Another Life

Games

藤次郎の試験が終わった、その日の夜。誰もが藤次郎の事を心配して、何処か重苦しい夕食が終わると、パンドラは、重苦しい空気を嫌ったのか、すぐに自分の部屋に戻ると、テスタが用意したハーブティーを飲みながら、窓に座り星空を眺めていた。

星の数が多くなってきている。煉獄に向かうのは、数ヶ月後って所か……この様子だと、11月の予定って感じだな。

そう思うパンドラの扉が、静かに開き、僅かに開いた視線を扉に向けると、藤次郎の小さな目が、そこにあったのである。

「藤次郎、そこで覗いていないで、入ってきたら?」

パンドラに言われてか、お気に入りの熊のヌイグルミを抱いたまま、静かに入ってきた藤次郎は、悲しそうな顔をしてパンドラに言ったのである。

「……怒ってない?」

藤次郎に言われて、パンドラは優しい顔をしながらも、ハーブティーを置くと、窓から降りて、絨毯の上に座ると言ったのである。

「怒る?言ったでしょう、私は藤次郎には怒らないよ……おいで」

パンドラに言われて、藤次郎はパンドラに抱き付くと、そのままパンドラの胸に顔を埋めて、言ったのである。

「ちぃ姉。僕、強くなりたい……絶対に強くなって、ちぃ姉と結婚する!」

まさかの藤次郎の言葉に、パンドラは優しく頭を撫でながら答えたのである。

「嬉しい事を言ってくれるじゃない。まぁ、お父様や茶々のお母様が、藤次郎を強くしようと、何か考えているみたいだけど、可愛い藤次郎には特別に、私も手伝ってあげよう」

「……本当に?」

そう言って、目をウルウルとさせ見上げる藤次郎に、パンドラは優しく笑みを浮かべ答えたのである。

「ええ、本当よ。明日から、早速始めましょうか」

「うん!」

「中途半端は、藤次郎の為にならないから、厳しくいくので、絶対に泣くのではありませんよ。覚悟しておきなさい」

そう言ったパンドラに応えるかの様に、藤次郎はパンドラの頬にキスをして、抱き付いていたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日、道着に着替えた藤次郎と手を繋いだパンドラが、テスタとやって来たのは、ルタイ皇国の大和に在る連合軍の新兵訓練に使われている平城山演習場であった。

多くの新人騎士達が、様々な訓練をやっている中で、不安そうにパンドラを見上げた藤次郎に、パンドラは言ったのである。

「ここは、お父様の故郷でもあり、我が島一族の発祥の地で支配している、ルタイ皇国の大和の国だ。その中でも、平城山と言う場所に在る騎士団専用の演習地で、私のハスハ騎士団が管理している」

パンドラの所の騎士団が管理していると聞いて、少し安心する藤次郎であったのだが、パンドラに連れられて向かった先には、何やらアスレチックコースの様な場所であり、そこでは内木が怒鳴り声をあげていたのであった。

「コォラ!何をちんたら走っておるか!そんな場所に時間をかけていたら、戦場では死んでしまうぞ!貴様は、後2周追加だ!」

その内木の指揮棒を向けた言葉に、泣きそうになる新人の騎士が、2メートルほどの丸太で出来た壁をよじ登っていると、内木はパンドラ達に気が付き、制帽を取って、長い指揮を棒脇に挟み、近付いて来たのである。

「これは、姫様に若様……今日は、どうされましたか?」

内木に言われてか、ビクッと身体を震わせて、パンドラにしがみつく藤次郎を、パンドラは前に押し出して、内木に言ったのである。

「内木。この藤次郎を、あのコースで鍛えてやってはくれんか?」

そう言ったパンドラの言葉に、内木は不安そうに、チラリとアスレチックコースを見たのであった。

アスレチックコースは、何本もの横たわった丸太を乗り越えたり、平均台の様な場所を渡り、池の上に何本ものロープが垂れ下がっているコースがあったのだが、その中には射撃場を横断する様に、杭と杭に巻かれたロープの下を、新人騎士達がライフルを持って、ほふく前進で泥にまみれながら進んでおり、その上には実弾が飛び交っていたのである。

