Another Life

To the war......

大波乱に終わった国王杯の日から、連合軍の本部では、作戦情報局の部屋の明かりが消える事もなく、多くの軍人達が慌ただしく働いていた。原因は、左近がもたらした、亜人連合と南部同盟の件である。

多くの確認作業や、今後の予想されるルート等の、亜人連合の全ての情報を得る為に、鶴は家にも帰らず、新年のパーティーも、夫の晴信に任せて、自身は本部で仕事をしており、年が開けた東暦8年2月23日に、軍の幹部達とトーア達を集めた、緊急会議を開催したのであった。

連日の情報局の残業の原因を知っている為か、誰の表情も固く緊張しており、最後に左近達が入って来ると、全員が緊張した顔で敬礼し、左近の着席と共に、資料が各自に渡され、鶴が話し出したのであった。

「本日は、お忙しい中、お集まり頂き、ありがとう御座います。本日、お集まりいただいたのは、皆様、噂でご存じの様に亜人連合と南部同盟の件です。

南部同盟は、亜人連合が東部連合に攻め込むと見て、その漁夫の利を狙っており、亜人連合、南部同盟共に、国境に兵を集結させつつあります。

まぁ、ドワルバフ王国は、参戦していない様ですが、これは隣国の神魔国側から、後方を襲われない様にする為の抑えだと思われます。そして、攻めてくるその正確な数は不明ですが、予想される兵力は、亜人連合36万、南部同盟10万と予想されます」

その鶴の説明に、誰もが総兵力46万と戦うのかと、不安そうな顔をしていたのだが、左近は笑いながら、言ったのである。

「ハハハ!こりゃ、とんでもない兵力を投入してきたな。まぁ、だからこそ懐に入れて、全て叩けば、相手は大打撃になるのだがな」

左近の言葉に、なるほどと頷く者達を見ながら、鶴が説明を続ける。

「おそらく、来月には亜人連合はベルトラン王国に侵攻を開始するでしょう。そして、亜人連合の中には、多くの奴隷兵や、奴隷商人の姿が確認できましたので、ベルトラン王国の国民を奴隷兵とするのでしょう……トーア様、どうされましたか?」

鶴の説明を遮り、トーアが手を上げて答える。

「すまんが、奴隷兵の意味が分からない。教えてもらえると助かる」

「分かりました。奴隷兵とは、文字通り奴隷を兵士として……いえ、兵士と言うよりは、ただの使い捨ての駒として、戦う兵です。

この大陸の北部や中部、南部と、幅広く奴隷兵を採用しておりますが、東部連合の各国には、そう言った兵種は昔から居ませんでした。まぁ理由は、傭兵が多かったのもありますが、奴隷は働き手で生産業の支えだと言う考えが浸透していたからだと思われます。

ですが、その奴隷兵の能力は侮れないものがあり、あまりにも酷い扱いを受ける為に、自ら敵の剣に刺さりにいく者や、相討ちを考える者がいて、まさに死人の兵となっております」

その鶴の説明に、トーアはギリッと歯を噛み締め、怒りを露にしかけたのだが、ふと何かに気が付き、左近を見たのである。

「トーア、何か思い付いた様だな?」

「ええ、義父上。私が理事を勤めます、王立学会……通称アカデミーでは、現在、奴隷の主人をホムンクルスに出来ないかと研究しており、それと平行して、主人が居なくても、強制的に奴隷の主人の権利を移動させる魔法の研究をしております。

これを利用すれば、亜人連合の奴隷を解放できるのではないでしょうか?」

なるほどね、奴隷の主人を移動させるのは、主人の同意と、その場に居なくては出来ない。だが、奴隷のみで出来るとなれば、簡単にホムンクルスに主人を移動させる事ができるし、この情報を知った、亜人連合の奴隷兵は、我先にと脱走するだろうな。

シーゼル王国としても、一気に人口が増えて、笑いが止まらないだろう。気を付けるのは、今まで戦しか知らない奴隷兵に、どうやって一般常識を教えるかだが、何処かに難民キャンプの様な場所を作り、1ヶ所に集めて、一気に教育すれば、ある程度は大丈夫だろう。

