Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Lesson 478: The circumstances of the royal palace (3)

「レオンガンド陛下。ご機嫌麗しゅう」

執務室に入ってくるなり、長身痩躯の貴人が恭しい態度を取ってきたので、レオンガンドも席を立って挨拶に応じた。

「ジゼルコート殿、歓迎しますよ。こうして王宮で会うのは何ヶ月ぶりでしょうか」

「半年……いや、それ以上ですな」

貴人――ガンディアでも珍しい種類の人物だと、レオンガンドは思うのだ。

ガンディアは、王家に連なる血筋を貴族ともてはやし、ある程度の権力を認めている。しかし、そういった連中は有象無象といってよく、レオンガンドの本質さえ見抜けないものばかりだった。だからこそ、反レオンガンド派、リノンクレア派、王母派、太后派などという実態のよくわからないものに惑わされ、溺れるのだろうが。

そんな連中とは一線を画すのが、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールという人物だ。血筋を考えれば当然のことかもしれない。彼は、純粋にガンディア王家の血を引いている。先の王にしてレオンガンドの父親であるシウスクラウドの弟であり、つまるところ、レオンガンドの叔父に当たる人物だった。ジゼルコートはシウスクラウドの英雄性に魅了され、早々に王位継承権を放棄したことで知られている。シウスクラウドこそがガンディアの王に相応しいと公言し、なればこそ、自分はレオンガンドの補佐を務めるに足る人間に成ってみせると言い放った人物だった。そして、ジゼルコートは病床のシウスクラウドを良く補佐し、国政を取り仕切って見せたのだ。有言実行とはこのことであり、彼のその話は美談として国中で知られている。だからこそ、彼は未だに根強い人気があり、国民からの信望も厚いのだ。レオンガンドが王の座についたとき、まっさきに彼を重臣に据えようとしたが、ジゼルコートによって拒まれた。影の王のように振る舞った自分が国政に関わり続けるのは、レオンガンドの政治に悪影響を及ぼすに違いない、という彼の意見は、まったくもってその通りであるため、レオンガンドは、ケルンノールに戻る彼を引き止めることはできなかった。

ジゼルコートは、シウスクラウドによく似た相貌の男であり、対面していると、レオンガンドはつい父親のことを思い出してしまうから困ったものだったが、そのことを口に出したことはない。イゼルコートはシウスクラウドを敬愛しているから、喜んではくれるだろうが。

「そうでしたね。ご健勝そうでなによりです」

そういって、レオンガンドは執務室の片隅に彼を案内した。そこには、応接用に設置した机と椅子がある。執務室に篭っていると、まれに彼のような来客がある。そういうときのためにも用意しておく必要があった。

「ええ、まあ……ケルンノールは気候も穏やかで、比較的住みやすい土地なのでね。王都のような賑わいはありませんが、静かに暮らすには最適な土地だと思いますよ」

「ほう。それはよかった。ケルンノール産の馬の評判が良いのは、その辺りも関係しているのでしょうか」

ケルンノールは、ガンディア南東の土地だ。ガンディオンに住むものには、南西の都市クレブールの反対側とよくいわれた。ケルンノールには、クレブールのような大都市はない。領伯が治める小さな街があるだけなのだが、その街には大きな牧場があり、多数の馬が育てられている。

ケルンノール産の馬は、足腰が丈夫で、気性も素直なので、特に軍人の間で評判が良かった。部隊長から大将軍に至るまで、ケルンノール産の軍馬を愛用しているものは多い。

「馬は、育てる者達の努力の結晶でしょう。もちろん、気候が良いに越したことはないんでしょうが、軍馬を育てるとなると、自然の力だけではどうにもなりますまい。そうそう、ザルワーン戦争の勝利を祝い、馬を五十頭ほど見繕ってきましたので、後でご覧になられてはいかがですかな?」

「五十頭も?」

「それでも少ないと思いますが」

「十分ですよ。ありがたく頂戴いたします」

「論功行賞で上位のものに下賜されるのもよろしいかと」

「そうですね……それはいい。きっと喜ぶ」

レオンガンドは、ジゼルコートの提案を素直に受け入れた。実際問題、今回の論功行賞の賞品は物足りないといわれても仕方のないところがあった。順位こそ妥当であったとしても、内容が伴っていなければ、不満を抱くものも出てこよう。特に上位陣には、なにかを付け足すべきだと考えていたところだったのだ。

