レオンガンド・レイ=ガンディアとナージュ・ジール=レマニフラの結婚式は、獅子王宮大広間で行われた。

荘厳にして豪華に飾り立てられた大広間は、獅子王の結婚式会場に相応しいといえた。式に参列した各国首脳のほとんどは、大広間に足を踏み入れた瞬間、度肝を抜かれたようだったが、それは仕方のないことだった。

ガンディアの象徴である銀獅子レイオーンを模した飾りが、式場のそこかしこの空白を埋めるようにして配置され、レマニフラの国章である双頭の蛇を模した飾りと合わせて、レオンガンドとナージュの結婚を祝うものとなっていた。銀が数多く使われているのは、レイオーンが銀の獅子だからという単純な理由であり、レオンガンドとナージュの衣装にも銀糸が大量に使われていた。

衣装代だけで、馬鹿にならないほどの金額がつぎ込まれているのだが、そのためにはガンディアの金庫を預かる財務大臣ラシュフォードの首を縦に振らせる必要があり、レオンガンドの側近たちは苦労したようである。

この結婚式の成功如何で、ガンディアを巡る状況が変わるかもしれない、というだけでは、財務大臣は眉根を寄せるだけだったらしく、ガンディアを取り巻く環境が良くなれば財政が改善されると嘯いて、ようやく資金を捻出させることに成功したということだった。そういったゼフィルたちの活躍もあって、レオンガンドとナージュの結婚式は、近年稀に見るほど豪華なものになったようだ。

(ガンディアの威信を知らしめるためには必要な儀式だ)

ナーレスは、ゼフィルたちの頑張りを褒め称えたものだ。ラシュフォードは閉ざされた金庫のように頑固であり、彼から経費を引き出させるのは、簡単なことではなかった。国にとって必要なことに対しては金を惜しまないのだが、それが本当に必要なのかどうか疑わしいものには、明確な理由が認められない限り、わずか足りとも金庫を開かない。

それは、レオンガンドが彼を財務大臣に据え置いた理由でもある。彼が財務大臣にあるかぎり、反レオンガンド派が国庫を開くことはありえないからだ。もっとも、ラシュフォードが必要と認めれば、話は別だ。相手が例え反レオンガンド派であったとしても、財務大臣さえ認めれば金庫は開かれた。そして、そういった場合の金の流れは極めて綺麗なものであり、ガンディアにとって悪い結果にはならないのだが。

ナーレスはいま、妻メリルとともに王宮大広間にいる。財務大臣ラシュフォードも、夫人とともに参列しており、式場に入ったとき、飾り付けのあまりの豪華さに卒倒しかけていた。財務大臣にしてみれば、このような装飾のために国庫を開けるなど、馬鹿馬鹿しいことだったのかもしれない。

メリルは、久々に着飾れることを喜んでおり、式の日取りが決まったときから、執事や使用人にどんな服装が相応しいか、喧々諤々の討論を行っていた。その結論がいまの彼女の姿なのだが、青を基調としたおとなしめのドレスは、幼さを残すメリルに大人びた空気を纏わせていて、ナーレスに彼女の魅力を再確認させていた。

「素敵ですね、陛下も……姫様も……」

「ああ」

メリルのうっとりとしたつぶやきに、ナーレスは小さく頷いた。メリルの視線の先には、白銀を纏うレオンガンドとナージュの姿があり、ふたりは、結婚式の参列者たちを前に、緊張の面持ちをしている。レオンガンドはどことなく銀の獅子を模した衣装を着こみ、隣のナージュは双頭の蛇の意匠が入ったドレスを纏っていた。この日のために、金を惜しまず作り上げられた衣装だ。出来栄えもさることながら、衣装を身につけた人物が良かった。

レオンガンド・レイ=ガンディアは、子供の頃は無垢な天使のようだったが、成長してますますその美しさに磨きがかかっていた。成長の過程で、国の頂点に立つことの苦しさや辛さを知り、父親を手にかけなければならないという決断に迫られ、絶望したにも関わらず、その顔つきに陰りは見えない。むしろ、達観し、悟りきったようなところがあり、それは王者に相応しくも思えた。流れるような金髪に澄み切った青の瞳。中性的な顔立ちは、母親の血が濃いからなのかもしれない。彼は嬉しくないかもしれないが、ラインスに多少似ていた。

