Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

「どうも、おかしい」

「なにがですか？」

セツナは、目の前のテーブルに並べられた料理に目を輝かせながらも、神妙な顔つきで窓の外を見遣るラクサスの調子に合わせるように、低い声音で問いかけた。

彼らが居るのは、ワーラムの一角にある小さな飲食店だった。城壁に囲われた大都市であるワーラムの中心を貫く大通りからは外れた位置にあり、周囲からはあまり目立たず、人通りもそれほど多くないということからこの店を選んだらしい。

彼らがワーラムに着いたのは、二時間ほど前のことだ。城門で自警団による簡単な荷物検査を終え、一先ず宿を目指した。セツナの全身についた血を洗い落とすためでもあり、馬車の幌を補修するためでもあった。

セツナが宿屋の風呂で全身にこびりついた血という血を洗い落としている間、ラクサスは街中を駆け回って情報収集を行っていたという話は、御者とふたりで馬車の補修を行っていたランカインから聞いていた。

「ログナーに関する情報がまったく耳に入ってこない。ログナーにも近いワーラムならば、なにかしらの情報が得られるだろうと期待していたのだがな」

落胆を隠せない騎士の横顔を見つめながら、セツナは腹を押さえた。空腹のあまり、腹が鳴りそうだった。こんな状況で腹が鳴っては、空気もなにもぶち壊してしまうに違いなく、それだけはなんとしても避けたかった。

もっとも、目の前には出来立ての料理が並んでいるのだ。色取り取りの野菜のサラダに鶏肉のソテー、香ばしい湯気を立ち上らせるコーンスープにふっくら焼き上がったパン――セツナが、目を輝かせるのも無理はなかっただろう。

小さな飲食店の決して広くはない店内には、いくつかのテーブルが整然と並んでいるが、窓際に陣取るセツナたち以外に客の姿はなかった。窓の外の通りを行き交う人々は、ちょうど昼休みを終えた頃なのかもしれない。そう判断せざるを得ないほどに、店内は閑散としていた。

単にこの店が流行っていないのではないかという考えは、セツナの頭の中には生まれなかった。

「それがどうしたんです？」

「君は馬鹿か？」

即座に口を挟んできたのは、ランカインだった。彼は、横並びに席に着いたセツナたちとはテーブルを挟んで対面の椅子に腰掛けており、セツナを見据える狂気を秘めた瞳は、薄笑いでも浮かべているようだった。

「目的地の情報は少しでも多く入手しておくべきだろう？　なにがあるかわからないんだ。もっとも、そんなものは王都を発つ前に集め、精査しておくのが当然なのだがね」

「ぐっ――！」

ランカインの冷笑に対してセツナは、反射的に憤りを覚えたが、拳を握り締めることでなんとか堪えようとした。こんなことで感情を爆発させている場合ではない。ここはワーラム。アザークの一都市に過ぎず、目的地に到着してさえいないのだ。いくら相手がランカイン＝ビューネルであろうと、我を忘れてはいけない。

（冷静に。冷静に……）

胸中で自分に言い聞かせながらも、セツナの表情は険しくなる一方だった。鏡を見ずともわかるほどの変化。しかし、止められない。元より悪感情しかないのだ。しばらく行動を共にするからといって、はいそうですかと仲良くなれるはずがなかった。

といって、この場でランカインに斬りかかるだけの覚悟もない。いや、そんなものを覚悟と呼んでいいものかどうか。

彼は、歯噛みした。確信はないが、断言する。

（そんなものは覚悟なんかじゃない……！）

ランカイン＝ビューネルは、許し難い大罪人とはいえ、彼の主君レオンガンド・レイ＝ガンディアが差し向けた同行者であり、ログナーでの任務を終えるまでは行動を共にしなければならない人物なのだ。彼がどれだけ嫌がっても、拒絶しても、その事実だけは覆しようがなかった。

