Another Life

Bad luck

関所に続く道で、漸く自分達の順番になったフンメル達は、漸く自分達の順番となり、城門でレジストカードを例示し、木製の要塞の様になっている関所の城内に入っていった。

「今時、レジストカードとはな……こんなの、偽造出来放題だろう。コイツら遅れすぎだろう」

まるで、文明が遅れている者を見下すように、思わず言ったミリアに、フンメルは周囲を見ながら、ミリアに小声で注意したのである。

「ミリア、その話は、ここから出た後でだ」

「分かっているよ……でもコイツら、レジストカードで、職業を判断しているなんて、遅れすぎだろう」

「あまり見下していると、顔に出てしまうぞ」

フンメルに言われてか、ミリアが少しだけ、ふてくされていると、兵士達が馬車の前に出てきて、フンメル達を止めて言ったのである。

「止まれ!少し向こうで調べる!」

兵士達の声は馬車の中に迄聞こえて、馬車の中は緊張に包まれ、誰もがテオドロの方を見て、バレた時は、アイテム・ボックスから直ぐに武器を渡せよと合図を出し、テオドロは真剣な顔で、無言で頷くと、運転台のフンメルが兵士に言ったのである。

「城門で、書類も全て見せましたが……何か不備でも?」

「いや、書類に不備は無いが、大きな馬車の者は、原則として中や荷物を検査せねばならんからな。検査は、どの馬車にもやっているので、数日間はかかるかも知れんなぁ……」

「なっ!?」

そう言って、見渡すフンメルの視界には、大型の馬車は一台も居らず、他の商人達は小型の荷馬車であり、その目は同情した様に、フンメル達を見ている。

思わず激昂しそうになるフンメルに、隊長らしき、豪華な鎧を着た狐の獣人が出て来て、兵士達に言ったのであった。

「おい、あまりイジメてやるな。誠意を見せてくれれば、検査の順番を早めてやっても良いじゃないか」

「それも、そうですねぇ」

そう言った兵士達は、下衆な笑みを浮かべ、フンメル達を見ると、中のテオドロ達は、ここの奴等を皆殺しにして突破するのかと、フンメルの判断を確認する様に、外の様子を伺っている。

誠意とは、確実に賄賂の要求ではないか。こんなの、我が国だと、絶対に陛下が許さないぞ。

白狼騎士団の中でも、正義感が強いフンメルがキレかけると、すかさずミリアは、お金の入った袋を差し出して言ったのである。

「これ、少ないですが、どうぞお納め下さい」

そのミリアの行動に、フンメルが驚いていると、兵士から袋を受け取った隊長は、中を確認して笑みを浮かべて言ったのである。

「これはこれは……では、早速検査を始めようか。おい!」

そう言った隊長の命令で、兵士達は馬車の底や、水が入っている樽を調べていき、その中でフンメルはミリアに、「何で渡した」と目で合図を出すと、ミリアは落ち着けと言わんばかりに、フンメルに視線を送る。

