Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode 381: An Attack on the Dragon House (11)

雷撃が敵軍最前列の盾兵を一網打尽にしたかと思いきや、そうではなかった。ファリア・ベルファリアの一連の攻撃が吹き飛ばしたのは、十数人程度。もちろん、普通に考えれば十分過ぎる結果だ。なにより、盾兵による防壁が崩れ去ったのは、ルクスたちにとっても大きかった。堤の一部が壊れたのだ。突破口が開いている。

ルクスは、真っ先に敵陣へと飛び込もうとして、昏倒した盾兵の前で足を止めた。狙い澄ましたかのように迫ってきた槍を叩き落とす。槍の投擲手は、敵陣の中からルクスだけを見ているようだった。射抜くような鋭い視線に、ルクスは喜びを禁じ得ない。戦いの中でしか生きられないものにとって、強敵の臭いほど嬉しいものはなかった。

(中々の腕だ)

盾兵が防壁を再構築する前に、彼は体を敵陣に滑り込ませた。どうせファリアの雷撃が防壁を再び砕くのだろうが、待っている時間が惜しかった。敵陣の真っ只中に飛び込んだルクスを迎えたのは、むせ返るような殺意と畏怖だ。“剣鬼”への恐れと嫌悪、そして敵意は、ルクスにとってこの上ない出迎えといってよかった。総勢二千の殺意。もちろん、すべてがルクスに向けられているわけではない。そしてすべてを相手にする必要もない。

再び、投槍が飛んできたが、これもわけなく叩き落とす。その瞬間、周囲から槍が伸びてくるが、彼は身を屈めてかわすと、即座に前方に飛び出た。腹に衝撃が来る。

「えっ?」

予期せぬ激痛とともに、ルクスは視界が空転する感覚を味わった。吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。以前の傷に響くほどの痛みの中で、彼は胃の内容物を吐き出した。周囲にはガンディア軍の兵士たち。

(自陣まで吹き飛ばされたのか……?)

そんな馬鹿げたことを考えながら体を起こす。胃液が口の中に充満して、酷い気分だった。それでもなんとか立ち上がれば、状況もわかった。周囲のガンディア兵は、敵陣に押し寄せた兵士たちで、その最前列には《蒼き風》の団員たちの姿がある。無論、シグルドとジンもそれぞれ得物を振り回していた。ファリアが開けた風穴を傭兵団が強引に広げたような格好だろう。

ルクスは、仲間の活躍を喜ぶ一方、思わぬ伏兵の存在に気を引き締め直した。投槍の敵に気を取られすぎていた。だとしても、吹き飛ばされすぎだが。

敵陣の中から外まで運ばれている。骨が折れなかったのが不思議なほどだ。

(人間業じゃあないな)

召喚武装の補助を得た武装召喚師ならば、納得できる力ではある。しかし、ザルワーンの武装召喚師のほとんどは死んでいるはずだ。ザルワーンが動員した武装召喚師のうち、生き残ったのは、捕虜となったミリュウ=リバイエンだけだという。いかにも恐ろしい戦死率だが、武装召喚師の戦闘とはそういうものにならざるを得ない。

殺すか、殺されるか。

強大な力を振るう以上、結果は極端にならざるを得ない。ミリュウが生き残ったのは、運が良かったからとしか言い様がない。

ルクスは、グレイブストーンの柄を握り直すと、ガンディア兵の間を擦り抜けるように進み出た。傭兵団と合流し、敵と味方がぶつかり合う最前線へと至る。シグルドのガンディールが唸りを上げて敵を打ちのめすと、ジンの剣撃が敵兵の首を切り飛ばした。荒くれ者共が雄叫びを上げ、敵軍の陣形を破壊していく。ついさっきルクスを攻撃してきた敵による妨害はなかったようだ。

ルクスは、シグルド、ジンと視線を交わすと、すぐさま敵陣深く切り込んだ。投槍の名手はルクス以外の目標を定めたようだ。そして、強打を叩き込んできた敵の気配もない。

「だらっしゃあああ!」

シグルドが上げた雄叫びの激しさに目を向けると、大上段から振り下ろされた戦鎚が受け止められるという光景を目撃して、ルクスは唖然とした。相手は小兵だったことが驚きに拍車をかけている。戦鎚を叩きつけたシグルドに比較して、その体積は半分ほどしかないのではなかろうか。そんな小さな体でシグルドの戦鎚を受け止めている。尋常ではない。

「どうなってんだこりゃあ!」

「団長、気をつけてください。手練れがいます」

「報告遅えよっ!」

「仕方ないっしょ!」

叫び返して、目の前の敵兵を両断する。こちらが隙だらけなのを好機と見て近づいてきたのだろうが、ルクスはグレイブストーンを握っていた。召喚武装による補助は、広大な視野を与えてくれるのだ。視線をシグルドに向けていても、敵の接近を見逃しはしなかった。