ランカインとの同行を嫌って任務を降りるという選択肢は、ない。

それは、セツナが足場を失うことを意味していた。

「君の言う通りだ。実際、王都を発つまでにできる限りの情報を集めてはみたが、わかったのは、ログナーが国境の警戒を厳重にしているということだけだ。ログナー国内の情勢はまったく掴めていない。だからこそ、ここに立ち寄ったのだがな」

つまり、ログナーの内情さえ掴めていれば、この街に立ち寄る必要はなかったということだろうか。その場合は血まみれのまま国境を越えることになったのだろうか、などと、セツナは愚にもつかぬ事を考えていた。が、それも終わる。

ランカインが、笑った。

「くくく。実にくだらない。馬鹿馬鹿しい。救いようがない。あのお方はやはり〝うつけ〟か？　なにが起こっているのかわからない敵地に将来有望な人材を平然と送り込むなど、正気の沙汰ではない。君らが命を落とすことのほうが、かの国にとって痛手だろうに」

彼のまなざしに宿る狂気に煽られたわけではない。が、セツナは、テーブルに身を乗り出していた。

「てめえ……！」

吐き出したのは敵意そのものに違いなかった。レオンガンドを侮辱されたことへの怒りであり、ランカインという存在への苛立ちであった。理路整然と反論することもできない自身への罵倒でもあったのかもしれない。そして、渦巻く炎となって心を焦がす激情が、彼に囁く。

やってしまえ。

「事実だろう？　それとも、俺の認識になにか間違いでもあるのか？　あるのならば教えて欲しいな」

ランカインが、嗤う。冷ややかに。

世界が揺らぐ。音が聞こえた。背後から忍び寄るだれのものともわからない足音が、セツナの耳朶に心地よく響いていた。甘美な旋律だった。その足音が鼓膜を揺さぶったときから、彼の意識は、眼前の男を斃（たお）すべき敵と捉えていた。再び、囁きが聞こえた。

矛を手に取れ。それでおまえの前に敵はいなくなる――。

「ニーウェ」

「――！」

セツナは、雷光に打たれたような衝撃とともに我に返った。視界が妙に広くなった気がする。対面に腰掛けているのは、忌々しくも同行することになったランカインである。それは店に来たときからなにも変わっていない。変わっていないはずなのだが、彼は、妙な違和感を覚えていた。テーブルに身を乗り出してまで、なにをしようとしていたのだろう。

理解できないまま、セツナは、席に腰を下ろした。ランカインの怪訝な表情がどうも癪に障るが、食って掛かるほどのことではない。

気になるのは、自分の身のことだ。一体、なにを想って身を乗り出したのか。ランカインの戯言に煽られたのだとしても、なにも覚えていないのが解せなかった。

「落ち着きたまえ」

セツナは、ラクサスの台詞の意図をいまひとつ理解できていない自分に多少の苛立ちを覚えた。なにを見て落ち着けといったのだろう。自分は十分に落ち着いているはずだが。

彼は、このテーブルについた時点から今までのことを振り返ってみたが、ランカインとの間にどのようなやり取りがあったのかすら思い出せなかった。その部分だけが淡い闇に包まれているかのようだった。

「カイン。君の考えにも一理ある。だが、こうは考えられないか？　あのお方が我々を選択したのは、我々にしかできない、我々にならできると判断したからだと。ならば、我々はあのお方の期待に応えるために全力を尽くすしかない。」

ラクサスが導き出した結論は、セツナにもうなずけるものだった。彼の言った通り、こうなった以上はレオンガンドの期待に応えるべく、全身全霊で事に当たるしかないのだ。既に主命は下された。状況は動き出したのだ。今更任務の内容についてどうこう言うのはお門違いも甚だしい。

（考える暇がなかったのも事実だけど……）

君臣の契りを結んだ直後に申し渡された任務である。内容について考える時間もなければ、是も非もなかった。新参者だ。拒否権などあるはずもない。主命を受諾し、任務を遂行する以外の選択肢はなかった。それが悪いといっているのではない。

道理だ。

一方で、セツナの頭の中を過ぎったのは、可能性の話だ。もしあのとき、セツナがレオンガンドへの臣従を拒んでいたらどうなっていたのだろう。セツナの未来は閉ざされたのか。異界の存在として抹殺されたのか、従うまでどこかに幽閉でもされていたのだろうか。