その中で、隊長が後ろの荷台を見ると、フンメルに質問したのであった。

「おい、コイツらは、セレニティ帝国の奴隷オークションで購入したのか?」

「そうです。この者達は、帝国で奴隷刑になった者達だそうです」

「なるほどなぁ。どいつもこいつも、悪人の面をしてやがる……おっ、ルタイ人の女も居るのか?」

「ええ、珍しかったので、高かったですが、何とか落札しまして」

フンメルがそう言った時であった、隊長は千鳥を見て、驚く事を言ったのである。

「置いていけ」

「へ?い、いや、この者達は、王都で売る予定で御座いますので……それに、今回の目玉商品ですので、ここに置いていきますと、私達は大赤字になってしまいますよ」

「赤字だろうが何だろうが、そんなのは、俺達が知った事ではない。全く関係の無い事だ。

それとな、お前の女も置いていけ。これは、お前達に、もう一度だけ誠意を見せろと言っているんだよ。このままなら、検査が不合格になってしまうからな」

コイツ等、本気でぶち殺してやろうか。

白狼騎士団の誰もが、そう思った時であった、1人の兵士が走ってきて隊長に報告したのである。

「御報告します!フランチ伯が、軍勢を率いて此方に向かって来ております!」

その瞬間、兵士達だけではなく、フンメル達も驚いていると、隊長は少し焦りながらフンメルに言ったのである。

「おい、今日はこれぐらいにしてやろう。軍勢を見たら、奴隷はこのままで良いが、馬車を端に寄せて、運転台から降りて、頭を下げろよ。

それと……この事を、誰かに言ったら分かるよな?」

コイツら、領主の伯爵に隠れて、こんなにも無茶苦茶やっているのか。領主はまったくの無能だな。

そう思いながらも、フンメルは「心得ております」と言ってそのまま進んでいくと、城門の所で軍勢が来るのが見えたので、馬車を端に寄せて、フンメルとミリアは運転台から降りて、フードを被り、頭を下げたのであった。

鎧に身を包んだ様々な種類の獣人達が、馬に乗り、二人の前を通過すると、猿と言うよりは、ゴリラの様な、右目を眼帯で隠した、体格の良い猿人が、二人に軽く視線を移して、前を通り過ぎる。

フランチ伯爵だと、二人が思いながら、顔上げずに緊張していると、フランチは何か右目に違和感があったのか、眼帯を押さえて、キョロキョロと見ている。

その様子を、テオドロ達は、馬車の荷台から見ており、警戒していると、フランチは馬を引き返して、頭を下げる二人の前まで来ると、声をかけたのであった。

「おい、貴様達は、何処から来た?」

そのフランチの質問に、賄賂の事を言われてはマズイと感じたのか、隊長が飛んできて、代わりに答えたのである。

「この者達は、セレニティ帝国からやって来た、奴隷商人で御座います。何か、ありましたでしょうか?」

代わりに答えた隊長に、「何故お前が答える」と言った視線を向けながらも、フランチは隊長に質問したのであった。

「奴隷商人……馬車の中は、奴隷か?獣人は居るのか?」

「いえ。中は人間のみで御座いました」

「ふむ……奴隷商人よ。お前達は、何処に上陸し、陸路でやって来た?」

フランチに言われて、ミリアは正体が発覚するのを防ぐ為に、終始無言で、下を向いており、フンメルが答える。

「港湾都市のカッツェから、やって来ました」

その言葉に、再び右目が痛みだしたのか、右目を押さえながら、フランチは懐からダゴスと、バッシュが描かれた二枚の似顔絵を取り出して、二人に質問したのであった。

「カッツェからならば、この様な顔のコボルトの男と、白いリザードマンの男は見なかったか?

王都で、このコボルトに情報を流していた者を捕らえて、拷問して聞き出したのだが……どうも、王子を救出しに来ると思われるのだ。そして、このリザードマンは、おそらくコボルトに雇われるであろう者なのだ」

わざとダゴスに情報を流した者を捕まえて、拷問したと言う単語を出し、二人の反応を見たフランチであったのだが、情報源の者は、知り合いでも何でもないので、どうなろうが知った事ではないと思いながらもフンメルが、少し驚きながら答えたのである。

「申し訳ございません。私は、コボルトの御方達や、リザードマンの御方達は、何方も同じに見えますので、分かりません」

「では、ダゴスとバッシュと言った名に、覚えは?それと、この似顔絵には無いのだが、ミリアと言う名に覚えは?」

「初めて聞きます……お前もそうだよな?」

ここで、ミリアを無視して話していれば、不審がられると考えたフンメルが話を振ると、ミリアは自分の名前が出てきた事に驚きながらも、何度も無言で頷く。

その様子を見たフランチは、どうやら自分の思い過ごしかと思いながらも、フンメルに質問したのであった。

「では最後に、ナッソー行った事はあるか?」

「ナッソーなんて、あんな危険な場所、好んで行く様な場所ではありませんよ。頼まれたって、お断りさせて頂きます」

やはり、ナッソーの情報は、場所が場所なだけに、情報が集まらんか。

そう思ったフランチは、似顔絵を懐に入れると、部隊の最後尾が後ろを通り過ぎ、副官の様な二人組がやって来て、フランチに質問したのであった。

「伯爵、何か御座いましたか?」

「いや、ダゴスと繋がりがあると思ったのだが、どうやら俺の思い過ごしだった様だ。

お前達、足止めして悪かったな。王都では、労働力不足の為に、奴隷は直ぐに売れるだろう。もう、行って良いぞ」

「ありがとう御座います」

優しく、フンメル達に語りかけたフランチは、再び馬に乗ろうとした時であった、再び右目が痛みだし、ふと後ろを振り返ると、ミリアのフードから、金髪の綺麗な髪の毛がチラリと見えて、その口元が一瞬見えたのであった。

