Arafoo Kenja no Isekai Seikatsu Nikki
Old man, I'm gonna build a field in an orphanage.
ソリステア大公爵家の屋敷にて、三人の人物が顔を合わせていた。
一人は老人で、家督を譲り渡し隠居したクレストン老。
もう一人は青年で、この公爵家の長兄でもあるツヴェイト。
最後の一人が厳格そうな中年男性であり、白いローブを着たこの公爵家の現頭首であるデルサシスである。
「で? お前は父上の客人と知らず戦いを挑み、事もあろうに我が一族の秘宝魔法を使い、呆気なく敗れたと言うのか?」
秘宝魔法とは魔導士の一族が決して表に出す事の無い、一族に伝わる秘伝の魔法である。
一般的にはオリジナル魔法と呼ばれ、一族が研究の粋を集めて生み出した奥義とも言える。
その魔法を簡単に世間に曝したばかりか、あっさりと無効化された事が問題であった。
「そ……それは、そうなんだが、あの男の強さは異常だった……」
「言い訳は良い。それも領内で使ったばかりか、その理由が惚れた女が靡かずに別の男と懇意になりそうだったからだと? こんな情けない噂が広がれば、我が公爵家の恥以外の何物でもないぞ!!」
「まぁ、相手がゼロス殿じゃからのぅ。儂も使ったが、彼の秘宝魔法であっさり敗れたわい」
「なっ?! 御爺様ほどの魔導士でもかよっ?!」
「俄に信じられませんな。何者なのですか? その男は……」
「詳しく教えておらんから知らんじゃろうが、儂の命の恩人でセレスティーナの家庭教師として雇った。かなりの手練れじゃぞ?」
「「!?」」
そしてクレストンの口から語られるゼロスとの出会い。
その内容に二人は次第に顔が変わり始める。
デルサシスは難解な政治問題に挑むような、ツヴェイトは自分の身の程を知り恐怖に怯える。二者二様であった。
「ぜひ我が国に重鎮として雇いたいですな」
「無理じゃな、政治なんかめんどくさいと言いおった。下手に付き纏えばどうなるか分からん」
「しかし、野放しは危険なのでは? それほどの才を持ちながら、国に仕えぬとは……」
「儂には魔導士らしいと思うぞ? 研究の為なら国にすら喧嘩を売るじゃろうよ」
「敵に回すには恐ろしい……。どれほどの秘宝魔法を所有しているか分からん」
「聞いた感じでは、国を滅ぼせる魔法を幾つも所有しておるな。研究結果を出したので使う気は無いようじゃが」
「充分脅威ですよ……。どうにか首輪を付けられぬものか…」
政治的に見れば、ゼロスは核弾頭を遊び感覚で持ち歩いている様な物だ。
そんな魔導士を気ままに歩きまわさせるほど、デルサシスは悠長な性格では無い。
「止めておけ。デルサシス……お主はこの国を滅ぼしたいのか? 気軽な感じで付き合えば良い。ティーナの様にな」
「しかし、それ程の魔導士なら国の魔法学にも貢献できましょうぞ? 何ゆえ父上は止めるのですか?」
「戦いに疲れた魔導士を権力闘争の中に放り込んでみよ。真っ先に連中を消滅させて、この国から消えるじゃろう。余計な犠牲を出す訳には行かぬ」
「父上たちの恩人でもありますからな……」
「うむ、逆に言えばオリジナル魔法以外は気軽に教えてくれる様じゃぞ? ティーナは彼の弟子に正式になりたがってのぅ、必死に魔法学を学んでおる」
「あの子は魔法が使えなかったのでは?」
「既に使えるようになっておるよ、ゼロス殿のお陰でのぅ。さすが大賢者じゃて……」
「「ハアッ?!」」
セレスティーナが魔法を使えるようになった事にも驚いたが、大賢者と云う言葉が出てきた事に驚愕する。
そもそも大賢者は邪神戦争の折に数人いたとされ、その魔導の叡智を持って勇者達を導いたとされている。だが、邪神を封じる際に全員が死亡し、その知識は受け継がれる事無く歴史の闇に消え去った。
それ以降、大賢者と云う職業に就いたものは誰一人して居なく、幻の職業(ジョブ)とまで言われていた。
「ち、父上…… それは真実でしょうか?」
