そしてついに、遠征部隊出発の日がやって来た。

僕たちはいま、総督府の城内、演説用のバルコニーが見える広場に集められていた。

集まった冒険者たちは総勢千人。メンバーには迷宮聖騎士団を始め、迷宮出版、タウロマゾネス、迷宮美食倶楽部、迷宮探索相互支援冒険者協会など、有名クランの面々が勢揃いしている。

そんな彼らを、フリーの冒険者たちは気になって仕方がないという風にちらちらと眺めていた。

ここに集まったフリーの冒険者のほとんどは、金銭的報酬よりも彼ら有名クランの目に留まることが目的だろうし、彼ら有名クランもまた目ぼしい冒険者がいないか品定めに来ているのだろう。

僕は、そんなどこか浮ついた気分の彼らを見て、微かな不安に駆られた。

彼らはわかっているのだろうか……。クリス殿下が通常ならば迷宮聖騎士団単体で十分踏破可能な十二支迷宮攻略に、これほどまでの過剰戦力を集めた理由が。

あるいは、これほど集まったのだからもう大丈夫と高を括っているのだろうか……。

「ケイン? どうした? 眉間にしわが寄ってるけど」

レリアーナの心配そうな声にハッと我に返った。

「いや、大丈夫、なんでもない……ああ、それより、ほらクリス殿下のお出ましだ」

僕が指をさしたその先には、一房だけ虹色という特徴的な髪を持った貴公子の姿があった。

「諸君、本日は私の呼びかけに集まってくれたこと、感謝する。知っているものも多いと思うが、私はクリス=マルクティア。この迷宮都市の統治を任されているものだ」

バルコニーに出てきたクリス殿下は、ゆっくりと集まった冒険者たちを見渡した後、まずはそう感謝を述べた。

「諸君らにこうして集まってもらったのは、他でもない十二支迷宮の異変を解決するためである」

そしてクリス殿下は一連の異変について説明を始めた。

十二支迷宮にて、本来その迷宮で命を落とすはずのない実力者たちが次々に未帰還者となったこと。

当初は二枚舌を疑い捜査をしたところ、原因が十二支迷宮ボスの異常強化であることが判明したこと。

この場にいるほどの者たちともなれば、どれも既知の情報であったが、誰も話を遮ったりはしなかった。

「迷宮聖騎士団による調査により、この異変はボスを一度倒せばその迷宮は元の状態に戻ることが判明している。この遠征部隊は、各迷宮に精鋭たちを送り、一気に問題を解決せんと結成されたものだ。……諸君らの中には、こう思ったものもいるだろう。ボスが強化された程度なら十二支迷宮は関わらず封鎖でもしておけばいいと」

クリス殿下の言葉に、何名かの冒険者が頷くのが見えた。それを見たクリス殿下は、より一層声を張り上げ、きつ然とした様子で言った。

「あえて言おう。それは大きな誤りである! 我々総督府は、今回の異常に当たって過去の文献をくまなく調べた。その詳細についてはここでは割愛させてもらうが、結果を簡潔に伝えるならば……これは迷宮氾濫の前兆である」

ざわり、と一瞬場が騒然となった。やはり、という声がどこからともなく上がってくる。

告知のこともあり、この場にいるものたちは多くがそれを予想していただろうが、こうしてはっきりと言われると、思いのほか衝撃があったのだろう。

「過去の文献によれば、質の悪いことに全十二支迷宮は連動しており、周辺の迷宮を次々と巻き込んで反乱を起こすことが判明している。その規模は、通常の迷宮氾濫の数十倍となるだろうことが予測されている。さながら……迷宮大氾濫といったところか」