軍馬。それもケルンノール産の馬だ。

特に、セツナのようにみずからの馬を持っていないものには喜ばれること間違いない。セツナは馬の扱いに関しては素人同然だということだが、つぎの戦いまでにはある程度扱えるようにはなるだろうし、彼の立場を考えれば必要不可欠なものだ。親衛隊長が馬に乗れないのでは、格好がつかない。

もっとも、戦場に辿り着けば馬を必要としない彼には、必須技能というわけでもないのだが。

ジゼルコートは、お茶を口に含むと、しばらくしてから話題を変えてきた。

「論功行賞といえば、新たな領伯が誕生されたとか」

「ええ。セツナはご存知でしょう。セツナ・ゼノン=カミヤ」

「もちろん。ガンディア躍進の象徴であり、希望の星。救国の英雄という声もありますな」

「大袈裟ではなく、その通りだといっていいでしょう。セツナがいなければ、ガンディアはいまだに小国のままだったのは疑いようのない事実です。ログナーを下すことさえできず、ともすれば、ナーレスを失っていたかもしれない」

レオンガンドは、ジゼルコートには隠し事をする必要がないと判断していた。シウスクラウドを補佐し続けた彼には、レオンガンドの力にもなってもらいたいのだ。そのためには、レオンガンド自身が胸襟を開く必要がある。隠し事などもってのほかだ。

ジゼルコートは、病に倒れたシウスクラウドに代わって国政を取り仕切る一方、シウスクラウドの最後の謀略にも助力している。つまり、ナーレス=ラグナホルンのザルワーン入りである。ナーレスが疑われることなくザルワーンに入り込むためには、入念な準備が必要だった。ナーレスがいかにレオンガンドと反りが合わず、ガンディアの将来に絶望しているのか。“うつけ”のレオンガンドに任せていればガンディアは滅ぶとさえいった、という噂を流布するためには、ジゼルコートの協力も必要だった。ジゼルコートほどの人物がレオンガンドとナーレスの仲違いを嘆いていれば、それは外部に触れた時、真実となって拡散するものだ。

ナーレスとレオンガンドの中が険悪だという噂は、ザルワーンに到達する頃には深刻なものに変わり果てていたというのだから面白い。結果、ナーレスは見事にザルワーンに入り込むことに成功し、破壊工作に着手することができたのだ。

ガンディア王家が全力を上げて行ったザルワーンへの謀略は、ザルワーン戦争の大勝利という形で結実した。

その勝利にもっとも貢献したのがセツナだということは、だれの目にも明らかだろう。

「ほう。それだけの人物ならば、領伯になられても不思議ではない」

「ジゼルコート殿には事前に相談しておくべきだったとは思いますが」

「なにをおっしゃられる。領伯とは、国土の一部を領地として預かり、陛下に代わりに経営しているだけの存在なのです。相談されるいわれもない」

「しかし……」

「ガンディアの王は、レオンガンド陛下なのです。何事も、陛下の意思を尊重されるべきだ。わたしのようなものの意思を汲み取ろうとするのは、間違い以外のなにものでもない」

ジゼルコートは、きっぱりと告げてきた。澱みない口調は、彼の全盛期を思わせるに十分な迫力があった。影の王として君臨した一時期、彼はだれよりもガンディアのことを想い、ガンディアのためだけに行動していた。その情熱は、レオンガンドすら畏敬を覚えるほどだった。

「しかし、領伯も増やしすぎるのは考えものです。国土は有限。領地を与え続ければ、王の権威が失墜するのは、古今の歴史を見るに必定のこと」

「肝に銘じておきます」

「もちろん、今回のセツナ殿に関しては、正解だと思いますよ。王宮召喚師であり、親衛隊長であるセツナ殿に報いるには、ほかに選択肢はない。わたしが陛下の立場であったとしても、そうしたでしょう」

ジゼルコートのお墨付きをもらえたことに、レオンガンドは心の底から安堵した。