そのコースを見て、内木は顔を真っ青にしながらも質問したのであった。

「本気ですか?実弾も飛び交っているので、下手すりゃ死にますよ。それに最後の大壁は、若様の身長では無理かと思いますが……」

「大丈夫、死んだら死んだ時だ。まぁ、あの大壁は、さすがに無理だろうが、それ以外で頼むよ」

そのパンドラの言葉を聞いて、思わず頭を抱えそうになる内木であったのだが、パンドラはしゃがんで、藤次郎と目線を同じにして言ったのである。

「藤次郎、よく聞け。戦い方や戦術等は、お父様やお母様達が、この先、お前に教えるだろう。

だがな、どんな事でも基礎となるのは、体力であり己の肉体だ。ここは、新人の騎士達が、己の肉体を鍛える場所で、この内木は、皆を鍛える先生だ。

我等のお父様は、子供の頃に、この大和の平群谷と言う場所で、野山を駆け回り、毒蛇とも戦っていた……ちょうど、藤次郎ぐらいの年齢からだ。

だが、王宮にはそんな場所は無く、お前を鍛える場所が無い。そこで、この内木を師と思い、毎日ここで身体を鍛えるんだ」

「…でも……」

そう言って藤次郎は、先程まで怒鳴っていた内木が怖いのか、チラチラ見ていると、パンドラは真剣な顔で言ったのである。

「内木が、さっき怒鳴っていたのは、新人騎士が戦場で死なない様にする為なの。フェイやシャーリィだって、この内木に怒鳴られて、頑張ってそれを乗り越えて、強くなっていったのだから、お前も乗り越えれば、強くなれる。

内木、容赦はするな、徹底的にしごいてやれ。夕方にでも、私の執務室に空間転移で送ってくれれば良いから」

そう言ってパンドラは、そのままテスタと空間転移で戻っていくと、残された不安そうな顔の藤次郎と、唖然とする内木は、お互いに目が合い、内木が叫んだのであった。

「気を付け!」

内木の怒鳴り声に、藤次郎は驚きながらもビシッと立つと、内木は指揮棒で藤次郎の指先をトントンと叩いて言ったのである。

「某に気を付けと言われれば、その指をしっかりと伸ばして、熊のヌイグルミは持つな。そして顎を引いて、胸を張れ!」

内木の言葉に、一瞬躊躇する藤次郎であったのだが、内木の「早くせんか!」と言う言葉に、驚きながらも、熊のヌイグルミを地面に置いて、言われた通りに立つと、内木は藤次郎の前に腕を組んで仁王立ちすると言ったのである。

「お互いに、何度か王宮等で会ってるが、簡単に自己紹介しよう。私はハスハ騎士団の、内木 元政大尉であり、この教導部隊の責任者でもある。

この場所では、私の命令が絶対で、私の言葉は、神の言葉と思え。訓練の内容によっては、命に関わる事があるので、絶対に服従せよ。では、先ずは名を名乗れ!」

「……佐倉 藤次郎です」

内木の怒鳴り声とは対照的に、聞こえるか聞こえないかの様な声で答える藤次郎に、内木は怒鳴り声をあげて言ったのである。

「聞こえん!声が小さい、もう一度だ!貴様の父である佐倉陛下は、戦場でもよく聞こえる声だけで、敵を震え上がらせていたぞ。もっと、腹の底から声を出せ!」

「佐倉 藤次郎です!」

そう言って、身体が小さいながらも必死で声を出した藤次郎に、内木は笑顔になり言ったのである。

「そうだ、その声を忘れるな。何かあれば、その声で某を呼べ……小さければ、本当に死ぬぞ。分かったら、返事は?」

「はい!」

そう言って元気よく答えた藤次郎に、内木は優しく笑顔を向けると、アスレチックコースの説明を始め、ライフルこそ持たなかったが、新人の騎士達に混ざり、小さいなりにも必死にコースを走ったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その日の夕方、左近が帰って来て夕食までの軽い晩酌をしていると、パンドラが泥だらけになって、パンドラの腕の中で寝ている、藤次郎を連れて、帰って来たのであった。

「ちょっとパンドラ。どうしたの?」

そう言って驚くアイリスに、黙る様に「しー」っと人差し指を立てて言ったパンドラは、藤次郎の寝顔を見ながら、アイリスに言ったのであった。

「昨晩、藤次郎が強くなりたいって、私に言ってきたんです。そこで、お父様や茶々のお母様が、武芸や兵法を教えるだろうから、基礎体力の向上を考えて、新人騎士団と同じ訓練を受けさせたのです」

その言葉に、フェイは、あの地獄の様な訓練かと、まるで強烈な梅干しを食べた様な顔になっていると、アイリスは左近に言ったのである。

「ちょっと、藤次郎が危ないでしょう。貴方、止めさせてよ!」

その言葉に、左近は立ち上がり、やりきった様な顔で寝ている藤次郎を見て、パンドラに質問したのであった。

「基礎体力の向上って事は、あの障害物コースか……何処まで行った?」

「内木の話では、一番最初の丸太の所を、最後にやっとクリア出来たそうですよ」

「そうか、どうりで達成したと言う、男の顔になっている訳だ。だが、この年齢で敗北と達成感を味わった事は、将来、藤次郎の財産になるだろう。

パンドラ、藤次郎が納得するまで、好きなだけやらせてやれ。内木にも、俺が藤次郎を宜しく頼むと、容赦はするな徹底的にやれと言っていたと、伝えてくれ」

左近ならば、必ずやそう言うであろうと分かっていたのか、パンドラが「必ずや」と言うと、不満そうなアイリスに、セシリーが言ったのである。

「アイリス、不満だろうけど、ここで藤次郎を鍛えるのを止めさせたら、藤次郎の為にならないよ。あの子は、自分で強くなりたいって、パンドラに頭を下げたんだから……こんなの、今まで無かった事だよ」