そして、その口元は化粧をして目立たなくしていたが、フランチの目には、ハッキリと古傷が見えて、笑みを浮かべていたのである。その瞬間、フランチの胸が激しく鼓動し、笑みを浮かべて、自分の目にマン・ゴーシュを突き立てた、あの時のミリアの姿がフラッシュバックしたのであった。

まさか……まさか、そんなはずは……

そう思いながらも、フランチは馬に乗るのを止めて、ミリアに話し掛けたのであった。

「おい、ミリア。その落ちている金の袋は、お前のじゃないか?」

「嘘っ!?私、落とした?」

そう言って地面を見るミリアであったのだが、フンメルはやってしまったと言う顔になり、フランチも本物だったと驚きの目で見ると、ミリアがゆっくりとフランチに視線を移して、目が合った時だった、フランチが叫んだのである。

「ミリア、貴様ぁ!おい、コイツらは王子派で戦っていた傭兵団だ!捕らえろ!」

その言葉に、兵士が驚きながらも、馬車に飛び掛かった瞬間、銃声が鳴り響き、兵士達がバタバタと倒れると、荷台の中から、テオドロが叫んだのである。

「姉さん、最後の最後で、欲を出すなよ!」

「うっせ!誰だって、金は大切だろう!フンメル、馬車を走らせろ!」

「分かってる!」

ミリアに言われて、兵士達が初めて見るライフルの威力に驚き、動けなくなっている隙に、馬車を入ってきた反対側の城門に向かって走り出すフンメルであったのだが、副官達は当然であったのだが、騒ぎを聞き付けたフランチの部隊も急いで引き返して来る。

そして、副官が城門の兵士に向かって叫んだのであった。

「おい、城門を閉めろ!絶対に逃がすな!」

その言葉に反応して、兵士は巨大な城門を閉めようとすると、荷台の千鳥が、ライフルを持って立ち上がり構える。

舗装もされていない検問所内で、馬車も揺れていたのだが、千鳥はそんな事も気にもせずに引き金を引くと、銃弾は兵士の頭を吹き飛ばし、続けて驚くもう1人の兵士の頭も吹き飛ばしたのであった。

「すげぇな。おい、置き土産で、手榴弾を城門にバラまいてやれ!」

何故か楽しんでいるのか、笑顔で言ったミリアに、荷台の男が質問したのである。

「姉さん、良いんですかい?

さすがに銃だけじゃなく手榴弾は、俺達が連合軍だってバレますよ」

「気にするなって。全員が黙ってたら、分かりゃしないよ。

それに知られても、どうせ陛下なら、爆笑して許してくれるさ。無理なら、バッシュが陛下に怒られりゃ良い話だ。単純だろう?」

「……それもそうですね」

ミリアに言われて、アッサリと納得した男を見て、テオドロは心の中で「バッシュさん、すんません」と謝罪しながら、全員にアイテム・ボックスから取り出した手榴弾を、配っていったのであった。

大型の馬車の速度では、通常の騎馬相手には、すぐに追い付かれそうになり、城門に差し掛かった時である、馬車の男の号令で、一斉に全員が手榴弾の安全ピンを抜いて、城門の通路に投げ捨てたのであった。

そして、フランチが通り過ぎた瞬間、フランチの後方で大爆発が発生し、衝撃波がフランチを襲ったのである。

驚く馬を何とか落ち着けて、再び馬車を追うフランチであったのだが、後方に視線を移すと、まるで爆発系の魔法を使った様な、信じられない光景が広がっていたのであった。

何だ、あの惨状は。まさか、あの傭兵団全員が魔法使いだったのか!?

