様に、豊富な地下資源は無いし、ルセンやフレシアの様に農業も、山ばかりが多くて、豊かでは無い。それに、ペスパードの様に高い魔導機の技術も無いし……頭が痛ぇよ。

大体さぁ、神が異世界に連れてきた主人公って、国王になるにしても、豊かな国の国王になって、毎日のんびりと暮らして、幸せに過ごすってのがお約束だろう。

それが現実は、毎日書類のサイン地獄の合間に、内政で頭を痛めて、他にもトラブル続出。女は入れ食いって言っても、嫁さん達か娼婦だけだし……まぁ、あれは良かったが。

とにかく何だよ、何処かのブラック企業も真っ青の、年中無休のコンビニ状態は!本気で今すぐにでも、摩利に王位を譲って、逃げてやろうか。

完全に、なげやりになっている左近であったのだが、ふとウダイ達の事が頭を横切る。

そうだよ、俺がアイデアを出さなくても、ウダイ達が居たじゃねぇか。三人集まれば文殊の知恵と言うから、その倍の六人も集まれば、何とかなるだろう……なってくれるよな。

そう思う左近であったが、扉をノックする音が聞こえて、ダリヤが慌てて入ってくると、真っ青な顔で言ったのである。

「陛下!緊急事態です!帝国領にある、連合軍の鉱山で、爆発事故がありました!」

ダリヤの報告に、左近は思わず立ち上がり、叫んだのである。

「状況を報告しろ!」

「はっ!今朝、セレニティ帝国領の連合軍が管理しております、ラボック鉱山で、ガス溜まりに当たってしまい、引火して爆発と火災が起こっているそうです。

大半の者は逃げ出せましたが、負傷者が多く、現在43名が坑道内に取り残され、三好閣下は、本部の衛生兵と魔導兵、工兵に出動命令が下し、大元帥府にも応援要請が出ています。

セントラル城から、ラボック鉱山への空間転移を臨時に繋げるそうです」

「準尉、ハスハ、聖導の両騎士団に、緊急出動の命令を。重傷者を、ルゴーニュに運び込むように、手配しておけ」

「了解しました!」

そう言ってダリヤが出ていくと、左近がため息をついて椅子に座り、ビートが左近に不安そうな顔で言ったのである。

「連合軍専用鉱山で、最大のラボック鉱山……これは、武器の製造に、影響が出ますな。南方征伐が控えているのに、何とも運が悪い」

そうなんだよなぁ。銃ってやつは、弓矢や槍、刀剣と言った物よりも、この世界では製造に機械化されてないので、人力や職人の手で製造する為に、複雑でコストが、どうしてもかかってしまう。

一度マイルズ先生と……そうだ、ウダイ達や唯も入れたら、何かアイデアが出るかも知れん。一度近代のメンバーで、会議をやってみるか。

そう考える左近に、シャーリィの父親であるオービルは、心配そうに左近に声をかけたのであった。

「しかしながら、陛下。こうやって、会議をやっていても宜しいのでしょうか?現場で陛下が指揮をとられた方が、宜しいかと……」

「問題ないさ。俺が行った所で、救出するのは、専門職の者達だ、俺が口出しをすれば、余計な混乱が生まれる。それに、何でも俺が出ては、元帥の清信にも、立場ってのがあるからな。

今は、各自が出来る事を行い、俺は書類のサインをしながら、国の内政を取り決める。祈っていた所で、何も解決しないからな」

その左近の現実的な発言に、ビューレルやオービルは、左近が何でも人任せにしているのでは無く、そこには、ちゃんとした考えがあって任せているのだと思い、感心していたのだが、左近の昔からの配下であるキースと久恒は、上手い事を言って逃げたなと、絶対に頭の中は、今日オープンする娼館の事でイッパイなのだと確信していたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その頃、連合軍本部前の、唯とクレアがやっているベーグルの屋台に、一人の珍しい客が来ていた。兵庫である。