確かに、ここで藤次郎の気持ちを否定してしまえば、藤次郎の向上心を否定する事になると思ったアイリスは、不満そうに座ると、パンドラに「怪我だけは気を付けてよね」と言ったのである。

こうして藤次郎は、このまま騎士団の新人騎士の訓練に参加する事が決まったのだが、藤次郎のこの日の出来事は、生涯忘れずに、学校を卒業し、左近に勘当してくれと頼むその日まで続いたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

東暦6年8月18日水曜日。この日、夕食を食べ終わり、晩酌をしていた左近は、家に持ち帰った書類を見ながら、バスティに突然質問したのである。

「なぁ、バスティ。そろそろ、王宮の使用人達も落ち着いて来たか?」

突然の左近の話に、バスティは驚きながらも答えたのである。

「そうですね、貴族の娘様達が、行儀見習いとして、使用人になってくれているので、人数の方も何とかなりましたし、先ずは一段落って感じですね。まぁ、配属先が一番大変ですが」

「そうか……前に言っていた、バスティの頼み事を聞いてやるって話、次の土日でどうだ?」

「覚えていただき、誠にありがとう御座います。勿論、次の土日でお願い致します」

そう言って頭を下げる、バスティに、左近は日本酒を飲みながら、質問したのであった。

「所で、何をすれば良いんだ?あまり無茶な事は、止めてくれよ」

「簡単で御座います。私と、ゲームをしていただきます」

『ゲーム?』

まさかのバスティの言葉に、誰もが驚きの声をあげると、バスティは笑顔で答えたのである。

「はい、ゲームで御座います。ルールは、私が協力者に指令書を渡しますので、陛下はその者と、指令書に書かれた事を、定められた時間以内に実行していただきます。

期限は協力者と出会ってから、24時間。もしも、1つでも出来なければ、その協力者と罰ゲームをしてもらい、全て終了できれば、私から素敵な賞品を差し上げます」

その言葉に、左近は思わず笑顔になり、バスティに言ったのである。

「何だよそれ。でも、面白そうだな、やってみよう……あまり無茶な指令は、止めてくれよ」

「ええ、勿論ですよ。ですが、私も陛下にスンナリと勝たせるのも面白く無いので、命の危険は無い程度で、際どい所を攻めさせて頂きます。

陛下も、たまには職務を忘れて、楽しんでください」

何だか、楽しそうだなと思っている唯であったのだが、ふとテスタを見ると、何だか珍しく、悩んでいる様な顔をしており、此方は何かあったのかなと思っていたのであった。

そしてバスティのゲーム開始当日。8月21日の土曜日の朝、左近は和服に着替えて、大小の刀を腰に差すと、バスティがやって来て、笑顔で手紙を差し出し、言ったのである。

「陛下。今日は、身分を隠して、ただの左近としての行動を、お願い致します」

「おっ。何だか、いきなり楽しそうだな。分かった、それで良いよ」

「ありがとう御座います。では、これが協力者との待ち合わせ場所の地図になります」

「そうか。どれどれ……」

そう言って手紙を開くと、そこには港町の様な地図が描かれており、上にはベルカイムと書かれていたのであった。

おいおい、いきなり行った事がない場所からスタートかよ。こりゃスタート地点に行くのも、俺の空間転移が使えないし、一苦労だな。

そう思いながらも、左近は楽しそうに笑顔で茶々達に手を振り、言ったのであった。

「んじゃ、行ってくるわ。バスティ、賞品を用意しておけよ」

そう言った左近は、そのままレイクシティに向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

困った時は、とにかくゲートの警備隊に聞けば良いんだ。ってセントラル城って、久々だな。

そう思いながらも、左近がセントラル城のホールにやって来ると、誰もが珍しいものを見る様な目で、左近を見ていたのであった。

まるで、珍獣の様な扱いだな。でも、リンが居ない……おいおい、まさかリンが協力者ってやつか?