そして、この任務はラクサスとランカインのふたりだけで当たることになったのだろうか。その場合、戦力は減るとしても、セツナがいないだけで道中は随分と楽になるのかもしれない、と彼は、自嘲気味に想っていた。自分の愚かな振る舞いが、ラクサスの頭痛の種になっているかもしれないのだ。

ラクサスの表情からは、そういったことはまったく窺えないが。

「おめでたい方だ。だが、一理ある。確かに、我々以外に適任の人材はいなかったと見るべきか。かの国は弱兵ばかりと聞く。将士にも頼れるものなどいないのだろうな。でなければ、俺のようなものを使おうなどとは考えまい」

「君ならば、死んだとしても痛手にはならない」

ラクサスが、冷笑する男に釘を刺すようにいった。やはりその声音にも、わずかな感情の変化も見られなかった。平温そのものだ。

セツナは、彼の平然とした様子を目の当たりにして、己の意思の薄弱さを思い知った。

「くくく。そうだな。その通りだ。俺ならば、いつでも好きなときに捨てられるな」

心の底から愉快そうに笑うランカインの瞳に揺れるのは救いようのない狂気であり、彼の眼を見たセツナは、暗い闇の深淵を覗いた気がしてならなかった。光明など見つかるはずもなかった。どのような半生を送れば、そんな闇が瞳の中に生じるというのだろう。セツナには想像しようのないほどには苛烈な人生だったに違いない。正気を保っていられないほどには。

いや、狂気こそが彼の正常なのかもしれず、その場合、正気を謳うセツナたちのほうこそが狂っているということになるのだろうか。

「だが、あなたや彼は違う。捨て駒たる俺共々に死ぬわけにはいかないはずだ。そうだろう？　ニーウェ＝ディアブラス」

ランカインに同意を求められて、セツナは、即座には返答できなかった。彼への反発がそうさせたのではない。セツナとて、ひとつひとつの言葉に反感を抱くほど愚かでもなかった。男が口にした言葉が、自分を指し示す名前だったのだと思い出すのに数秒を要したのだ。

偽名である。

セツナ＝カミヤというこの大陸において異質な名前は、少しばかり知れ渡ってしまっていた。特に、これから潜入しようというログナーでは有名に違いないという。

憎悪すべき敵として。

バルサー平原での戦いで活躍しすぎたのだ。確かに彼の獅子奮迅の戦い振りはガンディアの勝利を決定的にしたが、同時に、彼はガンディア軍の中でもっとも警戒される立場になってしまっていた。どれだけの兵士を殺戮したのだろう。数え切れないくらいの人の命が、黒き矛の吐き出した猛火に飲まれて灰燼と消え、無数の軌跡に切り裂かれ、あるいは貫かれて散華した。

憎まれて当然だった。

そして彼の名は、レオンガンドが直々に喧伝したのだ。凱旋の日、セツナが意識を失っている間に。

迷惑なものだ、とは想わない。喜ぶべきことだろう。王が、彼の活躍を認め、臣民に向かって褒め称えてくれたのだ。彼にとって、これほど嬉しいことはなかった。認められたのだ。それだけで良かった。

だが、問題が残った。

任務中の名前について、である。

任務に支障をきたさないよう偽名を考えることになったが、適当でいいというのがセツナの主張であったが、その場に居合わせたファリアの猛反発によりあえなく却下された。

「どうせなら、少しくらい凝ったものにしたほうがいいわよ」

「なんで？」

「そのほうが面白いでしょ」

至極当然といった風に答えてきた彼女に、セツナは返す言葉もなかった。彼女のそういう遊び心は嫌いではなかったし、なにより、彼女と戯れているこの時間が愛おしかった。無論、その場にはラクサスもいたし、ルウファの姿もあった。戯れているとはいえ、場を弁えていないわけではなかった。

