Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World
Lesson 206: Dragon Dancer
北進軍が、第五龍鱗軍を圧倒している。
左眼将軍デイオン=ホークロウは、東側に展開した混成部隊から届いた情報と、西側の部隊の現状を総合して、そう判断していた。
東側部隊の連携自体は上手く行っていないようなのだが、敵の数の少なさに救われているようだ。ガンディア人とログナー人の連携の拙さに付け入るほどの兵力もないのだという。圧倒的な戦力差が、敵軍を飲み込みつつあるようだ。
敵軍は、元々少ない戦力をさらにふたつに分けてしまっている。市街を利用した戦法を取るというのなら、その判断も間違いではなかったのだろう。だが、こちらはカイン=ヴィーヴルという秘策があった。カインの武装召喚術によって、西側の敵部隊は統率も取れない状況に陥り、カインの後に続いた兵士たちによって次々と討ち取られていった。
デイオンは、馬上、戦場の空気を感じている。総大将である彼が前線に出る幕はないだろう。カインがいて、彼が前線をかき乱してくれる。そこを兵士たちが戦功を競い合うように敵をなで斬りにしていく。容易いものだ。指揮を執る必要もない。
ガンディア方面軍第二軍団長シギル=クロッターは、前線にまで進んでいるようだが、彼の出番もないに違いない。彼はむしろ、手柄を挙げられなかった兵士たちの不満を慰撫するために赴いたのかもしれない。などと考えたものの、そんなことはありえないとも思った。
圧勝。
それでいい、とデイオンは考えている。それこそ、デイオンの望んだ結果だ。被害を最小に抑えた上でマルウェールを制圧できれば、それだけでいいのだ。それ以上の戦果は不要だとさえ考えていた。が、どうやら、被害を抑えた上で最上の戦果さえも期待できそうなのだ。欲を出して将軍みずから突撃するつもりもないが、かといって、なにもせずに待っているというのも芸がない。
とはいえ。
(わたしが動く必要はない)
デイオンは、みずからを戒めるように胸中でつぶやくと、前方を見やった。火柱はとっくに消えており、家屋に燃え移っている様子もなかった。が、それには鎮火作業に勤しんだ部隊がいたからだという報告も受けている。彼らの目に見えない活躍が、マルウェール制圧後に効いてくるかもしれない。デイオンは、即席の鎮火部隊の名を記録させていた。
戦況は、変わりようがない。
仮面の武装召喚師は、一振りの刀を手にしていた。最初に見た手斧とは違う得物だが、恐らくは召喚武装なのだろう。しかし、意匠としては似通ってはいる。どちらも竜を模した装飾が施されており、ザルワーンによく似合ってはいた。
カイル=ヒドラ。翼将ハーレン=ケノックを惑わした人物。
フォード=ウォーンは、敵に通じた兵士を切り捨てた後、前線に向かい、そこでカイル=ヒドラと遭遇したのだ。
彼は、戦いを早期に終わらせるには、敵主力を討つ以外にはないと考えていた。たとえば敵武装召喚師を殺せば、敵軍の戦意は下がるはずだ。さらに敵武装召喚師を狙うのには理由がある。フォードは、召喚武装は術者の死後もこの世に残り続けるということを知っているのだ。召喚武装が強力なのは、最初に見せつけられている。それを奪うことができれば、戦局は大きく変わりうるのだ。
状況は、悪くない。
決して広くはない通路で、龍鱗軍の兵士たちがカイル=ヒドラを挟み撃ちにしていた。左右には壁が並び、逃げ場はなかった。カイル=ヒドラは、召喚武装の力を頼りに突出しすぎたのだ。仲間を頼らず、たったひとりで突き進んできたことが仇となっている。もっとも、仮面の男は悠然と武器を構えており、孤軍であるという事実に対してなんら気負うところもないようだが。
その態度が、フォードには腹立たしかった。