そう思いながら追い掛けるフランチに、ミリアが運転台から叫んだのであった。

「おいコラ、ボス猿!私達は、金で雇われた傭兵なのは、知っているだろうが!私を恨むのは間違っているだろう!」

「誰が、ボス猿か!厚化粧で年を誤魔化しても、顔のシワで直ぐに分かったわ!

それに、傭兵でもどうでも良い、貴様だけは、私が殺してくれるわ!」

「誰が厚化粧だ、この猿以下の頭しか無い、ボス猿が!あんなに突き刺したのに、未だ生きているって、ゴキブリ以上の生命力だろう!

それに私達は、傭兵ギルドからの依頼で戦っていたのは、知っているだろう!ゴキブリには、そんな頭も無いのかよ!」

「何だと!誰がゴキブリだ!貴様を殺して、後で何とでも言い訳ぐらい作ってくれるわ!」

ミリアとフランチの、暴言の応酬に、呆れたフンメルが千鳥に申し訳なさそうに「頼む」と言うと、千鳥はミリアの口を塞いで、荷台の中に引きずり込むと、フンメルはチラリと後方を見て言ったのである。

「テオドロ、ガトリング砲を使え!」

「いや……でも、そこまで使うのは、マズく無いですか?」

心配そうに言ったテオドロに、フンメルは道の先に見える、Y字路を見て言ったのである。

「このままなら追い付かれる!それに、手榴弾まで使ったんだ、出し惜しみしてる場合じゃ無い!

向こうに分かれ道が見える。ガトリング砲で足止めして、見えない場所から空間転移で、ナッソーに戻るぞ。次に来る時の為に、景色は覚えておけよ!」

「了解しました!」

そう言ったテオドロは、他の者に目で合図を出すと、誰もがアイテム・ボックスを見せない様に、壁の様に視界を遮り、その後ろでテオドロが、アイテム・ボックスから布に包まれたガトリング砲を出し、セットしたのである。

何だ?何をやっている?

荷台に、まるで壁の様に集まる男達に、本能で違和感を感じているフランチであったのだが、荷台から「準備完了!」と、テオドロの声が聞こえると、男達の間からガトリング砲が姿を見せたのであった。

初めて見るガトリング砲に、全く意味が分からないフランチ達であったのだが、副官の男が荷台に近付き、飛び移ろうとした時であった、速射音が鳴り響き、副官の男は馬もろとも、何発も銃弾を浴びて、その場に崩れ落ちたのである。

あまりの衝撃的な出来事に、誰もが驚きを隠せずにいると、その元凶であるガトリング砲が、次はフランチ達の方向に向いたのであった。

「散開しろ!」

思わず叫んだフランチの言葉に、一斉に散開するのだが、ガトリング砲とライフルからの攻撃に、バタバタと兵士は倒れていき、盾で防ごうとするも、貫通して、その体に銃弾を浴びて倒れて行く。

目で追えないほどの速度で、自分達に向かって来る銃弾に、誰もが無力で、いつしか誰もが追うのを止めると、Y字路を左に曲がる馬車の後ろ姿を見ながら、フランチでさえも、その場に止まり、理解できない物を見るかのように、倒れて死んでいる配下の者達を見たのであった。

な、何だと言うのだ……魔法にしては、詠唱が全く無かった。そもそも、あんな魔法は、見た事も、聞いた事もない。

魔法で無ければ、あれは、兵器だと言うのか……たかが傭兵団に、あんな兵器を装備している訳が無い。ちょっと待てよ……まさか、あのミリア達は、ナッソーの傭兵と見せ掛けて、本当は、何処かの軍隊なのでは?

その考えに辿り着いたフランチの脳裏に、東部連合の文字が横切る。

まさか、傭兵団とは仮の姿で、彼奴等は、本当は連合軍なのか?

いやいや、この世界の傭兵は、傭兵ギルドが間に入っている。そんな、他所の軍隊を傭兵になんて、傭兵ギルドが認めるはずも無いし、もしも傭兵ギルドを欺いてやれば、どうなるか、東部連合も分かっているはずだ。

そうなると、考えれるのは、東部連合からの武器の横流しか……あのクソ女め!