もしも、そうならば、鎧を脱がせて街中を歩くとか指令だったら、難しいぞ。

そう思いながらも、左近はリンを探す様にキョロキョロとしながらも、出入国カウンターに向かうと、兵士に質問したのであった。

「なぁ、ここからベルカイムに行けるか?」

「行けますよ、三番ゲートになります。ベルカイムは、同じシーゼル王国ですので、ここからならば、審査は要りませんよ。既に空間転移も、ベルカイムに繋がっております」

「おお、そうか。サンキューな……そうそう、リンは今日休みか?」

「隊長は、今日は何か用事があるとかで、有給休暇を取っておりますよ」

こりゃ、協力者はリンで確定だな。となると、確実に鎧を脱がせるのは、最後にブッ込んで来るだろうから、それまでに攻略を考えねば。

「あのリンが有給休暇を取るとは、何とも珍しい。でも、有休でリフレッシュするのは、良い事だ」

そう言ってカウンターの兵士に笑顔を向ける左近は、扉の上に書かれている、漢字の三と言う文字の扉に入ると、そこには殺風景な部屋に、勇者の兵士が空間転移を繋げており、左近は軽く挨拶をすると、そのままベルカイムに向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

その頃、ベルカイムでは、休みであるはずのジョゼットが、リュディと新人の女性騎士達を連れて、ベルカイムの海が見える、2階のカフェテラスで、楽しくお茶をしていたのであった。

あ~あ、新人騎士の勧誘って名目で、資金は騎士団から出るのは良いけど、実際に動くのは私自身だし、本当にめんどくさい。どうりで誰も、私の副団長就任に、誰も不満を言わなかったはずだよ。

まぁ、リュディを強制的に道連れにしてやったから良いけど……でも、どう見ても楽しんでいるよなぁ。

そう思いながらも、前に座るリュディは、新兵の魔族とエルフのハーフであるベネディアの腕を引っ張り、何を食べるのかと、メニューを見て盛り上がっていたのであった。

いつもは、何処かオドオドとしているベネディアであったのだが、リュディを見る目だけは、何処か違い、その事にジョゼットは違和感を感じていたのである。

ベネディア準尉……神魔国人のイルディット少尉の娘で、エルフとのハーフ。団長も、こいつだけは絶対に欲しいと言っていた。

確かに、Aクラス出身で勇者だし、血筋だけ見ても、魔族とエルフとのハーフだし、魔力は凄まじいものがある。でも、何処かオドオドとしていて、小動物みたいな子なのに、リュディを見る目が完全に乙女の目だ……

そう言えば、聞いたことがあるぞ、女しか恋愛対象に見れない女が居るって。そうだよ、騎士団の中で、男同士の小説が流行っていて、そんな話にもなっていた。

まさか、準尉はリュディを狙っているんじゃ……うわぁ、それこそ無いわぁ。女同士って、あり得ないし。

そう思うジョゼットであったのだが、他の新人騎士の女性達が、驚く事を話していたのであった。

「ねぇ、藤次郎君可愛いよねぇ。絶対に姫様の様に、綺麗な男性になるよ」

「うん、お人形みたいなのに、あんなに頑張って、私も頑張らなきゃって思う」

「私は、怪我をしないか心配だよぉ」

……ん?藤次郎?

藤次郎の名前に反応したジョゼットは、騎士達に質問したのであった。

「ねぇ、藤次郎君って、まさかシーゼル王国王子の、佐倉 藤次郎?」

「そうですよぉ。もしかして、副団長の知り合いでした?」

笑顔で答える女性騎士に、ジョゼットは驚きながら言ったのである。

「まぁね。私やリュディは、パンドラとも仲が良かったし、何度も家に遊びに行って、弟の藤次郎にも会っているから……でも、何で?」

「実は、そのパンドラ様が、藤次郎君を演習場に連れてきて、内木大尉の指導で、あの地獄のコースを走っているんですよ」

「えっ!?あの地獄の体力作りのコースを?

でもあれって、銃弾も飛び交う、危険なコースじゃない。それに私も、内木大尉にシゴかれたから分かるけど……洒落になってないよ」

「そうなんですよ。しかも父親の国王陛下から、容赦をするなって言われているらしくて、私達と同じ様に怒鳴られてますよ。私はそれが、本当に可哀想で……因みに昨日は、怪我人が出ている間、大尉が良いと言うまで、腕立て伏せをやらされていましたよ」

佐倉家、マジで怖いよ。私達でも、本気で泣きそうになっていたのに、2歳か3歳の子供を、あんな所に叩き込むなんて、本当に無茶苦茶だなぁ。

そう言えばパンドラって、学園に来た理由は、実家に居るのが嫌だったからで、学園の寮に、身分を隠して来たんだっけ……今、本気でその気持ちが分かる。子供の時代でそれならば、大人になったら、絶対にそれ以上の地獄が待っているもん。

次に会ったら、何か驕ってやろう。今までパンドラの事を、綺麗だし羨ましいって思ってたけど、これを聞いたら、全然羨ましくないよ。

そう思いながらも、ジョゼットが、ふと紅茶を飲みながら、堤防の方に視線を向けると、楽しそうに誰かを待っている様な、左近の姿を発見したのであった。

あれは、佐倉陛下!?