そう思った左近が、チラリと鶴を見ると、鶴も理解した様で、頷いてトーアに質問する。

「トーア様。では、そのホムンクルスと、魔法は、いつ完成するのでしょうか?」

「一応予定としては、来月にでもホムンクルスの稼働実験があり、成功すればいけます。魔法の方は、理論は出来ておりますので、ホムンクルス実験成功後に、すぐに実験にを行います」

「分かりました。では同時進行で、此方も仕込んでおきましょう。

ベルトラン王国には、主人不在でもシーゼル王国で解放奴隷になれると、噂を流しておきます。ベルトラン王国が占領されれば、噂は必然的に従来の奴隷兵にも伝わり、脱走兵が大量に出るでしょう。

ですので、トーア様は、ホムンクルスが失敗したとしても、魔法の方は何とか完成させてください。最悪の場合は、誰かに主人になってもらい、ホムンクルスが完成した後に、そちらに主人になってもらいます」

「了解した」

そう言ったトーアの目には、決意の炎が灯されており、その中で左近が手を上げて発言したのであった。

「少し、シーゼル王国の国王として発言していいか?」

「ええ、どうぞ」

「いきなり、大量の奴隷兵を受け入れたとしても、今まで戦い奪う事しか知らないので、治安は悪くなると思われ、そんなのは国王として認められない。

そこで、脱走してきた奴隷兵達の、簡単な町を作り、そこで、教育を受けさせてから、シーゼル王国に住まわせて欲しいのだ。クリューガー、余計な仕事を増やす事になるが、頼めるか?」

「仕方がないでしょう。町と言っても、テントばかりの簡易的な物でも宜しいので?」

「ああ、勿論だとも」

「では、場所の選定をして、テントの備蓄を出しましょう」

これで、キースと久恒は、俺に泣いて感謝するだろう……いや、彼奴等がするわけないか。

そう思う左近に清信が質問する。

「陛下。食料や医薬品は、どうされるので?流石に、亜人連合や南部同盟と戦となれば、大量の兵糧や医薬品が必要になりますよ。それに、疫病の可能性もあるので、医師の確保も必要ですよ」

まぁ、そうだよなぁ……そうだ!

「ルタイ皇国の帝に相談してみよう。帝は、そう言った者の救済機関である、国際協力機関は、そう言った者を救済する機関だしな。

ちょうど、飢饉等の被災者を救助する予行練習にもなるし、ここぞとばかりに、各宗教も信者獲得の為に、助けようとするだろうからな。

医師の方は、足りなければ学園の医師科の生徒にでも、手伝わせれば良いだろう。実戦を経験する、またとない機会だし、学園は食い付くだろう」

「なるほど、確かにその通りですね。鬼島中将、続けてくれ」

「はい。では、奴隷兵に関しては、その様に取り扱うと言うことで、皆様の御協力をお願い致します。

次に、西から進軍してくる亜人連合ですが、陛下の諜報部の協力で、ある程度の事が分かりました。亜人連合の兵装ですが、種族も兵装もバラバラで、戦術と呼べるものは無く、大陸の他の国と同じ戦い方です。

ですが、ヴィズール王国の兵は、魔法も使えて、集団での遠距離攻撃をしてくるものとの情報があります。しかしながら、魔法の有効射程距離は、平均80メートルであり、火縄銃でさえ有効射程距離は、200メートルとなっておりますので、相手にもならないでしょう。

だからと言って、慢心は敗因にも繋がりますので、巫女の魔法障壁等の対策は抜かり無くお願い致します。

そして、亜人連合の最大の強みは、輜重隊が殆どいない事です。つまり、兵糧等は、現地調達と占領した都市の略奪によって、兵糧を賄います。

なので、輜重隊が居ない分、従来の大陸の軍よりも、進軍速度が速いと頭に入れておいて下さい。進軍速度で言えば、勇者の空間転移やアイテム・ボックス使う、我等と同等だと思って頂き結構です」

現地調達と略奪で兵糧を賄うって、そんな事をやったら、占領した都市の民が飢え死にして、占領しても国力低下が否めない。何とも効率の悪い戦だな。

そう思いながら呆れる左近の目の前で、鶴は説明を続ける。

「この事から、考えますと、食料調達の難しい砂漠を進軍するよりも、内海沿いを進軍してくる事が予想されます。ですが、獣人や亜人の身体能力は、人間以上ですので、可能性は低いですが、砂漠を突き抜けて来ると言う可能性もあります。