普段は、領地の柳生で生活をしており、レイクシティに来るのは、ミラや佐吉達の剣術の修行の時だけなのに、この日は、何故か朝からベーグルを食べに来ていたのであった。

「おお!このベーグルと言う物は、意外といけるなぁ。ミラが美味いから、一度食べてみろと言っていたので、食べてみたが……うん、この中のチーズと言うのが絶品だ」

そう言ってカウンターに寄りかかり、ベーグルとコーヒーを口にする兵庫に、クレアが呆れて兵庫に言ったのである。

「それは、クリームチーズってやつだよ。てかさぁ、兵庫って柳生の大名になったのに、ここで油を売っていて良いの?」

「政は、勝成と頼郷が勝手にやるし、道場も建築中だし、珠は最近は頭痛が酷くて、あまり外にも出てこないし……」

「つまりは、暇なのね?」

「そう言うこと」

そう言って、笑顔で会話する兵庫とクレアに、唯は本当に柳生家って大丈夫なのかと心配していると、何やら本部の方で、兵士が慌ただしく動き出しているのが見えたのであった。

「何か、あったのかな?」

唯の言葉に、兵庫やクレアも、本部の動きに気が付いた様で、広場の方を見ると、兵士が集まっているのが見える。

「ありゃ、天川村の戦で一緒だった、アスコート中尉だ。って事は、第58衛生中隊だな。

衛生兵ばかりの部隊が出るって事は、何処かで大きな事故か、疫病でも出たのだろう……戦じゃ無いな」

いやいや、事故も疫病も十分大事件だよ。何で柳生様って、そんな残念な顔をしているのよ。

そう思いながらも、戦では無く、残念そうにする兵庫に、唯は思わずツッコミを入れそうになるのを我慢していると、何やら正門の方から、大きな声が聞こえて来たのであった。

「だから、IDカードは、忘れて来たと、言っているだろう!融通の効かん奴だ!それよりも、この子を見てみろ。このままでは、死んでしまうだろう!」

「ですので、医者に連れていって下さい!ここは軍の施設です!それに、IDカードが無ければ、さすがに入れるのは無理です!それにIDカードも無いのに、どうやって、セントラル区に入ってきたんですか!」

「貴様、ベイル家を愚弄するのか!」

「ベイル家!?連合国の者で無いのならば、尚更、許可が無ければ、入れるのはダメです!」

その声を聞いた兵庫は、ベーグルを全て口に入れて、指をペロリと舐めると、「少し行ってくる」と言って、正門の方に向かったのであった。

そこには、血塗れのカレンを抱いたデニス伯爵と、何とかして中に入ろうとしているパトリックと、侵入を防ごうとしている、4人の兵士の姿があったのである。

その攻防に、兵庫が驚いていると、パトリックが兵庫を見付けて言ったのである。

「兵庫!何とかしてくれ!中の父上に、取り次いでくれ!」

焦って言った、パトリックの言葉であったのだが、兵士達はベイル家の者が、連合軍にいるのかと驚いており、デニス伯爵に至っては、来るまでにアラン大司教が言っていた「口が固い」と言うキーワードと、パトリックの言った「父上」と言った言葉に、聞いてはいけない言葉を聞いてしまったかの様に、顔が真っ青になっていると、兵庫はやってしまったかと思いながらも、門番の責任者であろう兵士を指で来る様に呼び出したのである。

「軍曹、ちょっと……」

「何でしょうか、少佐……」

そう言って不安そうな顔の兵士に、兵庫はガッシリとヘッドロックをし、顔を近付けて言ったのである。

「頼むから、あの子供が言った、先程の「父上」と言う言葉は、誰にも言わないでくれよ」

「は、はぁ、分かりましたが……誰の御子息で?」

「……陛下だ。佐倉陛下だよ」

その瞬間、軍曹は顔を真っ青にして、とんでもない事を聞いたと言う顔になっており、兵庫は更に畳み掛ける様に言ったのである。

「あれは、表向きは、バストレラ王国の王子となっているが……その先は、何も言わなくても分かるよな?」

その兵庫の言葉に、普段の左近の行動を知っている兵士は、何度も頷く。

「まぁ、本来はダメなのだろうが、陛下の御子息だ……今回は、あの傷だらけの子供を助ける、人の道を……人道的観点から、今回だけは通すと言う事で、どうだろうか?