クリス殿下の悲観的な……いや現実的な予測に、場が重々しい沈黙に包まれた。

中規模迷宮クラス単体であっても少なくない被害が出る迷宮氾濫……。

この場に集まるほどの実力者ともなれば、迷宮都市で活動して長く、それだけに多くの守るべきものが生まれていることだろう。

この迷宮大氾濫がおこれば、それらがすべて津波のごとく流される……そんなイメージが頭に過ったに違いない。

僕も、同じだ。都市の城壁が破られれば、迷宮都市も……エリーゼの宿も避難してきているだろう僕の故郷の人々だってすべてがモンスターの濁流にのみ込まれてしまうだろう。

そして、僕はそのすべてを救うことはできない……。

空気が、絶望に重くなったように感じられた。集まった冒険者たちの頭が、稲穂のように項垂れていく。

「――――顔を上げろ! 戦士が俯くな!!!」

不意にクリス殿下の怒号のような声が響き渡った。

冒険者たちがハッと顔を上げた。

「我々は迷宮都市でも選りすぐりの精鋭である! 迷宮都市最強とは、つまり世界最強である! 例え世界が絶望しても我々が絶望することだけは許されない! いいか! 勇者は、俯かない!」

血を吐くようなクリス殿下の喝は、冒険者たちに水の如く染み渡っていった。僕の目の前に立つ冒険者の手が、グッと硬く握りしめられるのが見えた。そして、それは僕も同じだった。気付けば、僕の手も硬く握りしめられていた。

「先に言った通り、ボスを倒した迷宮は常の状態に戻ることが確認されている。これは、大氾濫の連動からも外れるとみるべきだ! これから我々は電撃的に十二支迷宮を攻略していく。それがこの都市を守る唯一の手段だ!」

クリス殿下の言葉は、多分に作為的だった。

十二支迷宮のボスを倒したところで、十二支迷宮が大氾濫の連動から外れる保証はなく、それがこの都市を守ることにつながるというのも誘導的だ。

はっきり言って、これは博打の類だろう。

少しでも頭の回る奴なら、当然気づいているはずだ。

だが、それでも、クリス殿下は正しい。

なぜなら、このまま無為に過ごしたところで状況は決して良くはならないのだから。

守りに入っても詰みが決定しているならば、玉砕覚悟でも現状を打破していく必要があるのだ。

そして、攻略知識のある僕には、この方法こそが解決への唯一の道であることもわかっていた。

その後、クリス殿下による激励の言葉が二三掛けられ、具体的な作戦内容へと話は移った。

現在異変の判明している迷宮は鼠から狼までの十一迷宮。うち鷲の迷宮は聖騎士団により踏破済み。

大氾濫が十二番目……猪の迷宮が強化された瞬間起こると推測するならもはや一刻の猶予もないだろう。一応、最後の猪の迷宮は迷宮聖騎士団によって厳重に封鎖が行われているが、果たしてそれがどれほど意味があるか……。

よって、ここに集まった冒険者を五つの集団に分け、それぞれ一日一迷宮、計二日掛けてすべての十二支迷宮を攻略していくことになった。

ちょうど(というか、まずわざとだろうが)大手クランの数が5つなので、それぞれのクランが総勢200名づつ率いていく形となる。

仮にも中規模迷宮を一日で踏破していくというのは、超突貫のスケジュールだが、これまで培われた固定化迷宮に対するマニュアルがそれを可能にしてくれるだろう。強化されたのはあくまでボスだけであり、構造も雑魚の強さも変わっていないのだから。

ちなみに、それぞれのクランの人数は50から100名程度なので、自分たちよりも多いフリーの冒険者たちをどう指揮していくか、クランの手腕が問われるところだ。

僕は、初日にタウロマゾネスと竜、翌日に迷宮聖騎士団と蛇の迷宮を攻略することになった。

それぞれ違うクランと攻略するのは……まぁスカウトのチャンスを多くするためだろう。大手クラン内で何らかの会合が行われたに違いない。

余談だが、蛇の迷宮に指定された冒険者は、大手クランの面々から少しの注目を受けた。

現在は蛇の月であり、ただでさえ強化されている蛇の迷宮がさらに強化されていることが予想できるからだ。

そこを任されたということは、フリーの冒険者たちの中でもより力あるものと、採用担当である迷宮聖騎士団が判断したということで、他のクランが目を光らせるのも無理はないだろう。