なので、砂漠の各オアシス都市には、ビヨンド・シーカーを配置し、その動きを警戒し、いざとなれば、砂漠での一戦も、やむを得ません」

鶴の言葉に、誰もが嫌そうな顔をしていたのだが、鶴は壁に張り出された大きな地図を、指揮棒で差して黙々と説明を続ける。

「次に作戦ですが、前回のルタイ皇国の内戦の時の様に、細かい策や指揮は各方面軍の大将……何だか階級と似ていて、紛らわしいですね……では、司令官としましょう。とにかく、各方面軍の司令官に任せます。

そして亜人連合は、兵力36万以上の兵力全軍で、そのまま内海沿いに、東に進軍して、ティオールを攻めてくると言う愚行はしないでしょう……すれば、よほどの愚か者です。

考えられるのは、軍を4つに分けて、アントナム公国に攻めるか、帝国かシーゼル王国にも攻めると思われます。途中オアシス都市の防衛と、アントナム公国防衛は、国境線が長いので、連合軍本隊にし、司令官は三元帥閣下に致します。

北ルートで進軍してくる亜人連合軍の、シーゼル王国防衛は、聖導騎士団を担当とし、帝国に入るルートは、ハスハ騎士団に担当してもらい、司令官は各騎士団の団長にお任せします。

そして、本隊が攻めるであろう、ティオール……此方は、魔女騎士団(ナイト・ウィッチーズ)とラヴァナ騎士団に担当してもらい、司令官はアミリア・ノイマン中将閣下、副司令官として、真田大佐で、お願い致します。

そして、フレシア王国を守備するのは、アントナム公国方面軍に親衛騎士団、エンブルク王国方面軍に白狼騎士団でお願いします。両騎士団は、おそらくフレシア王国から、フレシア王国の守備隊に加えて、レイクス陛下と、ルシオ殿下が参戦されると思いますので、レイクス陛下は大丈夫でしょうが、ルシオ殿下には必ず武功を立てさせて上げてください」

……完全に、子守りじゃねぇか。まぁ、オヤジ殿から離れて1人立ちした事を、内外に示せるので良いのだろうが、担当になった奴等は大変だろうな。

そう思う左近に、鶴は笑顔を向けて言ったのである。

「陛下、心配されなくても、陛下が出陣されるだろうと思い、既に担当も決めております」

「え?いや、俺は別に……立場って言うのも理解しているし……」

そう言って、少し落ち込む左近に、鶴はクスリと笑い言ったのである。

「ここで、陛下の担当を決めておかねば、勝手に変装されて、何処かの部隊に混ざられても困りますので。それに、今回陛下にはルタイ皇国軍を率いて頂きたいのです。

今回は全く兵力も足りませんので、ルタイ皇国の大名の部隊は必要です。ですが彼等は、我が強く、武名が強烈な御方で無ければ、従いませんので。ですが、鬼の内府とまで言われた、陛下ならば、彼等も大人しく従うでしょう。

それに、ちゃんと足枷も用意しております。ルセン王国のミサ王女も、参戦したいとの要請が来ておりますので、宜しく御願いしますね」

「え?いや、王女を連れてって、かなりキツいだろう」

そう言って顔を真っ青にする左近に、鶴は笑顔で答える。

「ええ、だからこそ陛下なんですよ。陛下と一緒ならば、武功は断トツでしょうし、ルセン王国の顔も立つでしょう。

そうそう、王女様に手を出すのは止めてくださいよ、国際問題になりますので」

「出すかよ、バカタレ……それで、場所は?」

「陛下の好きそうな場所をご用意いたしましたよ……ベルカイムです」

ベルカイム。それは漁夫の利を狙い、シーゼル王国を攻めてくる南部同盟の主力は、ティオールを攻める亜人連合の後方を攻めるか、その間に、ベルカイムに進軍してくると思われるので、それを食い止めるか、撃破しろと、鶴は言っているのであった。