思わずジョゼットは、リュディの方向に、テーブルに置いてある角砂糖を、人差し指でピンと弾いたのである。

「うわっ!何よ、ジョゼット」

「そうですよ、副団長。お姉様に酷いですよ」

……何で、お姉様なんだろう?

思わずそう思ったジョゼットであったのだが、すぐに堤防の前で、誰かを待っている左近を指差すと、リュディも目を丸くして驚いたのであった。

「え?……何で?」

思わずそう言ったリュディの視線の先を、ベネディアはジッと見て言ったのである。

「お姉様、あの綺麗な人は誰ですか。ん?…でも、何処かで見た様な……」

そう言ったベネディアに、知らないって良い事だなぁと、ジョゼットが羨ましそうな視線を向けて、言ったのである。

「あれ、我が連合軍の大元帥閣下よ……一応、あれでも男だし。それに、会話したら普通にオッサンだし、戦場では化け物よ」

ジョゼット、それ陛下を貶しているし。

心の中でツッコミを入れるリュディであったのだが、ベネディアは目をキラキラさせて言ったのである。

「あの、パンドラお姉様の、お父様ですか?やはり姫様って、お父様に似ているのですね」

……やはり、この子は、そっち系の子か!?我が騎士団に入れては、絶対にダメな様な気がする。

そう思いながらも、ジョゼットは、他の新人騎士達を集めると、左近を遠目で見ながら、小声で言ったのである。

「皆、彼処の女性みたいな侍……あれが佐倉陛下よ、見える?今日、この後の食事会は、一時中断して陛下を尾行するよ」

そう言ったジョゼットに、茶髪の女の子が言ったのである。

「あの御方って、本物のシーゼル王国の国王陛下でしょ?確か、学園の卒業式で、祝辞を述べておられましたし。本物の陛下を尾行って、マズくないですか?」

その女の子の言葉に、どうしてお前も居たのに、分からなかったんだと言う視線を、ジョゼットはベネディアに向けると、ベネディアはビクビクしながら答えたのである。

「だって、だって…男の人は、怖いんですよ……あんまり見るのも嫌ですし……」

うわぁ、完全に濃いキャラだ。こいつは、パンドラの所に送った方が良いだろう。

そう思いながらも、ジョゼットは真剣な顔で言ったのである。

「大丈夫よ。だって面白いし、気になるじゃない」

「そうそう。それにバレても、私とジョゼットは、陛下の娘のパンドラと親友よ。パンドラが、全部何とかしてくれるって」

まさかのパンドラ頼みに、新人騎士達の誰もが呆れていたのだが、興味には勝てずに左近の尾行を了承したのであった。

その頃、左近はバスティの手紙に書かれていた場所に到着し、周囲を見渡していたのである。

しかし協力者って誰だよ……実は、リンはフェイントで、本当はジャックかもしれんな。しかし、たまには、こんな遊びも面白い……もしかして、イナゴの佃煮を食べろとか無いだろうな?

俺、信濃で見たときは、即倒するかと思ったからなぁ。あれだけは、いくら美味くても、外見上ダメだからなぁ……新しく信濃守護職になった奴に送られたら、帝に有ること無いことを言って、絶対に潰してやる。

そんな下らない事を考えている左近であったのだが、心はまるで子供のように、ワクワクしており、誰が来るのかと楽しみにしていると、遠くから歩いてくる一人の女性に、目が釘つけになったのであった。

おっ、良い女発見。何処かで見たような女だな……え?あれってまさかの?

そう思いながら驚く左近の目には、顔を赤めて、恥ずかしそうに、アルプス地方のディアンドルと言う民族衣装に似た服を着て、此方に向かって歩いてくるテスタの姿が、あったのである。

