Armed Summoners - Black Spears and the Brave Men of the Other World

Chapter One Thousand Thirteen Confrontation (III)

「ドーリン、レミル!」

エスク=ソーマが開口一番に部隊長のふたりを呼んだのは、シドニア傭兵団の配置場所に辿り着いてからのことだ。

「はい、ただいま」

「お待ちしておりましたぞー」

篝火を囲む傭兵集団の中から髭の大男と長身の女が立ち上がり、影が大きく揺らめいた。シドニア傭兵団は、現在総勢五十二人の傭兵から成り立っている。そのうち三人が幹部であり、団長代理のエスクに、部隊長のドーリン=ノーグ、レミル=フォークレイといった具合だった。残り四十九名が一般団員であり、二十五人がドーリン部隊、二十四人がレミル部隊に所属している。つまり、エスクには手持ちの部下がいないということになるが、団員全員がエスクの配下ということを考えると、別段、不便ということもなかった。

そして、この一月あまりの集団行動がシドニア傭兵団の残党に傭兵団らしい結束をもたらしていた。エスクは、団長代理として部下たちに慕われていなかったが、その結束の強化によって、多少なりとも重視されるようにはなったらしく、団員たちに丁重に扱われるようになったことがガンディア軍との合流以来わかってきた。

セツナと行動をともにしてきた結果、ガンディア軍に身を置くことになったのだが、そのことが傭兵たちの気を良くしたのかもしれない。傭兵は所詮傭兵。金だけが正義であり、信念もなにもあるものではない。アバードには長らく世話になり、厚遇してもらってもいたが、契約が切れた以上、敵に回ることになったとしても、なにか特別な感情を抱くことはない。

金の切れ目が縁の切れ目とはよくいったものだ。

対して、ガンディアはどうだ。いくつもの傭兵団を抱えるガンディアは、金払いもいい上、傭兵への待遇も悪くないという話だ。アバードから乗り換えるならちょうど良かったし、セツナが仲介してくれるというのなら渡りに船だった。セツナといえばガンディアの英雄である。彼が間に立ってくれるのなら、シドニア傭兵団が買い叩かれるということはあるまい。

そしてなにより、ガンディア軍に参加するということは、アバード軍と戦えるということだ。

エスクは、ドーリンとレミルが駆け寄ってくるのを待たず、陣地内の天幕の中に入った。机の上の魔晶灯に手を触れ、天幕内に明かりを灯す。篝火の生んだ影に覆われていた空間が、一瞬にして青白い光に包まれる。彼は手近にあった椅子を引き寄せて腰を下ろすと、軽く息を吐いた。軍議のあった本陣からシドニア傭兵団陣地まで徒歩で移動しなければならなかったのだ。そこまで遠くはないし、この程度で疲れるほどやわではないが。

やがて、レミルとドーリンが天幕に入ってきた。

「軍議のほうはいかがでした?」

「まあ、上々だな」

「上々といいますと?」

「面白いことになってきやがったのさ」

エスクは、レミルの手から盃を受け取ると、彼女が酒を盃に満たすのを待ってから、一気に飲み干した。喉が焼けるような味わいが広がる。

「なんでも、タウラルが落ちたらしい」

「タウラルが?」

ドーリンが驚いたのは、タウラル要塞といえば難攻不落で知られていたからだ。シドニア傭兵団が入ったときも、タウラル要塞に籠城して戦えば、一ヶ月以上の時は稼ぐことができるだろうと思ったものだ。巨大で堅牢な要塞は、王都バンドールなどよりも遥かに攻めにくい。

「ガンディア軍、ですか?」

「いや、シャルルムの軍勢だそうだ」

エスクの答えに、ドーリンは渋い顔をした。シャルルムが虎視眈々とアバード領の切り取りを狙っていたことは、周知の事実である。それでも手を出せずにいたのは、シャルルム領に近いタウラル要塞の守りが完璧に近かったからであり、簡単には落ちないという確信がアバード、シャルルム両国にあったからだ。そんな要塞がたやすく落ちたのだ。ドーリンにも想うところがあったに違いない。

「そして、そのシャルルムの軍勢もまた、王都バンドールに向かっているっていう話だ」

「なんと」

「鉢合わせになりますね」

「軍師殿いわく、シャルルムはガンディアに恩を売る気だろうってこった。ま、わからなくはねえ。ガンディアは大国だ。敵対的な関係を続けるよりも、むしろ友好的な関係を築きあげたいだろうさ」

エスクは、机に置いた盃に酒を注いでくれるレミルを眺めながら、あざ笑うようにいった。

「アバードも、そうだった」

「しかし、アバードはガンディアに攻められましたな」

「そりゃ、ガンディアの王様が王様だからな」

「レオンガンド王……」

「大陸小国家群の統一を掲げたレオンガンドには、アバードなんざ眼中にないのさ。だから、平然と同盟関係だって破棄できるし、友好国にだって攻めこむことができる。ま、国のすることだ。俺たち傭兵にゃ関係ねえし、むしろ、食い扶持が生まれるんだからありがたいこった」

戦争が起きるということは、傭兵の需要が生まれるということだ。安寧と平穏ほど、傭兵にとって疎ましい物はない。闘争こそが傭兵のすべてであり、戦いの中でしか生きられないのが傭兵という生き物だった。だからこそ、戦いを起こしてくれる国には、感謝しかない。その上で雇ってくれるのならばいうことなかった。たとえ戦争に負けたとしても、生き延びてさえいれば問題はないのだ。また、つぎの戦場を求め、雇い主を探してさすらうだけのことだ。