「ベルカイム……良いねぇ。ぶっ潰しても良いんだろう?」

全てを理解しながらも、左近が悪魔の様な笑顔でそう言うと、鶴は左近がそう言うのが分かっていたかの様に、笑顔で答えたのである。

「勿論です。ですから、陛下に御願いするんですよ」

ダリアが、左近の後ろで、真っ青な顔になりながらも頭を抱えていると、鶴は説明を続ける。

「今回は、亜人連合と南部同盟の2つの勢力を相手にする訳でありますので、何が起こるのか分かりませんので、臨機応変な動きが求められます。先ず神魔国の方は、ドワルバフが動かない様に、牽制をお願い致します。

そして、第一段階は、攻めてくる亜人連合を懐に入れて、その全兵力を滅ぼし、今後暫くは、亜人連合が身動きできない様にします。

第二段階は、亜人連合が出来ない間に、速やかに南部同盟を制圧し、第三段階で後方の憂いを無くし、亜人連合を滅ぼします。

その為には、第一段階で亜人連合に大打撃を与えねばなりませんし、敵の勇者の空間転移で将軍達に逃げられるのは、あってはならない事です。ですので、情報局の忍が敵陣に、ナリヤの魔石を忍ばせ、更には聖龍騎士団によって、戦場に魔石が入った杭を投下致しますので、空間転移は使えないものと理解してください。

それと、コードネーム、エンジェルが、暗殺(アサシン)教団を手にし、南部同盟に参加したとの情報があります。ボヘミア王国から、教団手口は指揮官を狙って暗殺してくるとの情報もありますので、皆様、暗殺だけは、注意して下さい。

そして、コードネーム、エンジェルが出現した場合は、速やかに本部に報告し、対天使特殊部隊、エデンが到着次第に全軍撤退し、全てをエデンに任せて下さい」

ボヘミア王国からねぇ……彼奴等も、教団には手を焼いているんだよなぁ。こんな形で助ける事になるとは、かなりシャクだが、仕方がないだろう。

それと、多くの兵を失い、有能な将軍を討ち取られ、勇者まで無くした亜人連合ならば、降伏勧告にも素直に応じるだろう。離れた場所の領地など、フレシア王国以外は要らないだろうし、条件は東部連合に加入と、多額の賠償金と言う形かな。

問題は、オヤジ殿がこれで大きくなりすぎる所か……南部同盟を滅ぼし、その領土全てを手にすれば、一気に東部連合最大の国家が出来てしまう。賢人会で、何とかオヤジ殿をコントロールしなければ、とんでもない事になるが、フレイアと帝に期待するしかないだろう。

そう思う左近の前で、鶴は周囲を見て質問する。

「では、何か異論や質問はあるでしょうか?

……どうやら、無い様ですので三好閣下、何かありますか?」

鶴の質問に、清信は真剣な顔で腕を組んで語り出す。

「この戦は、世界中に噂が流れ、誰もが注目する戦になるだろう。今後、敵対するだろう北部の者達に、東部連合と戦をすれば、どのような事になるのか、見せしめる良い機会だ。

その事を十分頭に入れて、各自思うままに手柄を立てろ。俺が言いたいのは、それだけだ」

清信の言葉に、誰もが力強く頷き、その決意を現していると、鶴は左近に質問する。

「陛下、何かありますか?」

鶴の言葉に、左近は脚を組んで、周囲を見渡しながら煙管を咥えて語ったのである。

「その昔、オヤジ殿……つまりレイクス陛下は、俺に言った。「左近よ、戦いは五分の勝利をもって上となし、七分を中となし、十分をもって下となる。五分は励みを生じ、七分は怠りを生じ、十分はおごりを生ず」と……

俺は、その時は理解していなかったが、後で実際に味わってから、オヤジ殿の言った意味を、見をもって理解したよ……怠りや、おごりは、最大の敵だと。だが、連合軍の幹部は、俺の様に頭の悪い奴は、1人もいないと信じている。

いくら敵の練度や兵装が悪くても、決して敵を侮るな。侮りや怠り、おごりを全て取り払い、己の全てをぶつけてこそ、先ほど清信が言った様な、圧倒的な大戦果に繋がると思え」

左近の言葉に、誰もが立ち上がり敬礼すると、左近も立ち上がり言ったのである。

「各自の背中には、全東部連合国民の命と誇りが乗っている事を忘れるな。必ずや、勝利を手にするぞ」

その左近の言葉を皮切りに、この日から東部連合全体で、慌ただしく連合軍が動き出したのであった。アルムでは、工場が増設され、弾薬やライフルが増産され、魔弾の生産にも、フレシア王国からエルフの応援が入り、生産力が更に強化され、鉄道網が物資輸送の為に拡大され、東部連合各国は兵糧生産の向上の為に、開拓事業が盛んになり、それは金の循環が激しくなり、東部連合はこの上ない好景気に見舞われる事になったのであった。