「うむ、レベルが既に1000を超えておる。下手な勇者よりも強いのではないか?」
「マジかよ……そんな化けもんに喧嘩を売ったのか? 俺……」
「他言無用じゃ。陛下にもな……」
「「言える訳がない」」
賢者クラスの魔導士の存在は、多くの魔導士が教えを請い願いたいほどの超VIPである。
そんな賢者を遥かに超す大賢者は、最早神と言っても良い。
だが、そんな恐れ多い存在に喧嘩を吹っかけた馬鹿がここに居た。
「下手したら、我が家系が消える事になってたな」
「ヤバい……知らなかったとは言え、とんでもねぇ相手に……」
「静かに暮らしたいそうじゃから、土地を与えればよいじゃろう。そういう約束じゃしな」
「その程度で宜しければ直ちに……」
「うむ、別邸の森の一部と、孤児院を含め彼に与えるのじゃ」
「お、御爺様?! なぜに孤児院が……」
ルーセリスにホの字であるツヴェイトとしては、気が気では無い一言であった。
「何でも、一般の作業に適した魔法を考えたから、孤児の子供達に教えたいそうじゃぞ? 農業魔法とか言うらしい」
「なんですか、それは? ……魔法とは攻撃か戦闘補佐が主流では無いのですか?」
「セレスティーナに魔法の新しい可能性を示すと申してたぞ? 実に良い教師じゃな」
「魔導士団の連中に聞かせてやりたいセリフですな。それで、あの子の才は伸びそうですかな?」
「うむ、ここ数日で驚くべき成長をしておる。やはり学院程度では、才能を育てるのは無理があるじゃろうよ」
「個人の才能を優先しますからね。魔法が発動しなければ直ぐに落とされますから」
「うむ、だからこそ、ゼロス殿が改良した教本が重要になる。儂も覚えてみたのじゃが、中々使い勝手が良いぞ?」
「そこまでですか。是非とも我が国の魔導士教育の為に広げたい所ですな。彼には了承は?」
「既に取っておる。これで無能な連中を追い落とせるのぅ……。何しろ、前の教本よりは遥かに優れておるからな」
老体と現頭首はイストール魔法学院の卒業生でもある。
どちらも主席卒業でありながらも、現在の学院その物の在り方に疑問も持っていた。
「どうでも良いが…お主、あの子に対して冷たくは無いか?」
「妻二人の手前、あの子を可愛がる事が出来ないんですよ。あの子の母親は、妻たちよりも魅力があり過ぎましたからな……ハァ…」
「女の嫉妬は怖いか……その内に刺されるのではないか? いい加減に浮気は止めよ」
「何度も刺されてますよ・・・ですが、やめられませんな」
「相変わらずじゃな……」
セレスティーナはこの公爵家では冷遇されていた。
しかし、少なくとも父親の方は娘に対しては愛情がある様である。
決して表だって可愛がる事が出来ない程に、彼は女性遍歴が凄すぎたのだ。
「まぁ、学院の改革はおいおい始めるとして……問題は……」
「うむ、ツヴェイトじゃな」
「うっ?! 忘れていてくれれば良かったものを……」
「忘れる訳が無かろうっ!! 『領主としての仕事を体験して、自分の器を鍛え広げたい』など申しておきながら、実は一人の娘を手に入れるために権力を利用するなど言語道断! 恥を知れ!!」
「お、親父も、至る所で愛人を囲ってるじゃねぇか!!」
「私は、仕事と火遊びはしっかり両立しておるわっ!! 権力にモノを言わせた事なぞ一度も無い!!」
デルサシスは女性関係の遊びが凄まじく派手である。
しかし、仕事とプライベートは完全に分別しており、女性に手を出す時もお忍びで正体を隠すほどだ。
関係を持った女性に対してのアフターサービスも万全で、生活が困窮するような事にはならない様に援助をするなどの配慮も見せている。
ついでに、領主としての仕事の傍らで貿易業も営んでおり、税金に手を出した事は一度も無かった。
デルサシスはデキる漢なのである。
「親父がそんなんだから、俺が焦るんじゃねぇか!! いつ手を出してもおかしくねぇからよっ!!」
「私の所為だとでもいうのかっ!! 自分の男としての器の小ささを自覚しろ、女は惚れさせてこそ男の貫目も上がると云うものだろうが!!