それならば、軍規にも引っ掛かるまい。内局にバレたら、俺も証言してやろう」

兵庫の言葉に、軍曹は一度咳払いして頷き、兵庫の腕から抜け出て立ち上がると、部下の者に言ったのである。

「今回だけは、人道的観点から、その者達を中に入れる事を許可しよう。入れてやれ」

まさかの軍曹の言葉に、兵士達は驚きながらも道を開けると、パトリックはそのまま兵庫の所にやって来て言ったのである。

「兵庫、すまない、感謝する。所で、父上は何処にいる?執務室か?」

「新吉よ、その前に、父上になっているぞ」

その兵庫の言葉に、思わずしまったと言う顔になり、デニス伯爵を見ると、兵庫は呆れて言ったのである。

「とにかくだ、その子を助けるのだろう?今は、何か事故か伝染病が発生したのか、衛生兵達が、慌ただしくてな……」

「そんな……」

何て間の悪い時に来てしまったのだと、パトリックは思ったのだが、兵庫はパトリックの頭を撫でて言ったのである。

「大丈夫だ、まだ陛下の秘書のヴィオラがいる。アイツは、外見は軽い女だが、腕の良い衛生兵だ。

俺も何度も世話になっているので、案内してやろう。此方だ」

そう言って二人を先導する兵庫であったのだが、パトリックは撫でられた頭を思いだし、兵庫の脇腹を殴ると、走りながら言ったのである。

「何だか、お前に頭を撫でられたら、ムカつく。俺は子供じゃ無いぞ!」

いや、今はどう見ても子供だろう。

そう思いながらも兵庫は、不意討ちの様に入った脇腹を押さえて、左近の執務室に向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

騒がしい正門前とは違い、左近の執務室前にある秘書室の給湯室では、新たに紅茶を入れ直す、クロエと左近用のコーヒーを入れるヴィオラの姿があった。

佐吉とクラウの、お茶菓子でも用意しようかと言うときに、いきなり扉が開いて、兵庫が入って来て叫んだのである。

「ヴィオラ!助けてくれ!」

いきなり兵庫達が入って来た事にも驚きであったのだが、後ろのデニスが抱き抱えているカレンを見て、ダリヤの悲鳴が、部屋に響き渡る。

すると、その悲鳴を聞き付けた、左近が刀を持って飛び出して来ると、左近は驚きの目をしながらも、思わず言ったのである。

「新吉……どうした?」

「父上!この子を助けては、くれないでしょうか!」

パトリックの言葉に、左近はデニスが抱き抱えているカレンを見ると、左近は直ぐ様ヴィオラに言ったのである。

「ヴィオラ!この子を助けるぞ!ここに寝かせろ!」

左近の言葉で、襲撃では無いと思ったのか、キース達が顔を出す中で、左近は秘書のテーブルの空いている所に置いてあった資料を、乱雑に退かせると、カレンを寝させて、ヴィオラが診察を始めたのであった。

「何これ……足だけじゃなくて、色々とヤバいかもしれない……」

そう言ったヴィオラは、カレンの額に手を当てて、詠唱を始めたのであった。

「聖なる癒しのその御手よ、母なる息吹を用いて、我に汚れを教えたまえ、メディカル・サーチ!」

ヴィオラが詠唱を終えた瞬間、白く優しい光にカレンが包まれると、ヴィオラの顔は真っ青になり、左近に向かって言ったのである。

「陛下、ステージ4です!両足の傷も酷いですが、内蔵も損傷して出血しており、治癒魔法では限界があります。詳しくは、もう一度魔法で調べなきゃ分かりませんが、おそらく脳にも損傷があると思われます。

私が治癒魔法をかけますので、誰か輸血する者と、内蔵から出血した血を抜く手術をする者が必要です!

パトリック様、この子の血液型は?」

「いや、分からない」

「ならば、血液型の検査も必要です!」

今は、事故の対策で、本部の衛生兵とルゴーニュは大変だろうし、バストレラの者なら、ニーナ陛下も拒否するかも知れん……エレナの所に連れていくか。

そう考えた左近が指示を出そうとすると、キースがパトリックに質問したのである。

「私は、シーゼル王国の宰相で、キース・ウッドと申します。失礼ですが、この子はどうして、こうなったのですか?」

そのキースの質問に、パトリックとデニスは、何と答えるかと考えていると、左近は呆れて答えたのである。

「キース。どうでも良いだろう、そんな事は」

「いいえ、どうでも良くありません。見たところ、この子は拷問を受けています。

今、ヴィオラが言ったパトリック様と言う名前から察して、この御方は、パトリック・イースト・ベイル様でしょう。

そうなれば、この拷問は、北方教会がやったと言う事になります。勝手に治療して、異端審問を受けた者を助けたと発覚すれば、万が一北方教会と戦争になったら、どうするんですか!」

そう言って、左近に反論するキースの姿を、誰もが意外な事だと驚いていたのだが、左近はいきなりキースをぶん殴り言ったのである。

「この戯けが!人を助けるのに、戦を恐れてどうする、バカ者!