左近がベルカイムの防御力を高める為に、自ら陣頭指揮で城壁の修繕等を指揮していると、東暦8年3月に亜人連合がベルトラン王国に侵攻を開始したとの報告が、東部連合、南部同盟に流れ、一気に戦乱の影が、東部連合に近付いて来たのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

そして、そんな不穏な空気が流れる中で、東暦8年4月8日金曜日。シーゼル王国では、入学式のシーズンであり、サクラメントの王宮では、軍服の礼服に身を包んだ左近が、ドレス姿でティアラを乗せたアイリスと共に、王宮の玄関で待って居ると、佐吉とブリュンヒルデ達が、ベアトリスとジャックの薬で、顔色がよくなった葉子に連れられて、やって来たのである。

その佐吉の姿は、何処か名探偵コ○ンのコナ○の様な服装であり、ブリュンヒルデ達はフォーマルなワンピースに、頭に花飾りが着いていたのであった。

「ほう、馬子にも衣装とは、この事だな」

思わず笑顔で言った左近に、ブリュンヒルデは怪しそうな顔をして質問する。

「……それ、誉めているのか?」

「それは、知らぬが仏って事だ。まぁ、佐吉は黙っていれば、頭が良さそうだし、良いと思うぞ」

「だろう。俺もそうだと思うんだよ!」

そう言って喜ぶ佐吉を見て、スコグルは笑いを我慢しながら葉子に言ったのである。

「あれ、絶対に誉めていないよね」

「スコグルさん、シーですよシー」

その言葉を聞いた佐吉は、ピタリと止まり、左近に質問する。

「父ちゃん……もしかして、俺をバカにしてるの?」

「それも、知らぬが仏ってやつだ。んじゃ、行こうか」

そう言ってバスティに空間転移を開いてもらい、中に入ろうとする左近を見ながら、流石の佐吉も怒りを露にしていると、ブリュンヒルデが佐吉の肩を叩いて言ったのである。

「王をぶん殴る時は、いつでも呼んでくれ。喜んで手伝おう」

「それ、私も入れてくれ。頼むよ」

そう言ったレギンに、佐吉は楽しそうに答えたのである。

「3人で、父ちゃんをぶん殴っても、自慢にならないから、気持ちだけで十分だよ。父ちゃんには、俺が一対一で絶対に勝つ」

まさかの佐吉の発言に、ブリュンヒルデは笑顔になり言ったのである。

「流石は、佐吉だ。私達に出来る事があれば、何でも言ってくれ、喜んで手を貸そう」

「おう、頼むよヒルデ、レギン」

……何だか、変な展開になってきたなぁ。まさか、あの3人が仲良くなるとは。

まぁ、冷静に考えれば、頭の悪い3人組でお似合いか。

そう思いながらも、左近は空間転移に入っていったのであった。

佐吉達が入学したのは、ミラやアリエルと同じ、レイクシティのウッドイーストの学校であった。これは、例え王族であれ、一般人と同じなのだと、内外に示す意味もあり、佐吉には一般人の常識を学ばせ、ブリュンヒルデ達には、友人達を作らせ、念話のスキルを持てるかどうかの実験でもあった。

そして、最大の理由は、ミラとアリエルの存在であった。同じ柳生新陰流を習う二人がいれば、佐吉は問題を起こさないであろうとの、左近の悲痛とも言える願いであったのである。

入学式の会場で、左近達が入場してくると、誰もが立ち上がり、頭を下げる中で、左近は軽く手を振り、校長の案内で保護者席に向かうと、そこには何故か、マークが居たのであった。

