ガンディアは、クルセルク戦争を経て、その領土をさらに膨張させた。

反クルセルク連合軍が一丸となって手にした勝利だ。当然、クルセルク全土がガンディアのものになるわけではないが、連合軍の主力であり、盟主国でもあったガンディアの発言力は、他の連合軍参加国を軽く凌駕するものだった。

そもそも、ガンディアの貢献度が段違いといってもいい。

まず、マルウェールを餌としてクルセルク軍をザルワーン地方に誘引した。自国領土蹂躙させることで敵戦力を分断したのだ。ジベルやアバードには到底真似のできないことであり、できたとしても、しようとは思わないことだ。失敗すれば、国土が荒らされるだけでなく、兵も民も無意味に死んでいくだけのことなのだ。危うい賭けだった。しかし、ガンディアは賭けに勝った。ザルワーンにリョハンからの援軍が間に合い、戦況は一変した。ザルワーンに殺到した魔王軍は本国に撤退したものの、そのときにはクルセルク本国の三都市が連合軍によって制圧されていた。それもまた、ガンディア軍の力によるところが大きい。

ガンディア王立親衛隊《獅子の尾》隊長セツナ・ラーズ=エンジュールが、セイドロック、ランシード、ゴードヴァンの皇魔をほとんどひとりで殺戮したのだ。たったひとりで、各都市数千の皇魔を撃破したというのだから、彼が魔屠(まほふ)りなる二つ名で呼ばれるのも不思議ではない。また、巨鬼を退けたことから鬼払うものというものもいるようだが。 

ウェイドリッド砦攻略戦も、三魔将との戦いも、ゼノキス要塞決戦でさえも、ガンディア軍の活躍なくしては語れないのが、クルセルク戦争というものなのだ。そして、魔王が戦意喪失し、魔王軍を解散したのもレオンガンドの交渉術あってのことであるという事実もある。もしレオンガンドが先陣を切ってゼノキス要塞に突入していなければ、ああも簡単に戦いが終わることはなかっただろうことは、疑いようのない現実だ。

以上のように、クルセルク戦争におけるガンディア軍の功績はだれもが認めるものであり、戦後の領土交渉に際してガンディアの発言力がもっとも高かったのは、当然ともいえるだろう。ガンディアは、自国の領土に関するものだけでなく、他国の領土に関してもその影響を大きく及ぼしているが、それもまた、発言力の高さによるところが大きい。そして、その発言力を得るために無茶をしたのも、ある意味では当然のことともいえるだろう。戦後、ガンディアにとって有利な状況を作るのは、ナーレス=ラグナホルンの使命でもあったからだ。

ガンディアが戦後自国領としたのは、クルセルク東部とノックス全域だ。

戦争開始時におけるクルセルクの領土というのは、クルセルク本土のみではない。ノックス、ニウェール、ハスカ、リジウルという四カ国がクルセルクの支配下にあり、それらは反魔王連合としてクルセルクに戦いを挑んだ結果、敗れ、クルセルクに主権を奪われた国々だった。

ちなみに、ガンディアを中心とする連合軍が反魔王を掲げず、反クルセルク連合軍と名乗ったのは、先にその四カ国が反魔王連合と名乗ったからだ。掲げる大義を考えれば、反魔王連合軍というほうが正しいのだが、混同や混乱を避けた。ただでさえ大所帯だ。情報が錯綜すれば、簡単なことで勘違いが生まれやすい。

ノックスを始めとする反魔王連合に参加し、クルセルクに主権を奪われた国々は、反クルセルク連合軍がクルセルクを打倒したことで、主権が回復されるものだと思ったようだが、もちろん、連合軍が彼らの主権を回復させる道理はなかった。

連合軍は、魔王の討伐を目的として結成されている。クルセルクに飲まれた国々の解放など、端から目的としてはいなかった。むしろ、クルセルクの支配下にある土地のすべてを連合軍参加国で分け合おうとさえ考えていたし、実際、その通りにした。

リジウルが反発するのも、ある意味では当然のことだったのかもしれないが、クルセルクに敗れ去った国々の発言権など認めるわけにもいかないのも、当然といってよかった。彼らの主権を回復させるということは、連合軍でクルセルク本土だけを分け合うということにほかならない。それでは、なんのために多大な犠牲を払ったのかわからなくなる。