北方教会と戦争になるのを恐れているのならば、今すぐにでも俺は、王位を摩利に譲り、一人だけでも北方教会と戦をしてくれる!

それに、新吉は俺の息子だ!親が子の願いを聞いてやらなくてどうする!」

まさかの左近の言葉に、誰もが驚きの目を向けており、佐吉は明らかに混乱した表情になっていると、クロエが、然り気無く左近の隣に来て脇腹をつねると、痛がる左近に代わり言ったのである。

「皆様。どうか、この事は、内密に……スターク大臣」

クロエの合図で、パトリックは、前に左近が言っていた、前世が左近の息子だと理解して、答えたのである。

「う、うむ、そうであるな。とにかく、此方で少し話そうか……マイスナー中佐、その子の事は頼むぞ」

そう言ったビートは、閣僚達と、佐吉とクラウディオを、執務室の中に入れると、クロエが左近の頭を叩いて、耳元で小声で言ったのである。

「清興、俺の息子って、あんなことを言ったら、大問題になるでしょう。どうすんのよ、今度から」

そのクロエの言葉に、左近はやってしまったと思わず頭を抱えて、とにかくこの子を助ける事を優先しようと考えてクロエに言ったのである。

「思わずつい口が……とにかく、スターク大公に後は任せよう。クロエは、王宮に行って、茶々とジェリックを、エレナの所に連れてきてくれ。

ジェリックは、向こうで医者だったので何とかなるだろう。それにエレナの所だと、マイルズ先生も居るから、血液検査も対応できる」

「了解しましたが……先程まで女の子を抱いていた男性は、おそらく、バストレラの貴族ですよ。何とか、言い訳を考えておいて下さいよ」

そう言ったクロエは、そのまま王宮に空間転移で移動して行ったのだが、左近は、後で言い訳をしようと、そのままカレンを連れて、エレナの所にダリヤを残して空間転移で移動し、この後ビートは、隠す為とは言え、パトリックを実は左近の隠し子だと説明してしまい、佐吉の幼心に衝撃を与え、左近の種馬伝説に、新たなる伝説を加える事になったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その頃、王宮の会議室では、ジェリック達は、アンの命をかけたキリバ語の勉強の真っ最中であった。

「はぁい。では、この文字は、何と読むかなぁ?……はい、ハーキム。キリバ語で、答えて」

アンに指名された、ウダイの目の前で、アンが黒板の前で、コルトの弾倉に弾丸を装填するのが見え、此方に構えるのが見える。

そんな、絶望しか無い空間で、ウダイは顔を真っ青にさせていると、アンは笑顔で言ったのである。

「これは、さっき教えた文字だよぉ……早くしないと、私の指が引き金を引いちゃうかも知れないねぇ。早く言ってよぉ」

まるで甘える様に言ったアンに、ウダイは緊張のあまり、足が震えて、冷や汗を出しながら答えたのである。

「こ、今晩わ。姉ちゃん、幾らだい?」

次の瞬間であった、パンと言う乾いた銃声に、ウダイの耳を弾丸が霞めて、背後の壁に弾痕をつけると、アンは手を叩いて言ったのである。

「はい、大正解。これは、基本的には、娼婦を買うときに使う言葉です。あっ、ハーキムは、座って良いよ」

アンの言葉に、ストンと腰が抜けた様に椅子に座るウダイを見て、誰もがアンの言葉を、一言一句聞き漏らさない様にしていたのだが、そんな緊張感が漂う会議室に、扉をノックする音が聞こえて来たのであった。

「チッ、良いところなのに」

思わず舌打ちをするアンに、誰もが「何故、舌打ちを」と思っていたが、言い出せずにいると、中に入って来たのは、茶々とクロエであった。

話の分かる人物と思われている茶々の登場に、誰もが助かったと安堵の表情を浮かべていると、茶々は壁にある、無数の弾痕をチラリと見て、アンのこめかみをグリグリとして、言ったのである。

「アン!新築の王宮を、こんなにボロボロにしてどうするの!使用人達も、銃声が聞こえるって不安になっているし。少し、静かになさい!」

「ゴ、ゴメンって、茶々ぁ~。今度からカトラスにするから、許してよぉ」

涙目になりながらも、キリバ語で答えるアンの言葉は、誰もが意味は分かっていなかったのだが、何となく言いたい事を理解しており、呆れていると、茶々はグリグリ攻撃を止めて、アンに言ったのである。