……この大氾濫が終わったら面倒くさいことになりそうだな、と僕は少しうんざりした。

そして、僕たちはそれぞれ迷宮へと出発したのだった。

程なくして『厄災の 魔竜の 寝所』へと着いた僕らは、野営の準備を終えると作戦会議へと移ることとなった。

とは言っても、攻略のチャートはしっかりと大手クランであるタウロマゾネスが考えてきてくれている為、僕らフリーの冒険者はそれに従うのみである。

「注目! これより『厄災の 魔竜の 寝所』攻略の手順について説明する!」

臨時に建設されたお立ち台の上に上がったのは、褐色の肌と髪を持った二十代半ばほどの女性だった。

とりわけ目を引くのはその牛のように大きなおっぱいで、格好は毛皮で出来た胸当てと腰布という露出度の高いものだった。

わざわざ注目! などと言わなくとも、その眼福な格好に僕をはじめとした男性陣はすでにガン見である。

彼女の傍に立つ女性たちも皆同様の特徴を持っており、これが彼女たちの部族……タウロマゾネスの特徴だった。

タウロマゾネスは、マゾー川という世界最大の河川の付近に住まう少数民族で、女性が戦いの場に出て、男性が家内を守るという特殊な風俗を持っている。

彼女らを初めてみた男たちが、牛(タウロス)のような乳(マゾネス)を持つ者たちと呼んだことで、世間的にタウロマゾネスの存在が周知され、そのうち彼女たちも自分たちのことをタウロマゾネスと自称するようになった。

これは、タウロマゾネスの女性たちがおっぱいが大きいほど偉いという慣習を持っていたため、牛のような乳という名前を好意的に受け止めたためだろうと言われている。

クラン、タウロマゾネスはその名の通りタウロマゾネスが中核となって作ったクランで、入隊条件は基本的に――少数だが男の冒険者もいるらしいが――女性に限り、強さだけでなくおっぱいの大きさも重要視されるという……とにかく異色のクランだった。

そのせいか、この場に集まった冒険者たちも女性の冒険者が多く、本来少数派のはずの女性冒険者がこの場では多数派という男にとっては天国……もとい肩身の狭い空間となっていた。

「『厄災の 魔竜の 寝所』に辺り、部隊をさらに二つに分ける! まずはボスとの闘いに臨む決戦部隊、そして決戦部隊を消耗なくボスの間まで送り届ける援護部隊の二つだ! 決戦部隊には、勝手ながら我々タウロマゾネスの精鋭たちを選抜させてもらった!」

意訳すると、アタシ達がボスを倒すから、お前は露払いだけしてろ! となるのだが、この場に集まった冒険者たちから異論が上がることはなかった。

それは、なんだかんだ言って大手クランからも犠牲者が上がっているという強化された十二支迷宮ボスに対し一般の冒険者がしり込みしていたこともあったからだった。

最も危険なボスを引き受けてくれるのならどうぞどうぞ、という感じだったのである。

その後さらに決戦部隊と援護部隊の細かな割り振りが説明された後、僕らは『厄災の 魔竜の 寝所』へと突入することとなった。

迷宮内部は火山型のフィールドとなっており、僕らは広い山道を隊列を保ったまま山頂を目指して進んでいく。空を見上げてみれば、紫色の不気味な色をした空が広がっていて、翼竜たちの小さな影がチラホラと見受けられた。

……迷宮に入るたび、僕はまるで異世界に迷い込んだような錯覚を抱く。偽りの空、偽りの地面、偽りの生態系。迷宮の中には、一つの世界が内包されている。特に、ここのような一層式の広大なフィールド型の迷宮はよりそれを感じる。