クルセルク戦争を通して払った犠牲は、あまりにも大きい。

ガンディア全土に厭戦気分が生まれるほど、多くの血が流れた。戦死者は数えきれないほどに多く、重軽傷者を含めると、さらに膨大な数になった。民衆が戦争に嫌気が差すのも当たり前のことだし、その気分を否定するつもりもない。

ガンディアは戦争続きだった。

この一年、ほとんど休みなく外征を行ってきている。

ログナー戦争を除けば、どれも仕方のない戦いではあったのだが、国民全員がそれを理解できるわけもない。詳細に説明したところで、戦いに疲れ、嫌気が差したものたちが耳を傾けてくれるわけもない。

そんな厭戦気分をある程度払拭したのが、ガンディア軍の王都への凱旋であり、王妃ナージュ・レア=ガンディアの懐妊報道であり、それに伴う御前試合の結果だろう。国民を熱狂させる派手な行進はガンディアの得意とするところだったし、王妃の御懐妊ほど、国民にとって嬉しいことはない。国王夫妻に子が生まれるということは、ガンディアの将来が明るいということにほかならないからだ。

そして、ガンディア古来の風習であり、懐妊を祝う行事である御前試合は、その話題性によって一部国民を熱狂させた。なにより、セツナ=カミヤの優勝は、電撃的な速さでガンディア国内に知れ渡ったといい、いかに彼の人気が高く、彼への関心が強いかがわかろうというものかもしれない。

そういう状況下で、クルセルク戦争における褒賞と、ガンディア軍の新人事が発表された。

領土が増大したことで注目されていたものの、領地を与えられたのは、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールとセツナ・ラーズ=エンジュールの二名だけであり、新たに領伯が増えることはなかった。

ジゼルコートはクルセルク戦争に参加していないものの、レオンガンドの留守を預かってガンディアの国政を取り仕切りうという重大な役目を果たしており、約三ヶ月に及ぶ戦争中、ガンディア国内がなんの混乱もなく、安定していたのは、ジゼルコートの腕によるところが大きかった。かつて何年もの間、影の王としてガンディアの政治を司っていた人物なのだ。彼にしてみれば、数ヶ月くらいなんのことはなかったのかもしれないば、レオンガンドを始め、外征に赴いていたものたちにしてみれば、ジゼルコートほどありがたい存在はなかったといってもよかった。

外征でもっとも心配なのは、戦争に無関係な他国からの侵攻であり、つぎに国内情勢の悪化だった。連合軍参加国の防壁によって他国からの侵攻こそなんの心配もなかったものの、国内情勢の変化については、国王自身が外征に参加していることもあって、不安があった。しかし、ジゼルコートがそのような不安を払拭する働きを見せ、ガンディア国内は安定し続けたのだ。民衆の間に厭戦気分が生まれても、反戦活動や反乱にまで発展しなかったのは、ジゼルコートが国民を慰撫し続けていたからでもある。

ジゼルコートの評価を過大だというものも少なくはなかったが、それは戦争の実態をよく見ていないものの言葉であろう。

ともかく、レオンガンドは、自分の留守を預かってくれていたジゼルコートに感謝し、彼に新たな領地としてクレブールを授けた。

それにより、ジゼルコートは、クレブールの領伯ともなり、ケルンノール及びクレブール領伯としてガンディアに君臨することになる。つまるところ、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールという名が、公式の場での名前となるのだが、これまで通り、ジゼルコート・ラーズ=ケルンノールと呼ばれることが一般的となるだろう。

セツナの功績については、語るまでもない。反クルセルク連合軍の勝利にもっとも貢献したひとりであり、彼の戦功を追い抜くことはなにものにもできなかった。唯一、リョハンのマリ=マジクだけがその可能性を持っていたが、巨鬼の封殺という最大の功績は、やはり真似のできることではなかったらしい。

セツナには、ザルワーン方面最大の都市である龍府が与えられた。セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルドが公式の名称となる。ディヴガルドとは古代語で龍の府という意味であり、龍府のままでは格好がつかないという理由から、考えだされたものだ。