左近達、東部連合が、まさか傭兵ギルドと繋がっているとは、フランチの頭には全く無く、何故か怒りが込み上げて来て、怯える兵士に向かって叫んだのであった。

「何としてでも、あの傭兵団を捕らえろ!臆病者は、ワシが叩き斬ってやる!あの武器の情報も突き止めるぞ!」

そう言って馬を走らせる、フランチであったのだが、兵士達の顔には絶望の色が見えており、嫌々ながらにもフランチの後に続いたのであった。

ミリア達の理解できない攻撃に、心の底では恐怖しているのか、行軍速度は遅く、何度も折れ曲がる道をフランチ達は、姿が見えなくなったミリア達が乗る馬車を追いかけていく。

だが、いくら行軍速度が遅いと言っても、大型の馬車を牽引しているミリア達の後ろ姿が、そろそろ見えても良いはずなのに、未だに姿が見えない。そして、ここでフランチは、ある異変に気が付き、部隊を止めたのである。

「全員止まれ!」

そう叫んで止まったフランチに、誰もが不思議そうに見ていると、生き残ったもう1人の副官が近付き、フランチに質問する。

「伯爵、どうかされましたか?」

その副官の言葉に、フランチは地面を見渡して答えたのである。

「いや……新しい馬車の轍が、何処にも無いんだ。森の中に、あの大きな馬車が入っていくとは思えん」

「消えた……と、言う事でしょうか?」

「……分からん。何処か見落としているかも知れんし、一度戻りながら調べるぞ」

そう言ったフランチの後を、兵士達は周囲に警戒しながら、ゆっくりと、来た道を引き返していくと、やがてフランチは、兵士の乗っている馬の蹄で分かりにくかったのだが、ミリア達の馬車の轍らしき痕跡を発見したのであった。

だが、その轍は、途中で消えており、周囲を捜索しても、何も痕跡は発見できなかったのである。

何かが変だ。あの大きな馬車が通れば、必ずや痕跡が残る……これでは、まるで消えた様ではないか。

勇者の存在が珍しかった為か、まさか空間転移で移動したと言う考えは、フランチの頭には浮かんでこず、それならば、煙の様に消えたミリア達を追うのでは無く、目的を考え、待ち伏せをしようと頭を働かせたのである。

彼奴等は傭兵……おそらく今回の依頼は、ダゴスからの依頼だろう。そうでなければ、少数でこんな場所にまで来ないだろうし、彼奴等は常に戦場で、仲間内で固まって戦っていた。

だとするならば……まさか、王子の奪還!?

その考えに行き着いたフランチは、暗くなってきた街道で大声で、兵士に向かって命令したのであった。

「急いで兵を集めて、ゴルガ山脈に向かうぞ!あの傭兵団の目的は王子だ。周辺の貴族に……いや、王都に援軍要請の伝令を走らせろ!」

そう言ったフランチの命令で、兵士達は慌てて動きだし、フランチからの報告を聞いた国王、エルネスト・エンブルクは、急いでかき集めた兵士2千を、フランチ伯爵の援軍に向かわせたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ハハハ!それで、ミリアがバレたのかよ!」

そう言って左近の笑い声が響く王宮では、左近達は家族と晩餐の途中であり、やって来て、いきなり平伏したバッシュに、左近は謝罪されていたのであった。

「……あの、怒ってらっしゃらないので?」

そう言って頭を上げたバッシュに、左近は涙目になりながら言ったのである。

「良いって、面白いから許そう」

まさかの左近の言葉に、使用人達までもが呆れており、一緒に食事を食べていた清盛が、流石に左近に対して、注意したのである。

「陛下。流石に連合軍の兵器を見せてしまったのは、失態ですよ」

……全く、清盛の奴も、頭が固いなぁ。連合軍に繋がれば、王子の救出に成功すれば、向こうから暗殺しに来るか、攻め込んでくる。

攻めてくるとなれば、向こうもバカじゃないんだ、アントナム公国と手を組んで攻めてきて、一気に勝負をつけれる布石になるのに。

でも、獣人との戦いかぁ……面白そうだな。久し振りに、傭兵になってやるか。

「清盛よ、冷静に考えてみろ。王子を救出したとして、連合軍の関与が発覚したとしても、抗議なんか無視すりゃ良い。

どうせ、王子を暗殺しに来るだろうが、守ってやれば、その内に隣国のアントナム公国と同盟を結んで、東部連合に攻めてくるだろう……戦だよ」

「……陛下は、戦を望んでおられるのですか?」

そう言って評議会の決定を知らない清盛が驚くと、左近は冷たい目で答えたのである。

「そうだ、他の土地はオヤジ殿にくれてやれば良いが、シーゼル王国と隣接している、コットンの一大産地は、我が国がもらう。そして、開拓工事がほとんど終わっている、ルッシェの森に、コットンの大規模農場を、国営で経営する。

