Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Episode 389: An Attack on the Dragon House (19)

(こちらは二対一)

数の上では不利。だが、そのころには、マナの戦輪が目標を見失って彼女の手元に舞い戻ってきている。二個一対の戦輪は、なにも投擲しかできないわけではない。近接戦闘もこなせたし、ある程度の遠隔操作も可能だった。攻撃力はスターダストに劣るが、使いやすさではムーンシェイドのほうが上回っている。

槍兵のうち、ひとりは地を蹴り、飛び上がった。もうひとりは、まっすぐに突っ込んでくる。

(空中と地上からの同時攻撃……!)

マナは、左手のムーンシェイドを空中に投げ放つとともに駈け出した。槍兵の猛烈な突きを紙一重でかわしながら体を沈め、右手の戦輪を敵の脇腹に押し当てる。接触した部分にだけ光刃を形成するとともに振り抜いて胴体を切断すると、断末魔の叫び声が耳に突き刺さった。

「くそがっ」

黙殺して振り返ると、跳躍した槍兵が平然と着地していた。彼女ははっとなったものの、よく見ると、槍兵は右腕を失っているのがわかった。戦輪は見事に敵の腕を切り飛ばしたのだ。それでも、槍兵は左手だけで槍を握り締めると、こちらに向かってきた。

彼女は後ろに向かって飛びながら右手の戦輪を投擲しつつ、左手を掲げた。戦輪が戻ってくると、即座にそれも投げつける。ふたつの戦輪が、高速回転する光輪となって槍兵に殺到する。槍兵は一つ目のムーンシェイドを身を屈めて回避したものの、二つ目の戦輪が兜ごと頭部を切り裂いた。血と脳漿が飛び散るのを見届けて、彼女は両手を翳す。

ムーンシェイドは中近距離両用の武器ではあるが、二個とも投擲した瞬間、マナの能力は通常化してしまうのが難点だった。召喚武装による能力強化の恩恵を得るには、普通、召喚武装と接していなければならない。

ふたつの戦輪を回収すると、マナは、素早く背後を振り返った。五感強化の復活は、敵兵の急接近を彼女に伝えていたのだ。彼女を目標とする敵兵の数、二十人は下らないようだ。武装召喚師を真っ先に潰すというのは戦術としては正しいのだろうが、なんにしても遅すぎると思わずにはいられない。

「戦闘開始と同時に包囲殲滅するべきでしたわね」

マナは、ムーンシェイドを構えると、冷ややかに告げた。

彼女が把握している限りでは、ザルワーンの前線は壊滅状態であり、彼らに勝ち目はなかった。

「超人? 違うわ。英雄よ」

セーラ・ベルファーラ=ガラムと名乗った女が笑ったのは、皮肉だったのかどうか。ウォルドは、女の攻撃に警戒しながらも軽口に付き合った。

「はん、救国の英雄にでもなるつもりかい」

「そうね。それもいいわ」

間合いは、決して狭くはない。女の太刀が届く距離であり、こちらの拳打蹴撃が届かないぎりぎりの間隔。つまり、敵にとって有利な間合いを取られていた。

こちらの攻撃が届く距離に踏み込めば、女の斬撃が飛んでくるのは目に見えている。迂闊なことはできない。かといって、女ひとりに時間をかけている場合でもない。団員に死傷者が出ている。なんとしても、手早くこの女を倒し、マナの救援に向かわなければならない。

(それも簡単じゃねえな、こりゃあ)

ウォルドは、龍眼軍の部隊長という女の超人ぶりに驚嘆していた。これまで叩きのめしてきた超人兵とは比べ物にならない動体視力を持っており、性別の差などまったく無視した膂力には平行せざるを得ない。超人の中の超人とでもいうべきか。

ブラックファントムの能力が通用しないだけならば、まだいい。認識消失は、凶悪な能力だが、攻撃力が高まるわけでも、高い防御力が得られるわけでもない。無論、敵がこちらを認識できないということは、こちらの攻撃が急所に当てやすくなるということであり、また敵の攻撃が当たりにくくなるということでもあるのだが、だからといって純粋な意味で攻撃力が上がるわけではない。

問題は、ウォルドの拳打や蹴撃がいまのところまったく通用していないということだ。何度か拳を叩きつけたものの、そのほとんどが太刀で受け止められ、受け止められなかった攻撃も軽くかわされてしまっていた。

女が扱う太刀は、分厚い鋼鉄の装甲を貫く一撃をも耐え抜く驚異の硬度を誇る上に、女の常軌を逸した身軽さは、ウォルドの拳では捉えることも難しい。ウォルドの拳打や蹴撃の速度が遅いわけではない。他の超人兵では認識するのがやっとといったところだろう。