セツナ個人に龍府ほどの大都市が与えられることに異論が生まれる余地がなかったのは、セツナの活躍に非の打ち所がなかったからであり、彼がガンディアの英雄として認知され始めていたことが大きいのだろう。

「セツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド……長い名前になるな」

授与式の場でレオンガンドが苦笑したものだが、彼の名前は今後も長くなり続けるだろう。彼が活躍すればするほど、領地が増えていくのだ。そのうち、ザルワーン地方そのものが彼の領地となったとしても不思議ではないが、その場合、ザルワーンと名乗ればいいだけなのだから、名前としては短くなるかもしれない。

ナーレスは、授与式の厳粛な空気感の中、そんなことをひとり思い、胸中で笑ったりもした。

領地を与えられたのは、セツナとジゼルコートの二名だけだが、無論、褒賞は数えればきりがないほどの人間に贈られている。褒賞金だけでも多大な金額であり、国費が空になるのではないかと大盤振る舞いには財務大臣も頭を抱え、寝込んでしまうほどだった。が、戦勝後、褒賞を惜しまないのがレオンガンドのやり方であり、彼は、それだけが将兵のやる気を支えるものだということを知っていたのだ。

騎士の称号を叙任されたものの中での注目株は、リューグ=ローディンだろう。リューグ・ザン=ローディンと名乗ることになった彼は、御前試合の準優勝者であり、セツナとの決勝戦は、観客の間ではいまでも語り草になっていた。そして、観客や新聞社が詳細に語ったことにより、リューグ=ローディンの名は、ガンディア中に知れ渡ることになった。野盗崩れから王立親衛隊士にまで上り詰めたという彼の立身出世物語は、さまざまに脚色されながらも、国民に好まれている。

ほかに何人かが騎士となり、授与式において、ガンディア王家に新たに忠誠を誓った。

称号といえば、新たに王宮召喚師の称号を授与されたのが、ファリア・ベルファリア=アスラリアとミリュウ=リバイエンのふたりだ。王立親衛隊《獅子の尾》の隊長補佐にして優秀な武装召喚師であるファリアが王宮召喚師を授与されるのは、遅すぎるくらいといってもよかったが、様々な事情が彼女の授与を妨げていたのだ。クルセルク戦争での活躍によって彼女の授与に関する障害はなくなり、ミリュウとともに授与する運びとなった。

これにより、ファリア、ミリュウともどもゼノンと名乗ることになり、《獅子の尾》の武装召喚師は四人とも王宮召喚師となった。まさに王立親衛隊と名乗るに相応しい、といっていいだろう。

授与式において美々しく着飾った二名の武装召喚師は、とにかく人目を引き、多くの者にため息を上げさせたものだ。

授与式では、ほかにも様々な勲章の授与が行われ、王家への忠誠を新たにするもの、さらなる活躍を誓うもの、騎士を目指すものなど、授与式に参加したものたちは、それぞれになんらかの想いを抱いたようだった。

ちなみにであるが、ナーレスにも領地が与えようとする動きがあったが、ナーレス自身がこれを断っている。大将軍さえ領地を持たないのがガンディアという国であるのに、軍師が領地を得るのは、必ずしもいい傾向ではない、と彼は判断した。それに、彼には跡継ぎがいないのだ。領地を得ても、すぐさま宙に浮いてしまうだけだ。

彼の時間は、もうほとんど残されていない。

メリルが身籠っているのならば、領伯になることも多少は考えたかもしれないが、結局は断っただろう。

彼は、参謀局と軍の間に妙な諍いの原因を作りたくはなかった。ただでさえ、参謀局は白い目で見られがちだ。戦闘に口出しするくせに実戦に出ることがないということが、戦場で血を流す軍人たちの不興を買うのだ。だからこそ、参謀局は目立たないことが望ましい。かといって、あまりに目立たないと、今度は戦場でいうことを聞いてもらえないだろう。その平衡感覚が難しいところだ。ナーレスはいまのところ上手くやれているが、彼の後継者に真似できるだろうか。それが少しばかり心配だった。