Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World
Episode 621: The Battleside
「ミオン征討、予定より早く終わったそうだな」
「はい。ハルベルク王子がひとり気炎を吐いたということだそうで」
「聞いている。嵐の中、ミオン・リオンまで急いだらしいな。まったく、我が義弟殿は頼もしい限りだ。その調子でクルセルクとの戦いにも奮起してもらいたいものだが……さて」
レオンガンド・レイ=ガンディアは、ガンディア・ザルワーン方面の大都市龍府にあった。かつてザルワーンの首都であった大都市は、いまでもガンディア最大の都市としてその存在を知られている。古都とも呼ばれ、その古めかしくも美しい町並みを一目見るためだけに訪れる観光客も数なくはない。ザルワーンがガンディアの領土となってからは、そういった観光客も増大したという。ミレルバス政権の末期となると、外国との交流も少なくなっていたこともあり、古都を訪れる観光客も極めて少なくなっていたのだ。
ガンディアが、古都の輝きを取り戻した。
ふと思い浮かんだことの馬鹿馬鹿しさに、彼は嘆息した。
レオンガンドだけが龍府を訪れているわけではない。軍師ナーレス=ラグナホルンを始め、参謀局の面々も同行していたし、左眼将軍率いるガンディア軍や、レオンガンドの親衛隊も随伴している。ログナー方面軍も配置についていることだろう。
ミオン征討に赴いた軍勢以外の全戦力が、このザルワーンの大地に集結しているのだ。ミオン征討の結果はわかりきっている。こちらの勝利は疑いようがないのだ。ならば、ミオン征討はセツナたちに任せ、レオンガンドはつぎの戦いに備えるべきだった。
つぎの戦いとは、クルセルクとの戦いである。大戦争となることは、彼我の戦力から明らかだ。クルセルクは、年明けにもリジウルの平定を完了させており、反魔王連合と名乗った四カ国の軍事力も取り込んだのは間違いない。
クルセルク本国の兵数こそ公称では二万程度であり、それだけならばガンディア単独でも十分に渡り合えた。
ガンディアの兵力は、ザルワーンを平定し、各地から戦力を募ったことで約二万にまで膨れ上がっている。これは戦闘に動員できる兵数であり、国境防衛部隊や警備隊も含めるとさらに増大する。
ともかく、クルセルクの兵力が公称程度ならば、わざわざ連合軍を結成することはなかった。もちろん、勝利を確実なものにするつもりならば、もっと戦力差が必要だったし、こちらが有利になるように策謀を巡らせる必要があったにせよ、クルセルクの公称兵力だけならば、大きな問題にはならなかった。
が、クルセルクを支配しているのは魔王である。
魔軍の支配者たる魔王は、皇魔を使役した。何百、何千ではきかない、何万もの皇魔が、魔王ユベルの名の下に集い、クルセルクの敵対国を蹂躙し、滅ぼした。ノックス、ニウェール、ハスカ、リジウルが為す術もなく滅ぼされたのは、クルセルクが何万もの皇魔による軍勢を用いたからだ。
反魔王連合は瞬く間に瓦解し、クルセルクは四国の領土を我がものとした。国土は増大し、兵力も増大したに違いないが、もっとも恐るべきは、クルセルクが戦争の最中に兵力を膨張させたという情報だった。
「皇魔だけで六万もの大軍勢だそうだな?」
レオンガンドは、だれとはなしに問うた。
軍議の最中である。大将軍アルガザード・バロル=バルガザールを始め、軍の上層部が顔を揃えていた。右眼将軍アスタル=ラナディース、左眼将軍デイオン=ホークロウ、大将軍の副将ふたりに、各軍団長、そしてレオンガンドの側近たちに、親衛隊長二名。参謀局の作戦室長たちも参加している上、連合軍各国の関係者も揃っている。とはいえ、アバードとジベルは自国領がクルセルクと隣接しており、クルセルクの攻撃対象になる可能性も強く、軍議への参加は消極的だった。国土の防衛こそ最優先に考えるべきだろう。もちろん、ジベルもアバードも、ガンディアとともにクルセルク領に侵攻する用意はできているはずだ。守るだけでは勝てないということも理解しているだろう。
「こちらは、反クルセルク連合軍の戦力を結集して、ようやく六万を凌駕しうるかどうか、といったところですね」
「ミオンはその戦力の幾ばくかを失い、アザークは兵を出し渋っている。現状、その六万に到達するかどうかすら怪しいものだ」
ミオン征討が成り、その領土は当初の予定通り、ガンディアとルシオンで分け合うことになった。北部がガンディアの領土となり、南部がルシオン領土となったのだ。旧ミオンの戦力は、この戦いに駆り出される運びになっているものの、征討で失った兵数を考えると、期待できるものでもなかった。