「ちぇ! アタシたちはボスと戦えないのか」

散発的に上空から襲い掛かってくるワイバーンや、恐竜のような地竜を退けながら進む途中、不意にレリアーナがつまらなそうにそう言った。

多くのフリーの冒険者がしり込みしている中、彼女は逆にボスと戦えないことが不満だったらしい。

実にレリアーナらしいと苦笑していると不意に笑い声が響いた。

「アッハッハッハ! 威勢が良いのもいるじゃあないか! どいつもこいつも腰抜けばかりかと思ってたよ」

「むん?」

声の方を向くとそこには一人のタウロマゾネスが立っていた。

2mを超える大柄な肉体と、タウロマゾネスの中でもひときわ大きな乳房を持った白髪の女性だ。

彼女は吊り上がった眼を面白そうに眇め、レリアーナを見ていた。

「アタシはリリュテー。アンタは?」

「レリアーナ」

リリュテーの強気な態度に、レリアーナも対抗するように胸を張って答える。特大の乳房と乳房が、今にもぶつかり合いそうだ。……間に挟まれたい。

「気に入ったよ、アンタさえ良ければ決戦部隊に推薦しようか?」

「え! マジで!?」

「ああ、本当さ。軽いテストは受けてもらうだろうけどね」

…………これは、参ったな。

僕はリリュテーとレリアーナの会話に、頬を掻いた。

これはマジで困った。リリュテーとレリアーナ……完全にキャラ被りしてるじゃないか。

同じ爆乳褐色肌で勝ち気なお姉さんキャラ、一人称まで被ってやがる。

これ以上会話させてると、どっちがどっちのセリフかわからなくなりそうだ。

「あー、レリアーナ?」

「あ、ケイン! この人がアタシ達も決戦部隊に入れてくれるってさ」

レリアーナが喜色を浮かべてそう言ってくるが、リリュテーの反応は芳しくなかった。

「あー、待ったまった! 誘ってるのはアンタだけだ。この優男はお呼びじゃあないよ」

「え! なんでだよ!」

「なんでも、だ。男なんか入れたら連携が崩れるだろーが」

……まぁ、彼女の目的はレリアーナの勧誘だろうからね。僕は要らないだろう。

しかしそう言った裏事情に鈍い彼女は、僕の代わりにプンスカと怒っていた。

「ケインと一緒じゃないならいい!」

「なんだい、見どころがあると思ってたら男がついてなきゃ戦えない見せかけのおっぱいだったのかい」

見せかけのおっぱいとは一体……? タウロマゾネスの文化は不思議だ。

「ふん、ケインの凄さがわからないんじゃあそっちこそ見せかけのおっぱいだろ」

「……なんだと? と言いたいところだが、生憎挑発には乗れない立場でね。アンタが決戦部隊に入りたくないならアタシはそれで構わないのさ」

リリュテーはそう言ってクールにレリアーナの挑発を流すと、たぷんたぷんとおっぱいを揺らして去っていった。

「な、なんだよ、あれ~! む、ムカつく~!」

残されたレリアーナと言えば、大層不満な様子で地団駄を踏んでいた。

「まぁまぁ、落ち着いて。楽が出来るならそれでいいじゃん」

僕の特に気にした風もない様子に、レリアーナは毒気が抜かれた様子だった。

「ケインは大人だなぁ……腹が立たなかったのか?」

あれだけ大きなおっぱいとなると大抵のことは気にならなくなるものだ。大きなおっぱいは、見るものをすら大らかにしてくれるのである。おお、母なる大地よ!