小手先の力ばかりで体裁を取り繕った所で、良い女はそれを見抜くと分からんのか! この馬鹿者がっ!!」
「俺は学院で、しばらくこの地にはいないんだよっ!! その間に親父に目を付けられたら、最悪じゃねぇか!!」
「ならば、お前の魅力とはその程度なのだろ? 真に惚れられているなら、そもそも他の男の事になぞに目もくれん。
仮にそうなったとして、直ぐに裏切るような女なぞ大した事ではあるまい?」
「言いやがったな、糞親父!!」
「言ったがどうした? どの道お前は権力を頼り完全に毛嫌いされたのだろうが!! いい加減に諦めろ、女々しいにも程がある!!」
百戦錬磨のプレイボーイである父親が相手では、ツヴェイトでは分が悪すぎた。
そもそもデルサシスは他人の女を寝取った事は一度も無い。
あったとしても未亡人や訳アリ女性が殆どで、その女性達にも真摯に向き合うほどマメなのだ。
明らかに器が違い過ぎる。
「儂は妻一筋じゃったから判らんが、何がこやつ等をそこまでさせるのじゃ?」
クレストンの爺さんに至っては純愛一直線であり、死んだ妻以外に女性と関係を持った事は無い。
娼婦程度なら若い頃に幾度かあったが、その日限りの気まぐれで通い詰めた事すらない。
それだけにこの二人の罵り合いに首を傾げ、収拾がつかなくなったと知ると溜息を吐く。
領主邸のリビングで、親子の壮絶な罵り合いが続いている。
やがてそれは、拳で語る殴り合いに発展するのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼロスとセレスティーナは護衛の騎士二人と共に、再び孤児院に来ていた。
「あの……ゼロスさん? 今日はどのような……」
「魔法の実験ですよ? この孤児院の裏手は教会なだけに広いですからね。畑でも作って子供達に世話をさせれば良いのではと思いまして」
「畑……ですか? 私も一度そう思った事はありますが、小石や地面が固すぎて子供達には無理ですよ」
「だからこその魔法です。魔法は何も戦いだけの物ではありません。きちんと練習すれば、幅広い分野に利用できるんですよ」
ルーセリスは首を傾げる。
神官達にとって魔法は人を傷つける悪しき行いと思っている。
彼等が使う神聖魔法こそが真の神の奇跡と信じ、魔導士達に関してはあまり良い目は向けていないのだ。
だが、ここでゼロスは爆弾を落とす。
「あなた方が使う治療魔法も、魔導士達が使う攻撃魔法と分野としては同じですよ? 要は使い方を誤らねば良いだけの話です」
「えっ?! 私達の魔法は神聖魔法で、神の奇跡の筈では?」
「違います。魔法を覚えるときにスクロールを使うのですよね? アレは古い形の魔導書と同じ原理なのですよ。つまりは神聖魔法も魔法と同じ分類になる事を意味します」
「では、神官も魔導士という事になるのですか?」
「そうです。一般の魔導士が攻撃型なら、神官は防衛特化後方支援型という事になりますね」
神官の魔法は神の奇跡により賜った物と言われて来た。
その神聖魔法のスクロールを与えられる事は、神官にとっての位が上がった事を示す。
しかし、ゼロスが魔導士の魔法と同じものだと言う事実は、神官達にとっては看過できない暴言である。
「し、信じられません……そんな事…」
「僕もヒールは全種類使えますよ? 毒も癒せるしアンデットも浄化も出来ます。光属性魔法と分類していますけどね」
「凄い…最高司祭の方達でも、そこまでは・・・・・」
「効率重視で魔力消費を抑え、体細胞を活性化させる仕様になってます。基礎を改良すると、後の魔法改造も楽ですからね」