「こいつ……!」

シグルドがめずらしく苦戦する様を見ていたいと思ったものの、ルクスにはそんな暇もなかった。敵は周囲に数え切れないほどいる。ファリアによる雷撃や、マナ=エリクシアの爆撃がザルワーンの雑兵を一掃するかと思いきや、そうはなっていなかった。ファリアもマナもおとなしい。ウォルド=マスティアも、イリスとかいう剣士の活躍も見受けられない。

ルクスは、違和感を覚えずにはいられなかった。数の上で圧倒していたはずの戦い。勝利は間違いなく、いかに損害を少なくするかが腕の見せどころとでもいうべき戦闘だったはずだ。こちらには凶悪な武装召喚師が揃っていたし、ミオンの騎兵隊も、ルシオンの白聖騎士隊も強力極まりない。苦戦する要素など見当たらなかった。

だというのにも関わらず、悪い予感がしてならなかった。不快な感覚の正体も掴めないまま、彼は前進を再開した。雑兵の死体を飛び越える。瞬間。

(なっ)

ルクスは右太ももに痛みを感じた。反射的に剣を突き入れながら視線を向けると、そこにはついさっき斬り殺した兵士の体が横たわっているだけだった。しかし、奇妙なことに、死体はなぜか手にした剣をルクスに向かって突き出していた。目が開き、こちらを睨んでもいた。目に精気はない。だが、生きているようなのだ。

(殺し損ねた?)

そんなはずはないと、彼は胸中で頭を振った。手応えはあったのだ。鎧ごと胴体を真っ二つに切り裂いたはずだ。あの斬撃を浴びて生きていられるものなどいるはずがなかった。只の人間ならばなおさらだ。

実際、兵士の胴体に刻まれた切り口からは血が溢れている。だが、兵士は動いていた。空いた手でグレイブストーンの刀身を掴み、腹部から抜こうとしているようだった。しかし、上手く力が入らないのか、剣は微動だにしなかった。

(違う!)

ルクスははっとなった。敵兵は剣を抜こうとしているのではなく、ルクスの行動を封じようとしていた。進行方向から殺気が迫ってきている。ルクスは強引に剣を引き抜いた。敵兵の指がぼろぼろと地に落ちたが、気にしている場合でもない。眼前の投槍を刀身の腹で受け止める。金属音とともに衝撃が右手に走るが、構わず左へ飛ぶ。着地と同時に太腿が悲鳴を上げた。死体に斬られた箇所が疼いている。

「ちっ」

舌打ちを漏らしたのはいつ以来だろう。ルクスはそんなことを考えながら、槍の投手を見ていた。ようやく手の届きそうな位置に槍使いを捉えることができて、少なからず安堵を覚える。がっちりと鎧を着込んだ男だ。背に槍を帯びるだけでは飽きたらず、足元の地面に投擲用の槍を何本も突き刺している。その槍を手にとっては投げつけて、ガンディア軍を攻撃していたのだろう。そういえば、彼の斜線上には味方はほとんどいなかった。

男の周囲には弓兵が並び、こちらに射線を合わせていた。男が槍を引き抜く。上半身の動作のみで投げ放たれた槍は、物凄まじい速度でルクスに飛来する。弓兵による一斉射撃は、遅れた。投げ槍と、十数の矢が殺到してくるのを見て、彼は意識を集中した。足の痛みも忘れて飛び込む。まず投槍を切り落とし、返す刃で進路上の矢を切り刻む。投槍の男が見開いた目にグレイブストーンの使い手が映り込んでいた。相手が足元の槍と背中の槍を手にした瞬間、ルクスは長剣を振り下ろしている。

「ちぇっ、英雄にはなれなかったか……」

鎧ごと人体を両断する感触の中で、彼はそんな言葉を聞いた。が、ルクスは黙殺して剣を振り回し、至近距離の弓兵を斬り殺した。さらに足元の投槍を引き抜き、右後方に投げつける。投槍は、ゆるりと立ち上がり、こちらに歩き出していた兵士の頭部に突き刺さった。速度も威力も申し分ない。しかし、いま足元で息絶えた男に比べると、か弱いという印象を拭い切れない。

(なんだ? なにが起きている?)

絶命しても動き出す兵に、超人的な膂力を発揮する兵。どちらもガンディアが入手した事前情報にはなかったものだ。ザルワーンが隠匿し続けてきたのだろうが、なんにせよ、常識では考えられないようなことが起きている。超人はまだいい。武装召喚師のような規格外の存在が実在する以上、槍使いのような超人が実在してもおかしくはない。だが、死人が生き返ることなど、あるのだろうか。

現実に目の前で起きたことを疑ってはならないのだが、殺し損ねたという可能性も捨てきれない。手応えはあったが、勘違いかもしれない。気のせいかもしれない。

(そうだ……死者が生き返ることなんてあるはずがない)

ルクスは、勝手に結論付けると、視界の端で蠢いているものに目を向けた。斬り殺したはずの弓兵の手が動いている。

「気をつけろよ! こいつら、殺しても生き返りやがる!」

シグルドの大声が、ガンディア軍のみならず、ザルワーン軍にも動揺を与えたのは、ルクスにもわかった。