それほどの速度の攻撃をいともたやすく回避するのは、セーラの能力が優れているからだ。

一般兵よりも優れた超人よりも優れた規格外の超人――それが彼女なのだ。ただの部隊長でも、ただの超人でもない。

(そもそも超人ってなんだよ)

胸中で毒づきながら、拳を握る。間合いは相も変わらずセーラのほうが有利だが、相手は攻撃の素振りを見せない。わずかでも動けば、こちらが反応することを知っている。後の先を取られることを懸念しているのだろうか。女の鋭利な目には、なにを企んでいるのかはわからないほど、殺意で満ちていた。

間合いは、拳よりも太刀のほうが当然広い。鋭い突きにせよ、鋭角的な斬撃にせよ、拳打が主体のウォルドには脅威といえるだろう。

ウォルドは、ザルワーン軍にこれほどの手練れがいることに驚きを隠せなかった。武装召喚師に対等以上に戦える人間など、そういるものではない。

召喚武装の補助を得ることのできる武装召喚師は、ある意味で人間を越えているのだ。ロンギ川一帯に破滅的な嵐を巻き起こしたジナーヴィ=ワイバーンの例を思い出すまでもなく、召喚武装の能力自体、人智を超えたものだ。

その上、五感も肉体も強化され、常人とは比べようのない力を発揮する。武装召喚師を多数抱えることができれば、小国が大国に勝ることも可能かもしれない。

実際、武装召喚師の有用性を認識している国は、武装召喚師を召し抱えるための努力を惜しまないものだ。

ガンディアは黒き矛のセツナが活躍したことで武装召喚師の有用性に気づいたのか、《大陸召喚師協会》からファリア・ベルファリアを雇い、武装召喚師だけの部隊を新設した。

ザルワーンが武装召喚師養成機関・魔龍窟を作ったのは随分昔の話らしい。その成果が五人の武装召喚師であり、そのうち四人がこの戦争中に戦死したというのは、ガンディア軍の得た情報とミリュウ=リバイエンの話からわかったことだが。

武装召喚師を数多く揃えた国がこの大陸小国家群の覇者になる、というのはいいすぎかもしれないが、それに近い結果になることは想像に難くない。

とはいえ、武装召喚師を揃えるのは難しい。武装召喚師を雇うだけならば、《大陸召喚師協会》に要請すればいい。多額の費用を要求されるかもしれないが、《協会》印の強力な武装召喚師をひとりは雇えること間違いない。ファリア・ベルファリアほどの武装召喚師ならば数多といるだろう。

《大陸召喚師協会》は、各地で武装召喚師の育成と武装召喚術の普及に努めており、武装召喚師のほとんどが《協会》の支配下にあるといってもいい。《協会》なければ、ここまで急速に武装召喚術が広まることはなかっただろうし、ウォルドが武装召喚術を学ぶこともなかっただろう。もっとも、ウォルドは《協会》に属しておらず、マナ=エリクシアも《協会》と距離を置いていた。ウォルドの場合は、単純に協会のやり方が気に食わないからだ。《協会》は、所属する武装召喚師の仕官先を斡旋する業務も行っており、武装召喚師の派遣によって国々の力関係を操作しようとしている節があった。緊張状態にあるふたつの国に武装召喚師を売り込むということは、戦争を煽っているのと同じではないのか。

武装召喚術の普及と発展を謳いながら、死の商人まがいのことをしているのではないかという疑念がウォルドの中に根強く残っていた。

だからどう、という話ではない。

武装召喚師を揃えるのは簡単なことではなく、五人もの凶悪な武装召喚師を輩出できたザルワーンは優秀だったということだ。結果こそ伴わなかったものの、それは致し方のないことでもあった。

相手が悪かったのだ。

ジナーヴィとフェイは、《白き盾》と当たってしまった。地形を激変させるほどの嵐を起こしても、シールドオブメサイアの守護を破ることなどできない。スターダストの爆砕すら無力化するのがクオンの盾なのだ。彼らに勝ち目はなかった。

ミリュウたちも災難だった。相手が黒き矛率いる《獅子の尾》隊だったのだ。黒き矛のセツナに、リョハンの戦女神の孫娘(ファリア・ベルファリア)、それにルウファ・ゼノン=バルガザール。ウォルドはルウファの実力こそ知らないが、彼はガンディアの名門バルガザール家の次男であり、戦闘者としての才能があったとしても不思議ではない。

そして、黒き矛のセツナの雷名は聞き及んでいたし、戦女神を祖母に持つファリアの実力は疑いようもなかった。むしろ、そんな連中に重傷を負わせ、ひとりを後送させたのだ。善戦したと見るべきだ。

(さて、俺はどうだ?)

眼前の超人を相手に善戦できるものか、どうか。

ウォルドは、全力をぶつけられる敵と対峙していることに喜びを覚えていた。