魔導士の光魔法と神官の神聖魔法は同一の物で、同じ系統に属する。
問題は攻撃か治療に分裂し、方や破壊に、方や神の奇跡として分かれていた。
本来ならこの様な事はありえないのだが、邪神戦争の折の混乱期時に於いて様々な文献が消滅、魔法に関しても盗賊紛いに荒らされ散逸した物が現在広がった魔法である。
魔法文字で構成されている以上は性質は異なれど同じ魔法、しかし復興時から長い時間をかけて再構築された文化的常識は、直ぐに正す事の出来ない状況になった。
光魔法の片方は宗教と併合され神聖な物になり、中途半端に残された光属性魔法は、研究の末に攻撃特化と化したのである。
「まぁ、今の時代に余計な波風は立てたくありませんからね。異端審問なんて鬱陶しいですし」
「先生……下手をすれば、世界が動乱になりますよ?」
「今の現状に満足し、何も知らずにいれば楽なのですが、魔導士は好奇心の塊みたいな連中ですからね。真実を知ったら真っ先に研究を始めますよ」
「神官の方達が魔導士……神の奇跡じゃない……」
「真実なんて、その程度ですよ? だからと言って現実が変わる訳ではありませんし」
状況によっては大きく変わる。
とくに宗教国家では死活問題であり、自国の優位性が失われかねない。
それとて時間の問題なだけではあるが、早いか遅いかの違いで混乱の規模は大きく変わるだろう。
「そんな事より、さっさと畑を作りましょう。働かざる者、食うべからずですからね?」
「かなり重要な話なのでは? 宗教国家の存在意義が失われますよ、先生……」
「神が何でもしてくれると思ったら大間違い。基本的に傍観者で、何をしてくれるわけでもありませんよ?
奇跡的に見えても、どんなに確率が低くとも、可能性がそこに在る限り起こり得る現象は起こるのです。それを奇跡と呼び崇めるものだから面倒なのですがね」
「ゼロスさんは神が御嫌いなのですか?」
「嫌いです。そのいい加減な神の不始末で、実際に殺されかけましたからね。しかも邪神に……」
「「・・・・・・・・・・・」」
二人の思考が停止した。
「「じょ、冗談……ですよね?」」
「さぁ、どうでしょう? 信じるか信じないかは、アナタ方次第です♪」
嘘は言ってない。
それどころか、邪神の呪詛によって実際に死んでいる。
その邪神を産業廃棄物の如く異世界の、しかもゲーム内の世界に封印したのがこの世界の神々なのだ。
例えこの世界に転生させられたとしても、理不尽に殺された事には変わり無い。
故に神は敵だった。
教会の裏手に来ると、そこは無造作に雑草が生い茂る開けた空間であった。
元は墓地にする予定であったが、街の景観を損ねると言う理由から頓挫し、その儘の形で残っている。
この空いた土地を利用しようかと幾度と無く話し合ったが、結局の所は妙案が浮かばずに放置される事となった。
また、新市街が作られてからは次第に忘れ去られ、孤児院となった現在にまで至る。
「おっちゃん、今日は何するんだ?」
「お土産は?」
「あの女の子、おっちゃん彼女?」
「肉くれ、にくぅ~~」
子供達は元気が良すぎる。
「今日は、ここに畑を作ろうと思いましてね。君達は邪魔にならないように、後ろで見ていてください」
「うん、わかった」
「土産は無いのか、ケチだなおっちゃん」
「にくぅ~・・・・・・・」
「おっちゃんも、シスター狙ってる?」
そして失礼でもあった。
まぁ、子供なんて何処の世界でも似たようなものだろう。
「では……『ガイア・コントロール』」