「今度、アンの給料から、あの壁の修理費を引いてもらうからね」

……王妃様って、意外と庶民派なんだなと、トーマスが親近感を覚えていると、茶々はジェリックの方向を向いて言ったのである。

「アンダーソンさん。貴方にお願いがあります」

「私ですか?」

そう言ってキョトンとするジェリックに、茶々は真剣な顔で言ったのである。

「実は、他国ですが、バストレラ王国の王子が、異端審問で拷問されていた子供を救出し、我が国に運び込みました。陛下は、人を助けるのに理由は無いと、助けるように言われましたが、かなりの重症で、我が国の医療技術でも、中々難しいのです。

更には、鉱山で爆発事故もあり、軍の衛生兵で、動けるものは全て救助に向かっております。どうか、我等に力を貸して頂けないでしょうか?」

その茶々の言葉に、ジェリックは困った顔で答えたのであった。

「いや、そう言う事ならば、御力になりたいのですが、トーマスの目を治したり出来る、この世界の医療の方が、我等の世界よりも進んでいると思いますので、あまり力になれないと思いますが……」

「アンダーソンさん。何処の世界も同じでしょうが、長所と短所が御座います。

向こうの世界では治せなくとも、この世界では治せたり、その逆もしかり……ですが、誰かを助けたいと言う気持ちは、医療に関わる者として、何処の世界も同じと思いますが?」

その茶々の言葉に、迷っているジェリックに、トーマスが小声で言ったのである。

「行けよ。お前なら出来るよ」

トーマスの言葉に、覚悟を決めたのか、ジェリックは立ち上がると、茶々に言ったのである。

「王妃様、アシスタントを1人連れて行っても宜しいでしょうか?」

「ええ、かまいませんよ」

「じゃあ、レナ。一緒に行こうか」

何も得意な事が無いレナに、少しでも生き延びる方法を見出だして欲しいと言った、ジェリックの言葉であったのだが、レナは驚きながらも、無理だと言おうとした時であった、アマイアがレナに声をかけたのであった。

「レナ、これはチャンスかも知れないよ。やるだけの事は、やってみよう」

今まで後ろ向きだったレナであったのだが、アンのスパルタ式授業から抜け出したいと言う気持ちも合わさり、立ち上がりジェリックに答えたのである。

「分かった。行く」

そう言って立ち上がったレナは、ジェリックと一緒にクロエの空間転移で、アスクレー商会の本部に、向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

レントゲンもMRIも何もない状態で、どうやって、患者の様態を見るのか、不安になるジェリックの前に、空間転移から出ると、周囲を森に囲まれた、アスクレー商会の村が姿を見せる。

「ここは?」

王宮か、何処かだと思ったジェリックが不安そうに質問すると、クロエが歩きながら答えたのである。

「ここは、ペニシリン等の、様々な医薬品を取り扱っている、アスクレー商会の本部の村です。軍の病院は、鉱山の事故で、かなり混乱しているので、此方に連れてきました。

ここですと、マイルズ先生の研究施設に、手術室もあるので、薬も豊富で、医療器具も揃っております。それと、言っておきますが、周囲の森には入らない様に。

侵入者を撃退する為に、ドライアドと言う、木の魔物が配置されているので、道以外の場所ですと、捕まって、木の養分になりますよ」

そのクロエの言葉に、レナはゴクリと唾を呑み、緊張した顔になったのだが、ジェリックは聞こえていないのか、既に仕事モードで、真剣な顔になり、クロエに質問する。

「それで、中佐殿。患者の様態は、どうなっていますか?」

「外傷は、両足にスパイクが刺さった様な、無数の傷と、顔は腫れて、無数に切れて出血もしております。ですが、魔法で調べた所、内蔵も出血しており、血を抜くのと、輸血が必要だそうです。

他国の子供ですので、血液型が分からないので、今は血液型の検査をやっている所でしょう。詳しい事は、現場の衛生兵のヴィオラと、マイルズ先生と話して下さい」

「分かりました」

そう言ったジェリック達の前に、長近が姿を見せて、クロエ達に向かって、研究所の方を指差して言ったのである。

「中佐、患者は研究所の手術室で、既に陛下達は、マイルズ先生の執務室に集まっております!それと、とんでもないのが見つかったそうです!」

「何だ!」

「脳が腫れているとの事です」

脳浮腫か!