何でも、ルッシェの森の気候は、コットンの生産に適していて、後は苗木だけの状態なんだよ。コットンを生産すれば、その利益で国庫が潤い、シーゼル王国は敵対国家と隣接しなくなり、内政に力を入れれるって流れだ」

その説明で、前から左近が動いていた事を知った誰もが、左近の怖さを思い知った所で、左近は驚くバッシュに笑顔で言ったのである。

「まぁ、そんな訳で、流石に露骨に連合軍だと宣伝するのはマズイが、それくらいならば、問題は無い。でも、ミリアには、俺が面白いから許したと伝えてくれ」

「はぁ……でも、そんな事を言えば、またミリアの奴は、調子に乗りますよ」

「ミリアはな、調子に乗った時が、一番頼もしいんだよ」

「……それは、そうですね。分かりました、ミリアには、そう伝えておきましょう。

本日は、御食事中に押し掛けて申し訳御座いませんでした。これよりナッソーに戻り、再び作戦を考えて来ます」

そう言って、一度平伏して立ち上がったバッシュに左近は、思い付いた様に、呼び止めたのである。

「なぁ、バッシュよ。そのエンブルク王国に向かう傭兵団に、久々に団長が復活と言うのも、楽しそうだと思わないか?」

まさかの左近の言葉に、誰もが口をあんぐりと開けて驚いており、バッシュは焦って言ったのである。

「イヤイヤイヤ、陛下に万が一の事があれば、どうするんですか!」

「……あると思うか?」

そう言った左近の顔を見て、バッシュは呆れた様に言ったのである。

「流石に、国王陛下自身が出てくるのはマズイでしょう……ですが、十字軍の団長で、ナッソー四頭会の左近殿でしたら、話は別かと。それに、白狼騎士団の者達は、左近殿と戦うのは好きな様ですので……特に、毎回馬鹿げた作戦とかね」

「んじゃ、決まりだな」

そう言って膝を叩く左近であったのだが、パンドラは呆れて左近に言ったのである。

「いや、流石に国王は国に居なきゃ問題になるでしょう!」

そのパンドラの意見に、誰もが頷いていたのだが、左近は笑みを浮かべてパンドラに言ったのである。

「パンドラ、暫く内木を貸してくれ。彼奴ならば、背丈も俺に似ているし、風邪で寝込んでいると言えば、何とかなるだろう。

もしも、来客とかあったならば……茶々、頼む!」

そう言って、目の前で、パンと手を合わせて茶々に拝む左近を見て、パンドラと茶々は呆れた様にして、パンドラが言ったのである。

「本当に、うちの内木を使うの止めてくれない?ただでさえ血の気が多い騎士団に、更に喧嘩早い関東の侍が、多く配下になって、彼奴に抜けられると、本当に痛いんだけど」

「パンドラ、分かってると思うけど、何を言っても無駄よ。ダメって言っても、この人って、勝手に行っちゃうから、まだ分かっているだけ、後の事は、何とか出来る」

「流石、茶々だな。分かってい……何だよ?」

笑顔で、茶々を誉めそうになった左近に、茶々はフォークを向けて言ったのである。

「ただし、此方も条件があります。レイヴンのクロエは、絶対に連れていく事……本当は、あと1人くらい連れていって欲しいけど、守れる?」

そうだ、ちょうど新人のダリアを鍛える口実にもなるし、良い機会だ、秘書達も連れていこう。

「ああ、分かったよ」

左近が茶々の意見を受け入れると、清盛は思い立った様に、左近に言ったのである。

「で、では、某も宜しいでしょうか!」

……何を焦っている?何か他にも理由はありそうだが、まぁ、良い経験になるだろう。

「分かったよ、連れていっても良いが、俺の指示には従えよ」

「心得ております」

「んじゃ清盛も参戦な。佐吉、今回は、お前はダメだ。理由は分かるよな?」

その左近の言葉に、佐吉がプイッと顔を背けて「分かった」と言うと、左近はその佐吉の様子に違和感を感じていたのであった。

ルタイ皇国で、戦を見せすぎてトラウマになったかな?それとも、勇者の職業を奪って、空間転移が出来なくなったから拗ねたとか……まぁ佐吉だし、明日には機嫌も直っているだろう。