ゼロスが地面に手を当て魔法を行使すると、草が生い茂る地面は生き物のように動きだし、雑草や小石などを満遍なく分別して広い農地が出来上がる。
更にそこに畝を作る事で、直ぐにでも種や苗を植える事が可能な状態に変わって行った。
「す、凄い……これが可能性…。人を幸せに出来る魔法……」
「嘘、あの草叢がこんなに早く開拓されるなんて……」
魔法を知る二人でさえ、目の前で起きた事が本当に魔法の様に感じられた。
治癒魔法や攻撃魔法と云った物とは異なる開拓に特化した魔法であった。
「そんで、この畑の周りに壁を……『ストーンウォール』」
今作り上げた畑の周囲を低い壁で囲い、外敵の侵入を防ぐ。
だが、この畑は空からの外敵には弱いだろう。
「おっちゃん、すげぇ~~~っ!!」
「やるな、おっちゃん」
「シスターにいいとこ見せてんの? スケベだな、おっちゃん」
「肉が・・・・・にくぅ~~~~~っ!!」
畑が出来上がった事に対し驚く子もいるが、別の事を考えるマイペースな子供もいる。
「これで野菜が自給自足できますし、端の方で薬草なども育てれば臨時収入にもなります。どうですか?」
「凄いとしか言いようがありません。ですが、ここまでの事をしてくださったのに、何のお礼も……」
「言ったでは無いですか。これは実験だと、気にする必要はありませんよ?」
「はぁ~~っ…。 聖人というのはきっと、ゼロスさんみたいな方を言うのですねぇ~」
何やら熱い視線を向けるルーセリス。
ゼロスは気づいていなかった。彼女が自分に対して好意を向け始めている事など……。
長い独身生活は彼をそこまで鈍感にさせていた。
「本当に凄いですね。この魔法の魔力はどれほど使うのでしょう?」
「だいたい、50くらいですね。ほとんどが自然界の魔力を使いましたから、負担はそれ程でもありません」
「威力が大きければ、必要とされる魔力量も多い筈なのに……かなり負担が少ないのですね」
「自身の魔力は、自然魔力を引き寄せる程度に使うのが効率が良いんですよ。で無ければ直ぐに魔力枯渇で倒れる事になりますので」
「この魔法なら、普通の生活を送る方々も使えますね? 農作業が随分と樂になる筈です」
「使い方を誤れば、戦場での陣地構築にも使われますけどね。建築現場でも活躍しそうですが……」
便利な魔法も善し悪しである。
確かに農作業や工事現場で幅広く活用は出来るが、戦場では陣営の構築や罠を作るために用いられ、使い幅が広いだけに厄介な魔法でもある。
「限定仕様にしても良いのですが、そうなると必要となる魔力が増えますし、更に使用できる魔導士が限られてしまいます。ついでに限定するにしても魔法式が増え、その分の負荷が掛かるために、個人の魔力量が多くないと発動すらしなくなる。
難しい問題ですね。なるべく戦場で使わせたくは無いのですが、魔力制御が高いと制御魔法式すら意味はなさなくなりますし……そこが欠点ですよ」
「確かにそうですね。ですが、結局使うのは人ですし、どんな魔法でも使い手次第なのでは?」
「そうなのですが、これは拘りと言うものですよ。戦争に関する所では使って欲しくは無い」
便利な魔法も使い手によっては危険な物に変わる。
地面を操る魔法は戦闘には向かない仕様にはなっているのだが、敵の足止め程度には使えるのだ。
セレスティーナの言う通り、使い手次第なのであろう。
「これでも満足いかないのですか? かなり便利な魔法に思えるのですが……」
「その便利さが欠点になっている。用途が限定的でも数を揃えたら脅威ですよ?」