傭兵とは、そういう生き物だ。

「それにアバードがこんな状況に陥ったのは、ガンディアのおかげだ。レオンガンドには感謝したいほどさ。ガンディアの拡大主義が、アバードに破滅をもたらそうっていうんだからな」

アバードの破滅ほど痛快なことはない。

アバードが破滅に向かえば向かうほど、エスクの気分は昂揚した。シーラの表情が曇れば曇るほど、溜飲が下がる想いだった。だが、まだ足りない。まだまだ物足りない。こんなものでは、駄目だ。こんなものでは、大切な人が奪われたことへの復讐にはならない。

アバードは、内乱の末、ラングリード・ザン=シドニアの命を奪った。それだけでも許しがたいというのに、ラングリードが死んだ戦いは、茶番でしかなかったということが判明している。本物のシーラを逃すための戦いだったのだ。許しがたい事実だった。

煮え滾る怒りを抑えこむのに、彼がどれだけ苦心したものか。

シーラを目にするたびに殺意が過ぎった。しかし、彼女を殺しては、意味がない。シーラには、存分に苦しんでもらわなくてはならない。愛する祖国が蹂躙され、壊れゆくさまを見届けてもらわなければならない。そういう意味でも、ガンディアには感謝していた。ガンディアがシーラを御旗として掲げてくれたことは、彼女を精神的に追い詰めるのに一役も二役もかってくれている。

「が、これだけじゃ面白くねえよな?」

エスクはにやりとした。

「といいますと?」

ドーリンが声を潜めたのは、天幕の外にいる人間に聞かれるとまずいと思ったからかもしれない。もとも、ここは傭兵団陣地であり、ガンディア軍の監視の目が及ぶところではないが。

「もっと……」

「もっと?」

「そう、もっと混乱が必要だ。もっと血を流してもらわなきゃな」

エスクは、盃に満たされた酒を飲み干して、口の端に笑みを刻んだ。

「でなきゃ、団長の魂が浮かばれねえよ」

エスクが告げると、ドーリンが静かにうなずき、レミルが目を伏せた。

ラングリード・ザン=シドニア。

シドニア傭兵団長の名は、彼らの心をひとつにする呪文のようなものだった。

翌朝、北東にシャルルム軍の軍旗がはためいているのが、物見によって確認された。

エインの推測通り、シャルルムの軍勢が王都への攻撃を計画していることが明らかになった。シャルルムの軍勢は総勢三千ほどであり、王都を落とすには物足りない戦力ではあったが、それは単独で考えた場合の話だ。ガンディア軍との共同作戦ならば、十分な戦力になりうる。もっとも、シャルルム軍からガンディア軍に対して、なんらかの呼びかけが行われたことはなく、また、こちらからも共同作戦を持ちかけたりもしていない。

ガンディア軍には、一応、大義がある。

シーラ王女を窮状から救い、アバードに真の安定をもたらすこと。それこそがガンディアの大義であり、御旗であった。

対して、シャルルムはただの侵略である。アバードの混乱につけ込んだ侵攻であり、ガンディアがそんな軍勢と共同歩調を取るということは、正義の御旗を投げ捨てるのと同じことだ。

よって、ガンディア軍は、シャルルム軍には積極的には関わらないという方針だった。

正午過ぎ、王都バンドールの南門が開いたかと思うと、アバード軍獣戦団とベノアガルドの騎士団がバンドールの南側と東側に展開した。籠城ではなく、野戦の構えだった。それはつまり、籠城したところで援軍を期待できないということだ。籠城戦とは、援軍があってはじめて意味を成すものであり、援軍が期待できないのであれば、まったく無意味な戦術といっても過言ではない。

王都に動きがあったことで、開戦の予兆が、ガンディア軍全体に緊張を走らせた。

そのころ、セツナは本陣にいた。隣にはシーラがいて、周囲には彼女の元侍女たちが控えており、手前には軍馬が用意されていた。セツナの軍馬は、黒い馬だ。黒き矛のセツナに相応しいといっていいだろう。セツナの鎧兜も黒一色だった。それはつまり、黒き矛のセツナといえば全身黒ずくめだろうというのがガンディア軍の認識であるということだが、そのことに関してはセツナに異論はなかった。

新式装備といわれる種類の鎧兜は、丸みを帯びた部分が多い。その上、旧式の防具よりも優れているというのに軽いらしく、セツナが着込んでいる軽装鎧はさらに軽かった。さすがに鎧を身に着けている感覚がない、というほどではないにせよ、旧式の三分の二ほどの重量であり、それで防御力が上がっているとはとても信じられなかった。

武器は、無論、黒き矛しか考えていない。黒仮面も使いようによっては効果的な場面もあるだろうが、戦闘面で黒き矛を凌駕することはない。漆黒の槍も同じだ。黒き矛の力のかけらなのだ。黒き矛に一段も二段も劣るのは当然の話であり、騎士団騎士との戦いを考慮するならば、黒き矛以外にの武器を選ぶ道理がなかった。

そんなことを考えているときだ。

「セツナ」

「ん?」

シーラに話しかけられて、セツナは彼女を見た。彼女は、白馬の隣に立っていた。シーラのために用意された白馬は、シーラともどもきらびやかな装甲を纏い、そこだけが輝いているようにさえみえる。シーラも同じだ。輝かしいほどにまばゆい白の鎧兜を身に付け、ハートオブビーストを手にした彼女の姿は、戦う王女の姿そのものであり、獣姫という二つ名に相応しい姿に思えた。

一瞬、見とれたのは、兜からこぼれた白髪が揺れる様が鮮やかだったからだ。

「俺の目的、覚えてるよな?」

「ああ」

「それまでは、死ねないんだ」

シーラは、そういって、白馬に跨った。

戦いのときは、近い。