「これは、メスト大司教……あれ?どうしてここに?」

「孤児院の子供達の親代わりですから、毎回入学式には来ているのですよ。それに、今年はバストレラの、カレンが入学しますので」

カレン……ああ、新吉が連れてきた、死にかけていた女の子か。

そう思いながらも、左近はマークの隣に座り、言ったのである。

「あの、死にかけていた女の子ですか。元気になって良かったですね」

「ええ、そうなんですが、少し困った事になっておりまして……」

「困った事?」

そう言って不思議そうな顔をする左近に、マークは苦笑いして答える。

「それが、陛下が助ける為に尽力された事を、何処かで聞いたのでしょうか、陛下の事を神様の使いだと言っておりまして……」

そのマークの言葉に、左近は照れ臭そうにしていると、アイリスは笑顔でマークに言ったのである。

「大司教様、これが神の使いならば、ろくでもない事しか起こりませんよ」

アイリスの言葉に、流石のマークも、どう答えて良いのか分からずに、思わず苦笑いしていると、左近は小声でマークに言ったのである。

「大司教、亜人連合が結成され、この東部連合を攻撃するために、隣国のベルトラン王国に侵攻を開始しました。南方大陸も、南部同盟を結成し、このシーゼル王国を狙って、軍を動かしております。

無論、我々も防衛し、反撃しますが、今回の従軍はどうされますか?」

まさかの左近の言葉に、マークだけでなく、アイリスやメアリーも驚いていると、マークは冷静に前を向きながら、左近に質問する。

「早く平和な時代になって欲しいですね。勿論、参加させて頂きますが、陛下も出陣されるので?」

「ええ、本来であれば、本部で楽をしておきたいのですが、今回は兵力が足りないので、ルタイ皇国の大名達が援軍に来ます。それを指揮するのは、私以外の者には難しいのでね……」

その言葉に、マークは地獄の様だった、越後上陸作戦の光景を思い出しながらも、答えたのである。

「あの、越後での地獄の様な光景は、二度と見たくは無いと思っておりましたが、これも神が私に与えた試練なのでしょう……是非とも参加させて頂きます」

まさかのマークの言葉に、メアリーが驚いた顔をしていると、左近は前を向きながら、マークに言ったのである。

「大司教ならば、そう言うと思っておりましたよ。人は、困難な時にこそ、その本性が出る……大司教の本性は、とても勇気のある、慈愛がある人の様ですね」

「いえ、私はそんな……」

そう言って謙遜するマークに、更に笑顔で語る。

「そうそう、大司教は地獄をとても恐れていますが、地獄も住めば良い所ですよ。改心した者にはね」

左近の言葉にマークは、まさかと言う顔で左近を見ると、左近は笑顔を向ける。

……なるほど、神は地獄に落ちた者にもチャンスを与える、慈悲深い御方でしたか。何だか神は、私の思った様な御方で、何処か心が楽になりました。

そう思いながらマークは、「そうですか」と言って、何処か優しい顔で、入学式の会場を見詰めていると、在校生達が立ち上がり、扉が開かれ、1つ上の子供達と手を繋いだ今年入学する子供達が、入場したのであった。

拍手で迎えられる子供達は、何処か緊張した顔で入場しており、それは、ブリュンヒルデ達も同じであったのだが、アリエルと手を繋いで入ってきた佐吉は、何故か手を振り、拍手に応えていたのであった。

あいつ、頭の中まで筋肉だから、緊張って言葉を知らねぇんだろうな。逆にアリエルの方が緊張しているのが面白い。

そう思う左近に、マークが話し掛ける。

「流石は、王子様ですね。堂々としてらっしゃる」

そのマークの言葉に、アイリスは何処か誇らしかったのか、嬉しそうな顔をしていたのだが、左近は呆れながら答えたのであった。

「大司教、あれは頭の中まで筋肉だから、緊張って言葉を知らないだけですよ」

まさかの左近の答えに、マークが驚いている中で、入学式はそのまま進んでいき、その日は平和に終わったのだが、翌週の4月11日月曜日に事件が起こった。

初めての授業が終わり、ブリュンヒルデ達とは別々のクラスになった佐吉に、同じクラスになったカレンが話しかけたのであった。

一般人の中で、貴族も居らず、どう接して良いのか、まるで腫れ物扱いを初日から受けていた佐吉に、カレンは笑顔で話し掛ける。

「確か、佐倉 佐吉君よね?」

「えっと……確か、カレンさん?女の子なのに大きいね」

笑顔で失礼な事を言った佐吉に、カレンは一瞬怒りを爆発させたのだが、一度心を落ち着けて言ったのである。

「……佐倉君。その言葉は、女の子には、本当に失礼な事よ。

それに私は、エンブルク人だし、11歳よ。大きいのは当たり前だし……それに、いっぱい勉強して、今度出来た飛び級制度で、この学校を数年間で卒業してやるんだから」

「それ、凄いね。家族の人達と、一緒に帰ろうって約束があるから、もう行って良いかな?