そう思いながらも、左近は10日の土曜日から、数名でゴルガ山脈に向かう事を決定したのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日の朝、左近がクロエと出勤し、扉を開けると、ダリアの明るい声が響き渡り、ヴィオラが化粧をしながら挨拶をした。

「あっ、お早う御座います」

「お早う御座いまぁす」

そう言って、二人の明るい声で、華やかになる左近の執務室であったが、クロエの、めんどくさそうな表情が、この部屋に影を落とすと、いち早く察知したヴィオラが、化粧の手を止めて、そのままの姿勢で左近の方に視線を向けると、左近は笑顔で挨拶をしたのであった。

「よっ、お早う。ダリア準尉、ここの仕事は慣れて来たか?」

「はい。要領が悪いので、未だご迷惑をかけておりますが、この仕事は楽しいです」

そう言って明るく答えるダリアに、左近は笑顔を向けると、ヴィオラの視線に気が付き質問する。

「どうした、ヴィオラ。そんな、全てを諦めた様な顔で」

「いや、だって、クロエがそんな顔をしているのって、絶対に訳があるでしょう?」

……最近はヴィオラも、鋭くなったな。

そう思いながらも、左近は笑顔でヴィオラに言ったのである。

「いや、そんな難しい話じゃないぞ。明日と明後日にでも、少しハイキングに行かないか?」

その左近の言葉に、ヴィオラは「出たよ」と言って、ほとんど諦めており、ダリアは手を叩いて喜んで言ったのである。

「ハイキング、良いですねぇ。私、ハイキングは好きですよ」

未だに左近に免疫の無いダリアは、完全にハイキングに行くと思い喜んでいると、左近は楽しそうに質問したのであった。

「んじゃダリアは決定だな。ヴィオラは、どうする?」

「え~誰が来るんですか?」

「俺の一族の、島 新次郎 清盛だな」

「行く!是非とも行かさせて頂きます!」

そう言って、左近に食い付いたヴィオラに、左近は若干引きながらも、笑顔で言ったのである。

「んじゃ、一応は内局に演習と言っておくので、給料と特別手当ても出るし、武装して明日の朝に、ここで集合な。そこから馬に乗って、空間転移で、目的地まで移動だ。

ライフル等の武具は、馬に取り付けられる様にしておくよ。飯は、王宮の食堂から食材を持ってくるので、俺が作ってやろう。期待しておいてくれ」

「了解いたしましたぁ!」

完全に、左近に騙されていると思いながら、クロエとヴィオラが呆れていると、ヴィオラが質問したのである。

「そのハイキングって、何処に行くんですか?」

そのヴィオラの質問に、左近は怪しい笑みを浮かべて答えたのである。

「場所は秘密だが、山と森の自然が豊かな場所らしいんだよ。正直、俺も行った事が無いので、少し楽しみなんだ」

これは、臆病なダリアの事を考えての事であった。左近は実戦をダリアに経験させて、何と戦場に慣れさせようと言う考えであり、今回の目的はダリアを鍛える為なのだと理解したヴィオラは、頷き言ったのである。