「まあ、君たちが納得するようにしてくれ」

ラクサスがそう言い残してセツナたちの前から立ち去ったのは、別に気分を害したというわけでもなかったはずだ。彼は、仕事に忙殺されていた。王都に帰還して早々、新たな任務を拝命したのだ。先の任務の報告と次の任務の準備に駆け回らなければならなかった。

それに比べれば楽なものだ、とセツナは他人事のように想うのだ。ガンディアやログナーの地図と睨み合い、時にはこうしてファリアと会話することで知識を吸収する。それだけだ。特別になにかをする必要はなかった。

偽名を考えることだって、大したことではない。

「ということで、なにか案はある？」

「ないって」

「ルウファは？」

「え？　俺も？」

急に話を振られて、ルウファは、驚いたようだった。まさか自分も話の輪に入っているとは思っても見なかったのだろう。が、ファリアは容赦しない。

「当たり前じゃない」

「ええ～」

「なんでそんな顔をするかな？」

「い、いや、別に深い意味は……。うーん、そうですね……セッティーノ＝カーミャとか」

「適当すぎる！」

「俺は嫌だぞ、それ」

あからさまに適当な名前を口にしたルウファに対して、セツナとファリアは口々に拒絶反応を示した。特にファリアの追撃は、ひどいものだった。

「それで会心の出来だとか言わないでよね」

「ひ、ひどい……」

ファリアの圧力に負けてなんとか捻り出した名前をにべもなく一蹴されて、ルウファは、ただ愕然としたようだった。同情を禁じえない。が、かといって彼の案を受け入れようと微塵も思わないのが、セツナだった。

「セツナはどう？」

「だから、ないって」

「なんでもいいから」

「なんでもいいなら、適当でいいじゃないか」

セツナは、ため息とともにファリアに言った。すると、彼女は憤然と言い返してくるのである。

「そこはこだわるのよ！」

「なんでさ？」

「どうしてもよ！」

「そこまで言うならファリアが考えたらいいだろ？　俺にはいい名前なんて思いつきそうにないし」

「あら、いいの？」

さっきまでとは打って変わってしなやかな微笑を浮かべた彼女に、セツナは呆れるほかなかった。

「じゃあ、君の名前の意味を教えてくれる？」

「名前の意味……？」

セツナは、改まった様子で問いかけてきたファリアの瞳を見つめた。名前の意味を尋ねられることなど、そうそうないだろう。神矢刹那。彼自身、幼い頃から大層な家名だと思ってはいた。神の矢、である。どこから興ったのだろうと興味を抱いたこともあったが、それも失せた頃、カミヤという音に適当に漢字を当てただけじゃないか？　という祖父の言葉には落胆を禁じえなかったものだ。実際、その程度のことなのかもしれないのだ。

もっとも、適当にしては尋常ではない字面ではあったが。

そして、刹那。

父と母が考えてくれた名前。自己を定義する大切な名前。

「一瞬一瞬を大切に、ね。素敵な名前じゃない」

「うん。気に入ってる」

「そう。良かったわね」

ファリアの慈しみに満ちた穏やかな微笑みは、セツナには眩しすぎて直視できないものと思ったものの、むしろ目を逸らすことのほうが難しい事実に気づいた。今しばらくの間見つめていたいと想ったのだ。とはいえ、時は止まらない。

ファリアが微笑を消したが、思案している間の表情も決して魅力がないわけではなかった。

「そうね……ニーウェ＝ディアブラスなんてどうかしら？」

彼女の導き出した答えがなんであれ、セツナとしては受け入れるつもりではあったが、ファリアの声が紡いだその音の響きは、彼にとって予期せぬほどにしっくりとくるものだった。反芻するように、つぶやく。