校門で待ち合わせしていて、遅れたらヒルデが煩いんだよ」

そう言って、カレンはめんどくさい奴だと本能で感じた佐吉は、そのまま荷物を鞄に入れて席を立ち上がり、教室を後にすると、カレンは慌てて追い掛けて、佐吉に話しかけたのであった。

「ちょ、ちょっと待ってよ。佐倉君って、国王陛下の御子様って本当?」

そのカレンの質問に、何だか不快感を感じた佐吉は、そのまま歩きながら答える。

「そうだよ。でも父ちゃんが、身分の事を言って近付く者には、注意しろって言ってた」

「違うのよ。私は、前に陛下に命を助けてもらって、そのお礼が言いたいのよ」

カレンの言葉に、何か思い出したのか、振り返って言ったのである。

「ああ!あの時、パトリック兄ちゃんが連れてきて、父ちゃんがキースをぶん殴って助けた!」

色々と引っ掛かるキーワードがあったのだが、カレンは頷いて答える。

「多分そう……多分って言うのは、あの時の私は、意識が無かったし……

それでね、佐倉君に聞きたいのは、陛下ってどんな人なのかって事。ほら、助けてくれた御方が、どんな人なのか知りたい訳なの」

そのカレンの質問に、佐吉は暫く考えて答えたのである。

「普段は、仕事が終わったら、毎日お酒を飲んで、たまに信綱の叔父さんが来て楽しそうにしているよ。でも、母ちゃん達には、毎日怒られていて、家の中じゃ、マメ以下だって言われている」

「マメ?」

「うん。王宮で飼っている、犬のマメ。小さくて成長しないけど、可愛いよ」

まさかの国王である左近が、飼い犬以下の扱いを受けてる事に、ショックを受けるカレンに、佐吉は楽しそうに語っていたのだが、思い出した様に言ったのである。

「そうだ、去年まで、父ちゃんの仕事をずっと見学していたんだけど、その時の父ちゃんは、カッコよかったなぁ。メチャクチャ怖い顔の人が相手でも、デーンと座って、言う事を聞かせていたし、戦場では化け物の様に強かったし」

「ちょ、ちょっと待って、佐倉君って、もう戦争に行った事があるの?」

「あるよ。ルタイ皇国の内戦でね。

そこで父ちゃんは、俺やクラウと遊んでくれたけど、死んだ人は、敵も味方も関係無く、敬意を持って接しなさいって怒られちゃった。因みに、ちぃ姉も同じ事で怒られて、ぶん殴られたらしいよ。

だから次は、妹の摩利か摩耶だと思っているんだけどね。藤次郎は既に、父ちゃんにぶん殴られたから、次はどうなるんだろう」

……何で、妹弟が怒られるのが、楽しそうなんだろう?

でも陛下って、大司教様と同じ様な事を言うんだ。流石は天使様よねぇ。

カレンがそんな事を考えて、感心している時であった、佐吉が何かに気が付き、脚を止めたのであった。

「何?」

驚き質問するカレンに、佐吉は黙る様に手を出して答える。

「……誰かが、泣いている声がする」

佐吉の言葉に、キョロキョロとするカレンであったのだが、泣き声は聞こえず、佐吉に言ったのである。

「聞こえないけど……」

「ううん、絶対に泣き声…この声……エイルだ!」

そう言った佐吉は、突然走り出し、校舎裏に向かって行き、カレンも慌てて追い掛けたのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「親も居ねえのに、何でこんな髪飾りを着けているんだよ!」

「そうだ!貧乏人は、貧乏人らしく、地面を這いつくばって生きろよ!」

「王宮なんかに住んで、生意気なんだよ!」

近付くと徐々に聞こえてくる、男の子の罵る声と、女の子の泣き声に、カレンが驚きながらも、校舎の陰に向かう佐吉についていくと、佐吉は曲がった所で怒りの形相になり叫んだのであった。