「代わりにレリアーナが怒ってくれたじゃん」

「…………………………………………」

僕が適当にそういうと、レリアーナは真っ赤になると俯いてしまった。まさか、こんなに照れるとは……。思わず僕もつられて赤くなってしまう。

「「……………………………………」」

そして僕たちはそのまま顔を真っ赤にして無言で進み続けるのだった。

さすがに総勢二百名ともなる集団となると僕らの出番も少なく、また道筋もわかりきっていることから遠征部隊はあっさりと損傷なく山頂へとたどり着いた。

山頂にドンと鎮座した一枚の門。見上げるほどのその巨大な門は、横幅数m、高さ十数mもあり、その先は異空間に存在するボスの間へとつながっていた。

ふと周りを見渡してみると、道中のあまりの楽勝っぷりに、冒険者たちは完全に気が抜けている様子だった。

その腑抜けっぷりときたら、タウロマゾネスの精鋭部隊がボスの間へと踏み込んでいくのを見ながら、手持ち無沙汰に雑談をしているほどだった。

「しかし、たまらんなタウロマゾネスってのは」

「ああ、あの乳、尻……十二支迷宮なんかよりあっちの方がよっぽど強敵だぜ」

「あんな強敵なら毎晩だって戦いたいもんだけどな」

「確かにな、ギャハハハハハハハハハ」

「しかもあれだろ? タウロマゾネスってのは一夫多妻で、複数の女が一人の男を養うらしいじゃねぇか」

「へぇ? そうなのか?」

「なんでも迷宮都市に来てるのは婿取り部隊で、強い男を選別するのが役目なんだとよ。タウロマゾネスに少数いる男ってのは奴らの御眼鏡に叶った婿候補なんだとか」

「ほう、ってことはここで奴らに良いところ見せりゃあタウロマゾネスの女でハーレム&ヒモ生活ができるってことか……いいねぇ」

ふぅん、タウロマゾネスってのはなんかライオンみたいな性質を持ってるんだなぁ。

ライオンもメスが狩りをしてオスは何もしないらしいからな。

その分、歳食ったら若い他のオスに群れを追い出されてハーレムごとNTRされて我が子を皆殺しにされるらしいけど。

タウロマゾネスも、若い頃は良いけど年取ったら他の若い男にハーレムを奪われたりして。

なんてことを僕が考えていたその時。

「――――撤退! 撤退だ!!!」

ボスの間から切迫したタウロマゾネスたちの声が響いた。

血まみれとなった者を担いだタウロマゾネスの女たちが転がるように扉から出てくる。そしてその後から殿の者たちがゆっくりと退却してきた。その中には先ほどのリリュテーもあった。

「タウロマゾネスが……」

「嘘だろ!? ボスはそんなに強化されてるのか!?」

冒険者たちはそれをわが目を疑うと言った感じで呆然と見た後、一気に場が騒然となった。

「退け! あれはもはや我々の知る十二支迷宮の主ではない! この遠征は失敗だ!」

タウロマゾネスのリーダーが血を吐くようにそう叫んだ。

続いて、リリュテーがその場の冒険者たちへと鋭く指示を飛ばす。

「殿はアタシたちがとる! 中層まで退却し、全員で一気に片付けるんだ! あれを迷宮外に出してはならないよ!」

ボスを封じる門は、既に開かれている。それが破られた以上、ボスをこの迷宮に縛りつけるものはもはやなく、このままではボスは迷宮外へと出てしまうだろう。そう……迷宮内の無数のモンスターたちを率いて。

そして十二支迷宮は他の十二支迷宮と連動している。『厄災の 魔竜の 寝所』が迷宮氾濫を起こすということは、連鎖的に他の迷宮も迷宮氾濫を起こすということ。精鋭たちが出払ったこの状況で果たして迷宮都市が満足な防衛を取れるかどうか……。

この迷宮がトリガーとなって迷宮大氾濫を起こすなど、あってはならない。なんとしても阻止しなくては。

リリュテーの背中からは、そんな絶望的なまでの覚悟を感じた。

完全に油断しきっていた冒険者たちが慌てて武器を取る中、僕はレリアーナへと言った。

「じゃ、行ってくる」

「え!?」

まるで近くの雑貨屋に出掛けるかのようにそういった僕に、レリアーナが驚愕に目を見開く。そんな彼女へとニッと笑い返し、僕は悠然とした足取りで門へと歩いていった。

そんな僕をリリュテーが見咎め、吠えた。

「何をしている! 中層まで退けと言ってるのが分からねぇのか!!!」

そう彼女が叫んだ瞬間、それが門の中から現れた。

それは、巨大な黒い腕だった。指の一本一本が人間ほどのサイズがある、竜の腕。四本指の先には剣のように鋭い爪が伸び、びっしりと生えた鱗は無数の盾が敷き詰められているかのようだった。