「ニーウェ＝ディアブラス……」

「古代言語でね、ニーウェは一瞬、ディアは神、ブラスは矢を意味するの。武装召喚師にとってこれ以上にないくらい相応しい名前でしょ？」

彼女の満足げな表情には抗しようもなく、そして先ほどから考えていた通り、セツナはファリアの提案した名前を受け入れることにしたのだった。

ニーウェ＝ディアブラスに決まったとはいえ、耳慣れないうちはラクサスやランカインにその名を呼ばれても瞬時には反応できないのも当然ではあった――。

「君は、捨て駒にはなれまい」

ランカインの声が、セツナを現実に引き戻した。狂気を帯びた瞳を睨み返しながら、静かに肯定する。

「当たり前だ」

死ぬためにこの場にいるのではない。生きるために、ここにいる。生きて任務を遂行するために。それがとてつもなく困難な任務であろうと、必ず成し遂げて王都に帰還を果たさなければならない。

セツナの脳裏をひとりの女性の幻影が過ぎった。姿が見えるはずもない。彼女はそのとき、彼の視界に入りようのない場所にいたのだ。

「いよいよ明日ね。緊張して眠れなかったりするんじゃない？」

「そんなわけないだろ」

ファリア＝ベルファリアのからかうような口振りに、セツナは、少し怒ったように言い返した。もちろん、本気などではない。彼女の言葉には、多くの場合、優しさと慈しみが込められていることをセツナは知っていた。

「そっか」

夜中のことだった。レオンガンドの臣下になってからというもの、セツナは、バルガザール邸の客室を自分の部屋として使わせてもらっていた。広い部屋だ。大事な客を寝泊りさせるだけあって、調度品の類も高級そうなものばかりだった。

その高級品に囲まれて時を過ごすのは、セツナにとって窮屈以外のなにものでもなかったが、文句を言える立場でもない。

闇の中、開けっ放しの窓から入り込んできた夜風がカーテンを揺らした。拍子に、月明かりが彼の視界を白っぽく染めたが、それも束の間に過ぎない。淡い闇が、再び彼の世界を覆うのに時間はかからなかった。魔晶灯は点けてはいない。

ファリアは、当然、部屋の外にいた。閉じた扉の向こう側からの声も、夜の静寂は、ちゃんとセツナの耳朶にまで届けてくれていた。

「……ねえ、セツナ」

「ん……？」

「ひとつだけ、約束して欲しいことがあるの」

いつになく真剣な彼女の口調に、セツナは、咄嗟に上体を起こしていた。淡い月明かりが、またしても視界を白く染めた。それもやはり一瞬の出来事である。カーテンが月光を遮り、この世のすべてを薄い闇で覆う。

セツナは、扉の向こうのファリアに向かって問いかけた。

「約束？」

小さな声は、夜の静けさに抱かれた世界に微かな波紋を浮かべる。彼女の耳に届くまでのわずかな――いや、彼女が答えを投げ返してくるまでのほんの少しの時間が、彼にはなぜか、とてつもなく長く感じられた。実際は数秒とかかっていないに違いない。しかし、セツナにはそう感じられたのだ。

夜の闇と静寂が織り成す幻想だったのかもしれない。

「そう、約束。必ず、王都（ここ）に戻ってきてね。君のことをもっと知りたいのに、こんなところでさよならなんて、嫌よ？」

決然とした彼女の声音に、セツナは、驚きとともにあざやかな光明を見出したような感覚を抱いた。それは、自分のことを心配してくれるひとがいたという事実の再確認に過ぎなかったのだが、しかし、いまのセツナにとっては、それだけで何倍もの力が出せると想えるほどだった。

「約束する！　必ず帰ってくるよ。だって、俺もファリアのことをなにも知らないんだ」

言いながら、彼は、その事実に愕然とした。が、当然のことだ。ファリアのことを知ろうともしなかったのだ。この世界に召喚されてすぐに知り合ったというのに。幾度となく彼女に助けられたというのに。

後悔が生まれた。

そして同時に、ファリアのことを知りたいと強く想った――。

「俺は死なない。死んでたまるか」

セツナは、吐き捨てるように告げると、目の前の料理に手をつけた。ランカインの驚いたような呆れたような、さらにいうと好奇に満ちた視線に曝されながらも、もはやそんなことは関係なくなっていた。

約束を想い出したのだ。

セツナは、ラクサスとランカインの会話を聞き流しながら、ファリアのことを考えていた。