テスタは、顔を真っ赤にしながらも左近の前に立つと、恥ずかしそうに言ったのであった。

「あ、あの、左近様。な、何か、変でしょうか?」

……まさかのテスタの登場に、左近も驚きながら答えたのである。

「いや、てっきりリンかジャックが来ると思っていたし……メイド服と、軍服以外の姿を、初めて見たから、何だか別人の様だな。もしかして、この日の為に買ったとか?」

「はい…篠山と、ベアトリスに選んでもらって……」

「そうだったのか。物凄く似合っていると思うぞ……それで、バスティの指令書って持っているのか?」

「ああ、はい。こ、これですね。バスティが、数字の順番通りに開けて、中の条件をクリアしたら、次を見ろと言っておりました」

そう言われて差し出された、漢数字の一と書かれている手紙を、左近が受け取り、二人で中を読むと、テスタの顔が更に真っ赤になり、目が完全に泳いでいたのであった。

―――――――――

親愛なる陛下へ。

さて、最初の指令です。ベルカイムのコート・ルイと言う店を二人で探しだし、そこで昼食を食べて下さい。

既に、左近の名で予約を取ってあり、料金も支払っておりますので、ご安心を。そうそう、店に到着するまで、移動する時は、二人で手を繋ぎ、寄り添う様に歩くのが条件です。

それでは、楽しいひとときを。バスティアン。

―――――――――

やられた!確かに普通の女性ならば、難なくこなせる、何でもない指令なのだが、相手が超ドMのテスタには、こんなにも普通に着飾って、恋人同士の様に行動するなど、拷問に近い。

普段は、ハウスキーパーとして、冷静沈着に見えるが、むしろ、罵倒されて、罵られて、叩かれて歩くのを喜ぶのがテスタだぞ。この方法ならば、嫌がるかもしれん。しかも、リン以上に厄介だ。

……だが、方法はある。「歩け、雌豚」と言えば、テスタは喜んで歩くだろう。

しかし、この太陽も上りきっていない時間で、この様に人の多い場所で、そんな事を言って誰かに聞かれれば、ただの変態にしか見えんではないか!

バスティめ、この状況を分かっていて、全て仕組んだと言うならば、何と卓越した戦略家か。さすがは、元死神のドラゴンだ。

そう思う左近に、テスタは困惑した顔で指令書を見ながら言ったのである。

「これは……さすがに、これはマズイですよねぇ」

……そうだよ、マズイよなぁ。でも、ここはベルカイムで、俺を知っている者は、ほとんどいない。このままスンナリと、ただ負けるのも嫌だし……仕方がない、覚悟を決めてやってやろうじゃねぇか。

そう思いながらも、左近はテスタを抱き寄せて、耳元で周囲に聞こえないほどの小声で言ったのである。

「とっとと、指示書の通りにしやがれ、このグズが」

左近の言葉を聞いたテスタは、まるで、身体に電流が走った感覚に襲われ、目をトロンとさせて、静かに答えたのであった。

「はい、ご主人様」

……これは、違う意味で、色々とヤバいな。もしも、これがバスティの策略だとするならば、彼奴は何て策士なんだよ。

そんな事を思いながらも、左近は「ホラ行くぞ」とテスタの手を引っ張り、コート・ルイを探しに行ったのだが、その光景をテラスから見ていたジョゼットとリュディは、目を点にしながら、口をパクパクさせて、言葉が出せないでいると、女性騎士が驚きながら言ったのである。

「……今、抱き締めてキスをしていましたよね?それにあれって、どう見ても、恋人同士だし。あれ?副団長達は、あの女性を知っているので?」

その言葉に、リュディが漸く声を出して言ったのであった。

「ジョゼット、ヤバいよ!何でテスタさんと……いやいや、その前に陛下って、マイスナー中佐と出来ているって噂もあるし……これって、レイヴン同士の喧嘩になるんじゃ……」

まさかの出てきたレイヴンと言うキーワードに、誰もが驚いている中で、ジョゼットも混乱しながら、リュディに言ったのである。

「私だって、意味がわかんないよ。こんなの、パンドラが知ったら、どうなるか……」

そう言ったジョゼットの言葉に、リュディは最早、世界の終わりだなと思いながら、顔を真っ青にしていると、ジョゼットは紅茶を飲みながら、太陽に輝く海を見て言ったのである。

「……よし、忘れよう。私達は、何も見なかったし、ここで楽しく、お茶をしていたって事で」

まさかのジョゼットの言葉に、完全に現実逃避したなと、誰もが思いながらも、かかわり合いになるのを嫌がったのか、ジョゼットの意見に乗っかったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

昼前、左近とテスタは、少しぎこちない動きで、誰かに話し掛ける事を避ける様に、無作為に指定の店を探していた。最初は、左近の方も、まるで思春期の男子学生の様に、顔を真っ赤にさせて歩いていたのだが、中身は2度の人生を合わせて、80歳以上の高齢男性であった為か、流石に慣れてきており、狭かった視野も、徐々に元に戻って来たのであった。

だが視野が戻ってきて、周囲の細かい所まで見えてくると、路地裏にはボロボロの服を着た人間の女の子5人が、明らかに市場の果物を狙っていたのである。

捨て子……いや、エンブルク王国から流れてきた、戦災孤児か。

そう思っていた左近だが、ふと死神の目に集中すると、この5人の子供達の背中に、金色の羽が見えたのであった。

……確かスクルドが、この世界に残った、5人のヴァルキュリアが、人間になって俺を品定めに来るって言っていたよな。ロッシーニやスクルドを見た時に、たまに見える金色の羽……あれか。