ナージュ・ジール=レマニフラ――今日をもってナージュ・レア=ガンディアとなる女性は、南方人特有の褐色の肌と艶やかな黒髪が目を引く美女だ。レオンガンドと並び立てば、まさに美男美女であり、式の参列者からため息が漏れたのも当然だったのかもしれない。ガンディアと同盟を結ぶためにレマニフラから飛び出してきた奔放な姫君は、その美貌と可憐さで一躍、国民の人気を得ていた。レオンガンドの母である太后グレイシアも、一目見て彼女のことを気に入ったようであり、よく後宮に呼んでは、ふたりで遊んでいたようだった。グレイシアは、レオンガンドにナージュとの結婚を後押していたようでもある。褐色の肌に白と銀のドレスがよく映えていた。

そんなふたりを祝福するため、という理由で式場に集まったのが、近隣諸国の首脳陣である。

ルシオン、ミオン、レマニフラといった同盟国、ベレルのような支配国の王族が参列するのは、当然のことだ。遠方のレマニフラはともかくとしても、ルシオンとミオンが、三国同盟の盟主であるガンディア王の結婚式に参加しないなど、ありえない。

そして、ジベルを筆頭とする近隣諸国の国王、王子が顔を揃えている。ジベル、アザーク、メレド、イシカ、アバード。アザーク以外は、ガンディアがログナー、ザルワーンの領土を支配下に置いたことで、隣国となった。アバードなどは、これまで国交さえもなかったのだが、アバードがザルワーンの北に位置することを考えれば、仕方のないことだ。ザルワーンという軍事大国を無視することは、当時のガンディアには難しいことだった。

しかし、それもいまや昔の話である。

(ガンディアは大きくなった。弱小国家だったあの頃とはわけが違う)

ナーレスは、感慨とともに式場を見回した。最前列でふたりの様子を見守っているのは、太后グレイシアだ。グレイシアは、先にもいったようにナージュとレオンガンドの結婚を後押ししていたこともあり、ふたりの結婚式をその目で見ることができて、感激しているようだった。身に纏う流麗なドレスは、豪華ながらも控え目であり、彼女の人柄を表しているようにも思えた。

反レオンガンド派が太后を担げなくなったいま、グレイシアの周囲にいるのはレオンガンドの側近たちである。ゼフィル・マルディーン、ケリウス=マグナート、バレット=ワイズムーン、スレイン=ストール、そしてエリウス=ログナー。彼らは皆、銀獅子の紋章を胸につけており、特別な立ち位置にあるということを示していた。

オーギュスト=サンシアンも、出席している。サンシアン家の当主としてではなく、軍師配下の参謀として、ナーレスたちと同じテーブルについていた。サンシアン家は、ガンディア王家やレマニフラ王家よりも格上といってもいい家柄ではあったが、落魄し、いまやガンディアの一貴族に過ぎない。その古く名高い家柄を誇示するようなことがないからこそ、サンシアン家は人々に慕われ、特異な地位を築けたのだ。

それから、ナーレスたちから遠く離れたテーブルに陣取る一団に目を向ける。ラインス=アンスリウスを党首と仰ぐ反レオンガンドの一党である。ゼイン=マルディーン、ラファエル=クロウなどといった有能ながらもガンディアの将来にとって害悪以外のなにものでもない連中が、何食わぬ顔で結婚式に参加しているのだ。

ナーレスは、以前から彼らの存在が気に食わなかった。特にラインス=アンスリウスは、個人的な感情だけでレオンガンドを嫌っている節があり、その延長線上で敵対し、足を引っ張っているような疑いさえあった。なにもレオンガンドを全面肯定しろというのではない。しかし、レオンガンドがガンディアを拡大していく上で、足枷になられては困るのだ。

レオンガンドには、小国家群を統一するという夢がある。その夢は、シウスクラウドに強制されたものではない。彼がたったひとりで思い描いた夢だ。大それた、しかし、ガンディアが未来を掴むには必要不可欠な要素でもあった。三大勢力が小国家群に食指を伸ばせば、ガンディアのような国は地上から消滅せざるを得ないからだ。

数百年、三大勢力は沈黙を保っている。だからこそ、小国家群は旧態然とした戦国乱世を続けていられる。だが、それが無限永久に続くとは限らないのだ。教会か、帝国か、王国が動き出せば、それで終わりだ。なにもかもご破算になる。

ゆえにこそ、レオンガンドは、小国家群の統一を急いでいる。無茶な戦いを挑んできたのも、それが一因だろう。残された時間が後どれほどのものなのか、だれにもわからない。明日かもしれないし、百年後かもしれない。

後者の可能性を信じて、歩みを止めるのは愚の骨頂だ。