「おい!何やってるんだよ!」

その佐吉の目には、行き止まりの奥で、上級生の男の子に髪を引っ張られ泣いているエイルと、足元には、踏みつけられた、エイルの花の髪飾りがあったのである。

「何だよ、王子様じゃねぇか。文句あるわけ?お前もやっちゃうよ」

そう言って佐吉に凄む男の子であったのだが、今まで見てきた大人達に比べ、子供の脅しは、少しも怖いとは思えず、それどころか、ここで左近の血が出たのである。

睨み付けて、寄ってきた男の子に、佐吉はいつも左近に蹴っていた様にローキックを入れると、痛がってしゃがむ男の子の顔面に、頭突きを入れたのであった。

綺麗に鼻に入った佐吉の頭突きで、男の子の鼻から、パーンと赤い鼻血が飛び散ると、他の男の子達も佐吉に向かって殴りかかり、3対1の圧倒的不利な状況でも、佐吉は藤次郎を一度見捨てた負い目があるからか、決して諦める事は無く、殴り返す。

この大乱闘に、カレンはどうして良いのか分からずに、オロオロとしており、先生を呼ぼうと、校舎に向かって走り出したのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「姉様!一緒に帰りませんか?」

そう言って三階の校舎の廊下で、友達に囲まれて楽しく話すミラに向かって、アリエルが駆け寄って来ると、ミラは笑顔で答える。

「良いよ、空間転移で送って……って、それが狙いでしょう」

「バレました?」

そう言って苦笑いするアリエルに、ポーラ達が笑顔を向けていると、外で必死な顔で何かを探すカレンに気が付き、ミラが声をかけたのである。

「お~い!何かあったの?」

佐吉と同じ、ルタイ人の黒髪だからか、少し安心したカレンは、泣きそうな顔になりながらも、叫ぶ様に言ったのである。

「そ、それが、王子様が、イジメられていた女の子を助ける為に、喧嘩を始めちゃって……先生が何処に居るか分からないし……」

王子様と言うキーワードで、佐吉が頭に浮かぶミラに、呆れたポーラが言ったのである。

「何て言うか、早速やっちゃったか……」

「ゴメン、ちょっと行ってくる。ポーラ、アリエル、待ってて」

「ちょっと、ここ3階よ!」

そう言って止めるポーラの言葉よりも先に、ミラはそのまま飛び降りて、カレンの元に向かって行くと、ポーラは呆れた様に言ったのである。

「何だか、ミラが人間離れしてきたと思うのは、私だけかなぁ?」

「ポーラさん、私も同じ様に思います」

そう言ったアリエルの言葉に、まるで同意する様に誰もが頷いていると、思い出したかの様にポーラが言ったのである。

「んじゃ、先生を呼んでこようか。どうせ、あの死角になっている場所だろうし」

そう言ったポーラは、そのまま職員室に向かったのであった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

カレンの案内で向かうミラの耳に、誰かが喧嘩している声が聞こえる。だが、複数の男の子の声が聞こえており、嫌な予感をしながらも、案内された場所に到着すると、ミラの目の前には、奥に泣いている女の子と、顔を腫らせて倒れている男の子が二人おり、顔をパンパンに腫れさせた佐吉が、最後の男の子にガッチリとヘッドロックを極めていたのであった。

「何をやっているの!」

ミラの声に、佐吉はピタリとその動きを止めると、ミラの姿を見て、ヘッドロックを離した瞬間に、男の子の顔面に拳を入れて、不貞腐れた顔で言ったのである。

「ミラ姉……」

「ミラ姉じゃ無いわよ。何よこれ……って、君達も逃げようとしない!」

そう言って、このどさくさに逃げようとした男の子達の前に、ミラは刀を突き立てると、恐怖のあまり、泣き出す男の子を見ながら、佐吉に質問する。

「佐吉、何があったの?」

「コイツらが、エイルをイジメていたから、助けた」

「嘘だ!コイツがイジメていたんだ!」

「はあ?それは、お前達だろう!」

嘘ってすぐに分かるのに、何でこんな事を言うのよ。まぁここまでやっちゃったら、何も無かったでしたって出来ないし。

それにしても、佐吉め。女の子を助けるなんて、良い所があるじゃない。

そう思いながらも、ミラはそのまま教師が来るまで、誰も逃がさない様に、仁王立ちしていたのであった。