まさか、こんな場所で出会うとはな。スクルドめ、こうなるのを分かっていて、わざと早めに言ったな。

そう思いながらも左近は、テスタに「少し良いか?」と言って、果物の露店に向かうと、店の男性に声をかけたのであった。

「なかなか良い果物だな」

「旦那、良い目をしておりますね。これはアントナム公国から、今日の朝に届いたばかりの果物なんですよ。

どうです、そちらの美しい女性と一緒に、この甘い果実と……」

男性はそう言って、テスタを見て下心丸出しの笑みを浮かべていると、テスタは思わず嫌悪感を顔に浮かべ、左近は間に入り言ったのである。

「オヤジ、朝からそんな話をしていたら、モテねぇぞ。所でオヤジ、この辺りで、コート・ルイって店を知らんかね?」

「勿論、タダって訳じゃねぇんでしょ?」

「ここの、果物を全種類、5つづつ貰おうじゃねぇか」

左近の言葉に、テスタが驚くと、左近は「大丈夫だと」笑顔を向け、アイテム・ボックスから、財布を取り出す左近を見て、男は笑顔で木箱に果物を入れ出して言ったのである。

「いやぁ旦那、そんなにも綺麗な女性を連れて、こんなにも太っ腹だと、本当に只者ではありませんね。

コート・ルイならば、海岸線をここから北に向かうと、街の端に在る、小高い丘の上に在りますよ」

まさかの街の端かよ。こりゃ聞かなきゃ、絶対にランチに間に合わなかったよなぁ。

そう思いながらも、左近はありがとうと言って「釣りは良い」と言って、金貨三枚、300シリングを支払うと、果物が入った木箱を軽々と担ぎ上げて、満点の笑顔で「ありがとうと御座います」と感謝する男に見送られて、テスタと一緒に子供達の方向に向かったのであった。

「あの、陛……ご主人様。その果物は、どうされるので?」

「ん?こいつは、チョッとした買収に使うのさ」

そう言った左近に、全く意味がわからないと言った顔を向けるテスタであったのだが、路地裏から果物を狙っている視線を向ける子供達の前に行くと、木箱を子供達の目の前に置いて言ったのである。

「おい、ガキ共。店の物を盗んだら、店のオヤジが困るだろう。これをヤるから、今日はこれで我慢しろ」

そうか、陛下は子供達に施しをする為に……

そう思うテスタであったのだが、左近の置いた木箱に手を出そうとするエイルに、気の強そうな女の子が腕を掴んで止めると、左近を睨み付けて言ったのである。

「バカにするな!私達に施しなんかいらない!」

ヴァルキュリアから人間になって、腹も減っているのに、よく言うよ。でもまぁ、根性だけはありそうだな。

そう思いながらも、左近は笑顔で女の子に質問したのであった。

「お前、面白いな。俺は、左近だ……お前の名は?」

「ブリュンヒルデ」

いやいや、そこはヒネれよ。俺が、名前を知っていると思わねぇのかよ。

「よし、ブリュンヒルデ。俺と、ゲームをしないか?」

「……ゲーム?」

「そうだ、ゲームだ。見たところ、お前達は、親もいない様だな。

そこでだ、生きてサクラメントと言う場所の王宮まで来れたら、この印籠を衛兵に見せろ。その王宮で、この印籠を兵士に見せる事が出来たら、お前達の勝ちで……負ければ、死ぬだけだ」

そう言って左近は、ブリュンヒルデ達の前に、自分の家紋である、三つ柏が描かれた印籠を投げ捨てると、ブリュンヒルデは左近を睨みながら印籠を拾い上げ、左近が言ったのである。