柄を両手で握り締め、大刀を構える。正面に敵を捉え、切っ先を揺らす。筋肉を緊張させ過ぎてはいけない。いつでも、即座に反応できるように、緩く、しなやかに。が、弛緩しすぎてもいけない。力を発揮できなくなる。空気が緊迫している。遠方から響く物音が、次第に意識の外へと追いやられていく。意識すべきは目の前の敵。集中するべきは、この瞬間。
不意に、カイル=ヒドラが動いた。刀が空を薙ぐ。瞬間、フォードは龍の唸り声を確かに聞いた。目を見開き、大刀を縦に構える。衝撃が刀身から両手首に走る。火花が散った。剣圧などというものではない。が、そんなことを考えている暇もなかった。敵が地を蹴っている。フォードは、後退せず、むしろ踏み込んだ。大刀を前面に掲げたまま突っ込む。互いに直線。激突。刀と大刀がぶつかり合った。
「良い反応だ」
「黙れ!」
仮面の奥の目が笑っていたことに、フォードは怒声を張り上げた。怒りに任せて、大刀を振り抜こうとする。全力。敵は力勝負を嫌ったのか、ふらりと右後ろに下がった。大刀が空を切る。が、フォードは大刀の動きを強引に止めた。両腕に負担がかかるが、構わない。彼は敵が壁際に寄ったのを認識していた。叫んでいる。
「射ていっ!」
つぎの瞬間、数多の矢がフォードの頭上を越え、カイル=ヒドラに殺到した。しかし、ほとんどの矢は、仮面の男にかすりもしなかった。どこからともなく駆けつけてきた龍鱗軍兵士が、彼を庇って全身に矢を受けたからだ。
フォードは、想像すらできない事態に愕然としながら、くずおれる兵士を見ていた。敵に通じ、副将たるフォードを殺そうというのは理解できる。だが、敵武装召喚師を守るために命を捨てるなど、意味がわからなかった。それでは、敵に通じる意味がない。生き残りたいから、生き延びたいから、敵に通じるのではないのか。
得体の知れぬものを見て、彼は反応が遅れた。
カイル=ヒドラは、兵士の死体を踏み越えて、飛びかかってきていた。矢が数本、彼に刺さっている。決して無駄にはならなかった。だが、仮面の男は、負傷をものともしていない。斬撃を大刀で受け止めるが、押し負けそうになる。なんとか踏み止まったものの、敵の力はさっきよりも強い。刃が擦れ合い、不快な音を鳴らす。
「ザルワーンのためより、俺のために死ぬほうがいいらしい」
「貴様の仕業か!」
叫んで、彼ははたと気づいた。翼将ハーレン=ケノックの変心も、彼の召喚武装の能力だと推測していたのだ。いまの兵士も、フォードに斬りかかろうとした兵士も、カイル=ヒドラの仕業なら、辻褄があう。この戦場は、カイル=ヒドラの暗躍によって彩られているのだ。
怒りが、力になった。
「うおおおお!」
咆え、力任せに大刀を振り抜く。
「なんのことやら」
カイル=ヒドラは、再び後退する。同じ位置。今度は、号令せずとも矢が殺到した。いい呼吸だ。フォードは会心の笑みを浮かべたが、つぎの瞬間、背中に激痛を覚えた。
「なっ……!」
振り向くと、自軍兵士が突き出した槍が、フォードの体を貫いているのがわかった。凄まじい痛みと熱が、背中から全身へと波及していく。意識が揺れる中、彼は、兵士の表情が困惑に染まっていることに気づいた。まるで自分がなにをしたのかを理解していないような、そんな表情。本意ではないとでもいいたげだった。だが、彼は大刀を振り抜いていた。首を刎ねる。烈しい痛みが彼を襲うのだが、フォードは苦悶の声さえ漏らさなかった。兵士たちに動揺が走るのをもっとも恐れた。もうひと押しなのだ。彼さえ殺せば、状況は好転しうる。
「フォード副将殿!」
大刀を杖にして体を支えると、フォードは力の限り叫んだ。
「カイル=ヒドラを殺せっ……!」
「残念、こんなところで死ぬわけにはいかないんだなあ、これが」
武装召喚師の声は、耳元で聞こえた。