「まぁ、迷子になっても、陛下の空間転移で遭難は無いから、大丈夫かな。でも、仮にも国王陛下が王宮に不在って、マズく無いですか?」

「そこは、大丈夫だ。これから、俺の優秀な影武者がやって来て、俺の代わりに、王宮に居てくれるから」

まぁた、内木を使うのかぁ。今回は、前以て知っているから、前回の様な事は起こらないけど……何だか思い出したら、腹がたってきた。

前回の、何も知らずに左近と思い込んで、内木と露天風呂で鉢合わせてしまった事を思い出し、理不尽な怒りに震えていたのであった。

その後、左近達が暫く仕事をしていると、執務室の扉が開き、不安そうな内木が入ってきたのである。

「よう、内木。お前に頼みがあるんだ……まぁ座ってくれ」

左近に言われて、諦めた様子でソファーに座る内木は、ため息をついて言ったのである。

「姫様から聞きましたよ……また、ですか?」

「そうだ、まただ。今回は、王宮でのんびり出来るぞ……因みに今回も、女抜きだがな」

その左近の提案に、内木は何か思い付いた様に、チラリとクロエを見て、左近に言ったのである。

「……陛下。少し二人で、お話をしませんか?」

まさかの内木の提案に、クロエは文句を言おうとしたのだが、左近は手を上げて、クロエを見る。その左近の視線に、諦めた様に部屋を後にすると、内木はクロエが出ていった扉を見て、左近に言ったのである。

「今回のは、エンブルク王国との戦の布石……ですか?」

「そうだ。まぁ、白狼騎士団の汚名挽回と、うちの秘書官であるダリア準尉の、根性を鍛えるのも目的だ」

その左近の答えに、内木は笑みを浮かべて、納得した様に言ったのである。

「なるほど、流石は陛下。一石二鳥も三鳥も狙うとは……

陛下、今回の報酬として、エンブルク王国に侵攻する時は、我がハスハ騎士団に、先陣をお任せ頂けないでしょうか?」

コイツ、自分の望みでは無くて、パンドラや仲間の為に……

そう考えた左近は、優しい顔で内木に言ったのである。

「良いだろう。鶴に言って侵攻作戦で、ハスハ騎士団を先陣にしてやろう。だが、そうなると第二陣は、聖導騎士団になるだろうから、向かれるなよ」

「勿論ですよ。それに陛下は、我々が聖導騎士団に、遅れを取るとでも思われているので?」

そう言った内木の言葉には絶対の自信が見えており、左近は笑みを浮かべて言ったのである。

「確かに、そうだよな。お前らの進軍速度は、連合軍の中でも一番だからな。

それはそうと、お前の望みは、それだけか?何もパンドラの為に、そこまで私心を捨てなくても良いんだぞ。遠慮無く言ってくれ」

まさに左近の言葉を待っていたのか、内木は少し顔を赤めて、左近に視線を合わせる事無く、言ったのである。

「じ、実はですね、陛下が高級娼館を作られたと聞きまして……是非とも、自分をそこに招待して頂きたいのですが……」

……コイツ、これが本命だったのか。だから、クロエを出ていかせて、個人的に話をしたんだな。

でも、気持ちは分かる、分かるな……これ、今後も褒美として使えそうだな。まぁ、男性限定だろうが。

そんな事を考えながらも、左近は煙管を取り出して、内木に言ったのである。

「良いだろう、お前をレックスに招待して、指名料や代金は、全て俺が持ってやる。時間はそうだな……今までお前には、父娘で本当に、世話になっているので、翌日の朝までの、一泊コースでどうだ?

勿論、一階のバーで飲む代金や飲食代も出してやろう」

そう言って、まるでお前の気持ちは、分かっているのだと言う様な目で左近は内木を見ると、内木はまるで神様を見る様な目で、左近に頭を下げて言ったのである。

「陛下!この内木 元政、陛下と姫様に永遠の忠義を尽くす事を誓います。離れろと言われても、もう離れませんぞ」

「まったく、むさ苦し男に好かれたものだ。どうせならば、美しい女に好かれたいものだな」

そう悪態を言った左近であったのだが、内木が本心で言っていると分かっているのか、何処か嬉しそうであり、その気持ちは内木にも伝わっているのか、笑顔で左近に言ったのであった。

「陛下、あんなにも美しい奥方様達がいて、それは贅沢と言うものですぞ。それに、某にも、女性を世話して頂きたいものです」

内木の言葉に、左近も「それもそうだな」と何故か変な友情が芽生え、左近と内木は笑顔で笑い合っていたのであった。

内木は、正式な影武者が誕生するまで、この日から時折、左近の影武者を勤める事になったのであったのである。