「この果物は、その手付けと思って貰って良い。子供だけで、生きて王都まで辿り着けるか……試してみるのも、一興だ」

その左近の言葉に、ブリュンヒルデは舌打ちして、木箱を頑張って自分の所に引き寄せて答えたのである。

「チッ、これだから……分かった、そのゲームに乗ってやろう。絶対に、貴様に私達を養わせてやるからな!」

「おお、これは怖い、怖い。まぁ、死なないように頑張れ、若者よ」

そう言って、テスタの手を引っ張り、その場を後にする左近であったのだが、テスタは少し心配して左近に質問したのであった。

「ご主人様……王家の家紋が入った印籠を、あの様な子供達に渡して、本当に宜しかったのですか?」

ああ、そうか。テスタは、彼奴がヴァルキュリアって知らないんだよなぁ。

そう思いながらも、左近は何かに気が付き、一軒のオープンテラスのカフェを発見して、テスタに言ったのであった。

「場所も分かったし、少しお茶してから行こうか。手も移動している時の限定だし、座ってお茶している時は、大丈夫だろう」

「はぁ……」

そう言って、道に面している、丸いテーブルに、座る左近とテスタに店員やって来て言ったのである。

「いらっしゃいませ。御注文は、お決まりですか?」

「コーヒーってあるか?」

「勿論です。お客様、レイクシティから来られたんですか?レイクシティで流行っている物は、当店では全て取り扱っております」

レイクシティって、流行の発信地にもなってるなぁ……今後は、サクラメントが流行の発信地にならないと、今はレイクシティの一人勝ちだからなぁ。

そう思いながらも、左近は女性の定員に注文する。

「前にな……今は住んでいないが。じゃコーヒー、ブラックで」

「では、私はアップルティーで」

「私も、コーヒーで」

「はい。コーヒー2つに、アップルティー1つですね」

そう言った店員が、店内に入って行くと、左近とテスタは1人増えている事に気が付き、その方向を見ると、一般人の様な服装で、化粧をしているスクルドが座っていたのであった。

「……お前、まさかスクルドか?」

左近の言葉に、直感でスクルドは危険だと判断したテスタは、テーブルの下で、死神の鎌をアイテム・ボックスの中で掴むのであったが、左近はこんな場所では止めろと言わんばかりに、テスタを睨み付けると、スクルドは笑顔で左近に答えたのである。

「大正解。ラーズが、化粧をして服装を変えていたを見て、これなら人前に出ても自然だろう」

別に良いけど、コイツ悪魔を見下す傾向があるからなぁ。それにしても、今回はその傾向が見えないのが驚きだ。

そう思いながらも、店員が持ってきたコーヒーを、左近は一口飲んでスクルドに質問したのである。

「……ここのコーヒー、結構いけるな。所で、俺の前に出てきたのは、先程のあれか?」

左近の言葉に、テスタは驚きながら、キョロキョロとしていると、左近はテスタに説明したのであった。

「さっきの5人組……ありゃ、この世界に取り残されたヴァルキュリアだ。コイツの名は、スクルドと言って、未来を知るヴァルキュリアだ」

左近の紹介に、スクルドは初めて見せる笑顔で、テスタに挨拶をしたのである。

「ヴァルキュリアのスクルドだ。今後も宜しく頼むよ」

あれ?スクルドって、こんなキャラだったか?

そう思う左近であったのだが、テスタも他の死神と違うリアクションだったので意外だったのか、キョトンとしていると、スクルドは楽しそうに言ったのである。

「王よ、あの五人は、人間になった事で、瞬間移動も使えなくなってしまい、普通に死ぬ身体になってしまったんだ。

クックッ最高だよな、今でバカにしていた人間に、一時的にとは言え、薬の調合を間違えてなってしまうとは……因みに、この件は、ラーズが前に手に入れた薬草を、スゴクルが貰って調合したのだけど、それが、思いの外ポンコツで、副作用で人間になってしまったんだよ。

ラーズは、悪気がなくても、計画を全てぶち壊す、呪われた宿命なのに、アイツから薬草を貰うなんて……しかも、元に戻るのは、魂に傷をつけずに、寿命を全うするしか無いらしいんだよ」

コイツ、絶対にその未来に行く様に仕組んだな。って事は、魂が傷付いたらアウトって訳か……魂ってどうやって傷をつけるんだ?

そう思いながらも、左近は少し心配そうな顔をして言ったのである。

「って事は、あの五人を配下にしても戦力にならないって事か?」

「大丈夫、徐々に効力が薄まり、力を取り戻すよ……年月はかかるけど。それよりも今日は、私は王にアドバイスを送りに来た」

「アドバイス?」

そう言って不思議そうに言い返す左近に、スクルドはコーヒーを飲み干して、立ち上がり言ったのである。

「据え膳を食わざるは男の恥……後の事は、全て上手くいく。だから、後先を考えるな。では、そろそろ行くよ……邪魔したな」

え!?何、その素晴らしい御言葉は……あれ?ちょ、ちょっと待てよ、この流れで言うと、俺がテスタが何かあるみたいじゃねぇか。

そう思いながらも、スクルドを止めようとした左近であったのだが、スクルドは笑顔でテスタに「では、失礼します」と言って、人込みに消えて行ったのである。

さて、これで新たなる煉獄の王が誕生する下地が出来たか……我が王の一族が、この世界と地獄と煉獄を支配する。最終的には、天界さえも支配できれば……

そう思いながらもスクルドは、笑みを浮かべて路地裏に入ると、そのまま姿を消したのであった。