「数……ですか?」
「考えてみてください。前方から押し寄せる騎馬軍団に対し、百人でこの魔法を使用したらどうなると思います? 地面に敵を沈めるのが容易に可能なのです。
更に言えば、攻撃魔法と異なり制御が簡単ですから、敵の動きにも充分に対処が出来る」
「人は殺さないけど、動きは封じれるという事ですか?」
「便利過ぎるために農民が戦場に徴兵されますね。そうした馬鹿は幾らでも居るから始末に悪い……特に野心ある権力者がそうです」
畑を効率良く耕す魔法。しかし、その使い勝手の良さが農民達を戦場に駆り立ててしまう事になる。
便利であるゆえに権力者達の道具にされかねないのだ。
それが容易に想像できるだけに、ルーセリスはゼロスが先の事まで見据えた深い事を考えている事実に驚きを隠せないでいた。
同時に彼女はゼロスに対して、胸の高鳴りを覚えるのである。
実際はゼロスが『自分が戦争するなら、こうするよ?』という例を挙げただけなのだが。
「まぁ、そこはクレストンさんと相談しましょう。僕一人が考えた所で良い答えは出ませんからね」
「民が犠牲になるのは防がねばなりませんしね」
「やはり、欲に溺れた方は愚かなのですね……」
「人は皆、愚かですよ? 完璧な存在は、最早人ではありません。人形と同義です」
神と言う存在がいるなら、それはその叡智ゆえに物事を超越的に俯瞰し、全てを知るが故に無関心で同時に無慈悲。
有能過ぎるゆえに何もせず、同様に何かを行うと言う行為を取らない。
結果を全て知り、その先を知るがために未来すら見通してしまい、それでも何もせずにただ存在を続ける。
意志は希薄で叡智のみで動き、ただ世界を観測するだけの存在。
絶望しているようにも思えるが、同時に恐ろしく自分勝手に生きているひきこもりと言える存在である。と、ゼロス自身は思っていた。
それ以前に、40代にもなって良い出会いが一つも無かった彼の人生は、神の存在を恨むのに充分すぎた。
ただのやっかみと被害妄想とも言うが……。
「そ、そんなの……神ではありません!」
「そうかな? 生きとし生ける者に対して何もせず見ているという事は、生命に対して無関心な訳でしょ?
それは同時に、自由に生きても良いと言っている様にも取れますし、無関心と慈悲が同時に存在していると思いますね。意味合いとしての事ではだけど」
「ですが……この世界の女神達は……」
「そう、感情を持っている。つまりは神では無く、それに限りなく近い精霊みたいなものなのでしょう。
もしくは、神に管理を押し付けられただけの代行者。僕はそう見ています」
「先生、そんな事を神官の前で言っても良いのですか? 神への冒涜では無いですかぁ~」
「得てして、超越者と言うのは最終的にそうなります。精霊王がいる以上、神の代行者を女神と呼んでも不思議ではないでしょう? 誰も真実など知らないのですから」
それ故にゼロスは神を信じない。
四神教の信奉する女神すら、神と思っていないのだ。
現に女神は邪神一柱に苦戦した。つまりは全知全能と云う訳では無い。
むしろ邪神の方が神に近いのではとすら思っている。
「魔導士らしい不敬な考え方ですね。神をも恐れぬ大罪です」
「人間の全てが不敬だと思いますよ。神の名の下にどれだけ同族を殺して来たんでしょう。神がそれを望んだとは思えませんから、結局は人の業です」
「ですが、時折神託が巫女様に降りると言う話ですが?」
「巫女が四神の神託を受けたとしても、巫女の口から語れる言葉と、その言葉を捉える周りの人の考えは異なるでしょう?