腕の圧力に屈するように、扉の消滅した門枠が歪な音を立てながら変形していく。

それを、冒険者たちは身じろぎもせずに凝視していた。

そしてついに、ガラスの割れるような音と共に門が砕け散り。

「GuOOOOOOOOO――――――!!!!!」

大気を揺るがす咆哮と共に漆黒の魔竜が現れた。

デカイ……。全長100mはあるだろう巨体。四肢は齢数千年の巨木を思わせ、一対の翼は天を覆うよう。側頭部から伸びた湾曲した角は、禍々しくも雄々しいものだった。

「なんだよ、これ……」

「魔竜のボスは、せいぜい全長10mくらいだったはずだろ……?」

誰かがポツリと呟いたその声は、小さな声量だったにもかかわらずこの場のすべての者たちの耳に届いた。それは、それがこの場の全員の代弁だったからなのか。

そんな声を竜も聞き届けたか、巨大な金の瞳が獲物の姿を捉えた。魔竜の耳まで裂けた口元が、邪悪な曲線を抱く。

その笑みは、猫がネズミを甚振る時のそれで。

「――――ハハ」

だから僕も思わず同じ笑みを浮かべてしまった。

だって、実際に見てわかってしまったから。

ああ、コイツは今の僕なら楽勝だ、と。

そんな僕の笑みが気に入らなかったのか、魔竜は笑みを消すとその巨大な腕を僕へと振るってきた。

「退けぇぇぇー! 退けーーーー!」

タウロマゾネスや他の冒険者たちが慌てて距離を取る中、僕はただ一人その場へと残る。しっかりと大地を踏みしめ、大きく腰を捻って剣を振りかぶった。

「ケイィィィィィン!!」

レリアーナの叫びを背に、僕はしっかりと迫る竜腕を見据え、正面から迎え撃つ。オーラブレード……シャムシールが闘気の光を纏い、10m近い光の大剣を形作った。

「一刀ゥゥゥゥ、両断――!!」

防御力無視の一撃が漆黒の鱗を砕き、肉を切り裂いて、その大木の如き腕を完全に切断。

切り離された腕がふわりと空を舞い、一拍おいて大地を揺るがす轟音を立てて落下した。

「…………え?」

誰かがわが目を疑う様にそう漏らした瞬間。

「GyuOOOOOOOO!!!!」

竜の悲鳴が響き渡った。

断面を天へと向けるようにして嘆く魔竜へと、僕は縮地を用いて一気に間合いを詰める。

「お前、さすがにデカすぎるな。ちょっと手ごろなサイズにしてやるよ」

足元へとあっさりと潜り込んだ僕は、今度はその右足を一刀両断を持って切断した。返す刀で、左足もばっさりと。気分はダルマ落とし。

一瞬で両足首を失った魔竜は、尻餅をつくように転倒した。

「QuluUUUUUUUU……」

絶対的強者だったはずの自分が一転して獲物と変わった衝撃は如何ほどのものだったのだろうか。一瞬合った金の瞳は明らかに恐怖の色を宿していて……だから僕はもうコイツを楽にしてやることにした。

一気に魔竜の足から腹、首へと駆けぬけていき、その首を跳ねる。

ごろり、と転がった生首は何かを言いたげに僕を見つめ、そして消えていった。

――――――――静寂。

誰もが自らの正気を疑う様に、沈黙している。そんな彼らへと僕は剣を捧げ、言った。

「十二支迷宮の魔竜、このアルケインが討ち取った!!!」

一拍置いて。

『おおおおおおおおおおおおお!!!!!』

僕は冒険者たちの歓声に迎えられたのだった。