茶々から長近の言葉を訳してもらったジェリックは、直ぐに状態を判断していると、ジェリック達は、長近の案内で、研究所のマイルズの執務室に向かったのであった。

執務室の扉を開けると、そこには左近達が既に居て、深刻な顔をしており、ジェリック達が軽く頭を下げて入って来ると、左近が言ったのである。

「長近から聞いたと思うが、患者にとんでもないのが見つかった。脳が腫れているらしい。

マイルズ先生の話では、脳浮腫と言う症状で、緊急開頭手術で圧力を下げれば、何とかなるそうだが、先生は、その手術をやった事が無いそうなんだ。

アンダーソン。お前は、その手術を、やった事があるか?」

「あります。ですが、詳しい箇所と、患者の様態。そして、どう言った治療をするのか聞きたいのですが」

「それもそうだな。ヴィオラ、説明しろ」

マイルズから、ジェリックの言葉を聞いて、左近に頷くヴィオラは、真剣な顔で説明を始めたのであった。

「今回の陣頭指揮をする、ヴィオラ準尉です。今回の件は、東部連合外で、しかも亜人を敵対視している北方連合(ノース・ユナイテッド)の国の者と言うこともあり、ペスパードのニーナ女王陛下の協力は、無理と言う事です。

では、説明に入ります。患者は、10歳と思われる女の子で、種族は人間。外傷の洗浄は、既に終了しており、血液型の検査は、今やってもらっている最中です。

拷問を受けていた様で、両足には無数の穴が空いており、そして右腕と肋骨を骨折しており、身体には打撲の痕が無数あり、顔も殴られて腫れて、出血も酷い。ですが、今回一番の問題が、肝臓の損傷と、打撲による脳浮腫と呼ばれる症状です。

私の魔法のメディカル・サーチを三回かけて、全て調べましたので、他にはもう無いでしょう。

そこで、今回の治療ですが、私の治癒魔法と平行して、アンダーソンさんの手術も行います。魔法では、内蔵損傷を治療するか、脳の腫れを、少し抑えれるのが出来ますが、アンダーソンさんの意見は?」

ヴィオラの言葉を、マイルズから翻訳してもらい、ジェリックは悩みながら、ヴィオラに質問する。

「肝臓の損傷と言う事でしたが、それだと出血して体内に溜まった血を、手術で抜かねばなりません。それは、治癒魔法では出来ないので?」

「それは、無理です。内蔵損傷を治癒する以上の魔法をかければ、次は逆に、患者の生命に関わってきます。

脳の腫れを、少し抑えれるか、肝臓を治療する。そして、残った箇所を1ヶ月毎に治癒魔法で治療する流れです。治癒魔法は、30日以内に再びかけると、拒絶反応を起こして、死んでしまいますので」

魔法と言えど、完全では無いと言う事か。でも、二ヶ所の手術は、ただでさえ10歳の子供には、負荷がかかりすぎて危険なのに、拷問を受けていたとなると、体力の低下が著しいだろう。

「体力の低下して、手術に耐えれないと考えられますが、それはどうしますか?」

「それは、茶々様が考えた、体力丸の成分を点滴しますので、ご心配なく。今回は、マイルズ先生が、心拍数等を計り、茶々様が麻酔を、アンダーソンさんが手術を、私が治癒魔法をと言う分担です。

長近さんと……そちらの女性の方が、サポートで宜しいので?」

「ええ、レナ・グラハムさんと言いまして、私の助手をしてもらいます」

ジェリックの紹介で、軽く頭を下げるレナに、ヴィオラが挨拶をしていたのだが、ジェリックの頭の中は、高速で回転していたのであった。

体力は問題ないし、麻酔も、王妃様の薬で大丈夫。この世界の治癒魔法も、完璧では無い様だが、消毒や医療器具の事も、ウォルトンさんが居るから、大丈夫だろう。

治癒魔法も、脳の様な複雑な部分には、そんなに効力も無い様だし……この場合は、俺が開頭手術をして、肝臓を治癒魔法に委ねるか。出血も、肝臓の損傷が塞がってから取り除くのが、良いかも知れないな。

「分かりました。では、私が開頭手術を、準尉さんは、肝臓の治療を御願いします」

マイルズの翻訳で、自分が思っていた事と同じだったからか、ヴィオラは笑顔で立ち上がり言ったのである。

「んじゃ、サクッと終わらせて、皆で打ち上げに行きましょうか……陛下の奢りで」

そのヴィオラの言葉に、目を点にする左近であったのだが、ヴィオラは左近にウインクして、そのまま手術室に向かったのであった。