アザークは、元よりガンディアに対して距離を取っている国である。戦力を出し渋るのは、わかりきったことでもあった。ガンディア派の王子はひとり盛り上がっていたが、国に戻れば、反ガンディアの兄や父に説得されたに違いなかった。
その点、メレドやイシカは違う。すでに大部隊をアバードに入れており、メレドなどは国王みずから軍を率いているという。
「六万に達したところで、クルセルクの総戦力を上回るわけではありませんよ。そして、六万を超えたところで、敵は皇魔。人間と比較していい存在ではないのです」
「……人間で換算すると、ざっと二倍から三倍か」
「そういう単純な問題でもありませんが、簡単に言うと、そうなります」
「そう考えると、絶望的な戦力差だが、軍師殿には勝利の絵が見えているのだろう?」
「もちろん。しかし、そのためには、多大な出血を覚悟して頂く必要があります」
「この戦いに無血の勝利などありえぬことくらい、理解している」
レオンガンドは、ナーレスの涼やかな目を見た。無血の勝利など、そうあるものではないのだ。圧倒的な戦力差と相手の理解がなければ、血は流れる。無血の勝利こそ最上ではあるが、今回の戦いでそれを望むのは愚の骨頂としかいいようがない。
「勝利とはなにか。まずは、それを考えねばなりません。魔王を倒すことか。クルセルクを滅ぼすことか。クルセルクを降参させることか。皇魔を滅ぼすことか。大事なのは、魔王を倒したところで、クルセルクを滅ぼしたところで、最大の脅威は消え失せないということです」
「皇魔……」
「しかしな。六万を超える皇魔を殲滅するなど、容易いことではないぞ」
「ええ。ですから、我々は圧倒的な勝利で魔王を降さなければならないのです」
ナーレスの言葉は力強く、軍議の席に集った武将たちにも引けを取らぬ気迫があった。
「皇魔は、魔王に使役されているというのですから、魔王を降せば、皇魔も降したのと同義でございましょう」
「簡単に言ってくれるものだ」
「そのための道筋を作るのが、我々の役目」
ナーレスはそういうと、部下に命じて卓上に地図を広げた。
ガンディア周辺の地図は、ガンディアがその版図を広げるたびに書き換えられてきた。はじめにログナーがガンディア領となり、次にザルワーンがガンディアの色に染められた。ミオンの半分もガンディアのものとなったが、ミオンにはまだ手を加えられた様子はなかった。一方、反魔王連合の四カ国はクルセルクの色に塗り替えられており、クルセルクが最盛期のザルワーン以上の大国になったことを如実に表している。もっとも、国土の大きさでは、いまのガンディアには敵わないのだが。
(それでも圧倒的な戦力差がある。普通ならば到底勝ち目はない……が)
「クルセルクは、準備が整い次第、我が方に攻め寄せてくるでしょう。ザルワーンのマルウェール、ジベルのザンゴート砦、アバードのセンティア、タウラル要塞辺りが緒戦の地となるのは間違いないでしょうね」
ナーレスが示した地名は、どれもクルセルクとの国境に近く、クルセルクが反クルセルク連合軍と戦争を行うつもりならば、いずれかへ攻撃を仕掛けてくるだろうことは、軍師がいわずともだれもが理解していることだ。クルセルクの目的がガンディアを含む近隣諸国の制圧なのか、別になんらかの理由があって宣戦布告じみた行動を取ってきたのかはわからないにしても、ガンディアを攻撃対象にしているのは明白なのだ。それに、連合軍の盟主として祭り上げられた国を放置して、アバードやジベルだけを攻撃するとは思えない。
「また、クルセルク軍は圧倒的な物量を誇っており、すべての地域に同時に攻撃を仕掛けてくるという可能性も大いにあります」
「むしろそれ以外には考えにくいな。圧倒的な戦力差による物量戦。それがクルセルクの戦い方だというぞ」
アスタル=ラナディースがいい、ナーレスが静かに頷いた。
「クルセルクはこれまで、その全貌を秘してきました。わたしがザルワーンに潜伏している最中も、ザルワーンの内情を探るために手を尽くしたものですが、一向に正体がわからないままでした。それが、反魔王連合との戦争で明らかになった。皇魔を用いての物量戦こそ、クルセルクの唯一の戦術であり、常勝無敗の戦法でもあります。皇魔は強い。人間に比較して数倍の戦闘力を持っています。皇魔を大量に用意できるのならば、それ以外の戦術など不要なのは、子供にだって理解できそうなものです」
だれもが理解している事実を述べているだけだったが、ナーレスが言葉にすると、不思議な説得力があった。