その結果悲劇が起きたら、それは誰の罪なのでしょうね?」
歴史の中には四神教の神託により、多くの血が流れたことは事実である。
その神託が果たして正しいのか、もしくは女神達の意向に沿うものだったかは分かってはいない。
今となっては、犠牲となった被害の数しか記録に残っていなかった。
「所で、畑には何を植えるのですか? かなり広いですし、出来れば複数の野菜や薬草を植える事を進めますけど?」
「えっ? そ、そうですね……野菜は勿論ですが、薬草の収入は魅力です」
「問題は肥料ですが、森から落ち葉を集めて腐葉土を作りましょう。残飯も肥料になりますし、出来れば鳥小屋を作って卵も確保してみたらどうでしょう?」
「私一人では無理ですよ」
「子供達に世話をさせるんです。今の内に働くことの大切さを教えておかないと、成人したらいきなり社会に放り出す事になります」
「教育と食料自給を促すのですね? 流石先生、素晴らしいお考えです♡」
「そんな大した物では無いですよ? 単に、人に食料を恵んで貰うのが当たり前な所がムカつくだけです」
子供相手に狭い了見での事だった。
色々ガッカリ感が漂う。
「おっちゃん、けち臭いぞ?」
「貧乏性? 貧乏性なんだね、おっちゃん」
「いいじゃん。ケチケチすんなよ、いい大人なんだからさぁ~」
「肉、肉が食いたいんだよぉ~~~~!」
「・・・・・・・・これだよ。人に甘えたら、その分の成果を出すのが当たり前。苦労は買ってでもしろと言いたい」
「すみません!! 本当にすみません!! 私が至らないばかりに・・・・・・」
勢い良く頭を下げるルーセレス。
そんな大人の苦労を知らない子供達は言いたい放題であった。
「種はあるのですか? 一応畑を作ると聞いていたので、御屋敷から種を持ってきたのですが……」
「セレスティーナ様!? すみません!! 本当に申し訳ありません!!」
「何の種ですか? こう見えて農業は得意なので気になりますね」
「えぇ~と、【モッサリタマネギ】と【バビロントマト】、【トビゲリダイコン】【マッスルポパイ】ですね」
「どんな野菜ですか……? 僕は深緑地帯で拾った【マンドラゴラ】の種と、【癒し草】の種ですね」
「ま、マンドラゴラっ!? そんな高価な種、頂けません!!」
「いえ、元はタダですし、まだありますから」
マンドラゴラは高値で売れる高級な薬草で、漢方などにも使われる。
魔法薬の代表的な素材で、その需要もかなり高いが常に品薄状態にある。
一つの苗で大量に種が取れ繁殖するのだが、魔物の餌になる為に中々取れない希少な薬草でもあった。
引き抜くと断末魔の叫びを上げ、その声を聴くと即死すると言われているが、実際は叫び声を聞いた所で死ぬ事は無い。
ただ、凄い罪悪感を感じるだけだった。
しかも森では大量繁殖する為、基本的には雑草と同じであり、食量とする魔物が居なければ森を埋め尽くすほど生命力が強かった。
一攫千金には持って来いの植物なのである。
「さて、では君達にはこの種を植え、野菜や薬草を育てて貰います。君達の生活が掛かっていますから頑張って育ててくださいね?」
「えぇ~~~~っ? めんどぉ~~~~い」
「物乞いした方が、良いもん食えるよな?」
「楽して儲けるスタイル?」
「にくぅ~~~~~っ!!」
子供達には不評だった。
そんな子供達にゼロスはにっこり微笑むと、傍にあった岩を素手で粉々に粉砕する。
「ハハハ、いくら温厚なおじちゃんでも、最後には怒るかも知れないよ? 命を懸けて言いなさい」
「「「「Yes,My,Lord!! あなたは王様!!」」」」
子供達は変わり身も早かった。
怒らせては為らない相手だと即座に理解したようである
どうでも良いが、どこからこんな言葉を覚えて来るのだろうか?
「・・・・・・私は・・・・子供達の教育を間違えたのでしょうか?」
「いえ・・・・あの子達は結構、したたかに生きていると思います」
さめざめと泣くルーセリスと、それを宥めるセリスティーナ。
この日、二人は歳の違いを超えた友情が芽生えたのである。
その後ゼロスが陣頭指揮を執り、畑に種が植えられた。
それが今後の孤児院経営につながる改革に為ろうなとは、神ではない彼には分からない事であった。
何にしても、この孤児院はゼロスの影響を受け、次第に変革して行く事になる。
孤児院での薬草栽培が主流になるほどに……。